2003年1月16日〜26日 アメリカ合衆国ユタ州パークシティ


SUNDANCE Photo Gallery-1
画像提供:ふじまるさん
RDJが帰って来る! 2003年1月15日 Entertainment Tonight
ロバート・ダウニーJr.が心理的ドラマ&ミュージカル映画'The Singing Detective'で、友人のメル・ギブソンと共に、ビッグスクリーンに帰ってくる! 彼は、一連の麻薬所持違反後、カムバックに取り組んでおり、内に潜む悪魔に苦しめられ病気で寝たきりの犯罪小説家を演じる。ギブソンは、この映画を製作し、風変わりな精神科医を演じる。ロビン・ライト・ペンとケイティ・ホルムズも同様に上手く演じている。映画は、ユタ州パーク・シティで今度の金曜日に、サンダンス映画祭で初公開される。

スキーリゾートSundanceは、毎年12月にミニ・ハリウッドに姿を変える!  2003年1月15日 Yahoo!News(AP)
金曜日に、パーク・シティは2つの大きなプレミアのホストを務める。パチーノ、テア・レオーニ、キム・ベイシンガー、そしてライアン・オニール共演のミステリー映画のPeople I Know、ロバート・ダウニーJr.とロビン・ライト・ペンが主演のThe Singing Detectiveである。

「メルが、ダウニーが出演しているから…そんな売り方をしてほしくない」
       ――キース・ゴードン監督が語る熱い思い

2003年1月16日 Yahoo! News(AP)
パーク・シティ(ユタ州):フィデル・カストロとトゥーパック・シャクールのドキュメンタリー、信仰のために殺された16世紀の女王についてのタイの作品、そしてロバート・ダウニーJr.主演のフィルム・ノワール・ミュージカルが、今年のサンダンス映画祭のハイライトに含まれている。
ダウニーは、"The Singing Detective"のタイトルロールを持ち(主役を演じている)、長年の麻薬とアルコール問題後のリハビリと保護観察の終了以来、彼にとって初の映画となる。
デニス・ポッターの小説から改作された"The Singing Detective"は、サンダンスを歩き回っている映画の買い手(配給会社の人)にとって、熱く期待されているものの一つだ。ロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、そしてメル・ギブソンが共演し、ギブソンの製作会社がこの映画を作った。
「『この映画はメルとロバートが出てるよ』としたくない配給会社に、本当は決まってほしい」。"The Singing Detective"のキース・ゴードン監督は言った。彼は、3年前にも"Waking the Dead"でサンダンスに来た。「映画を愛し、次の『マルコヴィッチの穴』に変える方法を知っている人を望む。"我々はこの映画の売り方を知っている"と言う誰かを。」

あえてサンダンスへの道を選んだキース・ゴードン監督 2003年1月16日 The New York Times
キース・ゴードンの最新映画 The Singing Detectiveはパーク・シティでオープニングナイト映画になるが、まだアメリカ国内での配給先が見つかっていない。彼は、デニス・ポッターが新分野に踏みだし、1986年から始まった英国TV ミニシリーズに基づいた映画が、時にサンダンスを映画界の騒々しい中心地へと一変させてきた入札競争のようなものを引き起こすのだろうか、と思っている。

「我々は、映画館を探すより、引き止めておいて、実はサンダンスで初公開すると決めた」とゴードン氏は語った。「今、何が起こるのかわかるだろう」。
ゴードン氏には、どちらかと言えば"The Singing Detective"で困ったことはなかった。彼がプロジェクトを進めた時までは、極めてきつい予算で撮影しなくてはならなかったが、メル・ギブソンの製作会社アイコンによって十分に資金調達され、そしてロバート・ダウニーJr.を主演に、メル・ギブソンが脇役(禿げて、前かがみ姿勢で、近眼の精神科医として)に決まった。

1994年に亡くなったデニス・ポッターは、体を衰弱させていく乾癬で苦しみ、そこでは私立探偵であるフィルム・ノワール的世界について空想することによって、自分の苦痛から逃れる男のぞっとするおかしい話を創った。
「私は映画に専念し、アイコンの人たちに、アメリカの配給先やその他のことを得ることについて気をもませている」ゴードン氏は言った。「これが、インディペンデント映画業界で金のための恐ろしい時間であることは、疑問の余地がない。しかし、すべてうまくいくと確信している。」

サンダンスで公開される7本についての映画評 2003年1月16日 Entertainment Weekly
(3)The Singing Detective   ロバート・ダウニーJr.は、デニス・ポッターによって書かれヒットした1986年のTVミニシリーズの、豪華で多様なジャンルのリメイク作品で、病気の犯罪小説家として、ガシャン-ズドン-ブーンとカムバックする(爆笑!)メル・ギブソン(プロデューサーでもある)が、ダンの偏執狂的幻覚の暗闇から彼を救い出す医者の役を演じた。

The Singing Detectiveは、現代ミュージカルへの新たな挑戦! 2003年1月16日 E! Online
サンダンス映画祭の2日目は、亡きデニス・ポッターのファイナル・プロジェクトであり、彼自身の広く称賛されたミニシリーズを作り直した映画ではじまる。「シカゴ」がちょうど劇場でヒットしているが、メル・ギブソンと主演のロバート・ダウニー・Jrが出演のミュージカルも、同じように大ヒットすることと思われる。この作品、Detectiveには才能あるトリオ、ロビン・ライト・ペン、ジェレミー・ノーザム、そしてケイティ・ホルムズも脇役で出演している。キース・ゴードンの監督のもと、この映画は、現代のミュージカル映画が出来ることについて、別のチャレンジが期待される。
(*RDJ CLUB注:新境地を開くかもしれない、というような意味かもしれません)

「この映画はリメイクではない。ポッター自身が考え出したものです」
     (IMDbメッセージボードに寄せられたキース・ゴードン監督からのメッセージ)

2003年1月16日 IMDb  翻訳協力:だっきーさん
いろいろなご意見をありがとう。反論ではなく単に少し異なる観点を知ってもらいたいので返答させてください。

まず初めに、忘れないでいただきたいのは、"アメリカ風"にこの小説を書き直すというアイデアはポッターのものであるということです。そして彼には具体的で芸術的な理由があったと私は信じています。

現代の探偵ものの小説・登場人物・ノワール映画は、アメリカ精神にしっかりと定着し、20世紀における文化の特徴であるユニークな面がいくらか表現されています。たとえば、、アメリカ人の人生の複雑さに対する"答え"への執着、そして高まる外国嫌いと、"他"への恐れです。

ポッターがノワールの場面を50年代、マッカシーズム(赤狩り)全盛の頃へと改めたり、それらの場面が今ではフィリップ・マーロウよりもサム・フラーやミッキー・スピレインをより思い起こさせることは偶然ではありません。(これが以前のご意見で取り上げられていた登場人物の名前変更の問題への答えにもなるでしょう。)

アメリカ人の理想は、親密な交際や人情味のある付き合いを拒絶する"世間に逆らう孤独な男"です。(繰り返しますが、ポッターがUS版で登場人物を個室で孤立させたのは偶然ではないと私は思っています。)彼はイギリス人らしい方法で、アメリカ的な物の見方を観察し、赤裸々に表現する機会を楽しんだのだと思います。

次に、この中でオリジナルを観にいったことのある人やいずれ観ようと思っている人がどれだけわずかであるかということを心に留めていただきたいのです。ポッターは次の世代や新たな観客に語りかけたかったのだと思うのです。

私たちは昨日、彼の長年にわたるエージェントにこの映画を見せましたが、彼女はとても喜び、ポッターもきっと同じだっただろうと言ってくれました。それは、上記のような理由のためだと私は信じています。そうでなければどうしてポッターの子供たちが共同プロデューサーとしてこの映画に名前を連ねるでしょうか。

芸術家は人々に伝えることを望んでいますが、うまくいけばこの作品は彼のことをこれまで耳にしたことがなかったかもしれない多くの人々に彼の才能を伝えることになるでしょう。もしそれでいくらかの人々がオリジナルのビデオを手に入れようという気になれば、私は喜びでぞくぞくすることでしょう。

たしかに、"アメリカ風に"リメイクされたものはほとんどが失敗作ですが、「ニキータ」と違って、これは、原作者自身がまったく新しい媒体で作品を新たに構築したものであり、最初から携わっていなかった誰かの手による、長編映画の"リメイク"ではないのです。もし"Singing detective"が戯曲だったならば、それを映画化することを再考する作家にあなた方は同じように反感を抱いたでしょうか?

また、この映画は手っ取り早い成功で"儲けよう"として作られたのではありません。私たちはお金のためにこの映画を作ったのではないし、誰もがこれでリッチになろうなんて思っていないと私は思っています。

多くの点で私はポッターのことを映画製作者というよりも劇作家だと思っています。
そして、たとえばオリヴィエの「ヘンリィ五世」は素晴らしかったけれども、それが長い年月を経て、ブラナーが彼のバージョンを作るべきではなかったということになるでしょうか? 明らかに、双方ともに有益であり、双方ともに世間に何らかの影響をもたらしました。

なぜ私がこの仕事を引き受けたのかということについてですが…監督の誰がポッターのものすごい才能に抵抗することができたでしょうか?
たとえ私たちが何をしてもこの映画を嫌う人々が存在するであろうことはわかっていました。しかし、これがポッターのやりたかったことだということも、わかっていたのです。
この類まれなウィット、クオリティー、そして知性にあふれる言葉やアイデアを相手に仕事ができる機会を得ることは、私たちがどれほどの抵抗に直面する(反感を買う)ことがあったとしても、それを超える価値があったのです。

みなさんがこの映画を気に入ってくれることを願っています。

1月18日"The Singing Detective"上映レポート 2003年1月18日 Movie.com
   「ダウニーはこの10年間で最もベストをつくしている」
           (Movies.com サンダンス特派員のCody Clarkコディ・クラーク)

ストーリー
みずからのBBCミニシリーズを映画向けに改作することで、英国人のデニス・ポッターは、アメリカを舞台にストーリーを書き直した。推理小説家のダン・ダーク(ロバート・ダウニーJr.)は、深刻な乾癬で病院のベッドに引きこもり、活発な想像力で心地よい世界へ逃れることで、病気の恐怖から逃避する。そこは、ダン・ダークが映画のタイトルである派手な警官である世界だ。脇を固めるキャストは賑やかだ。メル・ギブソン、ロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、ジェレミー・ノーザム、エイドリアン・ブロディ、そしてカーラ・グギーノ。

会場の反応
もし1月17日に必見の映画があったとしたら、これこそ、そのひとつだ。エクレス・センターのBlack Box上映会場には、女性たちがどっと押し寄せた。遅れて入ってきて、熱烈なファンたちのグループが場所を占めた右側の席へ喜んで(いっしょに)坐りたがる人たちも含めて。
会場が熱気につつまれたのは、比較的狭いスペースにあまりにたくさんの人がいたことによるだろう。浅はかにも馬鹿騒ぎする人たちもいれば、途中から(飽きて)時間を気にしだす人たちもいた。

すべての人の話題
キース・ゴードン監督のプロジェクトに対する情熱は広がりやすい。上映後出てきた誰もが、観たものについて言う何か深く心から感じたのものを持っていた。ギブソンは、厚いレンズのメガネをかけ、偽の額(彼の本当の頭の上にのせ)で、まったく見分けがつかない。その変貌は、注目に値し、素晴らしい(強力な)メルの疲れきった演技となっている。ダウニーも、似通った二役を見事にやってのけ、少なくとも10年間で最もベストを尽くした演技をし、映画の半分以上は、想像できないくらいぞっとする乾癬のメイクアップをした姿でいる。

最も記憶に残る場面
気難しいダークと、変人でセラピストのDr.ギボンは多くのミュージカルナンバーにも負けず劣らず興奮させる、言葉の連想ゲームをする。次点:ダークは、生意気な看護婦ミルズ(ホルムズ)と軟膏療法の話し合いの間、自分の身体の一部を抑えることができず、最悪な屈辱に耐える。

一般公開
商業的観点から好ましい点は多くある……配役だけは、配給会社の夢である……しかし、取引はまだ成立していない。また一方、大勢の観客は、音楽的奇抜さとハードボイルドな(R指定された)セックス&暴力を混ぜ合わせた映画にお金を払うだろうか?

