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2004/08/09
宇部にもエフエムきららというコミュニティー局がある。
この局は規格外も甚だしい。
方言OK、ソース購入なし、音楽の比率が低い、対象年齢が実年世代、黒字経営、非管理主義・・・。
コミュニティーFM局の要望は昔からあったらしいのだが、実現へのステップはきらら博のイベント局に端を発している。
この頃は実はほとんど聴取していない。
常設局としてスタートしたのは2002年7月14日からだがこの頃もほとんど聞いていない。
しかし一旦聞き始めると「ラジオ聞くならFMきらら」状態になる。
地元情報局なので全国放送と異なりもっちゃりしているが非常に温かい内容を届けてくれる。
立派だと思うのは都市局からの番組購入がない点で、放送全体に一貫性が出ている。
パーソナリティーの相互乗り入れも同じ効果をもたらしている。
メインパーソナリティーは当然いるのだが相方は固定されていない番組が多いのだ。
スケジュールシートに沿って相方が入っているというよりも勉強のために乱入している気配がある。
各スタッフが局を盛り立てていくために余念がないのがうかがえる。
パーソナリティーの質は喋繰りといって過言ではないだろうが上の結果、音楽に当てている時間が短いのも特徴である。
こないだは1時間に3曲しかかからなかったがそれでも聴取者を飽きさせていない。
音楽にしても他局のように若向きにこびた選曲がない。
その手のリクエストがないのかフィルタリングしているのか分からないが、おそらくリクエストにそのまま応えているのだと思う。
すると聴取者層がリクエストから推し量れることになり、実は実年世代だと分かる。広告主も当然実年世代であるから全体的に落着いた雰囲気であるし、一方でコミュニティーFMらしい無茶もする。 (普通、スタッフによるライブなんてアリなのだろうか?)
広告費も地域経済に合わせ20秒ワンスポット525円から可能になっている。(当然、製作費別)
では、赤字垂れ流しかというと不思議なことに初年度から黒字なのである。
ボランティアだけで局が成立するはずがないので高給取りとは思えないが社員はいるのでたいしたものである。
この局は200人以上の市民から出資を募った株式会社なので三セクのように甘えていないのは立派だ。
更に驚くべきなのは経営陣で、取締役であろうがパーソナリティーをこなしてしまう。
単なる辣腕経営者ではなく先日は「パーソナリティーの忌引」を世間慣習どおり1週間認めていた。
その穴埋めのやり繰りに経営者もパーソナリティーにカウントしているのだから見上げたものである。
忌引きの当人も早めに帰ってきてこれに応えていた。
スタッフは少ないので間が悪いとパーソナリティーが一人きりでてんてこ舞いしている様子をガラス越しに見物も可能だ。
放送開始の記念日にリスナーが大掃除に来る局もそんなにないとおもう。
2002/01/03
今年も元旦は大勢が集まった。
話題はしし座流星群から仕事の愚痴まで途切れない。
皆さん頑張っているなぁと実感。世間はさておき去年は凶事がなくて何より。
今年も穏やかでありたい。
2001/11/14
『式日』が宇部に帰ってきた。
中国地方では広島に続き2箇所目であるが、ロケ地の宇部である。
上映が決まったときの経緯で何もしないでよさそうだったのだがそうも行かなくなってしまった。
SHADOでできるボランティアといえば「低予算」と「横連絡」が付き物でできたプランが「ミニツアー」と「ミニ展示」である。
メンバーの負荷を考えれば「ミニ」にならざるをえない。
さらにはバスを使ったツアーなんて論外なので徒歩に依らざるを得ず、「ツアー」すらもおおげさであると「巡礼」になってしまった。展示は我らが喫茶店で行うのだが、「ミニ」という割には実に濃い。
ロケマップ・原画・監督台本・発表資料・スチル等をお借りした。
他に映像分野を目指す人向けの資料もあったがスペース的に断念した。予定では巡礼参加者には手持ちの展示資料の公開にとどまらず、ちょっとしたサービスもできたらと思っている。
2001/10/24
