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◆New Territory For Robert Downey Jr. ロバート・ダウニーJr.――「チャーリー」を超えて
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伝説的喜劇王の生涯を見事に演じきリ、人共の感嘆と賞賛を一身に集めたロバート・ダウニーJr.。
「チャーリー」と向かい合うことて"目覚めた"と言う若手実カ派の新たな道
「撮影終了後、1ヵ月問、僕は行方不明になったんだ。喪失感と脱力感がひどくて……。チャップリンを身体から追い出すためにひとりで放浪していた。マドリードやカナリア諸島をね」
『チャーリー』で、その外見はもちろん、エンターテインメント精神まであの喜劇王にソックリと評価を受け、オスカー候補にもなったダウニーJr.。目の前で物静かに語る姿は(次回作の準備でブロンドとグレイに髪を染めているせいか)チャップリンが例のメイクなしで出演した『ニューヨークの王様』を彷彿とさせる雰囲気だ。
「役作りの期間を加えるとほぼ2年もチャップリンだったからね。1ヵ月の旅くらいじゃ彼も消えてくれないんだ(笑)。そう、彼の出演作やニュースフィルム、参考文献はもちろん研究した。それに当然のことながらロンドン訛りの英語もパントマイムもバレエもコーチについて学んだ。でも、僕としてはステラ・アドラーの演技メソッドを信じているから。その人格を知るにはその環境を知れ、という。だから彼の生まれた1989年4月16日から始まる年表を作って部屋の壁に貼りめぐらしたんだ。彼が生まれた時はイギリスでこんな事件が起こったとか。もちろん、自分で調べて自分で作ったよ」
ロンドンの博物館にある、チャップリンが実際に使った衣装に腕を通したとき、ポケットのシガーをみつけて「これは『街の灯』の67番シーンに使われた、と閃いた」というほどののめり込み。並のアプローチではこうはいくまい。が、その彼も役を獲得するまでにはスター俳優の起用を望むスタジオを黙らせ、たとえばダスティン・ホフマンやロビン・ウィリアムズといった大先輩たちと闘わなければならなかった。
「役者なら誰もが絶対にやりたい役。だから僕も'90年の12月に行われたオーディションでは張り切った。でも、入れ込み過ぎて……諦めた。ところが2週間後に監督から'君でいく'と言われた。なんというか監督とは同志というか、何か宿命的な絆で結ばれていたんだと思う」
TVの『サタデー・ナイト・ライブ』に参加してコメディ・センスを磨くいっぼうで、'80年代には『バック・トゥ・スクール』や『レス・ザン・ゼロ』でアイドル・スターの仲問入り。が、'90年代はやや低迷の雰囲気も否めない。
「うん、細かくは出演してたけど、それでも一時期仕事をせずに遊んでた時期がある。それまでに稼いだお金を使って。だから、ずいぶんとワイルドな(笑)生活をしてもいた。でも、おかげさまでこの『チャーリー』でやっと目が覚めた。俳優としての自覚と生活スタイルが徐々にわかって確立できた。この仕事は公私ともにエポック・メイクとなったよ。そう、チャップリンのようにもっと自分を主張していくことが必要なんだと学んだね。そして気をつけることがもうひとつ。これからはプライベートと仕事のバランスを保つことだな」
それまで熱烈な関係だったサラ・ジェシカ・パーカーと別れ、1年前に女優デボラ・ファルコナーと電撃結婚。現在夫人は妊娠中だ。
「放浪の旅から帰国して、彼女とすぐに結婚。僕の性格は、映画を作っているときの興奮状態がなかなか断ち切れないんだ。だから、危ない自分をおさえるには結婚生活をするのがいい!と思ってさ。もし、結婚でsettle downしてなかったらいまごろ何処にいるやら(笑)」
すでにロン・アンダーウッド監督の『Heart & Souls』の撮影を終了しているあたり、落ち着いた結婚生活の効果はあったようだ。しかも6月には『レザボア・ドッグス』のクエンティン・タランティーノが脚本を書いた『Natural Born Killers』に出演。監督はオリバー・ストーンだし共演はジュリエット・ルイスだしで、こちらも大いに期待ができそう。
考えてみれば、彼の座右の銘はアンダーグラウンドな監督として知られる父の言葉、「最終ルールはルールを破ることだ」となればオーソドックスなアッテンボロー作品の後にアクの強いストーン監督作、しかもバイオレンス色の強いタランティーノ脚本に出演するのもうなずける。まさに今後の活躍が期待できる彼。次回の来日ではポケットにナイフを入れてきたりして!?
★ロバートはたった1回だけですが、来日したことがあります。当時の貴重なインタビューですが、「チャーリー」をやりとげて公私ともに充実していた彼を感じますね。最後の一行は「ふんっ!」と思ってしまいますが(笑)
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