サンダンス映画祭で「もっとも衝撃的な」あのシーン! 2003年1月19日 NYPOST.COM
もし、ハンフリー・ボガードとエルビスを融合したような作品があるとしたら、それは"THE SINGING DETECTIVE"だろう。この映画は、ロバート・ダウニーJr.が演じる低俗なフィクション作家ダン・ダークがもがき苦しんでいる心の中へ踏み込んでいく、フィルム・ノワール、心理ドラマ、そしてミュージカルで、従来の映画のジャンルの垣根を打ち破った。

ダークは、乾癬の耐え難い苦しみで、手足が不自由になって病院のベッドにいる。一方、ギボン医師(禿げ頭のかつらと眼鏡でほとんど見分けがつかないが、メル・ギブソンは楽しんで演じている)は、ダークの書いた作品の中に、彼の感情と肉体、両方に現れる苦痛の根本的な原因があるのではないか、と考える。

暗い(非現実的な)フィルム・ノワール、そして想像や現実、あるいは記憶や現在も融合させた鮮やかなミュージカルであるこの映画の世界で、デニス・ポッターの言葉(この脚本は生前に書かれた)は、生き生きとした臨場感にあふれている。   

暴力や無理強いされたセックスのどぎついシーンは、陽気なミュージカルナンバーとの対比によりなお、いっそう陰鬱なものになっている。しかし、その陰鬱さにもかかわらず、"THE SINGING DETECTIVE"は、今年の映画祭のより華やかな喜びのひとつになるだろう。

★このサイトでの評価が* * * 1/2だけど、満点がいくつなのかわからなくてサイト内を探してたらのページがありました! VERY GOODだって! パチーノやW・H・メイシーの映画より評価が高いです〜♪

Mel Gibsonメル・ギブソンの多彩な顔 2003年1月20日。 PageSix. com
彼がアメリカ人愛国者、 向こう見ずなな警官、あるいは顔のない男を演じたかどうかにかかわらず、メル・ギブソンは現在まで常にセクシーな俳優であり続けている。
コークの瓶底のようなメガネと禿げ上がった頭、医者の白衣を着て、ギブソンは"The Singing Detective" でまったく彼とはわからない65歳の変わり者の精神病医を演じている。
「あなたはセクシーで生き生きとした男性としてのメルを想像するでしょうが、この映画で彼は、ダサくて、シワだらけで、「黄昏」のヘンリー・フォンダにひけをとらないくらい何も印象に残さない、取るに足らない男を演じています」とキース・ゴードン監督は言う。
「彼はまったくメル・ギブソンとは思えない声で演じ、ふだんそうしているよりも非常にゆっくりと動きます。たくさんの観客が、彼が出ている三番目のシーンになるまで、彼だとはわからないでしょう」
この映画のプロデューサーでもあるギブソンは、典型的ないい男である。。彼は、エディ・コクランの「スリー・ステップス・トゥ・ヘヴン」を口パクして、共演のロバート・ダウニーJr.との絶妙のデュエットを披露してさえいる。

★皮膚病に悩む作家(ロバート)を治していく偏屈な医者役で、セクシーなナイスガイ=メルさんが新境地を拓くのでしょうか? もちろん、メルさんの禿げ頭もことさら老人らしいお顔も特殊メイクによるものだそうです(^_^)
SUNDANCE Photo Gallery-2
画像提供:ふじまるさん
サンダンス映画祭初日――The Singing Detectiveは完璧だった 2003年1月20日 Moviehole 翻訳協力:Nari(ナリ)さん
初日の最後を完璧に飾ったのは、故デニス・ポッター原作のシナリオをベースにしたキース・ゴードン監督の"The Singing Detective"のワールドプレミアだった。
"Detective"が、詰め掛けた大勢の報道陣の評価を二分したとしても驚くべきことではないし、また、公開されてもそれは続くだろう。
しかし、それは、素晴らしい事である。なぜならば、真に優れた芸術は意見がわかれる傾向にあるからだ。
"The Singing Detective"はなかなか実は独創的な名作であり、粋で、ビジュアル的に観客を魅了させる映画である。そして、ロバート・ダウニーJr.が、彼の世代の中で偉大なタレントの一人であることを再確認させるだろう。
主役であるダウニーは、この映画の中で気迫と心の豊かさを感じさせ、中心的な存在となっている。
彼の芸術的なパフォーマンスは、毒舌を吐く若さを体現するような皮膚病で入院した作家を演じるなかで、ゴードン監督のヴィジョンを包含し、表現している。映画の効果的で幻想的な音楽は、ストーリー、テーマ、そしてキャラクターを盛り上げ、すべてが美しくまとまっている。
彼の精神科医を演じるメル・ギブソンは、ここ10年のなかでは最高の演技を見せており見事である。
注目すべき、挑戦的にそして知的に成し遂げたことは、"The Singing Detective"がユニークで(類のない)徹底した、暗い喜劇であるという点である。

★「もっと言って〜!」といいたくなるくらい、ロバートをほめてくれていますね。こうしてレビューを訳していると早く見たくてたまらなくなる……日本公開祈願!

<レビュー>by ロジャー・エバート 2003年1月20日 Chicago Sun-Times
「最初の夜、スポットライトが当たったのはダウニーJr.だった。」

観客からの質問は、かなりダイレクト(単刀直入)だった。「あなたは、あなた自身の経験を演技に生かしましたか?」
彼の多彩な才能のなかでもフィジカル・コメディアンという面を持つロバート・ダウニーJr.は、腕を組み、前にかがみ込みながら、声にならない声を発したようにみえた。チャーリー・チャップリン(ダウニーがかつて演じた)は、そのパントマイム(身ぶり)に満足したかもしれない。ボディ・ランゲージは語った。「それを聞く必要があるの?」と。
ダウニーのキャリアは、見たところ永遠に続くと思われた麻薬問題の後、軌道に戻ってきたようである。キース・ゴードン監督の"The Singing Detective"で、全身を痛みを伴う湿疹に覆われた作家役で主演している。
映画は、パーク・シティにて、サンダンス映画祭のオープニングナイトで上映された。彼のキャラクターの顔はとてもたくさんの痘痕、おでき、発疹があり、自分をピザ・マンと呼ぶ。ほんの少しの体の動きでさえ、激しい苦痛となり、そして彼が想像した、ギャングと探偵とギャングの女(娼婦?)たちが、時折、1950年代のロックンロールがベースの歌とダンスナンバーを突然繰り広げる、フィルム・ノワールのパラレルな世界へ、精神的逃避をする。
映画は、デニス・ポッターによって書かれた、有名な1986年のBBCのTVシリーズの非常に短いバージョンである。ポッター自身も、極度の皮膚病を患っていた。脚本は、彼の死の前に完成した最後の作品になった。
ゴードンは、平然と、病んでいるヒーローをクローズアップして監督しているが、この映画は不思議なほど快活で、しかも向こう見ずなやり方でやたら親指を突き立てるヒーローたちとくらべると、病気の探偵はちっともうんざりさせない。
ダウニーの演技は、身体に病気がある演技をするという点で、注目に値する。たまに、彼の声は詰まって耳障りであるが、それは、唇を動かすと痛むからである。それなのに、完全にころあいを見計らった顔つきで笑ったり、にやっと笑ったり、しかめっつらになる。それから、彼が魔法のように回復する想像の世界のシーンもある。舞台上で、彼は観客、そして共演者のロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、そしてカーラ・グギーノをからかったりしたが、問題のあった過去を引き合いに出して質問されると、彼はジョークを言った。「今から一時間後には、僕は飲んでるだろうね」 それに対してあまり笑いは起きなかった。


★ロジャー・エバート氏(有名な映画評論家)のTSDレビューです。最後の「笑いが起きなかった」はいろいろな意味に解釈できますが、ここはひとつ素直に「誰も信じようとしなかった」から笑わなかった、と考えておきましょう(^_^)