きらら博も終わりすっかり秋である。
入場者数は251万人を数え、収支もかろうじて黒字になりそうでめでたい。
今回の博覧会での最大の記録は「一日入場者9万7千人」であろうが、現場では入場制限をかけるべきかもめたそうだ。
なんでも駐車待ちの車の渋滞はこの日、2時間半に達するほどだったのだそうだ。今度の博覧会はボランティアが支えたといっても過言ではないだろうが、反面、プロが足りないという問題点も指摘された。
美術品展示の専門家などという深刻な問題もあったようだが、その余波は宿泊設備にまでおよび、接客のプロが不足する事態にまで至っていたようだ。
山口では大きなイベントが続くことはないので、ノウハウの蓄積が難しいのも確かである。
2001/09/24
「んな、馬鹿な!」としか言いようがない。
97,053人
9月23日のきらら博入場者である。
「9月の三連休」は従来の博覧会の例にもれずとんでもない数字をたたき出してしまった。
境港での博覧会でも5万人が入ると祝杯ものだったらしいからにわかには信じがたい数字である。
ちなみに「元気伝説」や「トワイライトシアター」の一日の定員は1万人強しかない。
各パビリオンの収容数にも限りがあるので、いったい何を見に行っているのか見当もつかない。
これほど入場してしまうとさしもの会場も狭くなる気がする。
これがどんな数字かというと、きらら博の会場面積が38haであるから一人あたりの占有面積が4m3を切っているのである。
パビリオンやビーチを含んだ面積で、である。
お盆の混雑で7〜11m3/人あった。
が、多くはパビリオンや行列に吸収されていたので全く圧迫感はなかったのであるが、もはやそんな悠長な事態ではない。残念ながらこれだけの入場者があっても事業費123億円は回収できないのではないのだろうか。
入場者一人あたり5000円弱なのだが、入場料と駐車料込みである。
もっとも周辺整備や市町村の負担までカウントすると700億円(!!)だそうな。
2001/09/23
直近のデータでは下のようになっている。
この土曜日は先週並みであるが、これが交通量の飽和と見るとあとの推測が容易になる。
この土曜日までの入場者は2百8万6千人(!!)で北九州博の100%増、うつくしま博の60%増しの状態が定着している。
残り休日が4日、平日が4日であるので 2,086,000+75,000×4+35,000×4=2,526,000人と計算できてしまう。
「んな、馬鹿な!」、というような数字だが、この上り勾配を見てくるとありそうな話である。
ちなみに最終週も天気には恵まれることになっている。
2001/09/18
別のデータを示すと次のとおりである。
推定曲線は230万人を超える位置を指している。
さしあたり、21日に200万人を達成した。
その後の一週間に25万人を集客することも手堅い線だと思える。
そして、最終日の日曜日にほんの5万人を迎え入れれば230万人になる計算である。
単純計算でこうなるのであるから、三連休の効果や盆以降の急進を考慮し245万人超などという予測も存在する。
予測の外乱要素は天候と運動会とのバッティングになるだろう。恐いのは成功の後である。
なぜならストーリー通りの成功とはとうてい思えないからである。
何しろ「元気」という漠然としたものしかテーマに掲げることしかできない計画だったのだ。
企業パビリオンにしても3Dを中心とした映写ものがやたら多く、調整がスムーズに行われた様子はない。
屋台骨を作ってくれた山本寛斎氏に名誉県民称を捧げてもいいくらいのものだ。
あとは広大な空間に五体を使った体験型イベントを多数配置した偶然の産物なのではあるまいか。
それを「私が成功に導いた」などという勘違いした人物が何人も出てきて、「次はこれをやれば当たる!」などと言いはじめると大変である。
今時、テーマパーク計画なんかを言いはじめる人物がいたら要注意といえよう。
つまり、このきらら博は洒落にならないほど膨大な員数のボランティアに支えられて成り立ったのは誰の目にも明らかなのだ。
やるべきなのは、今回で成功体験を覚えたボランティアの大連合を構想することと、博覧会終了後のボランティアの心のケアをすることである。
