2003年9月4日〜9月13日    カナダ・オンタリオ州トロント


TORONTO Photo Gallery-1
画像提供:miwaさん
地道に努力するロバート・ダウニー 2003年9月10日 canada.com
「僕をみてよ」 ロバート・ダウニーJr.は言うが、そうせずにいるのも難しい。彼は、がっしりした体を引き立たせるぴったりした白いノースリーブのTシャツを着ている。マーシャル・アーツを週6日、ハードなトレーニングをこなして出来上がった体だ。彼の手には違法で(訳注:禁煙の街トロントであるため。カナダは禁煙先進国ともいえるほど、公共の場はほとんどが禁煙。トロント市内のレストランは全席禁煙の法律があるほど)フィルターのないキャメルのたばこがある。頭には形の崩れたグレーのフェドーレ(フェルト製の中折れ帽)。非の打ち所のない無邪気な笑顔。目は澄んでいて、とても元気である。エネルギーに満ち溢れているのだ。

「僕が惨めか?酔っ払ってるかって?いや、執行猶予も終ったし、保護観察でもないよ。パスポートも持ってるし、財布や鍵も持ってる。」

ダウニーがそんな主張ができるようになって久しぶりである。薬物乱用と保護観察規定違反の様々な容疑で、10年間の大半を刑務所を出たり入ったりしてきた。オスカーにノミネートされた(1992年「チャーリー」)こともあるこの役者は、突然、映画業界のビジネスリスクになった。映画会社は、製作中に何か起こったときの万一に備えて、彼に保険を掛けることが出来なかった。保険契約なしでは、仕事を得るのは難しい。

救済したのはメル・ギブソンだった。ギブソンは、デニス・ポッター作品の映画版The Singing Detectiveのプロデューサー(兼出演)であり、この作品はトロント国際映画祭の特別上映作品である。ダウニーは犯罪小説家ダン・ダーク役で主演している。ダークは病院のベッドに横たわり、ひどく痛みを伴う皮膚病に苦しんでいるが、ダンスバンドの歌手でもある私立探偵についての話を空想している。

「メルはフットボール・チームのスターで、ベンチにいる僕を見たくないビッグ・ブラザー(偉大な兄貴)なんだ。」ダウニーは、いくぶん告白的でボードビル的言動だった昨日のインタビューでそう語った。彼を役に惹き付けたのは何かと尋ねると、「ポスター」だと言う。ドラッグ問題の彼の経歴について質問すると、おかしくておそらく照れくさそうではあるが、12段階プログラムのどこかではあるようだ。

「これは僕が初めから終りまで、まごつくこと無しに演じた最初の映画だ。そう最初の映画。僕は40かそこらの映画に出てきたと思う。」

ダウニーはこう付け足す。「今更秘密には出来ないよ。僕はあえてひねて考えようとしてるのではなく・・・厳しく正直でいようと。たまにちょっと'ゲゲッ'ってなるくらいにね。」

ダウニーは、彼が Singing DetectiveのTV番組のテープを観たのは、滞在していた裁判所命令による治療施設に、ギブソンがひょっこり立ち寄ってそれを置いていった時だった、と語った。その時彼はこう考えた。「彼は自分のトランクの中を片付けていたに違いない。何のためにこんなものを僕に渡したんだ?」

「それが僕が最初考えたことさ。僕にプレゼントをあげておいて、ちょっかい出そうとしているに違いないってね。」次のように思うまで2年かかったと言う。「信じられない!なんてすごいプレゼントだったんだ。ありがとう。」

The Singing Detectiveで、ダウニー演ずる役は心理療法を受けており、精神科医はギブソンが演じている。ダウニーは、この治療方法は効果的だと思う、と語る。彼(ダウニーの役)が「無愛想(無関心)」だったとき、彼(ギブソンの役)は1時間に200ドルも摩っているようなものだと言ってたよ、とダウニーは話す。
(訳注:最後の文は、映画の中のダークとギボン医師の様子を話してるものだと思われますが、何せまだ観てないので自信がありません。(^^;)