ダウニーが帰ってきた!
   「彼の幸福を願わずにはいられない」(キース・ゴードン監督)
2003年1月20日 PageSix. Com
 翻訳協力:だっきーさん
今週サンダンスで彼が受けた熱狂的な反響から判断すると、かつて麻薬に苦しんだスター、ロバート・ダウニー・Jr.は完全に戻ってきた。
"The Singing Detective"…オスカーノミネート俳優が、一般に良く知られるリハビリの過程を完了以来初の主演…の金曜日のワールドプレミアでは立ち見しかなかった。身体を衰弱させる皮膚病に苦しむ、辛らつで女嫌いの小説家としてのダウニーの演技はとても素晴らしい。
しかし、この36歳の俳優は、3年のブランクがあったビッグスクリーンでの復活に大騒ぎしてほしくないと思っている。
「カムバックと言わないでくれ!」彼は冗談交じりに大声を上げ、ロサンゼルスを拠点にする霊感者から引用したお気に入りの言葉を述べて態度を軟化させた。
「彼が言うんだ。『挫折が大きければ大きいほどカムバックも大きくなる。』僕はこの言葉がとても好きなんだ。」とダウニーは言う。
ダウニーの濃い黒髪にはこめかみに白髪がまじってきているが、彼のおどけたピエロ級の個性は以前のままである。彼はマスコミ関係者と一緒にくつろいでいる時にも、逸話が始まるとそれらをかわし、皮肉やものまねを絶え間なく連発し続けるのだ。
「ロバートにはなぜそんなに多くのセカンドチャンスが与えられるのかと人々は聞くけれど、私が思うには、彼にはとてつもない才能があるというだけではなく、彼が優しくて思いやりのある人間でもあるからだ」と"Detective"のキース・ゴードン監督は言う。
「彼は最も可愛らしい子犬のようだ。彼の幸福を願わずにはいられないのだ。」
ダウニーはこの前の仕事…「アリーmyラブ」でのカリスタ・フロックハートの恋人役…を パーム・スプリングスでの同様な事件から5ヵ月後の2001年4月、カリフォルニア州カルバー・シティでコカイン関連の罪で逮捕されて失った。
1990年「エア・アメリカ」で二人が一緒に主演して以来の友人であるメル・ギブソンは、ダウニーがクリーンになれば彼に役を見つけると約束した。
ギブソンのアイコン・プロダクションが18ヶ月前に"Detective"の権利を獲得したとき、彼は約束を果たした。
「ダウニーにとって素晴らしい役だ。彼の最も素晴らしい本質を存分に引き出している」とゴードンは言う。
ゴードンが「超現実主義者のミュージカル・コメディ・ドラマ・ノワール・スリラー」と呼ぶ"Detective"はデニス・ポッターの有名なBBC TVシリーズのリメイクである。
ダウニーが扮するのは低俗なフィクション作家ダン・ダークで、彼は、作家としての挫折、結婚の破綻、そして乾癬という皮膚病による身体の不自由に苦しんでいて、あまりの辛さに彼の両手は握りこぶしになっていた。
(訳注:辛くてこぶしを握り締めている、または、病気のために手がこぶし状になっているのかもしれません)
痛みとステロイドの大量投薬のために寝たきりで熱のある彼は、心の中で自分自身を登場人物のひとり、歌手としてアルバイトをするハードボイルドの私立探偵に書き直す。
ダウニーは特殊メイクアップをされて1日に4〜6時間を過ごし、時には連続で最高15時間もの間両手を捻じ曲げてベッドに横になることを求められた。
「私は彼をうらやましいとは思わなかった」とゴードンは言う。「『映画製作の世界によく帰ってきた。君はクリーンになるためにそして今この役をやるために3年間の休暇をとっていたんだ。』といったかんじ」
撮影は「驚くほど容易」だった。とダウニーは言う。メイクアップは別として。
「準備が終わったときには・・」彼は思い出を話す。「こう思っていたんだ。『このシーンの撮影をどんどん進めよう、だって僕のまぶたにはまるでガラスの破片がのりでくっつけられているような気分だったからね。みんなはマゾだよ・・・』」 
ダウニーは幻覚を見るシーンでは実生活を参考にしたと冗談を言う。
「えっとご存知のとおり、僕は確かによくつまずく人間だ。きのこ類やその他もろもろの麻薬も大好きだよ」と彼は言う。「でも映画を作っているとき、多くの例外に頼ったりはしない。僕はどうしてこのシーンをこの上もなく上手に演じられるんだろう?(笑)」
(訳注:映画の撮影で、本物(きのこや麻薬)は使わないのに、実体験に基づいての演技だから、こういう幻覚をみるシーンを演じるのは上手い!(笑)と、ジョークを言っているようです)
そしてもしカムバックした役のダウニーを見て人々が好奇心から映画に引き付けられるのなら、それは監督にとってうれしいことだ。
「幸運にも私はロバートが見事な仕事を成し遂げたと思う。」と彼は言う。「オスカーに間に合うようにこの映画を製作することができなくて残念だとメルが私に言ったくらいだ。」

★TSDが好評でうれしいですね。なによりキース・ゴードン監督は、ロバートをほんとうに深く理解してくれているようですね。ロバートに何度もチャンスが与えられるのは、とてつもない才能だけでなく、人柄のゆえだと。まさにその通りだと思います。どうもありがとう!>キース・ゴードン

RobertのサンダンスにRobertがやって来た! 2003年1月20日 Hellomagazine.com 翻訳協力:ルルさん
ユタ州の年中行事である(ロバート・レッドフォードが支援する)サンダンス映画祭は今週末、問題を抱える俳優ロバート・ダウニーJr.を、彼の新作映画「The Singing Detective」のプレミア上映に迎えた。

最新のインディーズ映画のためにパーク・シティのスキーリゾートに殺到する多くの著名人の一人である37歳の彼は、自身の服役・薬物リハビリからもたらされたものについて語った。

「僕は少し歳をとって少しだけ賢くなった。」と彼は言う。「たび重なるCourt TV(法廷番組)への出演は、俳優としての僕とは別の一面を見せることになった。僕は思うんだけど・・本当は言いたくないんだけど・・でも僕が過ちを犯しやすいことで(逆に)人の気持ちがわかるようになったと思っている。」
(訳注:下記へ→)

ロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、メル・ギブソンと共演の「The Singing Detective」は、彼が昨年7月にリハビリを完了してから最初の主要な出演作品である。

かつてロバート・アルトマンに「生きている俳優の中で最高の役者」と評された男は、1999年にコカイン所持により逮捕され、1年を刑務所で過ごした。

デニス・ポッターの有名な脚本の映画化であるこの作品の中で、彼は有能な探偵であることを夢想する麻痺を患った作家を演じる。

こんなに難しい役を楽しめるのは、ダウニーだけだろう 2003年1月20日 Reuters.com
有名なイギリスの作家デニス・ポッターは、1991年に亡くなる直前、彼にとって最高の偉業でありTV界の偉業でもある、まれにみる8時間ものミニシリーズ"The Singing Detective"(1986年)を、アメリカに舞台を置き換えた長編作品として完成させた。

ようやく映画化されたこの作品で、ポッターは原作のBBCバージョンのきわめて難しい本質を相当にやわらげているし、また、キース・ゴードン監督の有能な手腕はさまざまな効果を生み出す戦術を見せている。

様々な嗜好を持つ観客をひとつの作品にひきこもうとするのはむずかしいが、この映画はそれでもなお、その重層的奇想天外な話、準ミュージカル的斬新さ、ロバート・ダウニーJr.がとりわけ素晴らしい仕事で(再び)第一線に戻ることで、確実にアートシアターの関心を引きつける。
(訳注:アートシアター…娯楽映画より、芸術的および実験的映画を専門に上映する映画館

ポッターのイギリスのミニシリーズ「ペニーズ・フロム・ヘブン」もそうだったように、"Detective"もロマンチックではなく、現実世界の登場人物達が、自暴自棄で、時に奇妙あるいは惨めな状況から逃げ出すために、その時代のヒットソングを急に口パクで歌いだす。ちょうどハーバート・ロスが監督した、徹底的にアメリカ化することで恩恵を受けたり悩まされたもしたハリウッド版「ペニーズ」(1981年クリスマスの失敗作、しかしその後、かなり高く評価された作品)のように、まさにゴードンの"Detective"は…はるかに小さな製作規模にも関わらず…多くのニュアンスと複雑性が失われているとはいえ、新たな反響を得る。ただ、より目新しさがあるわけでもなく、結局はありふれてさえいる。しかしそれはポッターが、オリジナル・バージョンの改作をほろ苦いカタルシスへともっとアップビート(陽気に)させると決めたからである…この決意は、果てしない荒涼感が原因のアメリカ版「ペニーズ」の失敗にかなり影響されたようである。
(訳注:イギリスのTVミニシリーズ「ペニーズ・フロム・ヘブン」はポッターの1978年の作品)

それでも、完全に原作のコンセプトであるブラック・ユーモア、辛らつさ、そしてファンタジーをまとめ上げる彼の非凡な才能は、この"Detective"に決して消えることのない魅力を最初から十分に感じさせてくれる。この映画の主たる雰囲気を作っているコントラストの魅力は、1950年代の架空のノワール世界で起きたナンパ、セックス、浴槽での売春婦の溺死殺人から始まる。そして、それは現代のダニエル・ダーク(ダウニー)…肌はとても傷つき、どんな動きでも激痛を伴う特徴の、酷い乾癬タイプの状態によってひどく苦しんでいる男…の登場によって不快にもさえぎられる。

ただ、ダーク自身がずっと以前からさいなまれてきた苦痛がさらにひどくなったことがわかってくる…概して人間嫌いで、とりわけ不機嫌な女嫌いの傾向があるため、つらい入院治療を少しも受けいれようとしない…病院スタッフに対しても嫌がらせをして、いる人もいない人にも激怒している。(彼はまた、少なからずマゾヒズムの副作用がある精神安定剤を飲むことを拒否する)

別居して疎遠になっている妻(ロビン・ライト・ペン)はとりわけ憎悪の標的で、このため、彼女が思いきって初めてお見舞いに来るまでに3ヶ月もかかった。この手に負えない問題の患者に対応するために呼ばれたスタッフの責任者(アルフレ・ウッダード。1シーンのみの出演)は、彼は精神科の治療が必要だと主張し、こう言う。「自分の苦しさに向き合わないと、病気は絶対に治らないですよ」

このようにして、ダークはギボン医師のオフィスへと辿りつく。ギボンを演じるプロデューサーのメル・ギブソンは、はげ頭のかつらを被り、変人っぽい眼鏡をかけ、そして親しみやすいウォルター・ブレナン調にお世辞を言って、ほとんど彼だと分らない。風変わりで、おだてて刺激する(たきつける)医者は、夫を捨て、売春に行くL.Aへ息子を無理に連れて行ったふしだらな母(カーラ・グギーノ)に最も関係する忌まわしい幼少期の記憶へと、ダークを駆り立てる。それゆえ、主人公は長年にわたって、魅力的な女性を欺瞞と売春へ結び付けるのだ。

しかし、彼の病気が良くなり始めたにもかかわらず、ダークはまだ妄想の、とりわけ彼が出版した表題の探偵小説(推理小説)の世界へふけっている…そして今その中に存在していると夢想する。そこでは歌手で探偵のダン・ダークとして、自分("ピザ人間"の肌ではない)が主人公であり、ニコラは魔性の女ニーナとして、二人のお堅い連邦捜査官または殺し屋(エイドリアン・ブロディ、ジョン・ポリト)と、そして人当たりの良い、マーク・ビニー(ジェレミー・ノーザム)と呼ばれるうさんくさい人物が登場する。後者は、売春婦殺しの捜査のために非情なダーク(ダウニーは、特にボギー風の話し方としぐさで演じる)を雇う。しかしこれは、ある陰謀のためにダークが選ばれた策略と思われる。

現実の世界に戻り、入院中のダークはこの物語と、ニコラが彼の生きがいである仕事を奪おうと企み、もしかして彼女の"ビニー"と共謀でもしているのか?と、彼女が本当にもくろんでいるという空想とを、混合し始めてしまう。

そのうえ、シナリオは、shlock ポップ("How Much Is That Doggie in the Window?")の50年代のラジオの時代や、ジョニー・レイ、エディ・コクラン、コンウェイ・トゥイッティ、コーデッツなどのアーティストによる初期のロックン・ロール("Flip, Flop & Fly," "Poison Ivy")からの歌をたっぷりと盛り込む。
(訳注:How Much Is That Doggie in the Window?"とは、53年のパティ・ペイジの曲。日本では「ワンワン・ワルツ」で知られている。"Flip, Flop & Fly"は、故ジョー・ターナー(ジャンプ・ブルースの大御所)の55年のヒット作であるロックンロール。) 