これほどのことをやってのけた反動がアパシーの引き金となっても、全く不思議ではないからである。
2001/09/16
先にきらら博の予想を行ったが、現在はもっと凄いことになっている。
この週末は駐車場はあふれ、通行規制はかかり土曜日の入場者は7万6千人を超えた。
日曜日は運動会シーズンのスタートで若干減るだろうが、それでも凄い数字になるのは間違いない。
目玉である「元気伝説」は開場後に即、整理券の列が3公演分に達してしまう有り様である。
平日でも2万5千人を切ることがないのだ。
週末の右上がりが止まらない止まらないのである。
会場自体は笑ってしまうほど広いので入場制限は考えにくいが、駐車場がパンクしてしまうことは容易に想像できる。困ったことに、前売券120万枚のうち使用されていないものがまだ50万枚以上あるようなのだ。
終了まで2週間でどんな悲喜劇が発生するか見当もつかないが、最終的には220万人もの入場者総数を記録することは確実であろう。なんで、こんなに?と聞かれても返事に窮するのだが、山本寛斎プロデュースの「やまぐち元気伝説」がやたらと絶好調なのである。
人によっては「これだけ見れば元が取れる」というモノらしい。
また、会場内に入ってしまえば飲食以外にあまりお金は使わずにすむし、徹底したボランティア活動で会場内は清潔で巨大公園として見ても心地よい。
各パビリオンも検討しているし、トワイライトシアターという終了前の出し物も面白い。
子供を中心としたリピーターが多いのは常識だが、意外に「飲み屋」の代わりに使っているおじさんもいる。
何しろ矢鱈と趣向を凝らした屋台(店舗?)があり、和洋中の好きな肴をチョイスでき、あの「獺祭」や「オッターフェスト」をたのしめるのだから実に豪華な夕涼みである。
パスポート券を持っていなくても、17時以降なら1800円で入場できる。それだけでは表現しきれないが、先に述べた体育会系博覧会を拡大し「開放感覚博覧会」と換言したほうがよさそうである。
2001/09/14
世界がテロに震撼した今週、庵ちゃんが法事で帰省した。
庵ちゃんに紐育テロ後の映像表現について訊ねたら「いや、シンちゃんは大変だなぁ、って」とのこと。
シンちゃんとは樋口特撮監督のことであるが、現実に起こったこと以上のリアリティーを求められる職業だから本当に大変なことである。
日本のビルに旅客機が突っ込む場合の表現について内々で考察した結果では「耐震構造だから従来の表現通りビル壁面で爆発するだろう」という意見に落ち着いた。しかし、亜米利加が本当に報復戦争を始めると破壊表現は現実の映像により陳腐なものになっていく。
こういう側面でも、平和とはありがたいものなのだが。
2001/09/09
きらら博は成功曲線を描きながらラストスパートに入っている。
私の手元には入場者とサブデータがあり、検討の結果では博覧会協会が目標としている200万人突破できそうである。
台風を始めとする天災や食中毒に代表される逆宣伝が発生しない限り200万人は楽に突破できると見ている。
おそらく220万人には届かないだろうが、刮目すべき結果になるだろう。
これは盆を除く週末の集客力が右肩上がりになっているところからも分かる。
上のグラフからするとウィークデーの集客量は落ち着きそうだが、週末は恐るべき状況が予想できる。
事実このところの週末は午後になり駐車場が滞りはじめると渋滞が小郡にまで達するほどである。
盆の週はあらかじめ予測がついていたため多数の駐車場を確保し、シャトルバスで対応したのだが予想を超えた最近の週末の盛況には対策も後手に回っている。
会場のほうは異常に広いので問題はないだろうが、これもパビリオン、元気伝説、トワイライトシアターを見るには事前のリサーチが必要と思われる。ともかく、この右上がりのカーブはリピーターだけでは説明ができない。
おそらくは口コミ効果も伴った本格的な人気と思われる。
面白いのは水曜日の集客が意外と良いのである。
これは小学校の午後の授業がないため、家族が苦肉の策としているものと思われる。この調子で行くと第11週の3連休はこの手の博覧会の常で、記録的な集客が予想される。
