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CUT 1991年9月号
ロバート・ダウニ−・シニア&ジュニア、監督と若手スターの新旧芸能人親子対談 |
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このダウニー親子の対談は、Interview誌(米)1990年11月号に掲載された記事を一部編集・抜粋した日本語訳です。
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映画監督のロバート・ダウニ−・シニアが今回のインタビュアー、ロバート・ダウニ−・ジュニアと初めて対面したのは1965年のことだった。このときシニアは28歳、いっぽうジュニアのほうはゼロ歳をわずかに過ぎたばかり。以来、父親は"PUTNEY SWOPE" "POUND""GREASER'S PALACE"といったオフビートなコメディの脚本と監督をてがけてきた。かたやジュニアのほうは、デニス・ホッパーと共演した「ピックアップ・アーティスト」や「レス・ザン・ゼロ」などを経て、今や前途洋々たる若手スターに成長した。最新作は、父親が監督する"TOO MUCH SUN(邦題:「ストレンジ・ピープル」)"。同性愛者の兄妹が、父親の遺産を相続すべく、なんとか子供を作ろうと悪戦苦闘する爆笑コメディだ。彼は自堕落な若きハスラー役で特別出演し、大爆笑ものの演技を披露している。
ロバート・ダウニ−・ジュニア(以下J):えっと、まず訊きたいのは・・・。
ロバート・ダウニ−・シニア(以下S):まず訊きたいのは・・・。
J:質問するのは僕のほうじゃなかったっけ?
S:わかった。これを訊いたらもうなにも言わない。私が訊きたいのは・・・(立ち上がって歩く)。
J:ぼくが映画でそういう歩き方をしなきゃならなかったのはどうして? ノートルダムっぽくしたかったわけ?
S:ちがう、自分が小隊を率いてると思い込んだ男の歩き方だ。おまえはずっと歩いてるだけ。あれは笑えた。
J:別の歩き方がいいな。
S:最高だったのは、"TOO MUCH SUN(「ストレンジ・ピープル」)"のラフ編集を見たプロデューサーのマイク・カプランが、「ボブ、プロットはともかくとして、この映画は成功だ。プロットはともかく、わたしは大笑いさせられたよ」と言ったことで。あれはなかなかうがった見方だった。
J:ここまでプロットが込み入った映画を作ったのは今回が初めて?
S:プロットをプロットらしからぬ見てくれにする、というのが最近わたしの腐心にしていることなんだよ。ちなみにストーリーとプロットはまったく別物なんだ。言ってる意味がわかるかな? ストーリーとは、同じ役者が4回顔を出すときのことだ。プロットとはその役者に何が起こるか。ジャック・ニコルソンは、出演作のほとんどでストーリーになっている。で、プロットとは彼の身に起こることなわけだ。
J:興味深い話だね。ぼくの場合、父親が監督で母親(エルシー・ダウニ−)が女優なんて家に生まれなかったら、この世界に入ることもなかったと思うんだけど・・・最初に映画とか劇場に興味を持つようになったきっかけは?
S:わたしは野球の選手だった。でもすごいやせっぽちで、5イニングを過ぎると速球が投げられなかった・・・。
J:なんでぼくは背が高くないの? 自分で自分の成長を阻害したのかな?
S:母親をごらん。彼女は背が低い。背が高いと、それなりに利点があるのも確かだがね。とにかく、わたしはウェイターをやっていた。19の頃だ。そこで誰かが、劇作家だったか監督だったかのワークショップについて話してくれてね。その時にはもう営倉で長編を1冊書き上げてたから、けっこう興味を惹かれたわけさ。
J:3年軍隊にいて、そのうち2年は営倉暮らしだったんだって?
S:18ヶ月だ。あの頃はよく飲んでたからな。酔っぱらっては士官連中と喧嘩してた。その結果が営倉送り・・・でも軍隊は悪くなかったよ。野球もできたし、あと、牢屋じゃ人殺しとかと一緒だったわけだろ? 作家志望の人間にとってはまたとない環境じゃないか。
J:好きな映画をいくつか挙げてくれる?
S:「アルジェの戦い」、プレストン・スタージェスの全作品、「ハーダ−・ゼイ・カム」、「ピショット」。
J:「マイライフ・アズ・ア・ドック」は? その話ばかりしてたじゃない。
S:「マイ・レフト・フット」も好きだったな。それとフェリーニの全作品。おまえはかったるいと言うんだろうが、「召使」もすごく良かった。
J:子どもの頃一緒に映画館に行くと、オープニングのクレジットが終わらないうちから席を立つことがあったじゃない? いったい映画の善し悪しが、最初の60秒でわかったりするもんなの?
S:いや、10分か15分はかかる。
J:すごくケチつけるよね。
S:わかってる。自分の映画にも、それくらい批判的でいられるといいんだが。
J:ぼくが俳優になったことについてはどう思う?
S:すごくよくやってると思うよ。
J:自分の息子が人目にさらされてるって、なんか妙な感じしない?
S:最初のうち、おまえは映画に出るのがけっこう嫌そうだった。父親に言われて出たせいかもしれないがね。ほら"GREASER'S PALACE"の時も、母親がおまえの死体を発見する場面のあとで、「決まりだ。もうこれ以上やりたくない」と言ってたし。
J:なんで1テイク以上必要なのかわからなかったんだよ。
S:わたしにはわかっていた。だからおまえをなだめすかしたのさ。
J:「誰にでも演技はできるが、監督ができるのはごく少数、脚本が書けるやつなんてひとりもいない」とも言ってたね。
S:いや、それは間違いだ。誰にでも監督はできる。今はそう思ってる。
J:どうして?
S:単に技術の問題にすぎないからさ。型にはまったキャスティングをしてみたり、でなきゃその逆をいってみたり、脚本にあれこれ手を出したり――この映画でわたしがやったようにね――いずれにせよ、簡単なことだ。わたしには演技ができない。やったとしても、最低の出来に終わるだろうな。俳優も大変だよ。そういうウスノロどもの言うことを聞かなきゃならないんだから。
J:なるほどね。誰でも俳優になれるとは限らない、と。
S:いや、誰でも映画俳優にはなれるだろう。でもほんとうの俳優となると・・・。
J:脚本については?
S:世界中で一番キツい仕事だが、そのぶん見返りも大きい。うまく書けたときなんて、そりゃもう最高だよ。いいセラピーにもなるんじゃないかな。なにせ、キツいからね。他の誰かと組んでやるときはそんなでもないけれど、ひとりきりで座って・・・。
J:今はローラ・アーネスト("TOO MUCH SUN(ストレンジ・ピープル)"の共同脚本執筆者)がいるじゃない。
S:共作でいちばんキツいのは、彼女が仕事をする気になっていても、わたしがその気になれないときがあることで。そうすると彼女の1日が台無しになってしまうわけで、こいつはえらく気が滅入る。
J:ぼくにインタビューされるのってどんな感じ?
S:妙だ。
J:"TOO MUCH SUN(ストレンジ・ピープル)"はヒットすると思ってる?
S:ヒットとはずっと無縁だし、それがどんなものかもわからない。でももうすぐわかる、と思いたいね。
J:父さんの映画は、どれも根底ですごく深い問題を取り上げてる。レイシズムとか、個人の尊厳とか、神とか、死とか。そういう、普通は誰も手を出さないような問題をブラック・コメディ的に処理してるわけで・・・。
S:そりゃぁいい。自分じゃ考えたこともなかった。いまだにわたしは、自分が魅力的かどうかもわからない有り様なんだよ。
記事提供:だーまさん |
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