これらのいくつかが、ナイトクラブ歌手姿で登場の刑事、ダンによって歌われると同時に、より想像的で凝った数々の曲は、病院のスタッフや他の"現実の"キャラクター達を夢中にさせる。早い段階で、医師団は、つじつまのあわない"妄想への旅"をさえぎる。おそらく、映画のこっけいなハイライト(原作のミニシリーズでもそうだったように)は、一人の冷ややかでとても若い看護婦(ケイティ・ホルムズ)がベッドに寝たきりのダークの身体に"グリースを塗る"と、きまり悪い勃起を引き起こす場面…そして"Mr. Sandman"の曲にあわせて、空想上の女たちがダークを取り囲み、下着姿で腰をくねらせて歌ったり歩いたりしている場面である。
(訳注:"Mr. Sandman"は睡魔に襲われたor恍惚としているダークへのひやかし?で歌われたのかもしれません。)

その斬新な曲は、40年代のトーチソング(訳注:失恋や片思いのラブソング)が86年のバージョンでやった失敗をまったく思い出させない。当然、コンセプトを8時間から2時間にする脚本の縮小化は、途中で多少の複雑さと雄大さを犠牲にする。著しい痛手は、ノワール"ミステリー"が、かつては非常に重要な原動力だったのが、今は、 乱雑に急かされているようだ。とはいえ、舞台をアメリカに移したことは、とてもうまくいっている。

Most important change is tonal, as worked out in both script and lead casting. Downey is naturally ingratiating (sometimes to an indulgent fault, though that's not the case here), and Wright Penn always projects an innate empathy. Unlike Janet Suzman's far pricklier spouse in the BBC serial, there's never any doubt here that Nicola has her husband's welfare in mind -- one dimension of useful ambiguity lost.
最も重要な変化は、脚本とキャスティングにうまく反映されているように、新たな風格を感じさせることである。ダウニーは自然に人を惹き付ける魅力があり(その魅力が時に甘い欠点になるほどだが、この映画の中ではマイナスにはなっていない→訳注*)、ライト・ペンは、つねに生来の演技力を見せる。BBCオンエア当時、ジャネット・サズマンが演じたはるかに怒りっぽい配偶者と違い、ニコラが自分の夫の幸福を願っている…原作の魅力だったあいまいな表現の一つ(彼女が夫を本心から気遣っているのかどうか?)が失われた…ことについてまったく疑問の余地がない。

(*訳注:この意味はウーラ&カルダモンで何度も話し合いました。ロバートの天性の魅力と演技の才能が走り過ぎて、作品のなかで浮いてしまうこととも解釈できなくはないのですが、この場合は、「ロバートのハンサムでロマンチックな雰囲気は観る人を自然にひきつける→映画の内容などによって、ときには、それが欠点にもなりうる」という意味だと思われます。)

マイケル・ガンボンの大仕事は、精神的にはるか深く傷を負ったダークと、ずっと困難をくぐり抜けた結果として生じた悲哀を生み出した。ダウニーの素晴らしい演技は、独自の表現で発揮され、この役者が、一時的な現実逃避をするつもりがないことを人物像にしっかりと結合させ、絶好調であることを再度証明している。(その点に関して、父のダウニーSr.とジェームズ・トバックが、刑事上の責任について最も甘い監督たちである) 一部の観客が、その役を、繰り返し起こるプライベートな問題と役者自身の公になりすぎた全ての葛藤を思い起こさせる、ぞっとするくらい的確なメタファーとして観ることは確実だろう。

ポッターの選択は、この最後の改作で、とにかく作品に日の目を見せることだった。皮肉と絶望は、もちろん"芸術のため"に常に必要とされるとは限らない。そして、この穏やかになった結末が回避していることは、昔からよくあるパターンの「さて、私の抑圧されていた記憶をほりおこしたから…おや、先生、また歩ける!」という低俗な作品に危険なほどに近くなること、だと思わずにいられない。心の中にじわじわと広がっていく感動は、ダウニーが最後のクレジットの間にスクリーン上で「In My Dreams」を歌って演奏する時、よりはっきりとした形をとって見る人の心を揺さぶる。

脇役も素晴らしく、ギブソンは型にはまらない演技を明らかに楽しんでいる。予算資金はプロジェクトの特徴を控えめにあらわしているようだが(かつてはAリストで、6000万ドルの制作費だと予測された)、ゴードンは再び、「マザーナイト(未)」「真夜中の戦場/クリスマスを贈ります(未)」「チョコレート・ウォー」のように意欲的でより重要な試みを実現する、理知的な手腕を証明する。

プロダクション・デザイナーのパトリシア・ノリスと撮影のトム・リッチモンドは、映画の主要な舞台を分離する(それからオーバーラップさせる)素晴らしい仕事をしている。ぎらぎらした蛍光性の光によって表わされる病院の場面、権力を持った刑事たちによるノワール場面、わずかに金色がかった色調でおおわれた幼児期へのフラッシュバック。技術スタッフは、スムーズに機能している。

Dan Dark ダン・ダーク.............. Robert Downey Jr. ロバート・ダウニーJr. 
Dr. Gibbonギボン医師............ Mel Gibsonメル・ギブソン
Mark Binney マーク・ビニー........... Jeremy Northam ジェレミー・ノーザム
Nurse Millsミルズ看護婦........... Katie Holmes ケイティ・ホルムズ
First Hood ギャングその1............ Adrien Brodyエイドリアン・ブロディ
Second Hood ギャングその2........... Jon Politoジョン・ポリト
Betty Dark/Hookerベティ・ダーク/売春婦..... Carla Guginoカーラ・グギーノ
Skin Specialist皮膚科医....... Saul Rubinek サウル・ルビネック
Chief of Staffスタッフ責任者........ Alfre Woodard アルフレ・ウッダード
With: Amy Aquino, David Dorfman, Eddie Jones, Lily Knight, Clyde Kusatsu, Earl C. Poitier, Don Fischer, Andy Umberger, David Denman.
他の出演:エイミー・アキノ、デイヴィッド・ドーフマン、エディ・ジョーンズ、リリー・ナイト、クライド・クサツ、アール・C・ポワチエ、ドン・フィッシャー、アンディ・アンバーガー、デイヴィッド・デンマン。

アイコン製作。ハフト・エンタープライゼズ・プロダクション提供。
プロデューサー:メル・ギブソン、スティーヴン・ハフト、ブルース・デイヴィ、
エグゼグティブ・プロデューサー:スタン・ウロコウスキー、
共同プロデューサー:ジェーン・ポッター、サラ・ポッター、ロバート・ポッター

Directed by Keith Gordon. Screenplay, Dennis Potter, adapted from his original television series. Camera (color), Tom Richmond; editor, Jeff Wishengrad; music supervisor, Ken Weiss; production/costume designer, Patricia Norris; set decorator, Jan K. Bergstrom; makeup effects, Greg Cannom, Keith Vanderlan; choreographers, Jacqui, Bill Landrum; sound (Dolby Digital), John Nutt; sound designer, James Lebrecht; assistant director, Eric Heffron; casting, Denise Chamian. Reviewed at Sundance Film Festival (Premieres), Jan. 17, 2003. Running time: 109 MIN.
監督:キース・ゴードン、脚本:デニス・ポッター、彼の原作であるTVシリーズを改作。撮影(カラー):トム・リッチモンド、編集:ジェフ・ウィシェングラッド、音楽監督:ケン・ワイズ、プロダクション/コスチューム・デザイナー:パトリシア・ノリス、美術:ジャン・K・バーグストロム、特殊メイクアップ:グレッグ・キャノム、キース・ヴァンダーラム、振付:ジャッキー、ビル・ランドラム、音響(ドルビー・デジタル):ジョン・ナット、音響デザイン:ジェームズ・ルブレヒト、助監督:エリック・ヘフロン、キャスティング:デニス・チャミアン、2003年1月17日、サンダンス映画祭(プレミア作品)でのレビュー。 上映時間:109分。

★当然ながらどのReviewもポッターにふれています。私たちのロバートが演じる映画バージョンをより深く理解するためにも、TVシリーズを観てみたくなりますね。

The Singing Detective――この映画はダウニーなくして語れない 2003年1月21日 Hollywood Reporter
翻訳協力:まさがこさん、todoさん
デニス・ポッター原作のイギリスのTVドラマ「The Singing Detective」は、多様な要素が含まれる知性的な第一級のドタバタ喜劇だった。そして、今回、その大胆なアイデアや心理的な奇癖などを映画に凝縮する試みがなされた。ハーバート・ロスの傑作「ペニーズ・フロム・ヘブン」(1981年)など、過去にもこのような例はあった。しかし、大半は、特にイギリスの批評家には鼻をつままれ、目をそむけられ、興行成績は不振だった。

キース・ゴードンは勇敢にもポッターの1986年BBCシリーズ「The Singing Detective」(ポッター自身が亡くなる前にTVシリーズの長所を生かしてシナリオを書き終えていた)の映画化を企画した。しかし、いかにひたむきな努力をもってしても、スタイルやトーンの問題は依然残るものである。

「The Singing Detective」は、(前出の)「ペニーズ・フロム・ヘブン」への人々の反応を映し出しているかもしれない。この映画を当然擁護する人もいるだろう、それはリスクを背負っているということ、また肉体的・精神的に激しい苦痛を伴う内容と、パルプフィクション的な場面からミュージカルナンバーまで飛び出すほどの陽気な内容を、大胆にも並べて扱っているからだ。また逆に、リスクを認めながらも、高尚すぎる目標に到達できなかった事を指摘する人もいるだろう。

しかし、誰もが、寝たきりの主人公を演じたロバート・ダウニーJr.が勇敢で傑出しているということには同意するはずだ。この映画のマーケティングには、特別な配慮と注意深さが必要である。そうすれば配給会社は、(実験的な映画を上映する)アートシアターに通う人々から、ある程度の報酬を得ることができるだろう。(=興行成績をあげることができるだろう)。

物語のすべては、無常で冷笑的なミステリー作家ダン・ダーク(ダウニー)の心の中で起こる。彼は、いわく「人間ピザ」というほどの酷く気味の悪い皮膚病で入院している。身体は乾癬で覆われ、少し動くだけでもひどい痛みに襲われる。

ダークは確かにダークな(暗い)男で、医者や看護婦、部屋に入ろうとする疎遠の妻(ロビン・ライト・ペン)---ダークは彼女の事を、誰よりも売春婦の素質がある、と不貞行為を責め立てた---に当り散らす。彼の唯一の安らぎは、親切で優しい看護婦(ケイティ・ホルムズ)がローションで身体を拭いてくれる時で、決まりの悪い事に射精もしてしまう。