「2つ目に(ギブソンの役が)言ったことが、"一人じゃ出来ない"ってのは彼(ダウニーの役)がめきめき回復し始めている瞬間なんだ、って。」

この役者は、自分の脳は、THC(マリファナの成分)やアルコールそして麻薬を試してみた12歳になる頃にはドラッグに乗っ取られていたんだ、と語る。

「誓って言うけど、これが本当のことだなんて最悪だよ。でも僕は事実を受け入れている。余計なことだけど・・・フレディ・クルーガー
(訳注:映画「エルム街の悪夢」シリーズの殺人鬼)に"君はこの絵には何が足りないのかわかるか?"って言う企みにはぞっとさせられるね。同じことだ。なぜなら僕はすぐに不快になるからね。」(訳注:???「エルム街の悪夢」は観てないので何のことだかわかりません。ダウニー語・・・難しいです・・・)

ドラッグを摂取していないので、今は「かなり良い」状態だ、と言う。彼はまた非常に頭の回転も速い。記者が、彼の演技が「アリーmy Love」ではいかに素晴らしいかを話題にしている新聞記事について質問すると、ダウニーはこう言った。「それ読んだの?自分で書いて以来まだ目にしてないんだよ」

その伝説的に有名な魅力にも関わらず、この役者は何度もカムバックしながらも、これだけ多くの薬物違反をしてきたので、ハリウッドではまだプロとしては謹慎期間のような状態である。

「たくさんの善意があって、そしてたくさんのリアリズムもあるんだよ」彼は言った。「可笑しいことは、僕は自分の限界を知っているから、しばらくの間一緒に仕事する誰よりも、僕には大して保険のリスクはないんだ。」

だからといってアクシデントが起こらないわけではない。新作の"Gothika"で、彼はハル・ベリー演ずる元同僚を抑制しようとする医者を演じているが、誤って彼女の手首を骨折させてしまった。彼は自分に全責任があるというが、嬉しそうにこう言い足す。「100個のしびん(便器)を準備できても、すべて潔白だとわかるよ。だってこれはうっかりミスだったんだから。」

女優のサラ・ジェシカ・パーカーと7年間同棲したこともあるダウニーは、1997年に離婚した。彼の新しい恋人でプロデューサーのスーザン・レビンは、彼の手綱を締めている。彼は言う。「そうされるのは気に入っているよ。なぜなら必要なことだからね。当分の間は。」

そうはいっても、彼は自分の人生が手元に戻ってきたことを認めている。

「真実は、結局、自分たちの名誉のために誰に目を向けなければいけないのか?ということ。教練指導官じゃない。6週間顔を出していたか、そしてやるべき事をやっていたか?毎日やっていたか?ってことだ。」

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画像提供:miwaさん
◆ダウニーは上機嫌 2003年9月10日 JAM Showbiz 
翻訳協力:ルルさん、まさがこさん
問題児の役者が、ノワール・ファンタジー映画"The Singing Detective"で元気にカムバックする。


トロント――彼が戻ってくる。ロバート・ダウニーJr.が、映画祭期間中の月曜日の夜、ここで上映される超現実的で不思議な映画"The Singing Detective"に主演し、ビッグ・スクリーンに戻ってくる。上映後の熱狂的な観客の反応は、映画への好意的評価とダウニーに対する支援の表れが等分しているようだった。

上映終了後、彼は自分の席にはいなかった。「その理由は3つあるから言わせてよ」後にダウニーはインタビューでこう言った。「まず、僕は1時間40分もタバコを吸えなかった。そしてお腹がすいてた。それにちょっと照れくさかったんだ。だって、自分を観ながら涙ぐんでたし、もう『あー、役者が泣いてるとさ、君達は見渡す、そしたら役者が泣いてる、え?、マジか?信じられない。サイテー。Get out of Dodge, man! You're a cowboy!こんなところにいても場違いだよ、出て行けよ!』って感じだったからさ」
(訳注:Get out of Dodgeは、西部劇からの引用で、サウスダコタ州ドッジ・シティを指し、「その街(場)から早く出て行けよ」という意味でよく使われるフレーズらしいです。Dodge Cityにやってきて悪さをしようとするカウボーイは、早く出て行かないと痛い目にあうぞ、という西部(Old West)の比喩を使ってロバートは話してるんですね。この部分の翻訳については、まるさん&まるさんの御主人様にご協力いただきました。ありがとうございました!m(_ _)m)

