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| ◆サンダンス映画祭初日――The Singing Detectiveは完璧だった |
2003年1月20日 Moviehole 翻訳協力:Nari(ナリ)さん |
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初日の最後を完璧に飾ったのは、故デニス・ポッター原作のシナリオをベースにしたキース・ゴードン監督の"The
Singing
Detective"のワールドプレミアだった。
"Detective"が、詰め掛けた大勢の報道陣の評価を二分したとしても驚くべきことではないし、また、公開されてもそれは続くだろう。
しかし、それは、素晴らしい事である。なぜならば、真に優れた芸術は意見がわかれる傾向にあるからだ。
"The
Singing
Detective"はなかなか実は独創的な名作であり、粋で、ビジュアル的に観客を魅了させる映画である。そして、ロバート・ダウニーJr.が、彼の世代の中で偉大なタレントの一人であることを再確認させるだろう。
主役であるダウニーは、この映画の中で気迫と心の豊かさを感じさせ、中心的な存在となっている。
彼の芸術的なパフォーマンスは、毒舌を吐く若さを体現するような皮膚病で入院した作家を演じるなかで、ゴードン監督のヴィジョンを包含し、表現している。映画の効果的で幻想的な音楽は、ストーリー、テーマ、そしてキャラクターを盛り上げ、すべてが美しくまとまっている。
彼の精神科医を演じるメル・ギブソンは、ここ10年のなかでは最高の演技を見せており見事である。
注目すべき、挑戦的にそして知的に成し遂げたことは、"The
Singing
Detective"がユニークで(類のない)徹底した、暗い喜劇であるという点である。
★「もっと言って〜!」といいたくなるくらい、ロバートをほめてくれていますね。こうしてレビューを訳していると早く見たくてたまらなくなる……日本公開祈願!
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| ◆<レビュー>by ロジャー・エバート |
2003年1月20日 Chicago Sun-Times |
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「最初の夜、スポットライトが当たったのはダウニーJr.だった。」
観客からの質問は、かなりダイレクト(単刀直入)だった。「あなたは、あなた自身の経験を演技に生かしましたか?」
彼の多彩な才能のなかでもフィジカル・コメディアンという面を持つロバート・ダウニーJr.は、腕を組み、前にかがみ込みながら、声にならない声を発したようにみえた。チャーリー・チャップリン(ダウニーがかつて演じた)は、そのパントマイム(身ぶり)に満足したかもしれない。ボディ・ランゲージは語った。「それを聞く必要があるの?」と。
ダウニーのキャリアは、見たところ永遠に続くと思われた麻薬問題の後、軌道に戻ってきたようである。キース・ゴードン監督の"The
Singing Detective"で、全身を痛みを伴う湿疹に覆われた作家役で主演している。
映画は、パーク・シティにて、サンダンス映画祭のオープニングナイトで上映された。彼のキャラクターの顔はとてもたくさんの痘痕、おでき、発疹があり、自分をピザ・マンと呼ぶ。ほんの少しの体の動きでさえ、激しい苦痛となり、そして彼が想像した、ギャングと探偵とギャングの女(娼婦?)たちが、時折、1950年代のロックンロールがベースの歌とダンスナンバーを突然繰り広げる、フィルム・ノワールのパラレルな世界へ、精神的逃避をする。
映画は、デニス・ポッターによって書かれた、有名な1986年のBBCのTVシリーズの非常に短いバージョンである。ポッター自身も、極度の皮膚病を患っていた。脚本は、彼の死の前に完成した最後の作品になった。
ゴードンは、平然と、病んでいるヒーローをクローズアップして監督しているが、この映画は不思議なほど快活で、しかも向こう見ずなやり方でやたら親指を突き立てるヒーローたちとくらべると、病気の探偵はちっともうんざりさせない。
ダウニーの演技は、身体に病気がある演技をするという点で、注目に値する。たまに、彼の声は詰まって耳障りであるが、それは、唇を動かすと痛むからである。それなのに、完全にころあいを見計らった顔つきで笑ったり、にやっと笑ったり、しかめっつらになる。それから、彼が魔法のように回復する想像の世界のシーンもある。舞台上で、彼は観客、そして共演者のロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、そしてカーラ・グギーノをからかったりしたが、問題のあった過去を引き合いに出して質問されると、彼はジョークを言った。「今から一時間後には、僕は飲んでるだろうね」 それに対してあまり笑いは起きなかった。
★ロジャー・エバート氏(有名な映画評論家)のTSDレビューです。最後の「笑いが起きなかった」はいろいろな意味に解釈できますが、ここはひとつ素直に「誰も信じようとしなかった」から笑わなかった、と考えておきましょう(^_^) |
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◆ダウニーが帰ってきた!
