来日特集「日本は彼と特別な絆で結ばれているような気がする」


Premiere(日本版)1993年6月号
「真似ではなく、彼を感じることを大切に思っていたよ」
New Territory For Robert Downey Jr.         ロバート・ダウニーJr.――「チャーリー」を超えて
伝説的喜劇王の生涯を見事に演じきリ、人共の感嘆と賞賛を一身に集めたロバート・ダウニーJr.。
「チャーリー」と向かい合うことて"目覚めた"と言う若手実カ派の新たな道


「撮影終了後、1ヵ月問、僕は行方不明になったんだ。喪失感と脱力感がひどくて……。チャップリンを身体から追い出すためにひとりで放浪していた。マドリードやカナリア諸島をね」

『チャーリー』で、その外見はもちろん、エンターテインメント精神まであの喜劇王にソックリと評価を受け、オスカー候補にもなったダウニーJr.。目の前で物静かに語る姿は(次回作の準備でブロンドとグレイに髪を染めているせいか)チャップリンが例のメイクなしで出演した『ニューヨークの王様』を彷彿とさせる雰囲気だ。

「役作りの期間を加えるとほぼ2年もチャップリンだったからね。1ヵ月の旅くらいじゃ彼も消えてくれないんだ(笑)。そう、彼の出演作やニュースフィルム、参考文献はもちろん研究した。それに当然のことながらロンドン訛りの英語もパントマイムもバレエもコーチについて学んだ。でも、僕としてはステラ・アドラーの演技メソッドを信じているから。その人格を知るにはその環境を知れ、という。だから彼の生まれた1989年4月16日から始まる年表を作って部屋の壁に貼りめぐらしたんだ。彼が生まれた時はイギリスでこんな事件が起こったとか。もちろん、自分で調べて自分で作ったよ」

ロンドンの博物館にある、チャップリンが実際に使った衣装に腕を通したとき、ポケットのシガーをみつけて「これは『街の灯』の67番シーンに使われた、と閃いた」というほどののめり込み。並のアプローチではこうはいくまい。が、その彼も役を獲得するまでにはスター俳優の起用を望むスタジオを黙らせ、たとえばダスティン・ホフマンやロビン・ウィリアムズといった大先輩たちと闘わなければならなかった。

「役者なら誰もが絶対にやりたい役。だから僕も'90年の12月に行われたオーディションでは張り切った。でも、入れ込み過ぎて……諦めた。ところが2週間後に監督から'君でいく'と言われた。なんというか監督とは同志というか、何か宿命的な絆で結ばれていたんだと思う」

TVの『サタデー・ナイト・ライブ』に参加してコメディ・センスを磨くいっぼうで、'80年代には『バック・トゥ・スクール』や『レス・ザン・ゼロ』でアイドル・スターの仲問入り。が、'90年代はやや低迷の雰囲気も否めない。

「うん、細かくは出演してたけど、それでも一時期仕事をせずに遊んでた時期がある。それまでに稼いだお金を使って。だから、ずいぶんとワイルドな(笑)生活をしてもいた。でも、おかげさまでこの『チャーリー』でやっと目が覚めた。俳優としての自覚と生活スタイルが徐々にわかって確立できた。この仕事は公私ともにエポック・メイクとなったよ。そう、チャップリンのようにもっと自分を主張していくことが必要なんだと学んだね。そして気をつけることがもうひとつ。これからはプライベートと仕事のバランスを保つことだな」

それまで熱烈な関係だったサラ・ジェシカ・パーカーと別れ、1年前に女優デボラ・ファルコナーと電撃結婚。現在夫人は妊娠中だ。

「放浪の旅から帰国して、彼女とすぐに結婚。僕の性格は、映画を作っているときの興奮状態がなかなか断ち切れないんだ。だから、危ない自分をおさえるには結婚生活をするのがいい!と思ってさ。もし、結婚でsettle downしてなかったらいまごろ何処にいるやら(笑)」

すでにロン・アンダーウッド監督の『Heart & Souls』の撮影を終了しているあたり、落ち着いた結婚生活の効果はあったようだ。しかも6月には『レザボア・ドッグス』のクエンティン・タランティーノが脚本を書いた『Natural Born Killers』に出演。監督はオリバー・ストーンだし共演はジュリエット・ルイスだしで、こちらも大いに期待ができそう。

考えてみれば、彼の座右の銘はアンダーグラウンドな監督として知られる父の言葉、「最終ルールはルールを破ることだ」となればオーソドックスなアッテンボロー作品の後にアクの強いストーン監督作、しかもバイオレンス色の強いタランティーノ脚本に出演するのもうなずける。まさに今後の活躍が期待できる彼。次回の来日ではポケットにナイフを入れてきたりして!?

