吸い込む空気はいつもと同じ。
冷たく乾燥していて少し埃っぽい。
図書館の中。
目に入る光はいつも同じ。
太陽からは遠い、まるで月の光のような冷たく弱い照明。
図書館の中。
いつも私は本の傍にいる。
それが私自信、本であるかのような錯覚をさせる程に。
図書館の中。
魔法によって空間を広げられた広大な本の海。
それを内包する図書館。
そしてその中にいつもいる私。
図書館の中にある私の外側は本であり。
図書館の中にある私の内側は文であり。
それが私の完成された世界だった。

あいつがやってくるまでは。





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人間に負けた。
別に私は負けるのが嫌いではないが好きでもない、と言うかどうでも良い。
誰かの上に立とうとかそういう感情や熱情はとっくの昔に置いてきたのだから。
正直、本の近くにいられさえすれば私は満足なのだ。
人間で言うなら世捨て人。
人間ではなく魔女なのだからこれが正常。
だから人間ではないレミィとは友人でいられるのだろう。
しかしレミィは自分を負かした人間に酷く興味をもったようだ。
嬉しそうに紅白の事を話す。
最近はその話ばかりだ。
レミィは悔しがっていると言うよりは面白がっている。
自分を退けた人間が珍しいのだろう。
永く生きる吸血鬼にとって珍しさはとても貴重だから。
それはあのメイドを見ても良く解る、珍しいから色々と。
では私はどうだろう。
悔しくは無い。
負け惜しみではない。
魔法の差が知識の差であり魔力の差が体力の差であり、
結果として私があの人間より劣っていたからどうという事は無い。
そういった感情より何より先に、
私は、あの人間に負けた理由が気になって仕方なかったから。
好奇心が何より勝るのだ。
知りたくて仕方ない。
そしてそれを知るにはあの人間と私の差を知らなければならない。
自分の事は良く解る。
つまりは、あの人間の事を知ればいいのだ。
そう考えていくうちにふとある考えに至り笑ってしまう。

なんだ、私もレミィと同じ。
色々遠まわしに考えたけど、あの人間に興味を持った事には変わらないのだ。
まあ、私が興味を持ったのは紅白ではなく白黒なのだが。



興味を持ったは良いが何をすれば良いのか解らない。
私の持っている知識で導き出されたのは、とりあえず相手を観察してみる事だった。
あの人間は私の図書館の本に興味を持ったのか、頻繁にやってきては本を借りていった。
勝手にやってきては勝手に本を持って行って勝手に帰ってしまう。
観察の結果、あの人間は酷く自分勝手であるという事が解った。
次に私はあの人間と会話してみる事にしてみた。
本を借りに来たところを呼び止めて、とりあえずお茶やお菓子を振舞ってテーブルにつかせた。
共通の話題は何か考えて、借りた本を返してもらっていない事を思い出し問い詰めると、
あの人間は忘れていたと笑って遠慮無しにお茶やお菓子を食べ散らかした。
会話の結果、あの人間は酷く自分勝手であるという事が解った。
その会話の後、少しずつではあるが本が帰ってきた。
意外な事に、返された本はどれも貸し出す前と変わらず本の扱いは丁寧なようだった。
その後も、私の知りうる限りの行動であの人間を知ろうとしたが、
主にあの人間が自分勝手な事が解るばかり。
後はこまごまとした情報、変な語尾とか、好きな紅茶とか、家の場所とか。
つまり、あの人間が自分勝手だから私は負けたのだろうか。
などという、意味不明な考えしか思いつかず、
相手の事を良く知るというのは存外難しいものだと認識させられ、
私は図書館の机に突っ伏して唸る日々を過ごすはめとなった。



「んきゅぅ・・・。」
「・・・咲夜、どうしたの家の知識人は?」
「解りません、同室内で同じくお茶を飲んでいらっしゃるのですから直接お聞きになればよいのではないでしょうか。」
「嫌よ、なんか鬱々したものが感染しそうで。」
「失礼ですよお嬢様。パチュリー様を病原菌のように言われては。」
「むきゅう・・・。」
好き勝手に酷い言われようだが、私は相手にする気力すら浮かばない。
考えても調べても観察しても会話してもあの人間の事が良く解らないせいだ。
「ねえレミィ。」
「あら、復活したの。それで何?」
レミィはカップを置いて私の方を向く。
「あの紅白とは最近どう?」
「ん?珍しい、貴方がこの館以外の者を気にするなんて。でも駄目よアレは私のだから。」
心底驚いたように紅の目を見開いて驚く私の友人。
しかしその言い方はなんともレミィらしい。
「いえ、そうじゃないの。貴方が興味を持った人間にどうしているのか気になってね。」
「聞いてどうするのよそんな事。」
今度は不振そうに私を見る、ころころと表情が変わって解りやすい。
あの人間もレミィほど解りやすければ良いのに。
「そうね、参考にしたいのよ。どうにも、興味を持った相手の事を知ろうとしたのだけれど上手くいかなくて。」
自分でもあきれ返るほどに、素直にその事を口に出してしまう。
私らしくない行為をするほど私は余裕が無くなっていたのだろうか。
「咲夜、まずいわ。パチュリーが壊れた。異常行動よ地震の前兆かしら。」
案の定、付き合いの長いレミィはそれを感じ取り一層不振そうな顔をする。
「駄目ですよお嬢様、真面目に答えて差し上げなくては。確かにかなりご様子がおかしいですが。低気圧のせいでしょうか。」
「・・・おかしいのは認めるわ。それだけ参っているのよ、私の知識ではもうどうにもならないの。」
散々茶化されても怒らない私にレミィは表情を硬くして、低い声で言う。
「らしくないわね、やけに素直じゃない。何よ興味ついでに鼠を好きにでもなったのかしら?」
「何言ってるのよ、大体何よ鼠って。」
確かに余り他人に私は興味を持たないが、決してそんな事にはならないはず。
だから頬が少し熱くなったのは気のせいだ。
「・・・あまり他人に興味を持たないのも考え物ね、持ったとたんにこうもあっさりと。」
「お嬢様は興味を持ちすぎです。」
私の反応をみてニヤニヤ笑う主と使用人は訳の解らないことを言い合う。
「何なのよもう・・・。」
「こんなに察しの悪いパチュリーも珍しいわね。ふふふ・・・良いわ面白いから手助けしてあげる。
でも、私は好きになったものに興味を持つの。どこかの理屈馬鹿じゃないから。
興味のあるものを好きになった理屈馬鹿に上手く助言は出来ないわ。
だから、鼠の捕り方は猫に教えて貰いなさい。」
と、レミィは心底楽しそうにまったく論理的でない事を言って笑った。