「彼の幸福を願わずにはいられない」(キース・ゴードン監督) |
2003年1月20日 PageSix.
Com
翻訳協力:だっきーさん |
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今週サンダンスで彼が受けた熱狂的な反響から判断すると、かつて麻薬に苦しんだスター、ロバート・ダウニー・Jr.は完全に戻ってきた。
"The Singing
Detective"…オスカーノミネート俳優が、一般に良く知られるリハビリの過程を完了以来初の主演…の金曜日のワールドプレミアでは立ち見しかなかった。身体を衰弱させる皮膚病に苦しむ、辛らつで女嫌いの小説家としてのダウニーの演技はとても素晴らしい。
しかし、この36歳の俳優は、3年のブランクがあったビッグスクリーンでの復活に大騒ぎしてほしくないと思っている。
「カムバックと言わないでくれ!」彼は冗談交じりに大声を上げ、ロサンゼルスを拠点にする霊感者から引用したお気に入りの言葉を述べて態度を軟化させた。
「彼が言うんだ。『挫折が大きければ大きいほどカムバックも大きくなる。』僕はこの言葉がとても好きなんだ。」とダウニーは言う。
ダウニーの濃い黒髪にはこめかみに白髪がまじってきているが、彼のおどけたピエロ級の個性は以前のままである。彼はマスコミ関係者と一緒にくつろいでいる時にも、逸話が始まるとそれらをかわし、皮肉やものまねを絶え間なく連発し続けるのだ。
「ロバートにはなぜそんなに多くのセカンドチャンスが与えられるのかと人々は聞くけれど、私が思うには、彼にはとてつもない才能があるというだけではなく、彼が優しくて思いやりのある人間でもあるからだ」と"Detective"のキース・ゴードン監督は言う。
「彼は最も可愛らしい子犬のようだ。彼の幸福を願わずにはいられないのだ。」
ダウニーはこの前の仕事…「アリーmyラブ」でのカリスタ・フロックハートの恋人役…を パーム・スプリングスでの同様な事件から5ヵ月後の2001年4月、カリフォルニア州カルバー・シティでコカイン関連の罪で逮捕されて失った。
1990年「エア・アメリカ」で二人が一緒に主演して以来の友人であるメル・ギブソンは、ダウニーがクリーンになれば彼に役を見つけると約束した。
ギブソンのアイコン・プロダクションが18ヶ月前に"Detective"の権利を獲得したとき、彼は約束を果たした。
「ダウニーにとって素晴らしい役だ。彼の最も素晴らしい本質を存分に引き出している」とゴードンは言う。
ゴードンが「超現実主義者のミュージカル・コメディ・ドラマ・ノワール・スリラー」と呼ぶ"Detective"はデニス・ポッターの有名なBBC TVシリーズのリメイクである。
ダウニーが扮するのは低俗なフィクション作家ダン・ダークで、彼は、作家としての挫折、結婚の破綻、そして乾癬という皮膚病による身体の不自由に苦しんでいて、あまりの辛さに彼の両手は握りこぶしになっていた。
(訳注:辛くてこぶしを握り締めている、または、病気のために手がこぶし状になっているのかもしれません)
痛みとステロイドの大量投薬のために寝たきりで熱のある彼は、心の中で自分自身を登場人物のひとり、歌手としてアルバイトをするハードボイルドの私立探偵に書き直す。
ダウニーは特殊メイクアップをされて1日に4〜6時間を過ごし、時には連続で最高15時間もの間両手を捻じ曲げてベッドに横になることを求められた。
「私は彼をうらやましいとは思わなかった」とゴードンは言う。「『映画製作の世界によく帰ってきた。君はクリーンになるためにそして今この役をやるために3年間の休暇をとっていたんだ。』といったかんじ」
撮影は「驚くほど容易」だった。とダウニーは言う。メイクアップは別として。
「準備が終わったときには・・」彼は思い出を話す。「こう思っていたんだ。『このシーンの撮影をどんどん進めよう、だって僕のまぶたにはまるでガラスの破片がのりでくっつけられているような気分だったからね。みんなはマゾだよ・・・』」
ダウニーは幻覚を見るシーンでは実生活を参考にしたと冗談を言う。
「えっとご存知のとおり、僕は確かによくつまずく人間だ。きのこ類やその他もろもろの麻薬も大好きだよ」と彼は言う。「でも映画を作っているとき、多くの例外に頼ったりはしない。僕はどうしてこのシーンをこの上もなく上手に演じられるんだろう?(笑)」
(訳注:映画の撮影で、本物(きのこや麻薬)は使わないのに、実体験に基づいての演技だから、こういう幻覚をみるシーンを演じるのは上手い!(笑)と、ジョークを言っているようです)
そしてもしカムバックした役のダウニーを見て人々が好奇心から映画に引き付けられるのなら、それは監督にとってうれしいことだ。
「幸運にも私はロバートが見事な仕事を成し遂げたと思う。」と彼は言う。「オスカーに間に合うようにこの映画を製作することができなくて残念だとメルが私に言ったくらいだ。」
★TSDが好評でうれしいですね。なによりキース・ゴードン監督は、ロバートをほんとうに深く理解してくれているようですね。ロバートに何度もチャンスが与えられるのは、とてつもない才能だけでなく、人柄のゆえだと。まさにその通りだと思います。どうもありがとう!>キース・ゴードン |