★ロバートはたった1回だけですが、来日したことがあります。当時の貴重なインタビューですが、「チャーリー」をやりとげて公私ともに充実していた彼を感じますね。最後の一行は「ふんっ!」と思ってしまいますが(笑)

ムービー・スター 1993年6月号
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記者会見 3月21日 帝国ホテル        チャツプリンの愛した国に来れて、嬉しい…
ロバート・ダウニー・ジュニア:この映画を作るにあたってラッキーだったのは、チャップリンの家族がこの作品を受け入れて、ぜひやってください、そういってくれる中で、作ることができたってことだろうね。

ロンドンには『ムーヴィング・ピクチャーズ』という映画ミュージアムがあって、実際にチャップリンが使った衣装をガラス・ケースに入れて展示しているんだ。それを、僕が行った時にはケースから出して、実際に着させてくれてね。その時ポケットを探ったら、シガー(葉まき)が出てきたんだ。(笑)

イギリス人だったら、ポケットを探るなんてことは、しないだろうネ、ハハ、けど僕は、好奇心の強いアメリカ人だから! このシガー、たぶんチャップリンが『街の灯』を撮った67番シーンで、使われたんじゃないかなって、ピンときたよ。


−この映画には、チャップリンの娘、ジェラルディンが出演していますが、役作りの上で、彼女から何かアドバイスはありましたか?

ロバート:ジェラルディンに初めて会ったのは、もう撮影の当日だったからねぇ。あれは、チャップリンのスタジオで再会する、そんなシーンだったよ。初めて彼女に会って気づいたのは、彼女の眼が、とても父のチャップリンに似てるってことだったね。もちろん、実の娘と一緒にできるというのも、嬉しかったよ。出演することで、彼女がこの映画を公認してくれたようなものだしね

−個人的に何か話されました?

ロバート:彼女を紹介されたのは、撮影に入る前だったから、とても時間はねぇ…。それに、もう撮影が終わった部分のフィルムは観てて、満足しているそうだったから、直接演技指導をするってことはなかったよ。

−今、どんなミュージックを聴いてますか?

ロバート:日本へ着いてすぐ、ヨーヨー・マーのCDを手に入れたんだ。あと、エルヴィス・コステロもよく聴くけど、とてもいいね。ほとんどどんな音楽も聴きますが、ロックも好きです。

−往年の名コメディアン、チャップリンを演じるにあたって、どこにポイントを置いて演じられましたか?

ロバート:正直な話、たくさんの人が観てくれるわけだから、絶対失敗はできないなって思ったよ。チャップリンは、大変な貧困家庭から出てきた人なんだけど、人間としての誇りをなくさないなら、他の人に優しくなれると思うんだ。チャップリンを演じるにあたって、それが常に頭の中に置いておいたことだね。

−コメディ感覚もお持ちなようですが、今、あなた自身は、チャップリンをどう評価しますか?

ロバート:チャップリンは、アインシュタインのような科学者に、限りなく近いと思うね。

−アメリカ人であるあなたが、チャップリンを演じることで、色々言われてますが、あなた自身はどう思いますか?

ロバート:そう言われるのもしょうがないとは思うけど、僕がこの映画をやるのは、もう運命づけられていたんだ。

−アッテンボロー監督は、会社側からもっと有名な俳優を起用しろという重圧をはねのけて、あなたを起用したそうですが、監督から、要望とかはありましたか?

ロバート:監督は、僕がどうしてもこの役をやりたがってたことを、知ってたと思うね。実際一生けん命だったし…スクリーン・テストの後、僕はまだ自分が選ぱれるかどうか不安だったけど、監督は迷いもなく、僕に決めていたそうだよ。

−この映画では、チャップンと幼な妻達の確執が描かれていますが、男として、どう思いましたか?