彼のあまりにも暴発的な態度に、皮膚科医ではなく、精神病医のギボン博士が担当する事になる。この医師を演じるのがメル・ギブソンだが、ほとんど彼だとはわからないほどのメイクで、「ストーカー」のロビン・ウィリアムスを思わせる。

ギボン医師は少しずつ患者の信頼を得るにつれて、ダークの激昂や被害妄想癖の原因を詳しく調べる。つまり、どうしたか?……彼の両親にさかのぼって、特にふしだらな母親(カーラ・グギーノ)にたどり着く。ダークの小説に出てくるわがままな女性は皆、この母親のようなタイプなのだ。

しかしながら、これらすべては熱病にうなされたダークの心の中のストーリーが、進展していく足がかりに過ぎない。並行した物語の中で、歌う探偵(つまりダウニー)は、表現主義的でノワールな世界が広がり、至る所にいかがわしい登場人物たちのいる、1950年代のハードボイルド小説の話に巻き込まれていく。

この作家の一時的精神錯乱の中で、Pirandillo fashion(?)まがいの2人のギャング(エイドリアン・ブロディ、ジョン・ポリト)が、いったい何のために、何を探して登場するのか、よくわからない。

一方、病院のスタッフは、50年代の登場人物たちがナイトクラブで名曲にのって魅惑的に踊っている間、全力でロックンロールにのりまくる。また、医師によって呼び起こされたダークの記憶---子供の頃、自分と母親が父親に追い出されたこと---は、彼の被害妄想にかられた空想の世界と混ざりあい、妻が彼の子供時代(ジェレミー・ノーザン)の知り合いと共謀して映画の脚本を盗もうとしていると考えるようになる。

この映画の最大の問題は、いつも不完全な変速装置でギアチェンジしなければならないこと、つまり、空想と現実の様々な要素の流れが、全くスムーズではない事である。ミュージカルナンバーは、ボブ・フォッシーもどきで不器用に演奏される。ノワールの連続は、すでに死ぬほど真似され、パロディー化しつくされてされつくされていて辟易する。ポッター自身が、かつてなかったストーリーであると考えていたとしても(明らかにそれは勘違いで)救いようがない。

この映画はダウニーなくしては語れない。
彼は悪魔のような疫病に罹り、記憶と空想のはざまを彷徨い、自分自身を見つけるために死に物狂いでもがく男を演じきっている。ダウニーの演技は天下一品で、ギブソンと一緒のシーンは演技も脚本も演出も最高である。

しかし、不運にも、映画撮影技師のトム・リッチモンドや、製作/コスチュームデザイナーのパトリシア・ノリスという最高のスタッフに恵まれながら、ゴードンは本質的に異なる要素を上手く調和させる事ができなかったといえよう。
                                     (By Kirk Honeycutt)

監督:キース・ゴードン
脚本、TVシリーズ原作:デニス・ポッター
プロデューサー:メル・ギブソン他
キャスト:
Dan Dark:ロバート・ダウニーJr.
Nicola/Nina/Blonde:ロビン・ライト・ペン
Dr. Gibbon:メル・ギブソン
Mark Binney:ジェレミー・ノーザン
Nurse Mills:ケイティ・ホルムズ
First Hood(ギャング1):エイドリアン・ブロディ
Second Hood(ギャング2):ジョン・ポリト
Betty Dark/Hooker(売春婦):カーラ・グギーノ
(上映時間109分)

★ケイティ・ホルムズとは、そういうからみだったのね……実は、以前アップした記事の中に「ん?」と思う記述があったのですが、それを裏付ける事実がここに明らかになったわけです(^^ゞ
ロバートは他の多くの記事と同様(今までのほとんどの作品でもそうだったように)絶賛されていますね。でも、作品自体の出来がどうなのか、ちょっと不安……公開を待つしかない私たちには針のムシロですが、これが辛口の批評であることを祈りたい気分です。

新しいスタート……仲間たちはみんな、ダウニーを信じている! 2003年1月23日 JS Online
翻訳協力:かなさん、todoさん
「カムバックなんて言わないでくれよ!」ロバート・ダウニー・ジュニアは、ふざけて怒ったように叫んだ。わかったよ、ロバート。でも"復活"(訳注:キリスト教における復活は、大変重要な意味を持って使われる言葉です)なんていう言葉を使うのはちょっと大袈裟かなと思ったのさ。

別の初日の夜、演技よりも薬物中毒や投獄でよく知られるようになったダウニーは、職業としての俳優の道は絶たれたかにみえた。サンダンス映画祭では、ほとんどの人が、彼がもう一度こんなオープニング上映を迎えられるようになるとは思ってもいなかったようだ。

ダウニーはイギリスのTV映画のリメイクである"The Singing Detective"に、全身全霊で打ち込んだ。彼は、皮膚病を煩い入院しているハードボイルド犯罪小説作家の役で、そのキャラクターは歌とダンスナンバーを伴う幻覚のファンタジーのなかに引きこもるのだ。

監督であるキース・ゴードンは、ダウニーについて、過去にいっしょに仕事をした時の楽しい思い出しか浮かばなかったと言う。「私の願いは、彼が順調に仕事に戻ってこられることだった。たぶんそれは、なぜメルがこの映画を彼といっしょに作りたがったかということと同じだと思うよ。」

"メル"つまりメル・ギブソン、彼はこの映画のプロデューサーであり、共演者でもあり、ダウニーとは「エア・アメリカ」で共演しており、以来ずっと彼はダウニーの友人である。

「メルが僕の部屋にやってきて、何だか作ってくれながら…よく分かんないけど、緑色したアボガドのスープシェイクみたいなやつさ。それで言うには、『この台本をちょっと見てみろよ。ちょうどこの映画の権利を買ったとこなんだ。』」ダウニーは思い出しながら言う。
「僕は、彼がこの週末に僕に何かやらせる必要があると思って言ってるのかと思ったから、『分かったけど、何のためだい?』て聞いたんだ。そしたら『僕ら二人のためさ、ま、何でもいいんだけど。もう行かなきゃ。』て言ったかとおもうと、ふり向いたらもうバイクに乗ってどこかへ行こうとしてたよ。」

二人の友情についてダウニーは言う。「もし彼が僕に冷たく当たるようになったら、すごく嫌だろうね。」「そしたら気が狂ったようになっちゃうだろうな。」

ゴードンは、ダウニーが撮影中、保護観察の一環としてドラッグテストを受けていたことを話す。「彼のプライベートについて私が何か言うことはできないが、すべてが順調にいっているようだったよ。」

ダウニーにはなぜそんなに多くのセカンドチャンスが与えられるのか? ゴードンは答える。
「それは彼がすばらしくて才能にあふれているというだけではなく、とても優しい人間だからだ。彼の内なる悪魔や苦悩が何であれ、彼が周りの人間に怒り散らすことなんて絶対にないんだ。」

取材の間中、ダウニーはまるで8歳の子供のようだった。壁に向かって飛び跳ねてみたり、ガムを噛みながら突然話を脱線させたり、物真似をしたりするのだ。そして映画祭のIDバッジの裏に入れてあった息子の写真を回して見せたりしていた。バッジの表には、彼のカリフォルニア州の免許証が入っていた。「書類送検のときの写真を入れておけばよかったのにね。」と彼はおどける。

カムバックに関する質問になると、彼は霊能者の言葉を引用して、「挫折が大きければ大きいほどカムバックも大きくなる。」と言う。

"Nowadays, any time you can complete one thing and move onto the next thing, the board is washed. You suck again," he said. "Or still suck. Everything's a comeback. I think it's become incredibly tenuous and kind of precipitous out there. You can't rest on your laurels."

「近頃はいつでも、ひとつのことが終わったら次に移っていける。過去は水に流してね。まただめになったら…」彼は言う。「もしくはずっとだめだったとしてもね。いつだって、すべてがカムバックさ。でも、それは信じられないくらいむずかしい。まるで崖みたいに険しいものになってると思うよ、今の世の中では。過去の名声にあぐらをかいてることなんてできないんだ。

★ロバートの人間性については、Profileでも少しふれましたが、ほんとうに彼を知る人はみんな応援したくなるみたい。ヴォンダ・シェパードが「ロバートに会った女性はみんな彼に恋をするでしょう」と言ったのは有名ですが、これも単にハンサムで素敵な人だからという意味ではなく、彼の深い人間性に言及した発言だったのかもしれませんね。
それにしてもロバートの言葉を訳すのは大変だよ〜もうちょっとわかりやすく話してくれないものだろうか(泣)
SUNDANCE Photo Gallery-3
画像提供:ふじまるさん
「寝たきりのダークを演じるダウニーは、非常にすばらしい。」 2003年1月24日。Boxoffice Online
Sundance Review by Annlee Ellingson
出演:ロバート・ダウニーJr.、ロビン・ライト・ペン、ジェレミー・ノーザム・ケイティ・ホルムズ、カーラ・グギーノ、メル・ギブソン
監督:キース・ゴードン
脚本:デニス・ポッター、製作:メル・ギブソン、スティーヴン・ハフト、ブルース・デイヴィ
パラマウント配給、ミステリー・コメディ・ミュージカル、R指定(強い性的表現、言葉、暴力シーン)上映時間:109分。

探偵物語の要素、ロックン・ロール・ミュージカルの要素、人物描写の要素……奇想天外な"Singing Detective"は、各ジャンルをミックスしたというよりも、むしろそのジャンルの壁を打ち砕いている。

ロバート・ダウニーJr.演じるダン・ダークは低俗なフィクション作家で、乾癬で衰弱し、痛みでうわごとを言いながら病院のベッドに寝ている。
彼の悪夢のような妄想(白昼夢)の中で、彼が自分の小説の中の登場人物であるウォブラー(ラウンジ歌手として夜にアルバイトしているために)と呼ばれる探偵になる想像をしている。

原子科学者への癒着と売春婦殺しが絡んだ殺人事件に巻き込まれた彼は、2人のギャングに追われて逃走中(陽気で大げさなジョン・ポリトとエイドリアン・ブロディ)だ。
しかし空想は現実へと波及し、彼は、別居中の妻が彼の作品の映画化権を盗むため、小説の中で彼を雇った人間とまったく同じ男といっしょに、陰謀を企てているのではないかと疑い始める。
その間、架空の過去と幻覚状の現在とで、彼の周囲の人間達は、"How Much Is That Doggie in the Window"や "Mr. Sandman"そして "Three Steps to Heaven"といった歌を、急に歌い騒いだりする。

空想の連続はとても巧みで、その上、グロテスクな腫れ物に覆われ、怒りでひきつっている顔、爪が食い込むほどきつく曲がった手で寝たきりのダークを演じるダウニーは非常に素晴らしい。
彼の演じる辛らつで傲慢なキャラクターは、彼の世話をしようとする人なら誰にでも憎々しげに大声でどなるその強烈さにおいて、異常である。