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| ◆RobertのサンダンスにRobertがやって来た! |
2003年1月20日 Hellomagazine.com 翻訳協力:ルルさん |
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ユタ州の年中行事である(ロバート・レッドフォードが支援する)サンダンス映画祭は今週末、問題を抱える俳優ロバート・ダウニーJr.を、彼の新作映画「The
Singing
Detective」のプレミア上映に迎えた。
最新のインディーズ映画のためにパーク・シティのスキーリゾートに殺到する多くの著名人の一人である37歳の彼は、自身の服役・薬物リハビリからもたらされたものについて語った。
「僕は少し歳をとって少しだけ賢くなった。」と彼は言う。「たび重なるCourt TV(法廷番組)への出演は、俳優としての僕とは別の一面を見せることになった。僕は思うんだけど・・本当は言いたくないんだけど・・でも僕が過ちを犯しやすいことで(逆に)人の気持ちがわかるようになったと思っている。」(訳注:下記へ→)
ロビン・ライト・ペン、ケイティ・ホルムズ、メル・ギブソンと共演の「The
Singing
Detective」は、彼が昨年7月にリハビリを完了してから最初の主要な出演作品である。
かつてロバート・アルトマンに「生きている俳優の中で最高の役者」と評された男は、1999年にコカイン所持により逮捕され、1年を刑務所で過ごした。
デニス・ポッターの有名な脚本の映画化であるこの作品の中で、彼は有能な探偵であることを夢想する麻痺を患った作家を演じる。 |
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| ◆こんなに難しい役を楽しめるのは、ダウニーだけだろう |
2003年1月20日 Reuters.com |
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有名なイギリスの作家デニス・ポッターは、1991年に亡くなる直前、彼にとって最高の偉業でありTV界の偉業でもある、まれにみる8時間ものミニシリーズ"The
Singing
Detective"(1986年)を、アメリカに舞台を置き換えた長編作品として完成させた。
ようやく映画化されたこの作品で、ポッターは原作のBBCバージョンのきわめて難しい本質を相当にやわらげているし、また、キース・ゴードン監督の有能な手腕はさまざまな効果を生み出す戦術を見せている。
様々な嗜好を持つ観客をひとつの作品にひきこもうとするのはむずかしいが、この映画はそれでもなお、その重層的奇想天外な話、準ミュージカル的斬新さ、ロバート・ダウニーJr.がとりわけ素晴らしい仕事で(再び)第一線に戻ることで、確実にアートシアターの関心を引きつける。(訳注:アートシアター…娯楽映画より、芸術的および実験的映画を専門に上映する映画館)
ポッターのイギリスのミニシリーズ「ペニーズ・フロム・ヘブン」もそうだったように、"Detective"もロマンチックではなく、現実世界の登場人物達が、自暴自棄で、時に奇妙あるいは惨めな状況から逃げ出すために、その時代のヒットソングを急に口パクで歌いだす。ちょうどハーバート・ロスが監督した、徹底的にアメリカ化することで恩恵を受けたり悩まされたもしたハリウッド版「ペニーズ」(1981年クリスマスの失敗作、しかしその後、かなり高く評価された作品)のように、まさにゴードンの"Detective"は…はるかに小さな製作規模にも関わらず…多くのニュアンスと複雑性が失われているとはいえ、新たな反響を得る。ただ、より目新しさがあるわけでもなく、結局はありふれてさえいる。しかしそれはポッターが、オリジナル・バージョンの改作をほろ苦いカタルシスへともっとアップビート(陽気に)させると決めたからである…この決意は、果てしない荒涼感が原因のアメリカ版「ペニーズ」の失敗にかなり影響されたようである。(訳注:イギリスのTVミニシリーズ「ペニーズ・フロム・ヘブン」はポッターの1978年の作品)
それでも、完全に原作のコンセプトであるブラック・ユーモア、辛らつさ、そしてファンタジーをまとめ上げる彼の非凡な才能は、この"Detective"に決して消えることのない魅力を最初から十分に感じさせてくれる。この映画の主たる雰囲気を作っているコントラストの魅力は、1950年代の架空のノワール世界で起きたナンパ、セックス、浴槽での売春婦の溺死殺人から始まる。そして、それは現代のダニエル・ダーク(ダウニー)…肌はとても傷つき、どんな動きでも激痛を伴う特徴の、酷い乾癬タイプの状態によってひどく苦しんでいる男…の登場によって不快にもさえぎられる。
ただ、ダーク自身がずっと以前からさいなまれてきた苦痛がさらにひどくなったことがわかってくる…概して人間嫌いで、とりわけ不機嫌な女嫌いの傾向があるため、つらい入院治療を少しも受けいれようとしない…病院スタッフに対しても嫌がらせをして、いる人もいない人にも激怒している。(彼はまた、少なからずマゾヒズムの副作用がある精神安定剤を飲むことを拒否する)
