FLIX 1998年4月号

「僕のゴールはみんなを幸せにすることだ。」
このインタビューは、カレン・ハーディ・バイステッドによる「Before They Were Famous」(1996年発刊)に収録されたRDJ23歳当時のインタビューの日本語訳です。L.Aを拠点に活躍する写真家のカレン・ハーディ・バイステッドは1987年から1993年にかけて、多くの才能あふれる若手男女優を取材してきました。この本では、ロバートをはじめ、現在のハリウッドをリードする大スターたちが自身について初々しく本音で語っています。

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Robert Downey,Jr (January, 1988)

ロバート・ダウニー・ジュニアは聡明で人を楽しませてくれる。しかし、その知的な外面の裏側には、啓発力に富む昔気質な魂が宿っている。それは複雑だった子供時代に育まれ、彼のドラッグ使用癖もその頃はじまった。
このインタビューの後、彼はハリウッドで最も尊敬される若き俳優の一人となった。伝説的はコメディアン、チャーリー・チャップリンを素晴らしい才能で演じきり、アカデミー賞にノミネートされたからだ。ロバートはインテリアとファッションのセンスが抜群である。
サンセット大通りを登ったハリウッド・ヒルにある、ピンク色の屋敷での撮影時にアルマーニのスーツを着ていた彼は、撮影後はヴェルサーチのジャケットに着替えてくれた。

――僕は6年前から一人暮らしを始めたんだ。その頃はニューヨークの9番通り、52番街に住んでいた。表を見通せる窓もなかった。陰気で閉所恐怖症にさせられそうな場所だったけど、実は結構楽しめたよ。僕はセントラル・フィールズ・レストランでボーイをやっていた。金銭的に大変だった訳じゃない。むしろ、父親から「だいぶ長くおまえの面倒を見すぎたようだ。もう18歳。金送れなんて電話するなよ。たとえ腹が減ったと言ってきたって気にもかけないからな」 と言われたのはそれまでの人生で起きた最高の素晴らしい出来事だったんだから。"ちぇ、本当に今こそ成長しなきゃならないんだ" と決意した。僕のターニング・ポイントだったんだよ。

――うちの家族は至る所を引っ越してまわった。ニューヨーク、ロンドン、カリフォルニア、ニューヨーク州北部、ウッドストック、そしてコネチカット。いつかママとパパに、いったいいつどこにいたのか聞いてみたいと思っている。ただ自分の人生の中の位置を再確認したいだけだからなんだけれど。本当の自分の過去の多くの部分が思い出せないみたいなんだ。それは多分、感情的に難しい年頃の光景が浮かんでくるせいだと思う。僕はドラッグをやってクリエイティブになろうとする家族の中で育った。多くの愛情と笑い声に包まれた家族でもあったよ。でも僕が14歳の時に、両親の結婚は終わった。僕はママと暮らした。ママには僕が必要だったんだ。2人は15年もの間結婚していて、クリエイティブなパートナーだったから、離婚はママに大打撃を与えた。姉はパパについていったよ。その頃の僕といえば、友達とワシントン・スクエア公園をうろつきまわって『ロッキー・ホラー・ショー』を観に行っていた。

――自分が演劇の道に進むだろうとわかっていた。小学3年生の時に、お姫様の屋敷を乗っ取ろうとする悪魔の役をやった頃から、高校で『オクラホマ』っていう芝居をやるまで、いつもそう思っていたんだ。
 
――だけどパブリック・シアターでやっていた演劇『フラタニティー』に出演していた時に、芝居をするのは自分が得意なことだからじゃなくて、やる必要があるからなんだと気付いた。僕が自分の人生の中で実行してきた大部分のことは、やりたかったからやったのではなく、やる必要があったからなんだ。このすさまじい偏執狂的な性格が自分をここまで導いてくれたのだろうと思う。僕は各回開演の1時間半前に劇場に入ってないと気が済まなかったんだ。マットを敷いて、そこに横たわり、体を伸ばして台詞と動きを通してやってみて、頭の中で役に入り込む。演技を通して、いつでも早く役になりきることとハーブ茶を飲むこと、演劇を理解する事を学んだよ。僕はその頃、人間のエネルギーのシステムやオーラ、内省、意識みたいな精神的なものに入れ込み始めたんだ。まるで本当の自分より意識の高い自分が、"なんてことだ、この子供は面倒な事になっている、たくさんの良い考えで包み込んであげなければ" とでも言っているような感じがしていた。