(後に、彼はこう言った。「この映画祭は、まさに自分を生き返らせてくれた重要なイベントになった」そして彼がやるべきことが何なのか、なぜしなくてはならないのかをちゃんと理解する機会にちょうど居合わせることが、いかに彼を癒していたのかを説明する。)

出所後、最初の映画出演で、ダウニーは主役を演じる。"The Singing Detective"はデニス・ポッターの半自叙伝のテレビシリーズの映画版だ。作家、彼のひどい症状の乾癬、彼が書いたノワール小説、彼が空想する華美な人生とたくさんの歌と踊り、それらが複雑に絡み合っているファンタジーと現実で構成された例を見ない作品である。「蘭に魅せられた男―驚くべき蘭コレクターの世界」
(訳注:早川書房刊。スーザン・オーリアン著で原題"The Orchid Thief"。2002年に「アダプテーション」として映画化された)と同じくらいに説明するのが難しい映画であるが、ちょっとイカれてて愉快な映画だ。

ダウニーはナーバスであると同時に陽気にもみえる。彼のユーモアはいつものように、躁病的で自分を卑下した感じだが、彼のジョークは過去よりやや内省的で、12段階リハビリプログラムのようだ。彼は映画の中でダン・ダークという名の役(TVシリーズではマーロウと呼ばれていたキャラクターである)を演じ、その役は、深刻な乾癬のシーンでは手の込んだメークアップをしなくてはならなかった――彼の顔全体を表面がザラザラして、あばたのてきている顔に見せるために。「僕はまるでダン・ダークみたいだね。おかしくて魅力的、ピザのような顔はちょっとゾッとするけど、自分を見せびらかしてばかりだ」と彼は語る。

ダウニーはまさに今が、人生で最大のセカンドチャンスの時だと十分に自覚しているようだ。リハビリ、逮捕、服役など、ごく最近も大騒動を巻き起こしたが、実際のところ、彼は1988年、23歳の時に更生施設に入所して以来、何度も入退院を繰り返している。そして現在38歳となった。

「ああ、僕はピンボールマシンの機関砲に当たったんだ。『ピンボールの弾に当たりたい人はここに登録すること』って言われたとき、『それは僕の仕事だ』って思ったよ」過去の映画の仕事をやり直したいかを質問すると、この役者は真面目に、「ぜひ仕事に戻って、全て一からやりなおしたいね」そして、冗談モードにさっと切り替わって、こう付け加えた。「これは、みんなの時間を無駄にする新しい方法だね!(騒動で)仕事に邪魔が入ったり、現場を離れなくてはならなくなる僕の問題がまだあるからね」

この映画に出て、「"The Singing Detective"をやってよかったことは、十分に考える時間がなかったから、逆に演じることを大切にすることが出来た、ということだ。僕はいわゆるこの世界に入り込む必要があって、3つのことをしなければならなかったんだ。物静かで、冷静で、紳士らしくすること。固執することなんてなにもなかった。僕は、悲劇的なことと同時に喜劇的なことを演じたけど、これはまったくの新境地だったよ。これらのダンスナンバーや、あの歌っている探偵の妙な話に、僕は仰天させられたんだ」

「僕が働いている時の呪文はね、『できない、できない、できない』」彼は笑いながらこう付け加えた。

実際、彼は歌がうまい。ダウニーは、17歳の時から歌ったり作曲の仕事もしてきている。アルバムを出すのだろうか?

