オレはレアな日本人







体中、日焼けでジンジンする・・・・。








マメな休憩を入れながら夜を徹してバスは突き進む。
高速バスとか使うとなぜか眠れない性質なのだけど、この寝台バスでは良く眠れた。
やはり寝っころがる姿勢はありがたいものだ。





そんなオレの安眠を妨げる人物がいた。


オレの目の前の座席のメガネのヒョロイモジャ毛のEU系兄ちゃん
夜中までずっとくっちゃべってやがんの。

一つ前の席の中国系の女性に、なにやら熱心に話しかけている。
同伴者ではないようだが、メガネが一方的にしゃべくり、女性がウンウンうなづいている。




シーンとしたバスの中で彼だけがしゃべっている。

さすがに気を使ってトーンを落としてはいたものの、少し耳障り。
逆に、何を話しているのかと気になったのでヒアリングの練習もかねて聞き耳を立てていたんだが、
どうも自分のこれまで送ってきたジャーニーのお話のようだった。

聞き取れる限りの単語を拾う限り、
ヨーロッパの地名をあれこれ言ってるようだったから西から転々と動いていたようだな。
彼女も、関心しながら聞き入っている。


しかし話し始めて数時間たつが、
ネタが尽きる気配が無い
スゴイボウケンだったのだろう。









早々に寝てください。オネガイシマス。







ニャチャンからホイアンまでは、そこそこの距離。
日本で言えば東京ー静岡間ぐらいの距離だろうか?
それで11$(1100円)なのだから助かる。























朝方にホイアン到着。
みな思い思いの宿へ。
オレもガイドでチェックしていたハイバーチュン通りの「ホップイェン」という宿に入る。

1室10$のダブルの部屋をあてがわれる。
5$で一ベット。、もう一人のお客さんが来たらシェアする形式だ。
生憎とカード払いは受け付けられないとの事だったが、安さに変えられないと
ココに決める。

最上階の部屋なので、窓を開けると見晴らしがよろしい。











「ハイ!」

陽気な外人が入ってきた。
同室になる客らしい。

メガネのヒョロイモジャ毛のEU系の兄ちゃん。

そう。バスで乗り合わせたおしゃべりな男だった














26歳のフランス人。
会社を辞めて1年間かけて世界中を巡る予定なのだとか。

「日本語モ話セマス」
といきなり日本語でしゃべるはじめる。

「ほうほう。大したもんだ。」

「オハヨウゴザイマース」
「コニチワー
「アケマシテオメデトウゴザー」
「スキヤキ・テンプラ・アサショーリュー・コイズミシュショー」













バカにしてますか?

























インドシナの冒険が終わったら、次は中国へと渡り
日本にも行くという。
カタコトの日本語とはいえ、そこそこ会話もできるらしい。

「へーどのへん行くの?」
「エエート。
トキョー
「そうだろうね」
キョ〜ート
「お寺観光だな」
「メイビー。
キューシュー
「遠くまで行くんだな」
ホカイドー
「アンド。
チバ
「千葉?」








日本人よりも日本中を旅するつもりか?









「2週間ハ イルツモリ」
「そうか楽しんでクレ」
「ハイ」
「東京行くのなら秋葉原によれば?」
「アキハバラシリマセン?」
「知らないの?」
「シリマセン」
「電気の街だよ・・・カルチャーショック受けてきな?」
「カルチャーショック?」
「オタク文化。ドーユーノウ?」
「オタク!?アキハバラ!!」
「アイノーアイノー。オモイダシマシタ。アキハバラ」
「そうか」

「アキハバラーーーーーーーーーーっ!」



なぜか雄たけびを上げる、彼の名前はフランキー
ワンピースにそんなキャラがいたような気がしたが、彼はヒョロイ。

ハイテンションを常に維持し続ける変な男だった。


















宿のスタッフに「ミーソン遺跡ツアー」に誘われる。2時間程度のものだという。
今日10時頃出発と言われたんだが、節約のつもりで断わった。
















この宿の1階には無料で利用できるパソコンが数台並べられており。
それを利用してる者の中に、どうみても日本人な男性が一心不乱にキーボードを打ち込んでいた。
くたびれた服装に、ヒゲボーボーのそのナリを見てちょっと気後れしかけたが。
声をかけてみる。