別居して疎遠になっている妻(ロビン・ライト・ペン)はとりわけ憎悪の標的で、このため、彼女が思いきって初めてお見舞いに来るまでに3ヶ月もかかった。この手に負えない問題の患者に対応するために呼ばれたスタッフの責任者(アルフレ・ウッダード。1シーンのみの出演)は、彼は精神科の治療が必要だと主張し、こう言う。「自分の苦しさに向き合わないと、病気は絶対に治らないですよ」
このようにして、ダークはギボン医師のオフィスへと辿りつく。ギボンを演じるプロデューサーのメル・ギブソンは、はげ頭のかつらを被り、変人っぽい眼鏡をかけ、そして親しみやすいウォルター・ブレナン調にお世辞を言って、ほとんど彼だと分らない。風変わりで、おだてて刺激する(たきつける)医者は、夫を捨て、売春に行くL.Aへ息子を無理に連れて行ったふしだらな母(カーラ・グギーノ)に最も関係する忌まわしい幼少期の記憶へと、ダークを駆り立てる。それゆえ、主人公は長年にわたって、魅力的な女性を欺瞞と売春へ結び付けるのだ。
しかし、彼の病気が良くなり始めたにもかかわらず、ダークはまだ妄想の、とりわけ彼が出版した表題の探偵小説(推理小説)の世界へふけっている…そして今その中に存在していると夢想する。そこでは歌手で探偵のダン・ダークとして、自分("ピザ人間"の肌ではない)が主人公であり、ニコラは魔性の女ニーナとして、二人のお堅い連邦捜査官または殺し屋(エイドリアン・ブロディ、ジョン・ポリト)と、そして人当たりの良い、マーク・ビニー(ジェレミー・ノーザム)と呼ばれるうさんくさい人物が登場する。後者は、売春婦殺しの捜査のために非情なダーク(ダウニーは、特にボギー風の話し方としぐさで演じる)を雇う。しかしこれは、ある陰謀のためにダークが選ばれた策略と思われる。
現実の世界に戻り、入院中のダークはこの物語と、ニコラが彼の生きがいである仕事を奪おうと企み、もしかして彼女の"ビニー"と共謀でもしているのか?と、彼女が本当にもくろんでいるという空想とを、混合し始めてしまう。
そのうえ、シナリオは、shlock ポップ("How Much Is That Doggie in the Window?")の50年代のラジオの時代や、ジョニー・レイ、エディ・コクラン、コンウェイ・トゥイッティ、コーデッツなどのアーティストによる初期のロックン・ロール("Flip, Flop & Fly," "Poison Ivy")からの歌をたっぷりと盛り込む。(訳注:How Much Is That Doggie in the Window?"とは、53年のパティ・ペイジの曲。日本では「ワンワン・ワルツ」で知られている。"Flip, Flop & Fly"は、故ジョー・ターナー(ジャンプ・ブルースの大御所)の55年のヒット作であるロックンロール。)
これらのいくつかが、ナイトクラブ歌手姿で登場の刑事、ダンによって歌われると同時に、より想像的で凝った数々の曲は、病院のスタッフや他の"現実の"キャラクター達を夢中にさせる。早い段階で、医師団は、つじつまのあわない"妄想への旅"をさえぎる。おそらく、映画のこっけいなハイライト(原作のミニシリーズでもそうだったように)は、一人の冷ややかでとても若い看護婦(ケイティ・ホルムズ)がベッドに寝たきりのダークの身体に"グリースを塗る"と、きまり悪い勃起を引き起こす場面…そして"Mr. Sandman"の曲にあわせて、空想上の女たちがダークを取り囲み、下着姿で腰をくねらせて歌ったり歩いたりしている場面である。(訳注:"Mr. Sandman"は睡魔に襲われたor恍惚としているダークへのひやかし?で歌われたのかもしれません。)
その斬新な曲は、40年代のトーチソング(訳注:失恋や片思いのラブソング)が86年のバージョンでやった失敗をまったく思い出させない。当然、コンセプトを8時間から2時間にする脚本の縮小化は、途中で多少の複雑さと雄大さを犠牲にする。著しい痛手は、ノワール"ミステリー"が、かつては非常に重要な原動力だったのが、今は、
乱雑に急かされているようだ。とはいえ、舞台をアメリカに移したことは、とてもうまくいっている。
Most important change is
tonal, as worked out in both script and lead casting. Downey is naturally
ingratiating (sometimes to an indulgent fault, though that's not the case here),
and Wright Penn always projects an innate empathy. Unlike Janet Suzman's far
pricklier spouse in the BBC serial, there's never any doubt here that Nicola has
her husband's welfare in mind -- one dimension of useful ambiguity lost.