「僕がアルバムを出すかって?今現在、それは本末転倒だと思わない?アルバムの題名は、マントラ中毒っていうのはどうかな?」そう言うと彼は立ち上がって、床に転がり、狂ったように笑いながら、「マントラ中毒だって!今まで聞いた中で、一番矛盾した言葉使いだよ」

そこで聞いてみた。自伝を出版するのはどう?

「ああ、いいかもね」と彼は言う。

「でもやっぱり、それはないだろうね。(放っておかれる)審理なしの人生が一番だからね」
◆ 称賛に酔うロバート・ダウニー    2003年9月14日 TORONTO STAR 
翻訳協力:フッキーさん、ナリさん
「熱く迎えられた「Singing Detective」
クリアになった俳優は拍手喝さいを大いに楽しむ。


少なくとも一人の関係者にとって、2003年トロント国際映画祭の思い出は、永遠に温かな出来事のひとつになるだろう。
ロバート・ダウニーJr.が映画祭で報道陣に会う前夜、彼はThe Singing Detective(デニス・ポッターの有名な英国ミニ・シリーズの長編映画版)の上映の終わりに、驚くべきスタンディング・オーヴェイションを受けていた。

ポッターがアメリカを舞台に、アメリカで製作されることを常に望んでいた脚本を下に、メル・ギブソンがプロデュースし、キース・ゴードンが監督したこの映画で、ダウニーは、非常に優れたマイケル・ガンボン(いまいましく気難しい低俗な作家は、ポッター自身が患ったのと同じ耐え難いほど苦しい皮膚病で入院している)によってかつて演じられた有名な役を得た。

リスクの多いプロジェクトでの大胆で冷たい演技ではあるが、熱心で型にはまらない38歳の役者――オスカーにノミネートされ(1992年「チャーリー」)、一匹狼の映画制作者ロバート・ダウニーの息子で、そしていまいましい麻薬違反の常習者――にまさに期待したようなことでもある。つまり魅了されるだろうと。

そして、先の夜の反応で何かいうとすれば、賭けはうまく行った。ダウニーが映画上映に引き続きステージに上がったとき、観衆は立ち上がり、大騒ぎをした。

フォー・シーズンズ(ホテル)のプールサイドのデッキ・チェアーに座り、筋肉たくましく健康的に見えるダウニー――今ではすっかり依存症から回復している――は、まだ見るからに観衆の反応に圧倒されている。
「あぁ、とてもいい気分だったよ」と彼は言った。「僕はそこに居合わせることが出来て、それ(スタンディング・オーヴェイション)を見れて、一緒にやったんだよ」

彼の筋肉と新しく入れたように見える刺青(彼の10歳の息子の名前"インディオ"と彫ってある)をはっきり見せる身体にぴったりとしたナイキのタンクトップを着たこの役者にとって、大喝采は、先へ進む時(が来たの)だと世間が認め、彼の気を奮い起こさせるものであった。注目を集めた麻薬による逮捕、出廷、そして容赦のないメディアの批判の対象となった10年の後、トロントの観客は、ロバート・ダウニーJr.が帰ってきたことを歓迎した。
「僕は昨日の夜、自分が2インチ成長したように感じたよ。」彼はにこやかに言った。

ダウニーは、記者に会うことだけでなくタブロイド紙の悪評について話すことについて、意外にも勇敢である。ここで二日間、自分を質問にさらすことについてためらったかどうか尋ねると、彼は肩をすくめた。

「僕はやらなければならない仕事がある人々に出くわした。そして僕はただ一連のくだらないことをさらけ出すだけでよかったんだ。」と彼は言う。「彼らは『何もスキャンダルはない』と言うのが許されないんだよ」

「それは、25年間虐待関係に身をさらした女性が言ってることに似ている。」「いや、彼女はほんのちょっとの間はそうだったけど、25年間は自ら進んで身をさらしてたんだ。僕はその虐待された(ののしられた)女性だ。僕がしたことは抵抗せずに受け入れて、そんな人生にサインしたことだ。」

「もし誰かが僕に代わって(メディアに対して)憤慨したいなら、一人の男が、子供から少年に、そして大人、少年、子供へと何度も何度も繰り返すことに憤慨するべきで、彼が何とか天罰を受けないようにと考えるべきだよ。」

