声 援
コーヒーだけ残して放心していたら古びた防寒コートの男がやって来て対面の椅子に腰を下ろした。
頑張ってますね、と言う。
骨折した。交通事故で。
太った。ケーキが好きだから。
ピアスをあけたばかり。おしゃれしたい。
機械油のような頭の中を錆びた言葉たちが泳いでいる。
マラソンは苛酷ですよね。体脂肪も絞るんでしょ、骨は脆くなるし生理も止まっちまう。
男はからっぽな台詞を喋り続けている。
あの日、走るのに飽きていて、うわの空で。
ハッと気づいて、転んだ。轢かれたわけじゃない。
神様の眼を盗んで、見限られただけ。
心の底には重たい言葉たちが沈んでいる。
あたしはテレビを観てるだけの駄目人間です。だけど、だからこそ簡単に頑張れって言えるんです。
ほんの少し、意識さえ集中できたら、頑張れるはずだって思うんです。だからせめて生涯に一度は、
男は不意に言葉を切り、あとずさりして店を出ていく。頑張ってくださいね。そのまま、
道路を晒す陽光の中へ。応援しています。音もなくトラックが現れ、男を跳ね飛ばす。
がんばれ。がんばれ。がんばれ。血と鼻水と涙にまみれ、視線を宙にさまよわせながら、
男は私に声援を送り続けている。