最も重要な変化は、脚本とキャスティングにうまく反映されているように、新たな風格を感じさせることである。ダウニーは自然に人を惹き付ける魅力があり(その魅力が時に甘い欠点になるほどだが、この映画の中ではマイナスにはなっていない→訳注*)、ライト・ペンは、つねに生来の演技力を見せる。BBCオンエア当時、ジャネット・サズマンが演じたはるかに怒りっぽい配偶者と違い、ニコラが自分の夫の幸福を願っている…原作の魅力だったあいまいな表現の一つ(彼女が夫を本心から気遣っているのかどうか?)が失われた…ことについてまったく疑問の余地がない。
(*訳注:この意味はウーラ&カルダモンで何度も話し合いました。ロバートの天性の魅力と演技の才能が走り過ぎて、作品のなかで浮いてしまうこととも解釈できなくはないのですが、この場合は、「ロバートのハンサムでロマンチックな雰囲気は観る人を自然にひきつける→映画の内容などによって、ときには、それが欠点にもなりうる」という意味だと思われます。)
マイケル・ガンボンの大仕事は、精神的にはるか深く傷を負ったダークと、ずっと困難をくぐり抜けた結果として生じた悲哀を生み出した。ダウニーの素晴らしい演技は、独自の表現で発揮され、この役者が、一時的な現実逃避をするつもりがないことを人物像にしっかりと結合させ、絶好調であることを再度証明している。(その点に関して、父のダウニーSr.とジェームズ・トバックが、刑事上の責任について最も甘い監督たちである) 一部の観客が、その役を、繰り返し起こるプライベートな問題と役者自身の公になりすぎた全ての葛藤を思い起こさせる、ぞっとするくらい的確なメタファーとして観ることは確実だろう。
ポッターの選択は、この最後の改作で、とにかく作品に日の目を見せることだった。皮肉と絶望は、もちろん"芸術のため"に常に必要とされるとは限らない。そして、この穏やかになった結末が回避していることは、昔からよくあるパターンの「さて、私の抑圧されていた記憶をほりおこしたから…おや、先生、また歩ける!」という低俗な作品に危険なほどに近くなること、だと思わずにいられない。心の中にじわじわと広がっていく感動は、ダウニーが最後のクレジットの間にスクリーン上で「In
My
Dreams」を歌って演奏する時、よりはっきりとした形をとって見る人の心を揺さぶる。
脇役も素晴らしく、ギブソンは型にはまらない演技を明らかに楽しんでいる。予算資金はプロジェクトの特徴を控えめにあらわしているようだが(かつてはAリストで、6000万ドルの制作費だと予測された)、ゴードンは再び、「マザーナイト(未)」「真夜中の戦場/クリスマスを贈ります(未)」「チョコレート・ウォー」のように意欲的でより重要な試みを実現する、理知的な手腕を証明する。
プロダクション・デザイナーのパトリシア・ノリスと撮影のトム・リッチモンドは、映画の主要な舞台を分離する(それからオーバーラップさせる)素晴らしい仕事をしている。ぎらぎらした蛍光性の光によって表わされる病院の場面、権力を持った刑事たちによるノワール場面、わずかに金色がかった色調でおおわれた幼児期へのフラッシュバック。技術スタッフは、スムーズに機能している。
Dan
Dark ダン・ダーク.............. Robert Downey Jr. ロバート・ダウニーJr.
Dr.
Gibbonギボン医師............ Mel Gibsonメル・ギブソン
Mark Binney マーク・ビニー...........
Jeremy Northam ジェレミー・ノーザム
Nurse Millsミルズ看護婦........... Katie Holmes
ケイティ・ホルムズ
First Hood ギャングその1............ Adrien Brodyエイドリアン・ブロディ
Second
Hood ギャングその2........... Jon Politoジョン・ポリト
Betty Dark/Hookerベティ・ダーク/売春婦.....
