神経症と生きる!・・・★ゆうきさん★ 
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自分の名前はゆうきという。今17歳。今度の11月で18歳になる。病気のはっきりした症状は中学1年生の時ごろからでてきた。まずは自分がどういう人間かを説明しようと思う。父、母とも一流大学をでていて仕事先も一部上々の会社。当然の事ながら将来を期待されていた。小さい頃からそういう格の高い話ばかり聞かされていたから自分も当然一流大学、そして一部上々の会社、と思っていた。父が転勤をしょっちゅうしていたので小学校5年生の時山梨県の甲府に移り住みそこで中学受験をする事になった。そして見事国立の大学に合格した。と、ここまでは順調だった。しかし中学に入り不潔恐怖,対人恐怖、儀式的なものへの恐怖とたくさんの強迫神経症の症状がでてきた。俺は隠れて病院へ通院していた。なぜならそんな事は周りの人には言えなかったからだ。自分のプライドが許さなかった。勉強ができなくなり成績はがた落ち。中3の時東京に引越し公立の中学に編入した。が、数日しか行かず病気の症状がひどくなったので 都内の病院に入院した。そこで出会ったのは社会のはみ出し者の同世代の人達。ここに1年近く入院するわけだが、ここで色々な事を学んだ。ケンカのしかた、タバコの吸い方、そして自分達の病気の事。何もかも新鮮だった。病院に入院するほど自分の症状は重かった。辛くて,辛くて何度も自分の命を絶とうとした。そんな時に相談に乗ってくれた先生、友達、職員さんがいた。そして自分もいつかこんな風に人助けがしたいと心に思った。俺が入学した高校は定時制の学校ですぐ辞めてしまった。辞めてからは自宅での闘病生活。それでも少しずつ、本当に少しずつだが勉強をしていった。そして大学検定という高校卒業資格をテストで取れる制度を知り、今では9科目中8科目を合格してあと1科目で高校卒業資格と同等資格となった。今の自分の目標は大検の残り1科目の合格そして大学合格、最終的には臨床心理師(カウンセラー)になる事だ。確かに俺はエリートではなくなった。周りからの見方も変わった。しかしなにかそれとは違う大切なものを手に入れたと思う。今でも症状は続いていてたまには予備校を休んでしまうこともある。けれどもこの病気と一生付き合っていこうと思う。俺のすべてを奪い、俺にすべてを与えてくれた病気だから。
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