猫というのは勿論咲夜の事でだったわけで。
その方法は一言で言えば随分簡単な方法だった。
「鼠を捕らえたいなら、鼠に好かれれば良いのです。
つまりは餌でも用意しておけば鼠は短絡的なので寄って来るのです。
簡単な事です、好かれれば良いのですよパチュリー様。
少々気障っ他らしい言い方ですが鼠の心に栞を挟んでやればいいのです。
パチュリー様の事をいつでも思い出せるように。
後は煮るなり焼くなりお好きなように。」
好かれれば良いらしい。
確かに好かれれば寄って来るだろう。
もちろん長い間一緒に過ごすだろう。
そうすれば、いつもより色々と観察したり調査したりできる。
問題は餌だ。
思いつくのはあの人間が借りにやってくる本の事。
しかしそれではいつもと変わらない気がする。
だがそれしか餌が無いような気がする。
などと考えていたら、ふと良い方法を思いついた。
本の近くに居る私だからこそ出来る方法。
魔女である私だからこそ出来る方法。
あの人間が持っていった本を知っている私だからこそ出来る方法。







「これでよろしいですかパチュリー様?」
広大な図書館の一角に小悪魔が数冊の分厚い本抱えてやってくる。
「ありがとう、そこに置いておいて頂戴。」
お礼を言ってふと視線を小悪魔にやると、何か言いたげにしている。
「どうかした?」
「確か、以前にも同じ本を探してくるように言われたような気がして、少し気になってしまいまして。」
言いにくそうに小悪魔はおずおずと答え俯いてしまう。
「まあ、そうね・・・。」
私は生返事をして、小悪魔の持って来た本を開き手早く付箋を貼ってゆく。
「パチュリー様は大抵の本は一度お読みになられれば理解なさるのに何故かなと。」
「確かに私はそうかもね。」
小悪魔の言う通り一度読めば何処に何が書いてあるかは覚えているから、目的のページはすぐに開ける。
次々と付箋を張ってゆく。
同じ色ばかりでは解りにくいだろうから、色々な色を使う。
そんな私を眺めて小悪魔は少し不思議そう。
「ふう、完成。」
「もうよろしいのですか?でしたら戻してきますが。」
数冊の本に付箋を貼り終えるとすぐさまそう小悪魔が聞いてくる。
気の利く使い魔だ。
「ありがとう、でもいいの。」
私は本を抱えてふらふらと本棚に戻していく。
奥まで完全に戻さずに少しだけはみ出させて。
あまり管理上、保存上、よろしくない気がしないでもないのだが、今日か明日にでも鼠は来るからいいだろう。
「小悪魔、言わなくても解ってると思うけれど、この本はこのままで良いのよ。」
「はぁ、理由は解りませんが、解りましたです。」
全ての本をはみ出させて戻した私を相変わらず小悪魔は不思議そうに見ている。
「気になるの?」
「はい・・・。」
私は、ところどころ少しきっちりと納まっていない本棚を見つめて微笑む。
「答えは知っているけれど、本人が自力で知ろうとしているからにはそれをそのまま教えるわけにはいかないでしょう。
でも、ヒントくらいはあげても良いじゃない。ほんの少しずつだけれど。」
「ええと・・・それで、どうなるんですか?」
「鼠に好かれるのよ。」
そんな会話をしていたら、玄関の方で爆発音がかすかに響いた。



誰かのために何かをするなんて私には向いていないと思っていたけれど。
たまにしてみるのも良いものだ。
心が躍る未知の感覚。
ああ。
確かに私達は似ている。
正反対だけど似ている。
レミィの言うとおり。
経過は真逆だけれど。
結果的に同じなのだ。



後日、返却された本には付箋が張っていなかった。
鼠曰く、糊の成分が紙に良くないから取ったそうだ。
正直色々と失敗したと酷く後悔したが、
そんな複雑な気持ちの私を見て鼠は、
「好きなんだろう、じゃあ大切にしなくちゃ駄目だぜ。」
などと言いながら笑って私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
人の気も知らないで本当に自分勝手な鼠だ。
でも、それは自分を本だと錯覚するような私に、
自分に好意を持ってもらったと錯覚させるには十分だったのだけれど。










その日から私の世界の中に白黒の鼠の栞を挟む余裕が生まれた。










ふと、返却された本を開くと、そこには付箋の代わりに付箋と同じ色の押し花の栞が挟まれていた。
多少不恰好なものもあるから手作りだろう。
「あはははは、ねえ、これって上手く行ったのかしら咲夜?」
それを見たレミィはお腹を抱えて大層愉快そうに笑っていた。
「ええ、但し鼠の方が。」
それを見た咲夜は苦笑いしていた。
「本当に勝手ね・・・。」
そんな二人を見て、私は紅潮する頬を隠すためそっぽを向いていつものように皮肉を言った。













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