Carla Guginoカーラ・グギーノ
Skin Specialist皮膚科医....... Saul Rubinek
サウル・ルビネック
Chief of Staffスタッフ責任者........ Alfre Woodard アルフレ・ウッダード
With: Amy
Aquino, David Dorfman, Eddie Jones, Lily Knight, Clyde Kusatsu, Earl C. Poitier,
Don Fischer, Andy Umberger, David Denman.
他の出演:エイミー・アキノ、デイヴィッド・ドーフマン、エディ・ジョーンズ、リリー・ナイト、クライド・クサツ、アール・C・ポワチエ、ドン・フィッシャー、アンディ・アンバーガー、デイヴィッド・デンマン。
アイコン製作。ハフト・エンタープライゼズ・プロダクション提供。
プロデューサー:メル・ギブソン、スティーヴン・ハフト、ブルース・デイヴィ、
エグゼグティブ・プロデューサー:スタン・ウロコウスキー、
共同プロデューサー:ジェーン・ポッター、サラ・ポッター、ロバート・ポッター
Directed
by Keith Gordon. Screenplay, Dennis Potter, adapted from his original television
series. Camera (color), Tom Richmond; editor, Jeff Wishengrad; music supervisor,
Ken Weiss; production/costume designer, Patricia Norris; set decorator, Jan K.
Bergstrom; makeup effects, Greg Cannom, Keith Vanderlan; choreographers, Jacqui,
Bill Landrum; sound (Dolby Digital), John Nutt; sound designer, James Lebrecht;
assistant director, Eric Heffron; casting, Denise Chamian. Reviewed at Sundance
Film Festival (Premieres), Jan. 17, 2003. Running time: 109
MIN.
監督:キース・ゴードン、脚本:デニス・ポッター、彼の原作であるTVシリーズを改作。撮影(カラー):トム・リッチモンド、編集:ジェフ・ウィシェングラッド、音楽監督:ケン・ワイズ、プロダクション/コスチューム・デザイナー:パトリシア・ノリス、美術:ジャン・K・バーグストロム、特殊メイクアップ:グレッグ・キャノム、キース・ヴァンダーラム、振付:ジャッキー、ビル・ランドラム、音響(ドルビー・デジタル):ジョン・ナット、音響デザイン:ジェームズ・ルブレヒト、助監督:エリック・ヘフロン、キャスティング:デニス・チャミアン、2003年1月17日、サンダンス映画祭(プレミア作品)でのレビュー。 上映時間:109分。
★当然ながらどのReviewもポッターにふれています。私たちのロバートが演じる映画バージョンをより深く理解するためにも、TVシリーズを観てみたくなりますね。 |
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| ◆The Singing Detective――この映画はダウニーなくして語れない |
2003年1月21日 Hollywood Reporter
翻訳協力:まさがこさん、todoさん |
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デニス・ポッター原作のイギリスのTVドラマ「The Singing
Detective」は、多様な要素が含まれる知性的な第一級のドタバタ喜劇だった。そして、今回、その大胆なアイデアや心理的な奇癖などを映画に凝縮する試みがなされた。ハーバート・ロスの傑作「ペニーズ・フロム・ヘブン」(1981年)など、過去にもこのような例はあった。しかし、大半は、特にイギリスの批評家には鼻をつままれ、目をそむけられ、興行成績は不振だった。
キース・ゴードンは勇敢にもポッターの1986年BBCシリーズ「The
Singing
Detective」(ポッター自身が亡くなる前にTVシリーズの長所を生かしてシナリオを書き終えていた)の映画化を企画した。しかし、いかにひたむきな努力をもってしても、スタイルやトーンの問題は依然残るものである。
