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ようこそ★強迫神経症のひ・ろ・ばへ♪当サイトの管理人れもんです。私は現在、強迫性障害と診断されて治療を受けています。強迫的な部分は子供の頃から持ち合わせてました。例えば、3という数字にとらわれ3回ずつ眉毛を抜く、失敗するとやりなおさなければならない・大きな災害が起こって自分が学校へ行っている間に家族が死んでしまうのではないか・水道の蛇口、ガス、玄関、トイレの水を流したかどうかといった確認癖など。しかし、当時は日常生活に支障をきたすまでには至りませんでした高校へ入って間もない頃だったでしょうか、学校へ行かねばならないというある種強迫的な観念に追いたてられていた頃、私の不潔恐怖症が始まりました。もちろん、前兆と思えるような症状はありました。中学生当時、学校から帰ると足を洗わなければ気がすまなかったり、手を幾度となく洗いました。しかし、私にとって今に至る大きな苦悩の始まりとなったのが高校に入学して間もない頃のことでした。最初は学校のトイレの水が足や服に跳ねて汚くなってしまうという強迫観念から始まったように記憶しています。こういった強迫観念を取り払うために、手洗いには非常に時間をかけ、またその姿も無様なものでした。当初は学校のトイレが汚いという観念から発したものが、日を追うごとにひどくなっていきました。高校は土足でした。トイレに行った靴で皆が廊下や教室を歩き、そこに荷物を置き、座る。トイレ汚染観念から学校汚染観念への始まりです。やがて、学校へ持っていく鞄の中でも、ファスナーごとに学校用の物を入れる場所と帰りに買い物をした物を入れる場所とを区別するようになりましたそれからも症状はひどくなっていく一方でした。学校へ持って行ったものすべて、当時使用していた駅、外、道端、掃除をする人々、ゴミ箱、・・・・というように、外へ持っていったものはすべて汚れたと思いこみ、外出した自分の体はばい菌の如く・・・。そういった観念は外だけではすまされません。外へ持っていったもの、外へ行った自分の体、洋服、それらに触れた家の中のものまでがあっという間に不潔恐怖の対象に広がっていきました。学校から帰ったらお風呂へ直行し、長時間かけて汚れたと思いこんだ自分の体を儀式的に洗い流すのです。家の中で触れる物、いられる場所もどんどんと限定されていきました。高校2年生の頃には、自分の部屋も汚染されてしまったかの如く、部屋の片隅にあるベットの下半分のスペースでうずくまって寝、そこですべての生活を行わざるをえなくなりました。家の中で居られる場所は、お風呂へ直行してシャワーで散々体を洗い流した自分、その上でペット半分のスペースと居間のコタツのところだけとなりました。大学進学を希望していたため、予備校にも通いましたが常に頭の中にあるのは不潔恐怖の観念であり、勉強どころではありませんでした。何せ、外へ持っていった参考書を家の中で開かなければならないのです。お風呂から上がった後は頭からタオルをかぶって髪の毛が汚れないよう覆い、顔がかゆくともかくことも出来ない状態で、常に勉強道具とは30センチ以上も離れた状態に姿勢を保ち、参考書と向き合いました。至難の技でした。毎日、何故自分がこんなになってしまったのかが分からず、その苦しさに泣き叫ぶ日々が続きました。しかし、人に言うにはあまりにも恥ずかしいという思いから、家族以外の周囲にさとされないよう、細心の注意を払い、病院に行くこともできませんでした。一度地獄へ落ちたようなものです。それまで当然のように行っていた生活すべてが自分の力ではできなくなるのですから。家族に自分に出来ないことを手伝ってもらい、手洗いを強要し、衝突の毎日でした。正直、疲れていました。いくつかの大学には合格したものの結局私は名ばかりの浪人という道を選択しました。それなりに目標はありました。高校時代に通っていた予備校に通いました。しかし、そのときにはもう勉強、外出どころではなくなっていました。家からは出られなくなりました。自分の部屋にも近づくことさえできなくなりました。毎日居間のテーブルの前から動くこともなく、ひたすらじっと過ごす日々でした。これではいけない、といった焦りの中、勉強も手につかなかった状態で再び大学受験をしました。運良くいくつかの大学に合格し、この1年間通いました。毎日が地獄の一年間でした。基本的な生活さえ人に手伝ってもらわなければならない私は一人暮しをすることさえ出来ず、片道3時間の遠距離通学。通学途中だけでも、ありとあらゆる物、人が気になり、神経をビリビリに腫らせて1日を過ごしました。帰宅したと思ったら、これまた儀式となっているお風呂での強迫行為が私を待ち構えているのです。長時間の強迫行為をすませたらあとは寝る間も足りず。また3時間の遠距離通学が来る日も来る日も続いたのです。9月、私はとうとう発狂し、泣き叫び、母に病院へ行くということを伝えました。そして、大学生活は、後期最後の定期試験のみを残してリタイアしました。今現在、私が居られる場所は、ここ、PCを打っているお布団の上だけです。ここで寝、ここで食事をしなければならないのです。動くことも許されないのです。かろうじて、私には病院に行くという目的があるため、週に一度、一大決心をして外出をします。それ以外はただここでじっとしているだけの毎日が今も続きます。発病当時、自分は気が狂ったのではないかと思い、その後何年間も病院にも行けない日々を過ごしてきました。しかし、私はインターネットという新しいコミュニケーションツールを手にすることができたのです。現在、強迫性障害で悩む人々は、予想を越えてはるかに多く、強迫観念や強迫行為への恥ずかしさから一人で悩み続けている人も少なくないでしょう。私は考えました。インターネットを使って何かできるのではないか?もし、同じような悩みを抱えている人が自分以外にも大勢いるのだと知ったらどんなに気持ちが揺れ動くことか!! しかし、ネット上での強迫性障害の情報は医療関係者からによるものがほとんどで、当の患者たちの心の叫びは聞こえてこなかったのです。私は自分と同じように苦しむ方の意見が聞きたくて仕方なくなりました。ただここにじっとしていることしかできない私に何ができるか分かりません。しかし、今まで恥ずかしいと思い隠してきた私の症状を伝え、そして同じような症状を抱える人同士がネットを通じて時を共有できるのだとしたら・・・・・。このちっぽけなHPのスペースが、少しでも強迫神経症を抱える人々、そして患者を抱える家族の方にとっての相互交流的な出会いの場になれるとしたら、それほどうれしいことはありません。何も触れない、先が見えない、やめられない、不条理な考えにとらわれ社会生活に支障をきたしてしまった多くの方へ、一人じゃないよ、つらいよね、どうしていこっか? 私はそう問い掛けずにいられません。私自身も非常に弱い人間でして、苦しさのあまり、自傷行為、大量服薬にはしり、自らを自らの手で痛めつけるような状態です。どうか少しでもこのスペースが同じように強迫という観念にとらわれてしまった方々にとって、癒しの場所となることを願ってやみません。最後になりましたが、掲示板を設置しました。あなたの息苦しさ、ここでなら話してもおかしくないようなこと、治療の情報交換に役立てて頂けると幸いです。(批判・中傷は一切お断りします)いつでもいらして、あなたのお話を聞かせてくださいね。 2000年3月13日 れもん |