――自己破滅的な時期を過ごしたこともある。だって、野郎達とつるんで飲み歩いたり、ドラッグを手に入れるために何本も電話をかけまくったりすることは「ようし、明日は何をしようか」なんてつぶやく事より簡単だからさ。物事の本質を踏みにじっていると、まさに、毎日同じ事をすればいいって安易に思い込ませるね。そして、そこからいつも同じ答えを得る事になる。つまり、別に芸術的になる必要性があるわけでもない、ただ生産的になれ、ということだと。麻薬のジョイントをやってハイになれなかったこともないし、コークをやって落ち込めなかったこともない。だけどいつも、たとえドラッグの外見的なイメージは悪いものでも、やってしまえば毎回同じことを感じるんだ。ネガティヴな気持ちになるけど、同時にとても心地よいということさ。『フラタニティー』に出演している頃、
アパートの部屋に座り込んで、何だか自殺しそうな気分になっていた。その時、電話が鳴った。父が声を掛けてくれたエージェントからで、彼は僕を「Firstborn(家族の絆)」の読み合わせに呼んでくれるという。僕はこの芝居のイギリス人監督の前で読み合わせに参加した。鼻持ちならないやつだったけど、僕に役をくれたんだ。そうか、今何か起きようとしているんだな、と思った。最初に目指したのは外交的になることだった。億万長者にもなりたかった。映画のオープニングでタイトルよりも先に名前が出るようになりたかった。みんなに自分が誰であるか知ってほしかった。友達のみんなに「ワー、彼みたいになりたいな」と言ってほしかった。でも、そんなことでよりハッピーになれたわけじゃない。少なくとも成功した気分を味わわせてくれたことは確かだけど。今の僕が目指しているのは思索的になることだ。僕のゴールは自分とみんなを幸せにすることだ。演ずることは実に役立つ。僕を集中させてくれるし、他の人々と共感することを可能にしてくれるんだ。

――最近、役者として最も大切なことは何かと考えることがある。それは演じ続けることだと思っている。何かを得続けたいんだ。いまや、プロジェクトにノーと言える立場にさえある。脚本をあさり続けて、その中から僕にふさわしいものを選んでやるのは簡単なことさ。だけど今は、僕がうまく演じきれなさそうな役を求めている。僕がやりたい役は、そこから何かを学べる役だ。ハリウッドで僕がやりたいと思っている種類の映画はほとんどないね。どんな映画がやりたいって、精神性について語るもの、この素晴らしい世界の内面を流れる何かで、みんなぜひ見たいんだけど、対面することができないものについての映画さ。

――裸のシーンをやってみたいかって? もちろん。でも、そんな話が来たら、僕は「固くならないようにするから」とでも言うだろうか。クルーはがっかりするし、僕も当惑するよ。だって自分が望むほどそいつはでかくないんだから。服なんか脱がなくても、もっと自分を表現することが僕にはできると思うよ。

――映画は観客に影響を与えると考えた事があるかって? 最近それを考えるようになったよ。金の事は心配してはいない。僕の葛藤は自分の様々なゴールにどうやって到達するかなんだ。以前、ジョージアにいた時、あるご婦人が歩み寄ってきて握手を求めたんだ。
そして「私はあなたを『レス・ザン・ゼロ』で見ました」って言われた。僕は「あなたは僕の一部分といってもいいくらい素晴らしいですよ」と答えるべきだった。だけど、ちょうどむしゃくしゃしていたんだ。ただ、嫌なやつにはなりたくなかったので、いつも通りのお礼を言ってその場を立ち去ろうとした。すると彼女は「あなたの映画を観た後、2人の友達がリハビリに行きました」と言ったんだ。鳥肌が立つほど、うれしかったよ。「なんてこった、ようやく何をどうやったらいいのかが判ったぞ」と思った。

――僕が持たれているイメージは、何にも考えた事のない青年、だけどユーモアのセンスには長けていて周囲のことなど気にせずに変わったことをやってしまうやつ。だけど僕にはもっと真面目な面がある。例えば、家で読書をしたりするとても静かな一面だ。誰でもどこかの誰かと深く知り合えていると感じたがるものさ。そこから素晴らしい会話も成り立つんだけど、本当の僕の場合、ほんの数人しか真実の僕を知らないだろう。

――平凡になってしまうことが僕の最も大きな不安だ。決定的な失敗を恐れたりはしない。だってそんなことは起こらないだろうから。成功することも恐れない。そう考える事で失敗することもなくなるだろうから。その中間にいることがこわいんだ。成功するための最大の犠牲は、普通の人として日々の現実と触れることができなくなってしまったことだ。L.Aは現実の町じゃない。そしてL.Aで映画を撮るというのは、非現実への入り口だ。今じゃひとりで過ごせる時間もない。だけどそれは変えなければ。僕には充電期間が必要なんだ。

――僕は人生を愛しているし、決して諦めたりはしないだろう。僕は警察のお世話にはならないだろうが、これまでも安全ネットなしで綱渡りをやっていたに違いない。だけど、天使でも何でもいいけど、誰かが僕を上から見守っていてくれることを願っているんだ。
別に映画とは何の関係もないかもしれない。おそらく今後百年間の主要なリーダーのひとりになるどこかの子供をバスの下から引きずり出すために存在してるのかもね。

(翻訳参照:FLIX1998年4月号)
記事提供:ウーラさん