「The
Singing
Detective」は、(前出の)「ペニーズ・フロム・ヘブン」への人々の反応を映し出しているかもしれない。この映画を当然擁護する人もいるだろう、それはリスクを背負っているということ、また肉体的・精神的に激しい苦痛を伴う内容と、パルプフィクション的な場面からミュージカルナンバーまで飛び出すほどの陽気な内容を、大胆にも並べて扱っているからだ。また逆に、リスクを認めながらも、高尚すぎる目標に到達できなかった事を指摘する人もいるだろう。
しかし、誰もが、寝たきりの主人公を演じたロバート・ダウニーJr.が勇敢で傑出しているということには同意するはずだ。この映画のマーケティングには、特別な配慮と注意深さが必要である。そうすれば配給会社は、(実験的な映画を上映する)アートシアターに通う人々から、ある程度の報酬を得ることができるだろう。(=興行成績をあげることができるだろう)。
物語のすべては、無常で冷笑的なミステリー作家ダン・ダーク(ダウニー)の心の中で起こる。彼は、いわく「人間ピザ」というほどの酷く気味の悪い皮膚病で入院している。身体は乾癬で覆われ、少し動くだけでもひどい痛みに襲われる。
ダークは確かにダークな(暗い)男で、医者や看護婦、部屋に入ろうとする疎遠の妻(ロビン・ライト・ペン)---ダークは彼女の事を、誰よりも売春婦の素質がある、と不貞行為を責め立てた---に当り散らす。彼の唯一の安らぎは、親切で優しい看護婦(ケイティ・ホルムズ)がローションで身体を拭いてくれる時で、決まりの悪い事に射精もしてしまう。
彼のあまりにも暴発的な態度に、皮膚科医ではなく、精神病医のギボン博士が担当する事になる。この医師を演じるのがメル・ギブソンだが、ほとんど彼だとはわからないほどのメイクで、「ストーカー」のロビン・ウィリアムスを思わせる。
ギボン医師は少しずつ患者の信頼を得るにつれて、ダークの激昂や被害妄想癖の原因を詳しく調べる。つまり、どうしたか?……彼の両親にさかのぼって、特にふしだらな母親(カーラ・グギーノ)にたどり着く。ダークの小説に出てくるわがままな女性は皆、この母親のようなタイプなのだ。
しかしながら、これらすべては熱病にうなされたダークの心の中のストーリーが、進展していく足がかりに過ぎない。並行した物語の中で、歌う探偵(つまりダウニー)は、表現主義的でノワールな世界が広がり、至る所にいかがわしい登場人物たちのいる、1950年代のハードボイルド小説の話に巻き込まれていく。
この作家の一時的精神錯乱の中で、Pirandillo
fashion(?)まがいの2人のギャング(エイドリアン・ブロディ、ジョン・ポリト)が、いったい何のために、何を探して登場するのか、よくわからない。
一方、病院のスタッフは、50年代の登場人物たちがナイトクラブで名曲にのって魅惑的に踊っている間、全力でロックンロールにのりまくる。また、医師によって呼び起こされたダークの記憶---子供の頃、自分と母親が父親に追い出されたこと---は、彼の被害妄想にかられた空想の世界と混ざりあい、妻が彼の子供時代(ジェレミー・ノーザン)の知り合いと共謀して映画の脚本を盗もうとしていると考えるようになる。
この映画の最大の問題は、いつも不完全な変速装置でギアチェンジしなければならないこと、つまり、空想と現実の様々な要素の流れが、全くスムーズではない事である。ミュージカルナンバーは、ボブ・フォッシーもどきで不器用に演奏される。ノワールの連続は、すでに死ぬほど真似され、パロディー化しつくされてされつくされていて辟易する。ポッター自身が、かつてなかったストーリーであると考えていたとしても(明らかにそれは勘違いで)救いようがない。
この映画はダウニーなくしては語れない。
彼は悪魔のような疫病に罹り、記憶と空想のはざまを彷徨い、自分自身を見つけるために死に物狂いでもがく男を演じきっている。ダウニーの演技は天下一品で、ギブソンと一緒のシーンは演技も脚本も演出も最高である。
しかし、不運にも、映画撮影技師のトム・リッチモンドや、製作/コスチュームデザイナーのパトリシア・ノリスという最高のスタッフに恵まれながら、ゴードンは本質的に異なる要素を上手く調和させる事ができなかったといえよう。
(By
Kirk
Honeycutt)
監督:キース・ゴードン
脚本、TVシリーズ原作:デニス・ポッター
プロデューサー:メル・ギブソン他
キャスト:
Dan
Dark:ロバート・ダウニーJr.