第10週も土曜日が祝日であるため予断を許さない。
最終週も「見納め組」でそこそこの集客は固いと思われる。「団体客に期待」と言っていた博覧会協会にとっては心強い追い風といえるが、お父さん・お母さんは大変である。
まぁ、あの広い会場を埋めつくす混雑はあり得ないのがせめてもの救いである。
今年開かれる三博覧会中で後塵を拝すると多くの人が予想していたのに、蓋を開ければきらら博のひとり勝ちとは世の中分からないものだ。
2001/08/23
ストレスがたまると物欲に走る人がいる。
私にもその傾向があることは認めるが、それでも買ってくるのは実用品が多い。このたびの買い物はデジカメである。
これがやはり事務用品的な買い物なのだ。
小さくて高性能な代物で、常用することを目的としたデジカメである。
「なんだ、IXYのことやんけ!」と先読みしていただいても困る。
先日、数時間のうちに三人も首からIXYをぶら下げたお父さんを見かけてすっかり興が冷めたところなのだ。
IXYが悪いとは言わないが、私には判官贔屓なところがある。
同じ程度のコンパクトさで300万画素、光学3倍ズームのデジカメを見つけて一時的に記憶が途切れてしまった。
困ったものである。
2001/08/19
9月30日まで山口県阿知須町では「きらら博」という博覧会が開かれている。
開幕までいくつかの要因で「こりゃダメだろう」と思っていた。
最大の理由は「何の博覧会か分かんない」という点で、続いて「北九州博覧会」ぶつかった点である。
が、フタを開けるときらら博は北九州を尻目に絶好調なのである。
この理由は実際に現場に行かないと分からない。
上手く宣伝ができていれば、大化けしたにちがいない。博覧会を簡単に分類すれば「理系博覧会」と「文系博覧会」に分けられてきた。
理系博覧会は大阪万博以来の伝統である。
文系博覧会には食の祭典なんてものがあった。
この折衷的なものが境港の博覧会である。(ウェイト的には理系比率が高い。)
きらら博はどうなのかというと、このいずれにも分類をしにくい。
ブロック的には公共関係、漁業関係、NPO関係、企業関係、物販関係、国際交流関係、スポーツ関係、遊園関係と節操がない。
しかもメインホールの出し物は舞台である。
強いていうのなら体育会系博覧会である。
もちろん一貫しているわけではないが、会場に一日居た感想である。
なんだか汗臭そうだが、真意としては「演劇は体力だ」ということを理解している人には納得していただけると思う。
串焼きを酒で堪能し、広い会場を訪ね歩き、スポーツを観戦し、舞台を見て、疲れ知らずの子供たちに振り回されていると、これもいいかなと思えてくる。
2001/06/09
東京は多少のことに目をつぶれば便利で快適な街である。
福岡の人間がよく知っていて、大阪の人間が腹を立て始めているのに東京の人が知らないことがある。
JR西日本のレールスターのことである。
この列車ほど人間の心理に応えた列車は少ない。
指定席に座った全員を満足させる姿勢には拍手喝采したい。まず、自由席が横5人掛なのに指定席は横4人掛なのである。
見晴らしが悪く窮屈な最前列にはコンセントを用意して「オフィスシート」とした。
オフィスシートにはでっかいテーブルも付いている。
サイレントカーという車両では車内放送がないので仮眠にはピッタリである。
しかも「のぞみ」並みに早い。商売の機微を突いていると感心するのは、このレールスターが8両編成だという点だ。
登場早々、満席の情報が飛び交ったのにはこの微妙な車両数が鍵だったと考えている。
現在、機会があるごとにレールスターを増発しているが車両数を増やそうとしないのにはまだ戦略の途中にある気配すらする。
結果、乗るならレールスター、レールスターなら指定席が常識化しつつある。
そして、このレールスターは新大阪から東には走っていない。
よって、東京人はレールスターのことを知らず、窮屈な指定席に甘んじている。
JR西日本は「のぞみを減らすぞ!」というJR東海の恫喝に屈せず一矢報いた形である。
お客に喜んでもらう、という実にシンプルな戦略で支持されただけなのだが、的確なアイディアを提示した人物の影が見え隠れしている気がするのは気のせいだろうか?