ロバート:20世紀の初め頃、チャップリンはイギリスからアメリカヘ来たわけだけど、その頃、イギリスの社会では許されていたけど、アメリカでは許されてなかったことって、あるんだ。 例えぱ年若い女性を妻にしたり、GFにしたりということとかね。チャップリは、全く文化風習の違う国から来て、価値感が、アメリカ人とは違っていたと思うよ。そして、そういうチャップリンを批判的に見ていた連中っていうのは、そういうことをわかっていなかったんだ。

−この役には、たくさん候補者がいただけじゃなくて、脇を固めるキャストも、あなたよりキャリアの長い人が多かったわけですが、どう思いましたか? また、アッテンボロー監督が、具体的にどういう援助をしてくれたのかを、教えてください。

ロバート:アンソニー・ホプキンス、ケヴィン・クライン、ジェイムズ・ウッド…そうだね、名優が揃ってるね。ということは、とても安心できることなんだけど、同時に、喰われちゃったらどうしよう!?とも思ったんだ。

リチャード(アッテンボロー監督)については、6週間ごとに、クランク・インが遅れると知らせてきて、役作りのための時間が充分あったことが助かったよ。それから、目の動かし方とか、細かくて、単純な演技について、助言してくれたね。単純なことではあったけど、今迄僕はやったことがなかったんだ。だからあるシーンでは、「じゃリチャード、実際演じてみなよ。」と言って、やってもらったこともあるんだ。それをまた自分なりに演じるわけさ。(アッテンボロー監督は、元々は役者だった。)


−サイレント映画を見て、研究しました?

ロバート:ええ。だけど、画面の中のチャップリンと同じように演じても、使ってるカメラのシャツター・スピードとかが違うんで、全く同じにはならないんですよ。だから、完全に真似るより、チャップリンの精神を真似るようにしました。

−演じていて、一番難しかったのはどこですか?

ロバート:難しかったのは、老いてからのチャップリンを、この若さで演じることだったね。演技だけじゃなくて、肉体的なこととかね

−映画の中で映画を撮るシーンがありましたが、あまりに本物そっくりなんで、びっくりでした。後で自分でも観て、どう思いますか?

ロバート:そういう風に言ってもらえると、役者としていい仕事をしたんだって、実感がわいてくるね。ありがとう。…この役を演じるにあたって、色んなチャップリンを見たよ。『リトル・トランプ』『小さな道化師』を演じる彼、監督としての彼、そのどちらでもない彼…そういうのを自分で研究しながら、やったつもりなんだ。

−日本は初めてなんだそうですが、どこか行きたい所はありますか?

ロバート:もう一度来た時になると思いますが、必ず京都に行きたいね。もっとゆっくりとした時間も作って、日本を見たいと思いますね。

…あとひとつ、僕から皆さんに言いたいことがあります。チャップリンは、日本の方達との間に、何か特別な絆を持ってたような気がするんです。日本の文化や、習慣を、とても愛していましたし…反対に、日本の方々も、チャップリンを、他の国々以上に評価してくださっていると、僕は思います。
そういう国で、この映画が公開されるのは嬉しいし、チャップリンを好きだった年輩の映画ファンから、まだチャップリンを知らない世代に紹介されると、とても嬉しいですね


★93年来日当時のインタビューで、ロバートは日本の印象とチャップリンとの特別なつながりを感じると語っています。そのチャップリンを演じるのが運命だったあなたも、きっと、日本とは縁が深いのよ〜と思いこんでいるのは、私たちだけ?(笑) きっといつか再来日をはたして、京都を、そして日本の各地を訪れてくれる日が来ますように!

記事提供:まりあさん

スクリーン 1993年6月号
チャップリン役には宿命的なものを感じていた      ●この役に賭ける熱意を監督が認めてくれた●
「レス・ザン・ゼロ」等の青春映画でお馴染みのロバート・ダウニー・ジュニアが、あのチャップリンの生涯を描いた伝記映画「チャーリー」で3月21日に初来日をはたした。

それも、ゴールデングローブ賞、アカデミー主演男優賞ノミネートというすてきなプレゼントを持って。そのためなのか、目の前にいるロバートは青春映画時代がウソのような落ち着き。変われば変わるもんである。

『そう、この映画はぽくの夕ーニングポイントになった。実は撮影中にはそれほど感じてなかったんだけど、公開され、オスカーにノミネートされるやいなや緊張感が増してしまってね』

と微笑むと、笑顔は青春映画のまんま。とってもかわいいんである。

『ぽくはこの映画にとても出たかった。なぜなら"宿命"みたいなものを感じたからなんだ。いままでのぽくの人生のなかでチャップリンのことが、なぜかよく出てきたんだよ。ときどき友人が「チャップリンの映画をやってみたら?」とか、「サタデー・ナイト・ライブ」に出演したときも「チャップリンに似てるよね」といわれたりしていた。そうそうこういうこともあった。ぽくが借りた家に、そのむかしチャップリンが住んでいたとか、ぽくが行った場所にチャップリンも来ていたとか。偶然がたび重なっていたんだよ。宿命的だと思わないかい? そこで監督のリチャード・アテンボローには、いままでの自分以上の力をだしてみせるという気持ちを伝えたんだ。でもね、スクリーンテストを受けたときは、ダメだと思ったよ。しかし、アテンボローがぽくの熱意をかってくれたんだ。嬉しかった』