ダウニーを選び、彼にこだわることで、彼は彼自身を作り上げた。彼ら(メディア)はたまたま最低な選択をした。「僕は、やや大まかに前もって決められた運命の中で、人は多くの自由を得るのだと信じている。」

The Singing Detevtiveにおいて、彼の役を特徴づけるのに効果的な怒りを、彼にありったけ出させたのは何だったのか尋ねると、彼は「28年間の不運はどう?」と言ってきた。

強烈なDowneyspeakが時々飛び出しがちとはいえ――"Obligation is the mother of deformity"「間違ったことをすると、やらなくてはいけないことができるんだよ」
(訳注:この文は、「そうする必要があったから、ありったけの怒り(演技)を出したんだ」と解釈できなくもないのですが、自分のこれまでの問題をはっきりと間違いだと自覚している発言だと思われます)と彼はこの点を強調し、「僕は今、極めて客観的に物事がみれるんだ。これは実は禅の経験から得たんだ。」とあとで付け加えた。――人は、手に負えないポスターボーイとして一旦みなされた事実から逃れることはできないが、薬に煽られてきたハリウッドのお荷物は今、ようやく他の岸に到着した人のようにみえる。

次の水の例えは彼がしたものだ。「さあ、プールのそばに寄って…」ベンチの後ろに鍛えた腕を回しながら彼は話した。「人はどうやって、海の反対側に辿りつくと思う?」「かいを取って狂ったように漕ぐだけさ」

彼はもう一度、海に引き戻されるとことを心配するだろうか? 彼は過去において、一ヶ月以上クリーンのままでいられたようには見えなかった。

彼は企みを話すように身をのり出し、皆をじっと見て言った。「僕の友達のウォーレンがなんて言ったか知っている? ウォーレンB、あえて、彼のラストネームは言わないけど。
ウォーレンBは言ったんだ。『ロバート、君は独房の匂いを覚えているかい?だったら、大丈夫だよ。』」

ロバートは前夜のような称賛をこれからも聞くだろう、そして同時にほぼ10年間の海の怒号(社会からの非難)もまた聞くだろう。しかし、過ちは犯さない。彼は独房の匂いを覚えているから・・・
◆ロバート・ダウニーJr.は皆に知ってほしい――彼はもう大丈夫なことを 2003年10月12日 San Francisco Chronicle
翻訳協力:フッキーさん、ナリさん
ロバート・ダウニーJr.は皆に知ってほしい――彼が抱えてきた服役や依存症の問題はもう大丈夫、新しく生まれ変わり、2本の映画を撮ったことを。

トロントで、ロバート・ダウニーJr.は我々のインタビューに45分も遅れている。これは常識外れのスターの振る舞いではない――バーブラ・ストライザンドは以前、6時間もジャーナリスト達を待たせた。しかしダウニーの担当者達は、この役者が降りてくるのをホテルのエレベーターのそばで待ちながら緊張した様子だ。彼が大丈夫なのかどうか確認するために、交代で彼の部屋まで行き来している。

多くの人々が同じことに驚くかもしれない。ダウニーのコカイン、ヘロインそしてアルコール依存症との悲しい闘いは、麻薬の服用下での運転、リハビリの失敗、繰り返された仮釈放違反のために服役、によって公的にも明らかにされている。2000年、ダウニーはプロとしての確固たる地位を取り戻したように見えたが、別の薬物関連で逮捕され、「アリー・my Love」から突然解雇された。

現在ダウニーは、かつて有望だったキャリア(27歳のとき「チャーリー」でオスカーにノミネートされたことも含め)を復活させようと、カムバックを試みている。新しい二つの映画、"The Singing Detective"と 「ゴシカ」は彼の復活を予想させる。しかしそれらは、必ずしも彼についてのなかなか消えない問題の答えにはなっていない。

