息を吐く。息を吸う。
息を吐く。息を吸う。
心拍も意識に逆らいつつ、鎮まってゆく。
黒みを帯びて電離圏まで突き抜けそうな空模様、凝った太陽が白色光を束ねている。
真下の丘の頂で草いきれに包まれて、君は今日も不明瞭な予覚を掴み取ろうとしている。
高く低く、震える切れ切れの囁きの正体を。揚げ雲雀に釣られた瞼を君は半眼に下ろす。
イネの列に透き見える水面が天を大きく映している。
共振。君の中で残響が暴れ、君は跳ねあがる。網膜の閃光は君の知らない形。
鼓膜の共鳴は君の知らない音。無痛の涙があふれ、夢中で駆け下る。細流の橋板を飛び越え、
藁葺の軒下で吠えられ、いきあたりばったり、真っ暗な土間に半歩、踏み込んで息を継ぐ。
心音が聞こえ、赤色と水銀色の残像は薄れ、君の友達が笑顔をこわばらせているのに気づく。
君のふくらはぎに犬が鼻息をかける。畦のむこうで合鴨がククと鳴く。
遠くの空で雲雀が円を描く。幾千年を変わりなく繰り返すこの里で、今確かに君が弾き返した
電磁波を、受け止めるものは、存在しない。
丘に風が立ち、君の首すじを乾かし、イネの平野を渡ってゆく。
君に出会えてとても嬉しい。この向こうにあるとは知らなくて、君がすすきを掻き分け
現れたのには少し吃驚したけれど。
君の世界から波が届く。この百年、初めは微かに、やがて強く賑やかになった。晴れて空
が高い日に心を凝らすと、波は音を生み像を結ぶのだ。僕は興奮して話して回ったけれど、
誰も興味を持たなかった。
神話と哲学はもう何千年も前に語り尽くしたじゃないか。喉が渇けば雪解けを待ち、服が綻
びれば麻を植え、腹が減ったら稲を刈り、屋根が古びれば藁で葺く。それがすべて、と皆は言う。
君の世界では愛や永遠が今も語り続けられているのに。ありふれた言葉のよりどころを見失った
僕は口を噤んでずんずん歩いた。気づいた時にはここに一人で立っていたよ。
重い雲は低く、稲妻が地平に突き立つたびにノイズがザリザリと反響する。生温い鉄の
匂い、君の世界では僕もこいつを纏うのか。間違いない、君とすれ違うこの枯野が境界だ。
死、恐怖、可能性、ニュース、耳新しい君の言葉たちが身体に沁みわたって、君の世界では
なすべきことが満ちあふれていると確信できる。ありがとう。さようなら。僕のいた世界が君
の目指す楽園であることを、心から祈っている。