「こんちわ。新参です。よろしく」
「あ、どーもー↓」


フランキーと違ってテンションが低く、一瞬ひいてしまったものの。

その初代あばれはっちゃく・桜間長太郎似の彼の目は死んでなかった。
暗黒面に堕ちてはいないようだ。

同じ宿に日本人がいたことが素直に嬉しかった。
















朝涼しいうちにホイアンを散策してみようと宿を出る。

















ホイアンは、その古びた町並みがそのまま観光スポットだという。

アジアの貿易で栄えた街らしく。
朱印船が行き来していた江戸時代中期、日本人も1000人ほどすみつき日本人町をつくって栄えていたそうだ。
しかし鎖国政策のあおりを受け日本人のほとんどは国に戻る。
その空いた住まいに華僑が流れこんだというスンポーだ。
日本人の建てた和式の家屋を、華僑が好き勝手にカスタマイズした建物。
それがホイアンの見所なのだった。



その手の、歴史ある建物とかにあまり興味を持てない趣味なので
長居する気はさらさらなかった。

ここって町を一巡りしちゃったら、終わりじゃね?
ガイドを見る限り、半日ほどで制覇できてしまう程度の小さい町だったからだ。





誘われたミーソン遺跡を今日中にこなしておけば、ホイアンを一日で済ませて
翌朝にでも次の街に進めちゃうのでは?





ニャチャンでビーチを堪能した今、あとの
コマンドは「ガンガン行こうぜ」
現状、どの街からラオスに行く事ができるかわかっていなかったので
心理的な余裕を持つためにも早めに北上しておくに越した事はないだろう。





思いいたり、宿の戻ってミーソン遺跡を申し込む。





「募集締め切りました。明日分なら受け付けます」








そうかい。とんだ無駄足をふんだよ。




























とりあえず来遠(らいおん)橋。とかいうスポット




写真写りはいいもののただのドブ川に浮かぶ年季の入ったボロ橋だ。



ホイアンを巡る際にはチケット売り場で、
専用のチケットを入手しなければならない
それを購入する事で
選択式で5箇所のスポットに入館することができる。
とてもめんどくさいシステムだった。

 これね。







このライオン橋もチケットが必要とガイドの書いていたが・・・

試しにしらばっくれて突入してみる。
ハプニングを求めて。













しかしなぜか・・・誰からも指摘をける気配が無く
おとがめもなくスルーできた。








橋を渡ると、すぐそばにスポットの一つ「クアンタンの家」とかいう平屋の建物がある。


足を一歩踏み入れて恐る恐る進む。
モギリの兄ちゃんが応対に出てくる。

「あ・・・オレ・・・・チケット持ってない・・・・ソーリーすぐ出ます」

ビビリなので慌てて踵を返そうとしたが


どうぞご見学ください。とみえるジェスチャーでオレを奥へいざなう。
なんだ。
無料で見れるのかよ!ガイドも当てにならないな。



日本人が建てたという家の柱という柱に、あきらかに華僑の連中が刻んだと思われる装飾模様がステキだ。
思ったより見ごたえがあったので、意外と楽しめる。



まるで川越の小江戸のたたずまい。
街道沿いにみやげ物やアクセサリー屋、ギャラリー関係が軒を連ねている。
ギャラリーを中心に巡ってみる。
良い物もあれば前衛芸術的なピンとこないセンスのものもある
結構バリエーションに富んでいたので暇つぶしにはもってこいである。











なつかしのスーパー膏薬・
タイガーバーム16000ドン(約100円)で売っていた。
なんか中国に居るような気分になるな。











「サーフィン博物館」というものがある。
サーフィンに興味があったわけではなかったが、
ベトナムが発祥の地だとは知らなかった。俄然興味がわいてきたので、
向かってみる。





ココもチケット必要なはずだが、スルーで通れた。





サーフィンの割には・・・タライや、船の櫂が飾ってあり、ピンとこない。
そうか
サーフィンの起源はタライから始まったのかもな・・・


と感慨深げでの見ていたんだが・・・・
どうみてもサーフィンらしき物体が見当たらない。




改めてガイドを良く見ると。




ベトナム中部で栄えた「サーフィン文明」なる滅びし文明の遺物の展示なだけであった。























ま・ぎ・ら・わ・しいんだYO



























公園らしきところに鎮座している、謎の人物像を見ていたら、
日本人旅行者とおぼしき女性を見かける。
あっちこっち動きまわりカメラを取り捲っている。
間違いない。あの熱心さ。アレは日本人だ。




