第1回 「あれからもう1年…」  

(写真提供・コメント:しゃとるんさん)
栄えある第1回は、正真正銘の名馬 2 頭です。
あれからもう、1 年になるのですね…。


          <  ナリタブライアン 〜永遠のシャドーロール〜  >
私にとってのナリタブライアンは、大好きなビワハヤヒデの弟、という存在でした。
ところが、どんどんお兄ちゃんより強くなり、「かわいくない弟」に変貌していきました。
それなのにやたら私が見に行くレースに出てくるので、プリプリ怒っていたものでした。


…でも今になって、この歴史的な名馬と共有できた時間は、競馬ファンにとってはかけがえのないものだったのだなと、改めて思うのです。

[ 1994 / 5 / 29 日本ダービー ]

ナリタブライアン1

A 指定席が当たり、私が唯一見に行ったダービーです。
パドックでの写真には、まだ幼い雰囲気のブライアンが写っています。
それでいて、あの圧倒的な強さ。
そして大地を揺るがすような、あのスタンドの大歓声。
私にとっては、忘れられないレースになりました。

[ 1994 / 11 / 6 菊花賞 ]

ナリタブライアン2

この時も特別指定席が当たったので見に行きました。
雨の中、スタンドはぎゅうぎゅう詰めで、パドックもすごい人出だった記憶があります。
純白のシャドーロールを泥だらけにしながら、あきれるばかりの強さで、ブライアンは駈け抜けていきました。
何ともあっけない、三冠馬誕生の瞬間でした。

[ 1996 / 4 / 21 天皇賞・春 ]

ナリタブライアン3

久しぶりに会ったブライアンは、前年秋のスランプを経て、前走の阪神大賞典ではマヤノトップガンとの一騎討ちを制した後で、やはり圧倒的な一番人気に支持されていました。
しかし、サクラローレルに差し切られての 2 着。
でもこのレースで、一番強い競馬をしたのはブライアンだったように、私には思えました。勝ちに行った分、負けてしまったのではと。
全盛期のブライアンだったら、どんなレースをしていたのでしょうね…?

[ 1996 / 5 / 19 高松宮杯 ]

ナリタブライアン4

ブライアンが登録するずっと前から、見に行くつもりだった高松宮杯。
G1 になって初めてのレース、どれだけ混むかな?と思っていたら、何とブライアンの登場で、入場制限が出てしまう程の大混雑ぶり。
だいたいどうしてこんな電撃戦に出てくるの !! と、私は相当怒っていました。
ところが、人で埋まったパドックでは、かつて一度も聞いたことのない、「ブライアーン !! 」という悲鳴のような叫び声があちこちから上がり、そして満員のスタンドはものすごい大歓声、でした。本当に驚きました。
それだけブライアンにはファンを引きつけてやまない魅力があることを、改めて知りました。
…結局これが、現役最後のレースになってしまったのでした。

[ 1996 / 11 / 9 引退式(京都)]

ナリタブライアン5

ナリタブライアン6

ナリタブライアン7

思ったよりも、静かな引退式でした。
ブライアンは何事もなかったかのように、平然と歩いていました。
いつも横にいた村田調教助手の、今までに見たことのない感極まったような表情が、とても印象的でした。


私がブライアンを見たのは、これが最後です。
私の思い出の中のブライアンの顔には、今でも白いシャドーロールが揺れています。

[ 次のページへ ]

[ ホームに戻る ]

[ ホースギャラリーの目次に戻る ]