と熱っぽく語るロバートは、ダスティン・ホフマンをはじめとした強敵を退けてこの役を獲得したのだが、彼の瞳は、この役を演じるにふさわしくチャップリンにそっくり。仕草や身のこなしもそっくりだが、やっぱりこの瞳。あの優しさと哀しみをあわせたような独特の瞳だ。

『チャップリンはコメディアンであり、みんなを笑わせてくれた人でありながら、その瞳には哀しみが漂っていた。それは、暗い過去や結婚のあいつぐ失敗とか、その長い人生において哀しい事件が多かったからだと思う。ぽくはそれを表現したかったんだ。それにもうひとつ大切なのは、彼の生きてきた、貧困といえる時代背景だ。チャップリンの放浪紳士は、たとえドン底にいても、人間としての誇リを持ちつづけていれぱ、他人に善行を施すことができるということを教えてくれるぽくはこれも頭に入れて演技をした。でも、モノマネになることは避けた。まねっこではなく、自分の心で演じるように一生懸命役作りをしたんだ』


●研究のため「街の灯」は12回も見たんだ●

その綿密な役作りが実って、見事な演技を見せているロバート。なにせチャップリンは、映画を好きな人はもちろん、映画を観ない人でも知ってる超有名人である。その大役を演じるにあたっては、彼のいうように「一生懸命」の精神的、肉体的努力があったはずである。

『たしかに苦労した。これで失敗したらぽくの役者生命はおしまいになるだろうし、そのプレッシャーは恐いくらい、ほんとすごかったよ。でもぽくは運がいい。共演したチャップリンの実の娘ジェラルディンをはじめ、チャップリンの家族がぽくを受け入れてくれて、ぜひ作ってほしいともいってくれたしね。それにアテンボローの力もある。彼は俳優としても一流だから、ぽくが演技で助言を求めると、自ら演技してくれるんだ。目の微妙な動きとかを教えてくれて、とても勉強になった。そうそう、こんなこともあった。ロンドンの映画博物館ムービング・イメージが、展示しているチャップリンの衣装を着せてくれたんだ。そのときポケットに手を入れてみると、なかからシガーが出てきた。驚いたよ。これはきっと「街の灯」の67シーン目に使われたシガーだと思うな』

ちょっと待って、「67シーン目」っていう数字は、一体「街の灯」を何回観て出てきたの?

『(笑)12回。チャップリンの映画で現存するものはすべて観た。そのなかでもお気に入りは「街の灯」と「モダン・タイムス」、短篇では「チャップリンの大酔」が好きだ。クランクインがとても遅れてね。でもこれはぽくにとってはラッキーなこと。研究する時間ができることだから』

なんとも研究熱心なロバートでありますが、そのかいあってオスカー・ノミネート。記者会見直前には見事英国アカデミーの主演男優賞を獲得したという吉報もとどいた。

『もし、アカデミーが取れたら? まずオスカー像を隠すよ(笑)』

と嬉しそうに笑うが、その笑顔からは、たとえオスカーを逃しても"全心の仕事をした"という自身と余裕みたいなものがあふれている。
ドラッグにおぽれ、すさんだ生活を送っていたとも聞くから、この変身は彼の努力の賜だろう。

『すでに撮り終わったのはロン・アンダーウッド監督(「シティ・スリッカーズ」)のコメディだ。「ゴースト/ニューヨークの幻」みたいなすてきなお話だよ。6月からクランクイン予定の作品はオリヴァー・ストーンのマスメディアを皮肉ったシニカル・ドラマ「ナチュラル・ポーン・キラーズ」。ジュリエット・リュイスたちとの共演だ。このヘアスタイルはそのための実験なんだ』

黒い髪を部分的に金髪にカラーリングし、口元には不精髭。セクシーで大人っぽいムードのロバートもすてき。それにしても新作が目白押し状態である。オフなんてあるんだろうか?

『暇なときはいつも妻と一緒にいるんだ。毎分毎分といってもいいくらい(笑)。8月にパパになるしね』
昨年の電撃結婚にも驚いたけど、もうパパ。ロバートの余裕と自身は順調な仕事はもちろん、パパになることにも大いに関係しているようである。

★93年来日当時のインタビューです。このときの金髪には異議ありですが(笑)27歳とは思えない落ち着きと自信がうかがえます。笑った顔がかわいい…って、そりゃ、目の前で彼の笑顔を見たら誰だってファンになってしまうでしょう(^.^)