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SCREEN 1993年3月号
「僕一人ではチャーリーの66年間を演じられなかったと思う。」 |
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●「Chaplin(チャーリー)」への喝采のすべては、ダウニーJr.に向けられたと言われるほど素晴らしい演技を披露したロバート。約2年間にわたる役作りに励み、日頃のしぐさをすべて変えることから、ロンドンなまりや晩年の発音までをマスターしました。共演したジェラルディン・チャップリンが「本当に父そのもの」と絶賛しています。これは、1993年当時のインタビューです。
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■笑いの王様チャップリンの半生をオールスターキャストで描いた『チャーリー』
チャールズ・チャップリンは1889年にロンドンのイースト・エンドで生まれた。両親はミュージック・ホールのバーフォーマーで、チャーリーもアクロバット的コミックを演じるヴォードビリアンになった。そして、アメリカに渡って映画と出会う。ハリウッドのプロデューサー兼監督、マック・セネットにスカウトされて1914年に映画初出演。このとき、白塗りの顔にチョビ髭と山高帽子、ダブタブのズボンにドタ靴、ステッキを持ってチョコマカ歩くチャップリンの<TRAMP=放浪者>が誕生した。 チャーリーの映画は大成功を収め、若くして億万長者になった彼はラブレアに自分の撮影所を持つまでになった。しかし、フーバーFBI長官はチャーリーを左翼と決めつけてヨーロッパ旅行から帰国する寸前にアメリカヘの入国を禁止した。それ以来、チャーリーは四度目の妻ウーナとともにスイスに住み、20年後にアカデミー賞特別名誉賞が授与されるまでアメリカの土を踏むことはなかった。 無声映画からトーキーに至るまで笑いとペーソスにあふれる映画を作り続けたチャーリー・チャップリンの生涯は、映画そのものの歴史といってもいいくらいだ。その彼の伝記映画が「ガンジー」や「遠い夜明け」のリチャード・アッテンポローの手によってようやく完成した。
■LA発 チャップリン役ロバート・ダウニー・ジュニア インタビュー
「チャップリン役は自分しかいないと運命的に思った。」
ちょうど1年前に「チャーリー」のロケ現場を訪問したことを思い出してしまった。あの頃のロバート・ダウニー・ジュニアは主演のチャーリーを演じるプレッシャーからかハイパーになっていた。 が、今回はダウンタウンにあるロサンゼルス劇場でのワールド・プレミアの興奮を思い出したときだけ昔のロバートだったが、それ以外は静かに話す彼だった。 チャーリーに扮したスクリーン上での自分を見てどう感じたのだろうか。 『彼を演じることができてとても名誉なことだ、と思った。なんて僕はラッキーなんだろうって謙虚な気持ちになったね。自分に厳しくなることを学んだ。いままでお座成りにしてきたことだが、一生懸命にやらなけれは良い結果にはならないと痛切に分かった』 この作品の企画を知ったときから、運命的にチャーリー役は自分しかいないと思っていたロバートだそうだが、それが現実化してみると想像もつかなかったことが待ち受けていたとか。 『そりゃあ、スクリプトを読んでどんなシーンなのかはわかっていたけど、83歳のチャーリーになるために7時間もメーキャップにかかるとは思わなかった。何かに助けられていたような気がする。それはチャーリーだったかも知れない。輪廻って信じる? なんだか僕のいくつもの前世が一度に現れて僕を助けてくれた気がする。僕一人ではチャーリーの66年間を演じられなかったと思う。監督や共演者の援助ももちろんあったけど』 随所に出てくるアクロバット的なコミック・マイムは全く吹き替えなしで撮影された。 『実際にやってみるとものすごく難しいことがわかった。ケガをするんじゃないかって少しビビッたよ。でも難しければ難しいほど、その報酬は大きい。満足感もね。それが楽しいとさえ思えてくるんだ。禅みたいなものだね。体の一部になって意識しないでできるようになる。チャップリンは常にそうだった。僕はほんの20秒くらいだけど楽しみながら演じて良く出来たと満足感を覚えるってことが経験できたよ』 『パントマイムはジョニー・ハッチという先生について何度も何度もリハーサルを繰り返した。始めのうちはパットを付けていたけど途中から防具なしで練習をして、しまいには痛くなく倒れることができるようになった。本番では133回ひっくり返ったよ。友だちと駐車場で車が来るのを待っているとき気絶したふりなんかしちゃうんだ』
チャップリンの実の娘ジェラルディン・チャップリンは、祖母役でロバートと共演している。ヨーロッパでの仕事が多い彼女だが、生まれ育ったロサンゼルスが大好きだそうだ。 『父を演じられる人なんかいないと思っていたから、父に扮したロバートを見たときは、あまりにもそっくりなので驚いたわ。でも、完成作品を見るのは少し怖かった。母(ウーナ)がどんなふうに描かれているか不安だったの。母のイメージはまだ鮮烈に私の中に残っているから。モイラ(ケリー)は母を立派に演じてくれたわ』 ――中略―― 文字通り身も心も「チャーリー」 にかけたロバートは俳優として人間として大きく変わったと公言する。生まれて初めて撮影が終わったあとの物凄い虚脱感を味わったらしい。 『スイスのホテルでみんながそれぞれの国へ帰って行くのを見送っていた。最後に僕だけになったとき、昔チャーリーの家で働いていたある女の人がきて、僕にチャーリーが使っていたトランプのカラーをくれた。あたかもチャーリーが「自己鍛練と忍耐を学べば必ずその報酬がある」と言っているようだった』 ロバートは去年の5月末に女優のデポラ・ファルコナーと結婚した。生活も落ち看いて現在「心と魂」(注・愛が微笑む時)に出演中。謙虚に語った彼の言葉が忘れられない。
『もしこれからの仕事がうまくいかなかったとしても、僕には「チャーリー」がある』
記事提供:ウーラさん
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