「いつもそれを訊かれるんだよ」遅れたことに対して何度も謝罪した後、ダウニーは言う。「大丈夫?」と、彼は心配そうな口調を真似した。「つまりさ、ったく・・・、僕の新しい恋人(プロデューサーのスーザン・レヴィン)は僕を呼んでこう言うんだ。『僕は大丈夫だよ、って私に言ってくれない?そうすれば私は仕事に行けるわ』 僕はいつも自問して答えるんだ。今のところは『イエス』だよって」

我々のインタビューのために屋内の部屋か中庭のどちらかを選べたが、ダウニーはトカゲのように日差しの当たる方へと向かう。Tシャツがぴったりとした様子から、38歳のダウニーは、これまでずっと体を鍛えていることが伺える。彼にとって唯一の刺激物は、フィルターのないキャメル(煙草)と、4杯分のカフェインが注がれた大きなマグカップだ。だんだん調子が出てきたダウニーの考えることにはびっくりさせられる。彼は帽子を脱ぎ、日光を浴びる。

遠くにある出入り口のない壁を指して、ダウニーは「あれは僕にツイン・タワー矯正施設(ロサンゼルス郡刑務所)を思い出させる」と言い、刑務所での生活について尋ねる私の合図で、「本当のことを言うと、僕は決してそれ(麻薬?)を何かと交換しようとしなかったんだ」と彼は語る。「それって、この元気で小さなユダヤ人とのハーフの男だとか、ちょっと元気なユダヤ人の男どころか、まったく最低なやつだよね、僕は」

すぐに彼はこの無頓着な返答をやめ、「刑務所はまったく最悪なところだった。本当にぞっとする。酷かったよ」とダウニーは言う。彼は、受ける無作為の薬物検査のどれか一つでも落ちたら、戻らなくては行けないリスクを持っているのだ。

彼自身の問題は、"Singing Detective"での彼の役に感情移入するのに役立った。ナイトクラブの歌手としてアルバイトする皮肉な私立探偵の話を想像しながら病院のベッドで時を過ごす、ひどい乾癬を患った犯罪小説家の役だ。有名なデニス・ポッターによる脚本は、BBCが1986年に製作した時は、6つのエピソードのミニシリーズとして放送され、非常に重層的である。

ダウニーは、探偵役をハンフリー・ボガード、歌手をボビー・ダーリンをモデルにして演じた。顔が病斑と傷跡に覆われた患者を演じるために、ダウニーは、彼曰く、法と闘う以前からずっとコントロールできなかったという依存症に苦しんだ自分自身の経験を利用した。

「8年か9年前は本当に手に負えなかった。毎日太陽は昇ってたようだけど、僕は朝になったら地獄に送られるんだと思ったよ。後はただただ、1時間先まで無事なんとか生き延びるしかなかった。日没まで生きられるかなんてわからなかった」ダウニーは、彼の父親でアンダーグラウンドの映画製作者のロバート・ダウニーが、彼が8歳の時にマリファナを与えたのだと語った。

"The Singing Detective"をプロデュースし自らも出演しているメル・ギブソンは、興味をそそる映画の題名にもなっている主人公役を与えることで、ギブソンがダウニーを信頼していることを示した。彼は、ダウニーがその時滞在していた裁判所命令による治療施設で、彼に観るようにとBBCシリーズのテープを持ってきた。

「メルは僕がやれそうなことを常に理解していた」とダウニーは言う。彼とギブソンとの友情は17年にも及ぶ。「彼は、僕が家族との結びつきがなかったときや、子供と一緒にいられなかったとき、近くにいてくれた唯一の人なんだ」

プロデューサーにとって賢明な措置は、彼の過去のドラッグ問題を考えて、ダウニーに保険を掛けることだった、しかし、監督のキース・ゴードンは、彼(ダウニー)は"Singing Detective"では保険には入らなかった、と言う。「基本的に保険はメルだったんだ。メルが一度こう言ったんだよ。『毎日ロバートに、まな板に乗った僕の○○○の写真を見せるのさ。これが映画の保険だよって』」

ゴードンは続けてこう私に断言した。ダウニーは「撮影現場ではちゃんと行儀良くしていたよ。彼の演技への取り組み方は素晴らしくてクレイジーだったけど、全く問題はなかったね」

