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Entertainment Weekly 1993年8月13日号
「しかし、彼は才能に満ちあふれたRobert Downey Jr.である。」 |
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オスカー候補になった「チャーリー」の次の出演作としてロバートが選んだのは、やや地味で意外とも思われた「Heart
and Souls 愛が微笑む時」でした。4人のゴーストが乗り移った時のロバートの演技は秀逸です(玄人受けする作品なのか、日本であまり話題にならなかったのは残念!) 以下は公開当時のREVIEWです。
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Teeming Spirit:The hero of 'HEART AND SOULS' gets his manner from heaven
思ったほどうまくいかなかった1989年の「ワン・モア・タイム」の後では、ロバート・ダウニーJr.はあの世のコメディを避けたかっただろうと思うかもしれない。しかし、そんなことはなかった。彼はためらわずに話を進め、同じく"心が温まる映画"「天国から来たチャンピオン」にそっくりな「愛が微笑む時」に(PG-13…13歳以下の子供には保護者の付き添いが望ましい映画)取り組んだ。「ワン・モア・タイム」との違いは、今度こそ彼にとってのはまり役であることだ。
そのとおり、映画はあまりにも予想通りに展開する。1959年のサンフランシスコ、バスの墜落事故で4人の乗客が命を奪われる。ウェイトレスのジュリア(キーラ・セジウィク)、シングルマザーのペニー(アルフレ・ウッダード)、臆病な図書館員・ハリスン(チャールズ・グローディン)、そして愛想のいい泥棒のマイロ(トム・サイズモア)の4人。彼らの命が予定より早く奪われたので、4人は、彼らが死んだ、まさにその瞬間に生まれた男の子の守護天使として、この世をさまよう(映画でいつも決められる類の、天国でのお役所仕事によって)運命を負わされる。その子供、トーマス・ライリー(ダウニー)は、ぴりぴりしたヤッピーに成長し、そして4人はまもなく、死んでしまったためにやり残した幾つかことを、トーマスが実現してくれるかもしれないことを知る。
以上の説明の全てが、最初の30分に詰め込まれている。しかし「愛が微笑む時」は、こじつけとはほとんど感じさせず、とても愉快で涙をそそられる。有りがたいことに、ロン・アンダーウッドは、「シティ・スリッカーズ」や、まぬけな巨大な蛇状モンスターのスリラー「トレマーズ」後は、撮影所体制の全盛期以来、最も多才な商業価値のある監督のなかの一人のようである。ここでの彼の仕事は、不自然な設定ではなく、テンポ良く観客を誘導し、ラストへ向かって感動させることである。それは、一人ずつ順に、トーマスの4人の天使たちが、自分たちの人生に終止符が打てるように、彼の体に乗り移るシーンだ。
真実:それは「オール・オブ・ミー(未)」を4倍にして、「ゴースト/ニューヨークの幻」をプラスしたような映画だということだ。もちろん、ロバート・ダウニーJr.はスティーブ・マーティン(卓越した天才)やパトリック・スウェイジ(平凡でたくましい男)ではない。しかし、彼は器用なロバート・ダウニーJr.である。面白くて、身が軽く、賢さと生意気の間の境界上で愛想よくバランスがとれるのである。そして、「チャーリー」で十分に発揮された、体を張ったコメディの才能は、トーマスが天使の一人に瞬間的に取り付かれるたびに、磨かれていく。女性らしいジュリアが、退屈な重役会議で乗り移るシーンで、ダウニーは気取って歩き、口を尖らし、恥ずかしがらずにセクシュアルなはしゃぎようで、驚いた彼の上司に腕を巻き付ける。そして「愛が微笑む時」の、最も観客を喜ばせる見せ場では、トーマスが、B・B・キングのコンサートで、内気な(尻込みする)ハリスンの、舞台に上がって人前で歌う夢をかなえる、そして…まさに無表情ともいえる顔で…アメリカ合衆国国歌を歌い観客を惹きつける。
ダウニーの器用さは非常に驚異的だし、実のところ、「愛が微笑む時」が、本気で彼に自由に演じさせないのは残念なことだ。その乗り移った場面は、あまりに少なくて短すぎる…映画製作者は、スターがプロットの中でこれだけの登場人物達に思いのままにされるシーンを、短時間で完成させてしまった。そして彼だけではない:エリザベス・シューはトーマスのお堅い恋人として、睨むよりほかなく、1992年のオスカーにノミネートされたデイヴィッド・ペイマー(「ミスター・サタデー・ナイト」)は、不運にも注意散漫なバス運転者として殺され、あの世のメッセンジャーとなる。
彼への処罰は、どうやら、天国がどのように機能しているかを説明する、ぎこちないモノローグの数々を伝えることらしい。
それでも「愛が微笑む時」には、非常に魅力的なおとぎ話のようなコンセプトに根ざした、感傷的で心地よい満足感がある:もし、我々が子供の頃からの想像上の友達が、本物だったらどうなるだろう? それは、この上なくおかしな話が絡みながら展開していくには、十分説得力のあるアイディアだ。たとえば、ペニーは、彼女の死後に養子にだされたものとあきらめた息子を見つけ出したい。トーマスがついに彼を見つけるときは、「信じ難い」言葉の意味がはっきりする偶然の一致によってである。しかしそれは問題ではなく、観客は長い間この登場人物たちに同調していくし、しかもアルフレ・ウッダードはあからさまに喜びを表現する、まさに男性に会って幸せなように。あなたは「愛が微笑む時」が好きになって、自分が嫌になるかもしれない。しかし、少なくとも、プロ達の術中に陥ったことを愉快に感じるはずだ。
訳:RDJ CLUB 記事提供:まりあさん |
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