ナンとジョーせんせ



朝6:30.
起きたら、だだっ広い駐車場にバスは止まっていた。
何台か他のバスも停車してます。





奥のほうに安っぽい公民館のような建物が見えるので、
おそらくそこがイミグレでしょう。



ラオスとの国境の町・ラオパオにいつの間にか到着していたようだ。


























7:00になれば事務が始まるそうなので、それまでみな思い思いに時間をつぶす。
オレも公衆トイレに行きがてら外の空気を吸いに出る。


山に囲まれたド田舎。
何もない。
ぼんやり待つ。








周りがせわしなく動き始めた。
イミグレが開いたようだ。


今回は、個別に手続きして越境らしい。

旅慣れしてそうなレゲー次郎と一緒に行けば間違いないだろう。
・・・と思って探したが、彼はとっくに移動していたようだ。



ラオスの国境は、ベトナムと同じく15日までの観光であればビザは不要。


















いきなり混雑し始めた中、なんだかよくわからないうちに入国でできたw。








レゲー次郎と、話をした。

彼も自営で働いており。移動式バンでアジア料理を営んでいるらしい。
年齢は34歳。当然、調理師の免許等を所持しており大変立派だ。
度々、アジアをサスラッっては仕事に役立ちそうなサムシングを求めている。




彼は、ラオスのビエンチャンには泊まらず。
到着ししだい、さらにちょっと北の街・バンビエンとかいう場所で一泊するらしい。
その方が、宿が安く澄むそうだ。
そしてラオスの古都として名高いルアンパパーンに向かうという。


彼曰く、



ビエンチャンは相当つまらないらしい。










とは言っても・・・残り6日と時間のない俺にとっては、ラオス国内を無節操にうろつくこともかなわず
そんな余計な情報を聞いてしまったおかげで


ひどくローテンション
でビエンチャンに向かうはめになったのであった。
















バスはちんたら走る。



山越え峠越えの道なので、大変そうだ。



その割りに、何台かの同型のバスに追い抜かれたりもしている。















こまめに休憩を入れてくれるのだが・・・
別段、売店があるような場所でもないただの路肩だったりする。
その都度、スタッフが気持ちざわついてたりするので、

『エンジン調子悪いのかな?』

・・・程度に思ってた。























あげく。




本当に何もない山奥の荒地にバスが止まる。














小便休憩かと思ったが、なかなか出発しない。

外にタバコを吸いに出ると、スタッフ数名がバスの後部ハッチを開け、
エンジン内をいじくっている。
エアコンはつきっぱなしなのでエンジンが止まったわけではない。
どうも、駆動系がいかれておもうようにパワーが出せなくなったようだ。




さすがに、エンコはなかろうと修理完了をのんびり待っていたのだが・・・
























































2時間経過。

















































直る気配まったく無し。











スタッフは懸命に、入れ替わり立ち代わりいろんな人間が修理を試すが・・・
みな首をふるばかり。
そうこうして
エアコンも止められてしまったので
ほとんどの乗客が、道路にある巨木の木陰に逃れて呆れ顔。



こういう場合・・・どうなってしまうのだろう?
JAFなんてないだろうに・・・。







そうこうしてると、
一台の幌付きトラックが道路に停まる。












ツアー会社の救援にしては迅速だな・・・
でもトラック一台て。
















しばらくすると、数名がバスから荷物を降ろして、そのトラックの周りに集まり始める。

何それ?早いモン勝ち?
それで先に行こうってか?
こうしちゃならん・・・俺も・・・










「レゲー次郎くん。おたくはどーするよ?」
「ん〜ボクはそんなに急いでいるわけではないので・・・のんびり直るの待ちますよ」
「そうか・・・」



オレはこのバス、絶
動かないと悟ったので
荷物を持って慌ててそのトラックに乗り込んだ。




















4人の陽気なヨーロピアン系のグループ。恰幅のいい白髪の老人。いたのが気がつかなかったが日本人一人、そして
その連れのような日系人、見た目どうみても日本の人なんだが、なぜかフランスの人らしい。

オレを含めた、その7人でトラックを占拠した。




そしてバスの連中を尻目に、一路ビエンチャンへ向かわせた。
地元の人間も2名ほど乗っている。


これでも、地元の人たちが足に利用する交通機関なのだ。当然、エアコンなぞない。
幌があるので暑い陽射しは問題ない。吹き込み風がとても気持ちがいい。
きせずして噂の長距離トラックに乗り込めたので内心ワクワク。

椅子は板切れだけなので、すわり心地をアレだったが・・・こんなものだろう。


あのまま何時間もエアコン無しで過ごすぐらいなら、俺は先に進むことを選ぶ。









・・・とは言ったものの実はは、この状況よくわかっていなかった。













同乗の日本人に聞くと、
このトラックはヨーロピアングループが、
勝手にヒッチハイクして乗り込んだだけのものだったようだ。
ツアー会社のモンじゃなかったのか・・・冷静に考えれば、そうだよな。
その無茶な行動力に少し呆れつつも、先に進める幸運は彼らのおかげということだ。
なので当然、ビエンチャンまでは乗り込んだみんなで費用をシェアしようということになっていたみたい。




「ありゃ動かんわ」
日本人もそういうので、選択としては正しかったと思っておこう。
あまりに遅くなって宿に停まれないのが一番、めんどくさいことだし。
ここは先を急ぐに限り。