町並みはこんな感じ。
少し人が少なくって寂しい限り。












町のそこかしこに芸術品のようなモノがウィンドウ越しの飾られたりしていたので、
熱心にみていた。


































「やっぱり日本人だ!」









「は?」









熱心に芸術品を見入るオレに、挨拶も無しに無粋に声をかけてくる女性がいた。
さきほどのカメラを持ってちょろちょろしていた女性の旅行者だった。











「日本人の方ですよね?」


「はい日本人です。こんにちわ」

おどけた感じに、笑顔で挨拶をしておく。





「やっぱり!」

「はぁ」


「ホイアンに来て日本人に初めて会った!」


「そうなんですか」

「はい!」



と明るい笑顔で応える。

首にタオルを巻いた姿
が斬新な、20中盤ぐらいの少し落ち着きのない印象の女性だった。

なんだか、これまでに会った事のないあからさまな旅行者ブリにとてつもないギャップを感じざるをえないが・・・
よくしゃべり元気がよろしい。
しばらく話していると、会話のリズムに独特のテンポがあり非常にあわせやすい。



「はい。大阪の吹田です」


思ったとおり関西の人だ。言葉は標準語ではあったが、イントネーションが関西弁だったのでピンと来た。
英語とか得意ではないようなのでそれほど旅慣れはしていないようだったが、
この旅に来てから一人も日本人と遭遇できていないらしく嬉しくなって声をかけてしまったとのこと・・・










そんなレアな存在だったのかオレ?













「良かったら一緒にうろついてみます?」
「はい!いいですねー」





彼女はチケットを購入して観て回っていた。
オレがチケットなくても入れた話をすると、
「ウソっ!」

すでに数枚もぎられたチケットを見せてくれた。
てっきりファン感謝デーみたいなサービスの日かと思っていたが・・・
そういうわけではないようだ。
なぜだ?




「タンキーの家」に行ってみる。
もぎりが来て彼女はチケットを渡す。
もぎってもらう。

「・・・・」
もぎりがオレに来たので
「アイドントハブチケ」
といいつつまたもきびすを返すと
問題ありません。みたいな顔をして通してくれる。


それを見て彼女は憤慨した。
「なんでーーーっ!?」
「なんでだろうね?」




「でも私はチケットを使うわ」
「まーもぎってもらえるし・・・ね」











「フーンフンの家」


彼女はチケットをもぎってもらって入る。

さすがにもうフリーだろこれ。
そう思いつつ進むともぎりが

「チケット出せ」といった態度をとってきた。

「オレ、持ってない」
というと少し険しい表情でなにがしか言ってくる。





彼女をおいかけるように奥へ逃げる。
さすがにおかっけては来ないようだが・・・・








一体、どっちなんだ?









「なんか怒られた」
「やっぱりチケットは持ってるべきだったのよ」
「かもな〜」










でもこのまま行くのだ。












まーどこ見てもこんな感じだ。
古い家屋の中に、いろんな展示物を並べている。
当時の人たちの貴重な生活用品とか
学術的にも貴重な品がずらりとそろうが
ただの茶碗だとか器だとかで、大してどうということは無い。






ただ建築物に関しては、年季の入りっぷりがすさまじい上。
当時の人々の生活観が感じられてとてもリアル。
さすが基本部分を日本人が作ったと思われるだけあって丈夫な感じ。
なるほど。





リアルなわけだった。

奥の方では、この家の8代目の家族が普通に生活してなさる。
うっかりキッチンに迷いこんでしまった。

どうみてもキャンプ生活なんじゃないのかね?これは?



そして、そんな観光スポットのお住まいの片隅で、さりげなく内職をする母娘達。
これは後述するホワイトローズとかいうセレブな餃子を作っているところ
近くの食堂にでも卸すのだろうか?






