これは、映画の原作である1986年のイギリスのTVシリーズを製作したデニス・ポッターの皮肉が多い脚本に負うところが大きく、ダウニーに見事におかしなやりとりをさせる。
「君は何を信じてるんだ?」「皆殺し」「植物が枯れている」「ふん、彼ら(植物のこと、かな)が苦しんだことを願うよ」
それでもなお、作品は詩的だ。「言葉は僕に期待させるんだ」とダークは言う。「彼らが何を言うつもりなのか、誰も知らない。彼らがどこにいたかなんて、誰にも分らないだろ?」 

この映画のプロデュースもしているメル・ギブソンは、かつて(我々が)観てきた彼とはまったく違う脇役で登場する。
ダークの精神的回復を助け、さらに別の話へフラッシュ・バックする彼の問題の多かった幼児期の記憶を呼び起こすセラピストを演じ、彼だと見分けがつかない…頭は禿げて、大きくて丸い目になるコークの瓶のようなメガネをかけ、そして甲高いキーキー声なのだ。まったく見栄えがしないが、寛大で思いもかけぬパフォーマンスである。
しかし、残念なことに、時々ダウニーとギブソンの厚化粧(特殊メイク)の継ぎ目が見える。

映画的には、"The Singing Detective"は極めて様式化されており、性的興奮を呼び起こす空想の連続にノワール世界を表現する照明効果を利用し、病院のまぶしくて殺菌された状況を上手く作りあげている。
キース・ゴードン監督と、プロダクション・デザイナーのパトリシア・ノリスは、楽しんで色を使っている。病院は白、白、白。妖しい魅力をもった女は赤いドレスを着て、赤い口紅を塗り、赤いハイヒールを履き、そして殺された浴室のタイルは赤、タオルも赤である。the desert is sepia-toned(訳注*)
テンポは時に単調になることもあり、映画のコンセプトは、原作にはないこれら(表現、色の効果?)へ挑戦しているようだが、結局のところ、"The Singing Detective"は、視覚的な楽しみがある、感動を与える力作である。

★訳注*この分は直訳すると、「砂漠はセピア調だ。」となります。そういう場面があるのでしょうか? これまでのReviewに砂漠は出てきていないのでちょっと疑問。Desert→砂漠のように不毛な場所と解釈すれば、ダン・ダークの心象風景の不毛な面を表しているともとれますが……。

Robert Downey Jr.:Marlon Brando on acid, anyone? <PartT>
      「メルが家にやって来たんだ」ダウニーは話してくれた。
2003年1月31日 Independent.co.uk
インタビューの前半 翻訳協力:だっきーさん
彼は再びリハビリ施設を出てハリウッド版"The Singing Detective"に主演している。…しかしロバート・ダウニーJr.をカムバック青年とは呼ばないでおこう。レスリー・フェルペリンが、行いを改めようとしない映画スターにインタビューした。(2003年1月31日)

ロバート・ダウニーJr.は、現在はクリーンのはずだが、古くからある(老舗の)ベティ・フォード・クリニック(訳注:ベティ・フォード・クリニックは、カリフォルニアにある有名なリハビリ病院です。)の格言に当てはめてみると、決して落ち着いた様子には見えない。
機嫌が悪いとかそういったのではなく、実際のところはその反対だ。ユタ州パーク・シティの豪華なホテル・パーク・シティで、彼はちょうどサンダンス映画祭でプレミア上映されたばかりの彼の最新作"The Singing Detective"の宣伝業務をこなしている。共演者のロビン・ライト・ペンと共にPR関係者に記者から記者へと案内されて、彼はとても礼儀正しく質問に答えるがどうしてもじっとして座ってはいない。

彼はテーブルの上に身を乗り出し熱心に人の目をのぞきこむかと思うと今度は、椅子がひっくり返るのではないかとハラハラさせるほどに体を後ろへとのけ反らし、部屋を見渡す。他人のまねをする時には大きな声を出したり、気取った話し方をしたり、震え声を使って話し、彼自身の内面の思いを話すときには言葉のチックやうなり声を使って、まったく違った話し方をする。
ある時点で少しそわそわし始め、明らかにタバコを求める様子を見せたかと思うと彼は立ち上がって新鮮な空気が入るように窓を開け、手持ち無沙汰にテーブルの周りを歩き回る。

刑務所やリハビリ施設で一定期間を過ごさなければならない結果となった彼の最近の違法行為について触れることは(コカイン所持での最後の逮捕は2001年4月)誰もが神経質になっていることがわかっていたので、私が勇気をだしてそのことについて質問をする前にダウニー自身が彼の苦悩を話題に持ち出す。
彼は映画祭の許可証を見せてくれたが、彼はその大きなプラスティックのフォルダーを首から下げていて、その中には運転免許証と一緒に息子インディオの写真も入れている。「調書をとられたときの写真も入っていたらよかったね」彼は「(犯罪容疑者の)顔写真」として一般に知られているものに言及しながら冗談を言う。「コピーは手に入ると思うよ」

前の晩に行われたプレミアでこの映画は好評を博し、明らかに彼は楽天的になっている。この映画はデニス・ポッター原作による1986年の計7時間のテレビシリーズに基づいており、今回のアメリカ映画へのリメイクは、少なくとも10年間にわたって進められてきた。ポッターは「ペニーズ・フロム・ヘブン」がハリウッド版に作り変えられるときのやり方に不満を持っていたので、"The Singing Detective"の脚本は彼自身が書き上げ、その後まもない1994年に亡くなった。
オリジナルシリーズは、思い出す人もいるかもしれないが、マイケル・ガンボンがフィリップ・マーロウとして主演し、辛らつで女嫌いで乾癬に苦しみ、体中を痛みを伴うはがれかかった皮膚と擦り傷の苔癬(たいせん)で覆われている主人公の症状や心情は、ポッター自身のそれと違ってはいない。体が麻痺して病院のベッドから動くことができなかったので、彼は自分が書いたハードボイルド探偵小説の空想にふけり、その中で幼少時代の不誠実な母親との思い出と現実とを交錯させる。登場人物たちは突然1940年代のポピュラーソングを口パクし始める。
「ムーラン・ルージュ」や「シカゴ」が映画のミュージカルへの回帰として賞賛されるよりもずっと前に、ポッターはこの映画と他のテレビ用の脚本を合わせた様式を再検討していた。

ポッターは改訂した"Singing Detective"の脚本の中で主人公にダニエル・ダークという新しい名前をつけ、フラッシュバックとミュージカルの時代を1950年代に改め、そしてイギリス特有の慣用表現の代わりにアメリカ特有のものを用いた。そしていろいろな大物スターや監督をもってしても製作会社という製作会社にことごとく断られ、その後最終的にメル・ギブソンの製作会社アイコンにたどり着いた。ギブソンはこの映画をプロデュースし、ダークの精神科医(笑いがまき起こるかつらを被って演じる)として出演することを決めた。

1990年のベトナム・コメディー「エアアメリカ」で共演以来ダウニーとは親しい間柄だったので、彼は主役にダウニーを選んだ。ギブソンからのオファーはどんな感じだったのか私はたずねる。
「メルが家にやってきたんだ」ダウニーは説明する。
「そして緑色のアボガドのシェイクみたいなものを作ってくれながら彼が言うんだ。(ギブソンの口調で)『おい、この映画の権利を買ったところなんだ。ちょっと見てみたいだろ?』僕は、そう、週末に何かしなくてはいけないことでもあるのかな、と感じた。見せてほしいと言うと彼は言ったんだ。『たぶん一緒にやれる仕事さ。とにかく僕はもう行かなくちゃ』 そう言いながら、もう彼はバイクで出ていこうとしていたよ」

ギブソンはダウニーの起用にあたって保険料を支払ったが、それは飲み騒ぐために無断外出をする彼のよく知られた過去のせいで、途方もない料金だった。その他のキャストには主人公の元妻にロビン・ライト・ペン、「ドーソンズ・クリーク」のケイティ・ホルムズが看護婦ジョアンヌ・ホウェイリーを演じ、彼女はダウニーが演じる登場人物の体を拭いてあげているときに射精されてしまう。俳優兼監督であるキース・ゴードンがこの映画を監督し、ダウニーとは一緒に仕事をやりやすかったと強調する。「メルとロバートはとても穏やかで寛大なんだ。彼らはとても良い友人だったから撮影は実に順調に進んだよ」と彼は言う。

オリジナルシリーズが発表された時にそれを見たことがあるのかどうか、ダウニーははっきりとはわからないようだ。「見ていても不思議じゃないよ。メルがこの話を僕にもってきてくれたとき、この作品を耳にしたり多分少しは見たことがあるんじゃないかと思ったほどだ」
彼は撮影が始まる前にオリジナルを少しだけ見たけれども、ガンボンの強烈な演技がその役を演じる上で自分がやりたかったことに影響しないように多くを見ることはなかった。この役のダウニー版はガンボンのそれよりもはるかに腕白で、少しイライラと怒りっぽくさえあるけれどもその一方で彼はとても若々しく見える。

実物でみるこの38才の男には、これまで少し気ままに暮らしてきたという痕跡がみえる。映画の中では、まるで体中がひび割れているような状態で、まさに心身共に衰弱し、特殊メイクアップをしてとかげの王様か何かのように、病院のベッドからありとあらゆる人にぶつぶつ不平を言ったり侮辱したりする。
映画のラストで、彼はまたとても素晴らしい歌声を披露するが、それは、違法行為で降板するまでレギュラーを務めた(さらに主役のカリスタ・フロックハートの実生活でも恋人と噂された)「アリーmyラブ」で彼が歌うのを見ていた人々にとっては大きな驚きではないだろう。彼はいつも曲を書いていて、ミュージカルや2枚のアルバム用に書いた曲もあるというが、彼の「サウンド」がどんなものなのか話すのは恥ずかしそうである。

★大事なインタビューなのに、一瞬もじっとしていないロバートの様子が目に浮かぶようです。「ワン・モア・タイム」の撮影の時、メイクで入っていたカオリ・ナラ・ターナーさんの著書に「メイク用のパフを持って走り回ったりみんなをからかったり、いつも大騒ぎしている男の子がいた」とありますが、ロバートったら、ほんと、いつも楽しくてしょうがない子犬ちゃんみたいな性格?(笑)

Marlon Brando on acid, anyone? <PartU>
  「挫折は大きければ大きいほどカムバックも大きくなる
                         ―僕はこの言葉が好きだ。」
2003年1月31日 Independent.co.uk
インタビューの後半 翻訳協力:だっきーさん
難しい役だったのかどうか尋ねられるとダウニーはちょっと口数が多くなって、とうとうとしゃべり始めた(一字一句変えないでここに記した)。

