ぼくの強迫・・・★ぱぴさん★
|
ぼくが強迫の症状に苦しみだしてもう12年、初めは対人恐怖からはじまった。中学一年のころからだ。ちょ うどぼくの思春期が始ったころだ。それまでのぼくは、いじめられており、だれにもいえず苦しんでいた。あ と神経質な一面もあった。テスト前の自宅での勉強などはとなりの部屋のテレビの音が気になって集中で きなかったりした。 テスト中、隣の子が自分のテストを見てるようなきがしてテストに集中できなくなり、そ のあと授業中に自分の視線が気になり始め黒板を見るのが苦しくなってきた。授業に集中できなくなり、成 績はだんだんさがっていった。そのほかの強迫症状はとにかくよく手を洗った。なにか触ったり、なにかを するまえ(食事の前など) 冬はあかぎれで血まみれになっていた。 あと確認もあった。自分でもおかしい と思ったので家にある家庭の医学で調べてみたら精神分裂病の破瓜型ににていたので分裂病だと思い込 むようになった。だれかに相談して病院に行こうと思ったが、なかなか言い出せなっかた。それから家にひ きこもりがちになっていった。 中学三年になると勉強する気力はまったくなくなっていた。それでも高校に は進学した。あいかわらず対人恐怖で苦しんでいたが、症状に変化がではじめた、確認が儀式になり始め たのだ。それから誰にも相談できずに悩んでいた。高校は勉強しないと進級出来ないので、症状に苦しみ ながらなんとか勉強していた。高2のときバイク事故をしてしまい入院した。退院して高校に戻ったが事故 の ショックで授業に集中できず不眠に悩まされるようになった。おそらくPTSDだろう。成績はガタ落ちした 。強迫症状も強くなりどうしようもなくなったので母に言って病院に行った。診断は神経症、抗うつ薬と眠剤 をもらった。それから母にカウンセラーの所につれていかれ。高校は休学に。カウンセラーの所ではプラモ デルを作った。カウンセラーに高校をやめて大検を受けたいと言ったが学校のことや家の人が反対してる ので働くように言われたのだ。それから高校は辞めカウンセラーの所は去った。そのあと大学病院に行っ たが。薬の副作用で死にかけた。病院を変え、そこで森田療法の病院を紹介され入院することになった。 そこでは段階があり初めは数日間病室にいて、それから庭に出て花や虫を観察し、それから作業をした。 40日入院しないといけないみたいだったがよくもなりそうもなかったので2週間で退院した。それからアル バイトをしたが儀式的な症状に苦しんでいた自分で調べて精神分析療法をやっている所に行ったが治療 には2年はかかるといわれたのでやめてしまった。それから病院で診察を受けることになりアルバイトは やめた。それから家では荒れるようになり何度か親に病院に連れて行かれた。病院の先生に熱心なカウ ンセリングを受け、2年後には正社員としてビル管理の仕事に就くことができた。しかし、相変わらず症状 はあり、苦しい思いをしていた。1年間、この仕事をしたが症状がしんどくて辞めてしまった。それから保健所のソーシャルワーカーの紹介で福祉作業所のメンバーとして行くことになった。そこではいろんなレクレ ーションなどに参加したりして楽しく過ごしていた。しかし、家族の圧力などがあり症状が強くなり行けなく なってしまった。それからずっと家にひきこもっている。 |