2001/06/03
岩国から錦川沿いに車を走らせると奇妙な看板が時々目に入る。
「光る石」とあり、矢印が書いてある。
怪しげな宗教と勘違いしそうだ。
その実は喜和田鉱山というタングステン鉱山である。
中国の低価格品におされて廃鉱になったが、世界最高純度を誇っていた。
現在は資料館を開いているが、石マニアにはこたえられない内容である。
「光る石」の正体であるが、タングステン鉱は紫外線で白色に輝くのである。
そこで、様々な紫外線で輝く石を展示しているのだが、日常にはないモノを見る衝撃がある。
展示販売品は世界中の鉱石、宝石原石、化石となかなかツボをついた品揃えである。
博物館のような気張ったところがないところなので、光り物が好きな彼女とのデートなんかいかがだろうか?
2001/06/01
ひょんなことで奇妙なプラモデルにお目にかかった。
宇部興産のCMキャラ、UBE DOGのロボくんである。
これが意外なほどよくできたモデルなのである。
企画モノが大真面目に作られいるギャップが微笑みを誘う。
2001/05/20
久々に夜行寝台「はやぶさ」に乗った。
急なことでやむを得ず乗ったのだが、レールスターに比較するのが気の毒なほど空いている。
最後に寝台を使ったのが十年も前だったが、当時はこれほどではない。
何がどう変わって夜行寝台が使われなくなったのか?
新幹線網の発達と飛行機の低価格化が十分に睡眠を取れない寝台を避ける理由になったのは間違いない。
もう一つの要素は夜行寝台自体がほとんど変わってない点だ。この十年で世間の様相は大幅に変わっている。
OA機器の普及、個人主義の蔓延、社会道徳の低下等々に夜行寝台は応えているか?
確かにA寝台は個室化したが、B寝台は旧泰然としている。
コンセントすらないのである。
また、セキュリティーはないに等しく、貴重品は車掌に預けるほかない。
これではカプセルホテル以下である。
移動するホテルとして考えれば、風呂やビデオサービス程度はあってもよいのではあるまいか。
ロビーカーを引っ張るのなら別のアイデアもありそうなものだ。上野−札幌間の新型夜行寝台が流行っているともきかないので、本音はぼちぼちやめたいというところかもしれない。
ノスタルジーだけでお客を引っ張れるものではないし、熟睡を諦めるなら高速バスという手段も出てきた。
しかしながら、ビジネスホテルより安くて快適な諸条件がそろえばまだまだ夢が見れる列車だと思う。
2001/05/14
連休は一週間も前に終わったと思っていたのだが、新幹線が滅法混んでいるのはなぜなんであろうか?