そして、なかなかのハプニングだったので内心は喜んでいたオレ。









しかし、ここがどのあたりで、目的地にいつ着くのかわからないまま
トラックは田舎道を軽快に進んでいった。








数時間進み、ちょっとした市街に入る。
タイミングよく停まっていた市バスがあったので、それに乗り換えることになった。


トラックの代金は、白髪の老人が代表して交渉してるようだった・・・
20$23$だ。とかで軽くもめているようだ。

見かねた日本人が+10$出せばすむからと、懐から金を取り出し老人に渡して、事なきを得る。

なぜかオレはシェア分として3$だけにしてもらう。
なんだか悪いと思ったが、
日本人が「いいよいいよどうせ大した額じゃないし」と笑う。







このメンツで間違いなくオレが一番のオミソと認定されていたと思われw









市バスに乗り込むと、現地の人間でびっしり。
中の乗客も金髪の外人見てびっくり。
特に、ヨーロッパグループのドレッドヘアーの兄ちゃんは
始終、近くのおばあちゃんの興味をひくこととなった。


一番後ろの座席に、日本人・ヨーゾーさんと座る。
前の席では、安西先生とバトルフランスが、金額の交渉をしているようす。

その後、バスの集金係の兄ちゃんがこっちにも来て
「70000K(キープ)」
と言ってくる。
相場もしらんし、現地通貨に両替もしてないので困るなぁ。
ガイドだと9000kで1$だったので・・・約8$(800円)ということになる。



場所もわからんし、後どのくらいの距離かも分からなかったが
なんとなく

納得いかなかった。



ヨーゾーさんも
「せいぜい5$だろ?」
と、言い返す。
「ノー」

その態度にイラッと来たので、足元みられるのも癪だったので
「エクスペンシブ!オンリー4$!」
「ノー」


ここでもめても仕方ないので
カタコトで
「オレ ラオス ハジエテ来た。 お願いだからヤスクシテクレ」
手を合わせて頼んだ。ヨーゾーさんも、交渉をオレに任せた様子。

「・・・」
「ラオスとジャパンハフレンド?」


兄ちゃんは「仕方ないな〜」て顔をして言ってくれた。
「OK。4$ね」
「サンキューベリマッチ」




あとで聞いたが、安西先生ほかの連中は素直に8$払ったとか・・・。






ヨーザーさんが、後部座席に座っていた。
現地のおっさんに聞いていた。
「このバス、ビエンチャンに何時頃につく?」
「んー・・・5時?」
「5時?」
「5時」


おお思ったより早く着くのだな。
動けないバスに残らなくって良かったぜ。ウハハハ。


ヨーゾーさんもホッとしたのか
「みんな!到着5時頃だってさ!」
「ヤー」

ヨーロピアングループも喜んで手を叩く。

それを怪訝な眼差しで見つめる現地の乗客たちだった。








ヨーゾーさんは、自営の人。
またも料理関係の人だが、ベトナム・ホーチミンでのレストランの経営を検討しているのだそうだ。
50回近くバンコクに仕事で行っていて、ラオスは今回が初めてなのだった。
一応、現在はバカンス気分で東南アジアを飛び回ってるみたい。
オレより一回りぐらい歳が離れているかと思ったが・・・一つ上なだけだった。
貫禄負け。



















5時過ぎ頃、ヨーロピアン4人組が叫ぶ。







「あのバス、俺達の!」





なんだかエンジン全開で爆走して、市バスを抜き去っていく影。
デザインから間違いなく俺達の乗っていたツーリストバスだった。























バカな!











あの状況の中、奇跡的に復旧できたようだ。
なので、みなボーゼン。

























そうこうしてる内に、日が落ちていく・・・・





5時はとっくにすぎていた。


「本当に5時につくのか?」
「すまない7時か8時かもしれない」













だってさ(怒)

















日も完全に落ち、バスの中は照明もつかないのか真っ暗。
かすかに街灯と星の光が俺達を照らす。











そして、遠くの方に街の明かりが見えてきた。

























7時30分過ぎ、色々あったがビエンチャンに到着しました。


みなで宿を探すが、なかなか空いてないようだ。
空気的に「高そうな宿」に入っていきそうだったので
オレは「貧乏旅行なのでもう少し頑張って探してみる」とヨーゾーさんの伝えて逃げだしたw


しかし奥の方まで探したが
あるべきホテルが見当たらなかったり、
遠くまで進んだにも関わらず満室だったり。
と結構、踏んだりけったり。

やはり夜7時もすぎるとなかなか見つからないものだったのな・・・。


しかしなんとか見つかる。

一件は・5$のドミトリーが空いてる。
その隣のホテルでは、同じく5$で、窓のない階段下のせまいシングルルーム。

ということで、狭くともシングルでってことで5$の「ミーサイ」というホテルに泊まることができた。
幸い、温水の共同シャワーだったのでありがたい。






夕飯食いがてら街を軽く散歩、
歩いていたら「ハッパどうだ?」と暗がりから声をかけられた・・・
一言断わったら諦めたようだ。ベトナムほどしつこくないみたいね。

車も多く、道もきれい、夜中とはいえ清潔な印象。
しかし屋台とかが少なくて、少し寂しい印象。
ここも見るべきものはなさそうだな・・・


テキトーな屋台見つけて、
バナナの生地つつみを買う。こっちのスイーツだろう。
中々美味かった。

これは6000K(キープ)


ベトナムよりはラオスの方がやや物価が高い印象。


ラオスはやはり、ルアンパパーンのような田舎にいってこそ
楽しめるような国なのかもしれない。
この街はあくまでも、味気のないラオスの首都でしかないみたい。










そういえば、俺の泊まってる宿。
先払いなのだが・・・
あとでおつりが間違っていましたと、返してくれた。


それだけでラオスはいい国だと判断してもいいと思った。









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