なんだかところどころで
大掛かりな工事をしている。

水道管かなんかの工事みたいだが・・・
不思議とユンボが見当たらない。



聞くと、これ「手掘り」だった。バカな。
金属の棒で、地面をくずして、スコップで掘り起こす。
聞くダニ気が遠くなるような作業だ。


よくやるよ。

そう思う中、彼らはガンガンハイペースで地面をブレイクしてゆく。
手際がよすぎる。


・・・そしてハタとその理由に気がついた。







なんせ彼らはあのアメリカを撃退した
ベトナム戦士達の末裔なのだから。
トンネル掘りの技術ノウハウは連綿と彼らに伝えられてきたのだろう・・・。

















・・・たぶんな。









大阪が、チャレンジしてみる。
オレも試してみたが・・・・











・・・工期を1年もらえれば、30センチぐらいは掘り進める自信はある。













桃と伊達と違って、大阪はオレを立ててくれる器量持ちだった。
素直にオレの行く場所についてきてくれるのでありがたい。

市場によると
大阪がミルクフルーツという南国の果物を食べたいというので探す。


すぐに見つかる。

オレが食べてみたかったノーイナーもあった。
これは別名「釈迦頭」といわれるボツボツした妙な形状のコブシ大の果物。
オレはひそかに「アルマジロ」と名づけていた。
見た目が汚らしく気味の悪い形状ゆえ、これまで食べる気にとてもなれなかった。




買うかどうか悩んでいたら果物屋のおばさんが
テキトーに皮をむいてどちらも食べさせてくれた。

ミルクフルーツは、アイスクリーム見たいなやわらかい食感でとても甘い。
アルマジロは、シュガーアップルといわれるだけあって砂糖みたいな少ししつこめの甘ったるさ。

どちらもいままで食べた事のない魅力的な味だったので、感激だったが






温い。





でも、冷蔵庫で冷やして食べたら格別だろうな。









おばちゃんがまたも頼みもしないのに、
袋にいくつか入れて押し付けようとする。

しかしどちらもまるまる一個たいらげて満足してた上、売られている商品が
黒んずんで痛んでいるような物ばかりに感じたので
「いらないよ」とつっぱねる。
怪訝な顔をしたおばちゃんを尻目にその場を立ち去る。

後ろから別のおばあさんになにやら罵声を受ける。


多分、
『試食させといて買っていかないなんて、なんて酷い人間なんだい!地獄へオチナ!』
・・・と叱責しているものと見受けられる。




















知るか。






























幼少の頃。
肌が弱い体質だったので、夏場になると必ずアセモが出て大変だった。





そんな中、お袋が友人のつてで謎の中国の膏薬を手に入れてきた。

それを塗ると、あっという間にアセモが直ってしまった。
虫さされにも効き、寝るときに胸に軽く塗るととても気持ちがよく。
子供ながらにえらく感動していた。



そんな神の膏薬「タイガーバーム」を露店でまたも見かけた。
現状日焼けして痛む体にぬれば、さぞ気持ちがいいだろうと思い、無性に欲しくなる。

一個25000ドン(150円)だという。
さっき見かけたところでは17000ドンだったので、えらく露骨にボってるのがわかる。
大阪が見てる手前、
かっこよくオレのスーパー交渉術をみてもらおうか?



いくぜ!











(略)




















・・・2個28000ドンでゲットだぜ!






















昼飯はカオ・ラウというウドンのできそこないのようなモノを食べた。




有名な店だということで来て見たもの、味は微妙だな。

大阪は、ツアー会社で派遣社員をしているという。といってもただの事務員。
10日ほどの旅程で、ベトナムを訪れているらしい。
ハノイin→ホイアン→フエ→ハノイoutのスケジュール
移動はもっぱら例の統一鉄道の寝台を使った世界の車窓から。
宿や交通機関をツアー会社で手配してもらい、一人で観光をしにきているのだという。
鋼鉄旅遠士」だな。

失礼ながら、はたから見てると危なっかしい旅行者タイプ


宿の話をすると、彼女は
一泊35$のホテルに止まっているという。
ツアー会社の指定のホテルらしく、なんでも中庭にプールが設置されているんだとさ。
どんだけ高級な所に泊まってるんだこの娘は?

「安い部屋は10$前後だけど、たまの旅行なんだから奮発したの」
「10$か・・・カード使えるそこ?」
「使えるよ」
「ほう・・・オレは今かくかくしかじかで・・・カード払いしてかなきゃならないんだよね」


(略)









大阪は、午後から隣町のダナンへ行くというので、市バスのバス亭までエスコートして別れる。
まるで興味ない町だったので着いていく事はしなかった。












シャワーをあびようと一旦宿に戻ると、
桜間長太郎とまた会う。
年配の白髪のおじいさんとなにやら会話をしていた。
このジーさんも日本の方。
邪魔しちゃ悪いので軽く挨拶だけして部屋に戻った。


大阪のヤツ、日本人見かけないというが結構いるじゃないか?