どうも、行楽シーズンとやらで修学旅行を始めとする団体旅行がやたら多いようなのだ。今年の連休は(も?)予定が立たずにかみさんを置き去りにして子供を連れて野宿の旅に出かけた。
子供が小さいのでできることだが、寝袋二本で何とかなる。
夕方から走り始めて、日付が変わる前に熊本に入り、仮眠をとった翌朝には秘湯で朝風呂をいただき、湯上がりに名水を飲みに行き、渓谷でボート遊びをして帰途についた。低予算で子供らに旅行を堪能してもらったわけだが、思いのほかウケは良い。
教育上も豪華パックツアーよりもこちらの方がよいと思うがいかがなものだろうか?
難点といえばお父さんだけが心身ともに疲れる点である。
2001/05/13
私たちの市では校区ごとに地区運動会が開かれる。
今年はこの13日で小学生がいる家庭を中心に集まってくる。
ひところはうちの地区も集まりが悪かったようなのだが、ある年に大胆な集客に乗り出したブロックが出て様子が変わった。
弁当、飲み物、つまみは各ブロック持ちなのだが、予算を繰り越すくらいなら使ってしまえとばかりに驚くほど豪華なものにした。
翌年は参加率が非常に高くなり、一度参加して顔の繋がりができると気楽で安いレジャーなのでその後も引続き参加をお願いできるようになった。
弁当の予算はこの様子を見極めて従来に戻したようだ。それにしても大人の運動会は日ごろの運動量に差があり過ぎるのが大変よくわかる。
それを無視してけが人が出ては何もならないので、騎馬戦や棒倒しのような救急車がいりそうな競技は外してある。
この手のいい大人が燃えそうな競技を外しながらも成功に結びつけなければならない実行委員の方々が実は一番大変である。
2001/05/12
お堅い話題が続いたので柔らかいのを。
この1日に創ちゃんが捻挫してしまった。
ふくらはぎ辺りがまだらに内出血して見た目からして大変派手な様相である。
創ちゃんは以後、連休も潰れ、勤め先には役に立たないから出所に及ばずといわれ、家の中でも松葉杖がいる始末。創ちゃんは捻挫には大変詳しい。
症例、治療法はいうにおよばずテーピングにまで持論を持っている。
なんのことはない、長年、満身「創」痍の創ちゃんの経験を自慢しているに過ぎないが、こんな経験は増やさないでほしい。
2001/05/11
別にここは公害のことを書く予定の場所でもないのだが、もう一つダイオキシンにつて書いてみたい。
この物質は別に突然登場したわけではない。
ベトナム戦争以後、すでに問題になっていた。
構造的にはベンゼン環二個を酸素二個で結合し、各ベンゼン環に二個ずつ塩素が付いたものである。
ベンゼン環は有り触れた化合物であり、塩素もありふれている。
しかしながら、あらゆる毒の中でチャンピオンクラスである。
青酸カリなんか目じゃない。
しかも人体に対してホルモンとして作用し、発育異状の原因となる。
従って、環境基準として頻出する単位はミリやマイクロでは追いつかずにナノが用いられる。
例えが難しいが、人類総数の内、十人たらずを選ぶという感覚に等しい。
古い焼却炉の周辺の方は心配なさるに違いないが、意外と発生量は日本全国で年間に数十kgしかない。
が、猛毒には違いないので現行の法律ではダイオキシンに関るものは原子力関係に次ぐ扱いである。どうも、化学工学の世界では有名な懸案事項だったようなのだが、規制が本格的にかかるのは2002年の12月からになる。
なぜ対策が遅れたのか?