ケイティ・ホルムズ(ダウニー演ずる患者に毎日マッサージをする看護婦を演じる)は、彼女の共演者が「私を死ぬほど困らせたのよ。誰かをマッサージするのはどうやってもやりにくいのに、ロバートは私にあまり簡単にはやらせてくれなかったわ」彼女はダウニーのことをこう思う。「あまりに頭の回転が速すぎて、彼が言ってることのほとんどが、私には難しすぎて全くわからなかったの」

ギブソンは撮影を無事終えらたことで、ダウニーにBMW650をプレゼントした。「『何考えてんだ?』って感じだった」とダウニーは思い出す。「僕にとって、それはまじで危険なマシーンだよ。たまにその辺を乗り回すよ。もっと交通安全を学ぶことにも関心がある。勿論、免許を取ってね」多くのダウニーの発言同様、冗談を言ってるのかどうか判断し難い。

保険問題は先月再び浮上した。ダウニーがウッディ・アレンの新作映画に主演すると発表された後に、保険料の担保をカバーすることについて映画会社が彼と合意に達することができなかったので、この役者は映画から降板させられたという別の声明が続いたのだ。

「心を痛めてはいないよ」とダウニーは役を失ったことについて話した。「脚本を読んでみてどうだったかを話すことは出来ないんだ。でも本当に良さそうに思えたよ・・・『僕はウッディ・アレンの秋のプロジェクトに参加するよ!』ってね。とはいうものの、たくさんの不満があることをやるのに何のお金も入らないないって事実は、『ちょっと待ってよ』みたいだったね。僕はいつでも、面倒なところにいるよりどこか別のところにいたほうがいい」

「ちょうど大手のワーナー・ブラザース映画「ゴシカ」を撮り終えたところだ。僕等は保険を掛けたし、大したことなかったよ。会社はいくらかのお金を払い、そして全てのお金は戻ってきた。みんなハッピーさ」

ダウニーはその映画をうまくやり遂げた。彼は、ハル・ベリーと共演し超大作になりそうな映画に出演する機会を得た。(彼は、彼女が自分の夫を殺したのか、あるいは幽霊が彼女にそうさせたのかを断定しなければいけない精神科医である。)

「撮影は難しかった。けれど、そこで僕は彼女(レヴィン)と出会ったんだ」とダウニーは言う。「もちろん僕等は、撮影が終わるまで親密な関係になるのを待ったんだ。利益相反になるからね。僕はこれ以上、どんな悪いこともやらないよ」ダウニーは大っぴらにウィンクしながらこれら全てを話した。

彼らの恋愛は「真剣だ。本物なんだよ。彼女は、一緒に彼女の・・・、彼女は本当に僕のことを心配してくれている」とダウニーは言う。彼はサラ・ジェシカ・パーカーと7年間同棲し、女優のデボラ・ファルコナーとは3年間結婚していた。両方の関係は、彼の薬物常習のために破綻した。

彼は、ファルコナーとの息子と固く結びついている。少年の名前インディオは、ダウニーの腕に刺青になっている。(別の腕には, ダウニーのオリジナル・ファミリーネーム「イライアス」が彫られている)ダウニーはインディオの10歳の誕生パーティーを主催した。

自分自身と同様にインディオのためにも、ダウニーは働き続けることを決心した。彼は、フランク・シナトラに取り付かれている変わり者を演じることで、ピーター・ボグダノヴィッチ
(訳注:映画監督。代表作に「ラスト・ショー」「ペーパー・ムーン」がある)と交渉中である。ダウニーはまた、Dito Montiel著の"A Guide to Recognizing Your Saints: A Memoir"(囚人と囚人を助ける男の話)が原作の映画を製作しようとしている。

私は、彼が囚人を演じるかどうか尋ねた。「いや、僕はその友達を演じるよ。わかっているでしょ?」とダウニーはとぼけた。「言ったじゃない、すべてが変わったんだよ!」