午後も町をうろつく。
でっかい駐車場の伝統工芸品センターみたいな場所を見つける。

かなり規模が大きい割には
「地球の歩き方」には載っていなかったで近年完成したところなのかもしれない。
無料で見学できるというので暇つぶしに見ておくか。


シルクの機(はた)織り。
伝統工芸らしく手作業かと思いきや。
電動ギミックによる駆動方式。


それでも細かい調整は人がやる。


ばーさんがでかいろくろをつかい小ぶりな陶器を形作る。



ええーと。こちらは、刺繍とかしてた。
こんな感じで工房内までお邪魔できる。
お年頃のオネーサンたちが懸命に刺繍をする。
アナログドット職人だな。




こんな陶芸品が販売されていました。
形状と模様がオレ好みなので・・・とりあえず写真を撮る。


この立派な建物は、服を販売している館。
そのほとんどがシルク製品だった。
もっぱら女性用のシルクのアオザイが販売されており、
オーダーメイドで自分のスタイルにあったモノも作ってもらえるようだった。

平日なのでお客さんがほとんどいない。
そのせいもあってかアオザイ美人が寄ってたかってオレに色々進めてくる。
シルクのワイシャツを進められるが・・・・
オレはもうスーツ組な人生はこりごりなので断わった。

それでも販売員のオネーサン方がみなアオザイ美人だったのでとても楽しかったよ。
やっぱ・・・







アオザイはエロイな。
ベトナム万歳(二回目)














ちょっと素敵なウルトラサインの描かれたアートを売る画廊。
筆で描かれたカリグラフな文字が興味深い。











大阪と待ち合わせてホワイトローズ専門店「ホワイトローズ」へ夕食を食べに行く。


日本人にもコビコビの看板だった。



店に入ると店長自らがメニューを持ってくる。
ここはホワイトローズの元祖だとかなんとか、
じーさんから続いて今の店長で三代目の老舗であるらしい。

「私は大の日本びいきなんですよ」

・・・・と頼みもしないのに机の目の前で歌を歌いはじめる。




故・坂本九の「明日があるさ」を陽気に披露してくれる。
他の客の注目をあびてしまう。

やめてくれ。



















日航機123便思い出しちゃうからさ



















写真映りが悪くって申し訳ござんせんが・・
「ホワイトローズ」つーぐらいだから白バラみたいな美しさでした。

透明な薄皮のギョーザ。
スゲー美味い。
ホワイトローズの元祖であることは認めてやってもいいかもな。(ウソだとしてもな)
おもわずもう一皿追加だ。



少しなげやりな食べ物っぽいが。
これは「揚げワンタン」
どうみても和風ごたまぜピザなんだが・・・ワンタンなんですと。



食後、大阪がホイアン名物「ホイアンシアター」という催しモノがあるとかで
是非行ってみたいと言う。
民族音楽の演奏・舞踏がみれるらしい。


向かう途中、コンビ二の買い物帰りの兄ちゃんみたいに
荷物の入ったスーパーのビニール袋を片手に、散歩している長太郎に出会う。
もちろんコンビニなんてもんは、こんな田舎町には存在してない。
てさげカバン代わりの使ってるのだそうだ。

「良かったら君もくるか?」と誘うと、二つ返事でつきあってくれることになった。
日本人にまた会えたと大阪も喜んでいた。


彼はまだ夕食を食べていなかったようなので、
開演する前に、食事に付き合う。
そこで色々と長太郎の事を知る。


彼は千葉は松戸出身。28歳。
会社をやめて、すでに
1年近く旅を続けていると言う。

世界一周をめざしており、
すでに、ヨーロッパ、南米などを渡り歩いていた。今はインドシナ制覇中。
その為、世界のいろんな都市にくわしく、物価だ宿代だなんだと色々語って聞かせてくれた。
大阪とふたりでずっと「スゴイスゴイ」と関心することしきり。

来た。間違いなくこいつぁ黄金旅遠士だな。




自分は協調性の無い人間なので会社を辞めたと言っているが、そうは見えなかった。
ヒゲボーボーな割には世間ヅレしてない社交性を持っていると見るが・・・
30歳までには世界一周を実現したいと熱っぽく語る姿は、30後半に差し掛かった自分にとって
とてもまぶしく見える。




つきあっていた女性に、何も伝えずに旅に出てしまったらしい。
電話で連絡もしづらいので、メールでお別れの連絡を入れようとしたが
彼女の反応があまりにも恐ろしく、考えた末。