Nicola/Nina/Blonde:ロビン・ライト・ペン
Dr. Gibbon:メル・ギブソン
Mark
Binney:ジェレミー・ノーザン
Nurse Mills:ケイティ・ホルムズ
First
Hood(ギャング1):エイドリアン・ブロディ
Second Hood(ギャング2):ジョン・ポリト
Betty
Dark/Hooker(売春婦):カーラ・グギーノ
(上映時間109分)
★ケイティ・ホルムズとは、そういうからみだったのね……実は、以前アップした記事の中に「ん?」と思う記述があったのですが、それを裏付ける事実がここに明らかになったわけです(^^ゞ
ロバートは他の多くの記事と同様(今までのほとんどの作品でもそうだったように)絶賛されていますね。でも、作品自体の出来がどうなのか、ちょっと不安……公開を待つしかない私たちには針のムシロですが、これが辛口の批評であることを祈りたい気分です。 |
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| ◆新しいスタート……仲間たちはみんな、ダウニーを信じている! |
2003年1月23日 JS Online
翻訳協力:かなさん、todoさん |
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「カムバックなんて言わないでくれよ!」ロバート・ダウニー・ジュニアは、ふざけて怒ったように叫んだ。わかったよ、ロバート。でも"復活"(訳注:キリスト教における復活は、大変重要な意味を持って使われる言葉です)なんていう言葉を使うのはちょっと大袈裟かなと思ったのさ。
別の初日の夜、演技よりも薬物中毒や投獄でよく知られるようになったダウニーは、職業としての俳優の道は絶たれたかにみえた。サンダンス映画祭では、ほとんどの人が、彼がもう一度こんなオープニング上映を迎えられるようになるとは思ってもいなかったようだ。
ダウニーはイギリスのTV映画のリメイクである"The
Singing
Detective"に、全身全霊で打ち込んだ。彼は、皮膚病を煩い入院しているハードボイルド犯罪小説作家の役で、そのキャラクターは歌とダンスナンバーを伴う幻覚のファンタジーのなかに引きこもるのだ。
監督であるキース・ゴードンは、ダウニーについて、過去にいっしょに仕事をした時の楽しい思い出しか浮かばなかったと言う。「私の願いは、彼が順調に仕事に戻ってこられることだった。たぶんそれは、なぜメルがこの映画を彼といっしょに作りたがったかということと同じだと思うよ。」
"メル"つまりメル・ギブソン、彼はこの映画のプロデューサーであり、共演者でもあり、ダウニーとは「エア・アメリカ」で共演しており、以来ずっと彼はダウニーの友人である。
「メルが僕の部屋にやってきて、何だか作ってくれながら…よく分かんないけど、緑色したアボガドのスープシェイクみたいなやつさ。それで言うには、『この台本をちょっと見てみろよ。ちょうどこの映画の権利を買ったとこなんだ。』」ダウニーは思い出しながら言う。
「僕は、彼がこの週末に僕に何かやらせる必要があると思って言ってるのかと思ったから、『分かったけど、何のためだい?』て聞いたんだ。そしたら『僕ら二人のためさ、ま、何でもいいんだけど。もう行かなきゃ。』て言ったかとおもうと、ふり向いたらもうバイクに乗ってどこかへ行こうとしてたよ。」
二人の友情についてダウニーは言う。「もし彼が僕に冷たく当たるようになったら、すごく嫌だろうね。」「そしたら気が狂ったようになっちゃうだろうな。」
ゴードンは、ダウニーが撮影中、保護観察の一環としてドラッグテストを受けていたことを話す。「彼のプライベートについて私が何か言うことはできないが、すべてが順調にいっているようだったよ。」
ダウニーにはなぜそんなに多くのセカンドチャンスが与えられるのか? ゴードンは答える。
「それは彼がすばらしくて才能にあふれているというだけではなく、とても優しい人間だからだ。彼の内なる悪魔や苦悩が何であれ、彼が周りの人間に怒り散らすことなんて絶対にないんだ。」
取材の間中、ダウニーはまるで8歳の子供のようだった。壁に向かって飛び跳ねてみたり、ガムを噛みながら突然話を脱線させたり、物真似をしたりするのだ。そして映画祭のIDバッジの裏に入れてあった息子の写真を回して見せたりしていた。バッジの表には、彼のカリフォルニア州の免許証が入っていた。「書類送検のときの写真を入れておけばよかったのにね。」と彼はおどける。
カムバックに関する質問になると、彼は霊能者の言葉を引用して、「挫折が大きければ大きいほどカムバックも大きくなる。」と言う。
"Nowadays, any time you can complete
one thing and move onto the next thing, the board is washed. You suck again," he
said. "Or still suck. Everything's a comeback. I think it's become incredibly
tenuous and kind of precipitous out there. You can't rest on your
laurels."
「近頃はいつでも、ひとつのことが終わったら次に移っていける。過去は水に流してね。まただめになったら…」彼は言う。「もしくはずっとだめだったとしてもね。いつだって、すべてがカムバックさ。でも、それは信じられないくらいむずかしい。まるで崖みたいに険しいものになってると思うよ、今の世の中では。過去の名声にあぐらをかいてることなんてできないんだ。
★ロバートの人間性については、Profileでも少しふれましたが、ほんとうに彼を知る人はみんな応援したくなるみたい。ヴォンダ・シェパードが「ロバートに会った女性はみんな彼に恋をするでしょう」と言ったのは有名ですが、これも単にハンサムで素敵な人だからという意味ではなく、彼の深い人間性に言及した発言だったのかもしれませんね。
それにしてもロバートの言葉を訳すのは大変だよ〜もうちょっとわかりやすく話してくれないものだろうか(泣) |
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