「難しかったよ、というか、この映画自体がすごく文芸的だからどうすればいいのか、そりゃポッターはよくやったと思う。でもそれは、一般的には本物の(真の)イギリス人だけが持っている天賦の才能っていうのかな、長い目で物事を見据える(まるで1000ヤード先の物を見ているような)『華氏451度』のようだね。(訳注:『華氏451度』は、イギリスの作家、レイ・ブラッドベリ作の近未来が舞台のSF小説)(ジョン)ギールグッドの興奮する演技もそうだろ?(訳注:故ジョン・ギールグッドはイギリスの名優)
誰が本当に怒っていて、彼の高慢さが何から来ているのかってことを誰が最後に気にするのか、そんなことを伝えるために、どんなふうに演じればいいのかわからなかった。
フロイト派のようにはみえないよね? 僕たちは少なくともユングには近づけるのかなぁ? ねえ、一体今ここで何が起こってるんだい? ポストモダニズムはともかく、彼らが言うには(女性的な声で)『ああ、劇の中に劇がある・・・』 僕たちはジョゼフ・キャンベルに到達できるかなあ? いいや、キャンベルにはまだまだだよ。(訳注:いったい何が言いたいのか、さっぱりわからないよ>ロバート……キャンベルは神話には魂を癒す力があるといってアメリカで人気の神話学者だそうですが……)
うーん、僕はいつも考えているよ。どんな? どんな風にキャンベルに近づいていこうとしているのかって? いつも考えているんだ。そんなことは僕にはできないことだって、みんなにわかるときがくるだろうけど。そうだとしても『誰がかまうもんか』」

私は実のところ、彼が何を気に入らないのかわからないけれども、彼はポッターの脚本についていくらか控えめに批判を述べているのだと思う。(映画は少しのせりふをのぞいて、おおむね脚本に忠実であり)その脚本はいくらか自己犠牲みたいなものを絶えず要求し、結果として、さきの自己犠牲(苦痛)から解放される筋書きになっている。
とにかく、撮影はハードだったけれども35日というスケジュールで比較的早くに完了した。予想された通りダウニーは、本当にウンザリするほどのうろこに覆われたようなメイクアップをして1日のうち4時間を過ごさなくてはならなかったが、そのメイクはそれ自体で痛みを伴うものであった。どれほど痛いのか?
「(カメラ)テストが終わったときには僕は完全にトリップしてたよ。こう思っていたからね。『このシーンの撮影をどんどんすすめよう。だって僕のまぶたにはまるでガラスの破片がのりでくっつけられているみたいな気分だったからね。ったくサドだよ』」と答えが返ってくる。さらに大きくなった声はあまりに大きくて、このスターが怒っているのではないかと心配してPR関係者が部屋の反対側からのぞきこんだくらいだ。

気難しくて辛らつな主人公ダン・ダークになりきるのに、その痛みが一役買ったでしょう、違うかい?
「うん、まあね。僕を塩のお風呂に入れたら本気で怒り出すだろうね」ダウニーは言う。
「僕は実際にはすぐカッとなるタイプなんだ。でも愛想よくいようと努力してるんだよ。君たちが仕事をしているときに、意地悪するのはフェアじゃないとおもうからさ」

インタビューの大部分でロビン・ライト・ペンはいくぶん控えめな様子で、共演者にスポットライトを満喫させて喜んでいた。
彼女は彼の腕をとり、マスコミのイヤな奴の前で彼をサポートし、ほとんど彼の引き立て役としてここにやって来たかのように見える。彼女は他の共演者ジェレミー・ノーザムが(この映画で3役を演じている)ふたりのセックスシーンをどう演じるべきかについて提案してきたことについて陽気に話す。
「彼はあらゆるアイデアを持ってきたの。おかしなことにとても興味を持ってるのよね」と彼女は笑う。「彼は典型的なイギリス人ね。生活はまじめすぎるくらいなのに仕事になるとこうなの。『僕にははけ口が必要なんだ!』 彼が私のところにやってきて言うには、(イギリス人のアクセントで)『ロビン、キース、もし僕が自分の乳首をひねる必要があるんだと言ったら、君たちはすごくうろたえるかな…それでいい?いやかなぁ?そしてそのあとで僕の指を君のおしりにもっていきたいんだけど、いやかなぁ?』」

ダウニーと彼女は脚本を尊重しすぎることなく、正しいと思えばどんなことでも、会話の部分をシーンの始めに入れ替えたりしたと言う。
「でも、その時点で僕は薬中のマーロン・ブランドさ。いたるところでキュー・カード(出演者に示すせりふ、指示などを書いたカード)がでたよ」とダウニーは思い出す。「私の額の上でさえもね」ライト・ペンが応じる。

彼の以前の、えー、えへん、体験がこの映画の特色である幻覚状態になりきるのに役に立ったかい?
「えーと、僕は確かによくつまづく人間だ。きのこ類も好きだよ」
ダウニーは率直に言ってから、その類のことについてあまりしゃべりすぎるべきではなかったと思い出したように見える。

「映画を作っているときには、多くの例外に頼ったりはしない。僕はどうして今このシーンをこの上もなく上手に演じられるんだろう。ほんの2、3日の間に経験する何かが感覚的な記憶になるんだと思うし、それがおそらくひとつのシーンの中で効果を生むんだ。たとえば僕の役が天井のひびを見つめているシーンには、そこには僕が参考にする重要な記憶があったってことさ。僕のママとパパは昔けんかをして、パパが僕たちのホテルの天井にミルクシェイクを投げつけたことがあるんだ。
二重のエディプス(コンプレックス)の影響が残っている変わり者にとって、そのしみが乾いたときにそれは茶色い乳首のように見えたよ(訳注*)。本気でけんかをする両親をみるのがどれほど居心地が悪いものだったのか僕は思い出したんだ。そこではミルクシェイクだってつるはしになりたかっただろうね。気味が悪いくらいにいやでいやでたまらないことだよ。
だから天井のひびのシーンのときに、僕は単に天井を見上げ、あのときの乳首について思いめぐらして、役になりきったのさ。こんなふうに過去の出来事を参考にすることは役立ったよ。
それはさておき、僕には演技する上で4つの秘訣(こつ)があって、そのうちの半分はこれ以上役に立たないんだ。だからたぶん、新しいプログラムが必要なんだ」

この映画はダウニーにとってカムバックだと思う?
「カムバックと言わないでくれ」彼は冗談交じりに大声をあげる。「ティム・ストーリーはすごい霊能者なんだ。たぶんキリスト教徒よりはるかにね。彼はハリウッド・バイブル・スタディと呼ばれることをやっているんだ。とにかくその彼が言うには『挫折は大きければ大きいほどカムバックも大きくなる』僕はこの言葉が好きだ。でもわからないんだ。近頃はいつでもひとつのことが終わったら次に移っていける、過去は水に流してね。まただめになったり、ずっとだめだったとしてもね。いつだってすべてがカムバックさ」

「でもそれは信じられないくらい難しい。まるで崖みたいに険しいものになってると思うよ、今の世の中では。過去の名声にあぐらをかいていることなんてできないんだ。リハビリ施設にいたある時期を思い出すんだけど、そこに女の子がいてね、彼女はシビル・ブランドとよばれるLAの矯正施設にいたんだ。彼女は床にモップをかけているんだけど、座って休憩していたから僕が聞いたんだ。『何やってるの?』すると彼女が言った。『過去の名声にあぐらかいてるところよ』」

まもなく終了する頃だ……AP通信のカメラマンがバルコニーで彼とロビンを撮影しようと待っている。急にまじめな声で「Hey、楽しかったよ!」と握手したかと思うと彼はすでに回れ右をしていて、たばこに火をつけドアから飛び出していった。とてもすばやい行動だったので私はカメラマンのフィルムが彼を捉えることができたのかどうか心配になる。
彼は決して名声にあぐらなどかいてはいない。この男はこれまでにも決してそんなことはなかったようだ。

★訳注*:二重のエディプスコンプレックス→これはどういう意味でしょう? 
初めに読んだ時は、離婚の時最初はついて行ったのに結局は別々暮らすことになった実のママと、亡くなってしまった義理の母のローラさんのことかと思ってしまったのですが……子供の時の体験を話しているので、むしろダン・ダーク&ロバートのことかもしれません。
ダークについてはこれまでのREVIEWでも母親についてふれていますが、ロバートの場合はどうなのでしょう?
幼い頃からいつも周囲に映画スタッフがいる生活で、思うように母親を独占できなかったのかもしれません。絶対に別れないと思われていた両親が離婚して母親についていったものの、すでに成長した彼はうまくいかない側面があったのかもしれません……。
いずれにしても将来ロバートの口からこれについて語られるのを待ちたいと思います。

Robert Downey Jr. Interview<前半> 2003年2月24日 MovieHole.netより。
前半・翻訳協力:まさがこさん
「いいかい、僕はめちゃくちゃな人間だったからね」

彼は銀幕に帰ってきた。ロバート・ダウニーJr.は、この数年間は問題の多い過去を過ごしてきたが、もう現在は復帰し、仕事に専念しているようだ。Moviehole はこの才能溢れる俳優と、最新映画 "The Singing Detective"について話し合い、彼が実は、"Mad Max 4"出演に関心を持っていることを確認した。

間違いなく彼の世代の中ではきわめて魅力的でカリスマ性を備えた役者であるロバート・ダウニーJr.にとって、不安定な(平穏とは言い難い)日々が続いていた。サンダンス映画祭のワールド・プレミアで、彼の最新作 "The Singing Detective"を見た人たちは次の2つの事に同意するだろう。
1つは、彼にとって2度目のオスカー・ノミネートの可能性が十分にあること、2つ目に、幻覚上でもう一人の自分をもつキャラクターを描くことは、たぶん彼の実体験を模倣している作品の一例かもしれない、ということだ。
PAUL FISCHEは、サンダンスの真冬の混乱(喧騒)の中で、複雑な心を持つ男を掘り下げてみた。

ロバート・ダウニーJr.を理解するのは難しいことだ。世界で最大のインディペンデント映画の祭典であるサンダンスで、2度目に姿を現したこの役者は、真剣勝負(セカンド・チャンス)をことごとく無駄にしたドラッグや刑務所での過去について質問されることをわかっている。
彼は厳密には問題を避けてはいない。しかし、絶え間なくサンダンスのバッジをいじったり、子供のようにすごく興奮し、100ドル札の絵が印刷されたナプキンをばらまいたり、加えて「ウエストサイド物語」の"Office Krupke"(邦題:「クラプキ巡査への悪口」)を口ずさんだり、とハイテンションだった。
これはほんの序の口である。ダウニーからまともな回答を得ようとするのは、一種の挑戦であることは明白だ。
彼は、"The Singing Detective"が彼の復帰作である、という言われ方を嫌がっている。とげのある質問には、彼に『挫折が大きければ大きいほど、カムバックも大きくなる』と語った霊能者の言葉を引用する。

「近頃は、一つのことを終えたらいつでも次のことに移っていける。過去は水に流せるんだ。まただめになってもね」と彼は言った。
「あるいは、いまだにどん底でも。なんでもカムバックはできるんだ。でもそれは信じられないくらい難しくて、まるで崖のように険しくなってきてると思うよ、今の時代はね。過去の名声にあぐらをかくことなんてできないんだよ」