長文の英語で別れのメールを送る」という遠回りな戦法を選択してしまう。
そのあたりに彼の人間性が垣間見える気がする。
悪いやつではないんだな。

悲しくもほほえましい。
そのメールの返事は1年経った今でも届かない。








当たり前だと思う。















「あ!あのおじいさんも日本の人ですよ。おーい○○さーん」
ととーとつに店先のおじいさんに手を振った。


昼間、長太郎と一緒にいたジーさんだった。
よく見るとなんだか店員とすこしもめているような感じだった。

助けてくれと言わないばかりにジーさんが長太郎の方に駆け寄ってくる。

「どうしたんですか?」
「いやね、もうなんだかわからないんだけど。ホイアンシアター見に来たのにこのチケットじゃ入れてくれなくてさ〜
ビール飲んで帰ろうとしていたとこなんだけどね・・・」
「見せてもらえます?」
「あ、それ私も持ってます」


例の5枚つづりの観光チケットだった。

「それじゃなくて別のチケット買わないといけないみたいですよ」
「え?そうなのかい。てっきりこれで見れると思ったのになぁ・・・あいつら何言ってるか全然分からなくってね」

すると長太郎が店員に事情を説明して、新しいチケットを一枚手配するように
「英語」でさらり頼んだ


便乗するようにじーさんは、飲み物精算したいんだが、部屋が暗くてレシートの文字が読めないと長太郎に泣き付く。
値段が読み取れない上に聞き取りもできない、そんな状態が店員に伝わらず軽くもめていたようだ。
彼は嫌な顔せず、レシートの値段を店員に確認。無事、じーさんの会計が済んだ。


かっこよくフォローをする長太郎に比べて
すべて長太郎任せな上、自分が何もできないと自覚した上で人に甘えるさまが、年の割りに情けなく感じる。





「あのおじーさんよくあれで一人旅してるわよね?」



と大阪の言葉が結構シンラツ(笑)






こうしてたまたまそろった日本人4名でホイアンシアターを見ることに。

あともう二人、色黒の中年男性外国人の計6名と
とてもつもなく寂しい人数でホイアンシアターは開催された。




バックの音楽隊のみなさん。
手作りの木製ドラムセット、フルート?、謎の一弦、でっかい琴、妙なバイオリンに、妙なベース。
ベトナムの、おそらく伝統的な楽器を巧みにあやつりBGMを奏でる。






ものの数分で、外国人が一人つまんなそうに席をたったw


  

 

    
こんな感じに、妙な男女劇や天女物語、野良仕事賛歌みたいないろんな演目が披露される。
まーなんといえばいいのか・・・・。





至近距離で踊るな!


鬼気迫る気迫で演技をするねーちゃん。表情が怖くて、ひく。




そんな中、後ろの二人は出番が無いのかアクビをかみ殺していていたばかりか
どうみても雑談なんかもしていたりと、まるで緊張感の無いダレきった空気感といいましょうか・・・。



はい、メンバー全員そろってお開きとなりました。

それなりに楽しもうと努力したので、ちゃんと見切った。
モト(50000ドン)はとったかな。




唯一、気になった楽器「ダン・バウ」
弦一本だけで色んな音色を出していたので、仕組みが興味あったので写真を撮っておいた。
なるほど。

よく分からない。


色黒の中年男性も観覧後、大きな一眼レフでバシャバシャと楽器をとりまくっていた。
おちついた雰囲気だったので、旅行者というよりもカメラマンかジャーナリストだろう。
色黒な顔は、日に焼けたような感じだったので、もしかしたら日本人かもしれない。



店の外に出ると、街灯も少ないせいか真っ暗だった。

長太郎は、その中年男性と話をしていた。
オレはおっさんに興味は無いので特に話に加わらなかった。
後で彼から聞く限り、
そのおっさんは、その昔会社を経営していた人で、その会社を一旦たたんで、のんびり一人旅をしている人のようだ。
「ふーん」といったところか。



じーさんと長太郎は先に宿へ戻り、
夜道で怖いということで大阪を彼女の宿まで送る。
35$の部屋のあるホテルと聞いていたが、夜見る限り。
それなりにデカイホテルだった。





帰り道は真っ暗、こっちが怖いわ。




マイ宿ホップ・イェンに戻ると・・・・






シャッターが閉まっていて入れない。















インタホンとかチャイムとかそんなものは無かったので
怒りに任せてシャッターにコブシを叩きつけた。











何度も何度も









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