ここだけの神話

 神は問いました。「汝、満たされぬか。癒されぬか。世界に在りて其の外に立つ者よ。」
 男はそれを聞きました。はらばらになりそうな魂をようやく抱えて歩いてきた男でした。
 神は告げました。「汝、此の世に新たに加えんとするか。然らばその身命を喪わん。」
 男は両掌を見つめました。数々の石を削って磨いた手でした。男は足許を見つめました。 数々の岩山を踏んで越えた足でした。かけがえなく、とるにたりない身体でした。
 男は静かに頷きました。男のゆくえは、杳として知れません。

「おかしなお話でしょう?」おかあさんはその小さな娘の髪をやさしくなでました。
「ううん、ちっとも。どうして?」その娘はおかあさんをまっすぐに見つめました。いたず らすぎる娘の瞳にはいつにない落ち着きと輝きがありました。静かな痛みが胸に満ちてきて、 おかあさんは微笑みました。そして胸元の小さな首飾りを思いました。その男がお父さんだ と話す日が来ても、この娘は少しもおどろかないことでしょう。
「さぁ、もう寝ましょうね。」まだ大きめのパジャマにじょうずにくるまれるように、娘を ベッドに寝かしつけて、おかあさんはその娘にそっとおやすみのキスをしました。


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