数々の薬物使用および所持による逮捕以来、ダウニーは"The Singing Detective"でビッグ・スクリーンへ帰ってきた。
デニス・ポッターのTVシリーズを基にした映画で、ダウニーは、辛らつで女嫌い、痛みを伴ってはがれがかった肌と傷のコラージュで覆われた乾癬患者ダニエル・ダークを演じる。その症状と感傷は、つらい過去と幼年時代の記憶によるものである。薬を投与され病院に縛り付けられた彼は、彼自身が書いたハードボイルド推理小説の世界、そして子供の頃の不実な母親の記憶と現実が入り混じった空想にふける。
登場人物たちは突然1950年代の流行歌を口パクしはじめる(TVシリーズでは40年代の曲が使われた)。ダウニーはこの役を演じるために生まれたのだと、「ウエストサイド物語」の歌のあとで、そう彼は認めた。

「いつも麻薬を常用して育ったような感じだった。言ってる事わかるだろ?自分が14で、後6年しか生きないんだから何をして暮そうって時に、他に何があるって言うんだい?」

そう言うあいだも彼は、今にも飛びかかりそうな猫のようにそわそわと部屋中を見回す。演じるキャラクターがふける空想イメージは、非常にかっこよく、陽気で自信に溢れている。歌って踊れるキャラクターがよく表現するかっこ良さのようなものは決して持ち合わせていなかった、とダウニーは言う。
「いいかい、僕はめちゃくちゃな人間だったからね」とダウニーは認め、映画製作中に困惑していたことを付け加える。

「誰しもちょっとはボビー・ダーリンのようであり、でも誰もボビー・ダーリンのようではないよね。(訳注:ボビー・ダーリンは、50年代〜60年代にかけて多くのヒット曲を出した歌手そして俳優です)だって彼はうんと遠くの世界の人だからさ。だろう?だけど僕が映画を見終わったときや、座って見ている時に、えー、例の文句言ったり嘆いたりしてることすべてと中傷は本当にいわれのないことだった。問題なく終わったけどね。」

公の場にあまり姿をみせていなかったせいか、ダウニーはこれまでのところ、観客がどのような反応をするかという事に無関心のように見える。
「つまりね、僕はもう心配してないんだよ。昨夜(サンダンスのプレミアで)沢山の人たちと映画を観て、僕の思ったとおりだったからね。」
"Singing Detective"が「思ったとおり」なところとは、幻覚症状を起こしている男を描いた映画だからである。よくある(使い古した)実生活を模倣している作品なのだ。よって質問を余儀なくされた。幻覚を見る男を演じて、ダウニーは幾分、自嘲気味に質問に答える。もっとも、ダウニーが相手では何ともいえないが(まともな答えは期待できないが)。

「それがむちゃくちゃかって?何がおかしいかって、ほとんどロケ中はさ、僕は役になりきったりそこから出てきたりを繰り返してたんだ。そんな転機って言うかさ、カメラは回し続けよう。オッケー、次はシーン24に行くよ、えーっとそれは「sticky betrayals」の所だね、じゃレンズのピンとあわせて…そんな感じがずっと続いてさ、シーンに入ったり出てきたり、そんなのが1日の時間の流れさ。つまり、すべてを良い方向に進めるにはそうしなきゃならない、だろう? それに、僕はこの映画に関わった毎日やセット全部を振り返ると、いまだに映画を観てても、『あれ、どうやって全部やったんだっけ?』ってな具合だったけど、僕達はやり遂げたし、すべてはプロデューサーたち、とりわけ監督のゴードンのお陰だね。彼は、撮影が始まる前にスイス製の時計で計ったかのように、あらゆることががうまくいくよう計算してたんだ」

★キース・ゴードン監督=スイス製の時計…って、今までの記事や彼自身の書き込みで読んだイメージとあまりにもぴったり(笑)
なお、このインタビューは、前回のIndependent.co.ukのインタビューとともに大変難解な表現が多く、翻訳にご協力くださっている、まさがこさんのご苦労はもちろん、米国在住のまるさんにもご相談させていただきました。ありがとうございます。

Robert Downey Jr. Interview<後半> 2003年2月24日 MovieHole.netより
後半・翻訳協力:みかさん
「僕は選り好みをする、ちょっと嫌なヤツになったんだ(笑)」

おそらく、ダウニーが'すべて上手くやり遂げる'ことが出来た要因の一つは、彼自身の薬物関与の経験と耐え抜いたことを、'幻覚状態に陥った'役に結びつけられることを、感覚的に感じ取ったことである。本当のところよくわからないと言っているが。
「だけど、もし、ミネアポリスのどこかのメッカとは反対に、ベティ・フォードは単に大統領の妻であると考えたほうがもっと簡単だったのかな?(訳注:ベティ・フォードは、フォード元アメリカ大統領夫人。夫人自身がアルコールと薬物依存症だったことを公表し、予防と治療への理解を訴えて、パームスプリングスに設立した依存症の治療施設がベティ・フォード・クリニックです)実際に、僕はベティ・フォードに入ったことはないけど、誰でも何かに関連付けられると思うよ。」

37歳になって、少し年をとり、より賢明になったダウニーは、プロにふさわしい企画を注意深く念入りに選ぶことを心懸けている。彼は、服役したり、内に潜む悪魔たちを処理するために仕事から離れていたが、今、再び仕事に復帰できたことで、楽しげに「僕は選り好みをする、ちょっと嫌なヤツになったんだ」と言う。
今や約25年間ショービジネスの世界にいて、「チャーリー」でオスカーにもノミネートされたこともある。ところが一方、まじめなロバート・ダウニーは自分の身に降りかかってくることを何でも受け入れてしまって抑制しようとしない、そんな問題の多い過去を持つ役者と仕事をすることに慎重になる人もいるかもしれない。しらふな彼は、仕事に対してよりうるさくなった。
「たとえばさ、誰かがこんな事を言うとする、そう、僕が君に"Singing Detective"のような仕事を与えようってね。そんなとき君は、やや現実的な企画で、君のキャリアにとって単に興奮させるだけみたいな話には慎重でいたいって思うだろう?僕は以前はそうする事さえなかったんだ。部屋の向こう側へ台本を投げて、そして『どうして、みんな僕にこんな下らないものばかりを送り続けるんだ?僕には才能が無いわけじゃないし、しかも興奮を与えられるんだぞ』って言ったものさ」

"The Singing Detective"は、ダウニーを再び軌道に乗せるだろう。しかし、ハリウッドが逮捕後の彼をどのように受けとめていくのか、彼はいくぶん冷静にみている。
「畜生!わからないよ。そうだろう?僕はいつもひとつのことにすべてをかけてきて、失敗してしまうんだ。だけど本当にわからないわけではないんだ」とダウニーは切なそうに、火のついていないタバコをもてあそびながら言う。
「つまりね、僕も少し年をとったし、控えめにも賢くなった。物事が僕をどのように受けとめるのか(物事がどう僕に作用していくのか)ということと、世間への見せしめになった者が必要とすることには直接的な関係があることに気付いたし、僕はそれに向き合っていく事もできると思うんだ。僕は物事(状況)を本当にはっきりさせておく必要があるんだよ(白黒はっきりさせておかなきゃならない)。まるで僕自身や、仕事に満足しないようにしているみたいだけどね。僕は常に高く挑戦していきたいし、常にうんと難しい仕事をするつもりだ。たとえ、それがしかるべき機関を訪問するにしても、色々な撮影スタジオへ行く事を意味してもね」

どうやらダウニーは、役を得ることに真剣になることで、やっかいな悪魔を隠しておけるようだ。今、この映画や公表された多くの企画において、プロとして再び高く評価されることで、ダウニーは仕事を糧にし、彼への評判や最近の不名誉なことを茶目っ気のあるユーモアセンスで処理する。「僕は幸運だったと思うよ。Court TV(ケーブルテレビ番組)にひんぱんに登場したから、俳優以外の顔も知られることになった」と彼は言った。「起こることに根拠はないんだ。過ちを犯しやすいのは僕の得意だから、世間の人たちにとって、僕はとても身近な存在なんだよ」

ダウニーは今、彼の過去の罪を見つめる余裕ができて、なぜハリウッドが服役した彼を許したのか、その理由を理解することができる。「僕が刑務所で色々な割り当ての労働をしていたとき、世間のみんなは僕にこう言ったもんさ。『あんたさ、あんたと俺との唯一の違いは,あんたは捕まえられたってことだよ』。でも唯一の違いはね、僕が、自分自身のどん底の危機の中で、新たな状況を生み出したことさ。自分から前へ進もうとしたし、実行に移した。評判にびくびくしたけどね。とても、どちらかと言えば、ええっと、逮捕のときは身支度した方がいいのかな?って感じだな。たぶん、それが僕なりの方法なんだ。ともかく、つらい見通しは過ぎ去ったんだ」
さらにこの役者はこう言う。
「僕にはそれほど保険のリスクはないよ。彼らやその良くない性癖でどうなってるのかを調べるガイガー計数器(放射線検出器)を経験していない誰よりもね。だって僕はもう、一線を越えて薬物をコントロールできるといったばかげた錯覚をして、ものをくすめにいくヤツじゃないんだよ。尿検査で真実は判るよ。だから僕は喜んで小便する。もう気にしないんだ。今日はあまり不機嫌ではないねとか、酷く落ち込んでいるようだね、みたいなことを言う人がいてもね」

ダウニーの"Singing Detective"への参加は、彼が高い資質を持った人間であるとともに、メル・ギブソンとの親密な友情に大いに関係があった。メルは、ボッターの脚本を得て、ダウニーがこの映画で主役をするべきだと主張した。彼らの関係は続くだろう。ダウニーは、もし頼まれたのならマッドマックスの新作に出演すること、厄介なデンマーク人のハムレットのように、ギブソンがいずれは彼を監督することを期待していること、そして、将来性のある恵まれた未来をじっくりと考えるために過去の痛みを脇へ追いやったことを認めた。
サンダンスでの最後の時、彼は、1997年に「ヒューゴ・プール」で彼を監督した父と一緒に到着した。ロバート・ダウニーSr.から彼がどんな教訓を学んだのかを尋ねるのに,ちょうど良い機会だった。「そうだな、彼は僕に向かって自宅の私道にブーツを置いたんだ。何故って僕がテレビの室内アンテナを壊したからさ。」いつでも笑って煙に巻くのはダウニー家のモットーのようである。

"THE SINGING DETECTIVE"は、パラマウント・クラッシックスによって秋に公開される予定だ。

★このインタビューで、ロバートは率直でありたいと思いつつ、彼独特のテレなのかクセなのか周囲を煙に巻くような難解な表現を使っています。にもかかわらず、あまりに素直に無防備に自分をさらけ出す彼が透けて見えると思います。後年ふりかえったとき、彼の転機が彼の言葉で語られた大切なインタビューのひとつになるでしょう。日本ではおそらく当サイトでしか紹介されていない彼のインタビューの翻訳に協力してくださったまさがこさん&みかさん、本当にありがとうございました。