このダイオキシン規制法は通常と異なり議員立法として提出された。
行政はわかっていても廃棄物行政や対策費用や産業界への影響を考慮して二の足を踏まざるをえなかったようなのだ。
行政の読みはある程度当たっており、2003年からは焼却を本業とする廃棄物処理業者が大幅に減少する可能性が出ている。
極端な自治体では業者が2割程度に減少するだろう。頼みの綱は各自治体なのだが、町村クラスでは適法焼却炉を完備するのがこんなのが実情である。
広域処理が行われるのだろうが、残念ながら現状のリサイクル推進の流れの中で新設焼却炉は軒並み2割程度の処理能力カットになっているようだ。
国民も企業も歯を食いしばってリサイクルに本腰を入れる年が2003年だといえるだろう。
願わくば、不法業者の跳梁跋扈を食い止められるように期待したい。
1999/09/19
水が危ないらしい。
とはいっても酸性雨の話である。
ヨーロッパでは常識的な話だが、産業革命以後の石炭の大量使用の結果、多くの森は枯れ朽ちた。
北ヨーロッパでは多くの湖から魚の姿が消えた。
これは湖水の酸性化からプランクトンが死滅し、連鎖的に魚が失われた結果といわれる。
世界的にはレモン程度の雨から極端な場所では梅干しクラスの酸性雨がふっているという。
梅干しクラスならアルミニウムが溶けてしまう。
では、日本ではどうか?
多くの人が知るところでは、松枯れ被害が知られている。
一般に松食い虫による枯死と言われるこの現象も酸性雨と無縁ではないといわれる。
日本に降る酸性雨の原因は中国大陸にあるらしいが、実際に松枯れは西日本が中心だ。
さらに農薬偏重の影響もある。
これは茶所に見られる現象だが、茶の木は肥料を大量に必要とする。
ところが余剰な肥料は土壌を酸性化し、ミネラルを大量に溶出させる。
その結果、茶畑の下に池があった場合、この池は死滅するというのだ。
今のところ各所の名水に影響がでるところまでは行っていないようだが、これも先々はわからない。
名水の多くは火山帯にあるが、この湧出水は地中に50年から200年眠っていたものだという。
つまり先々は名水を誇っていた地域でも、ミネラルウォーターを飲んでいる可能性がある。先に「死滅した池」と言ったが、この池の恐怖は知っている人にしかわからないらしい。
翠に静かに清んだ池は通常、人の心を穏やかにする。
しかし、一切の生命が存在しないことの代償として清んでしまった池は恐ろしい。
水辺の生き物の代表である蛙の声が聞こえなくなったとき、人は忍び寄る死の恐怖に気がつくだろうか?
今の喧騒の中で暮らす人たちは、おそらくそのシグナルに気がつかない。
1999/02/06
東京の空気は大丈夫なのだろうか?
高村さんちの智恵子でなくても心配である。ある驚くほど晴れた日に羽田空港に降り立った。
何しろ上空では日本海まで見通せるほどの晴天である。
やがてジェット機は千葉上空で着陸態勢に入る。
とっ、見てしまったのである、関東平野から東京湾に注ぎ込む褐色のガスを。
冷えた街によどんだ、ドロリトしたガスの流れである。お笑いになる方があるなら、栃木の人にお尋ね願いたい。
栃木では冬至の前後には午後二時からすでに「夕方」になるのである。
太陽はすでにオレンジ色になり周囲に黄昏を醸し出す。
これは東京の空気のフィルターを通した色である。もっとも永きにわたったロンドンのスモッグも喘息ぐらいしか生まなかった、と言われれば、「どうぞご勝手に」としか言いようがない。
1998/12/08
先日、北海道にいった。
丁度本格的な冬の始まりで、道路はすでに凍結していた。
札幌ほどの大都市になると事故も多いだろうと思ったのだが、交差点でのトラブルも意外なほどなかった。
よく観察すると暗黙のルールが成り立っているらしい。
まず、青信号になってもすぐに発進しない。
逆に赤信号に変っても無理に止まろうとしないのである。
急発進/急ブレーキを行わず無理にハンドルを切らないというスタイルはすでに徹底している。
歩行者も同様で、車は止まれないものと考えて行動している。
夏の北海道というと速度違反天国のイメージがあったので、すっかり感心してしまった。もし、名古屋のドライバーを札幌に連れてきたら10分ともたないであろう。
また、大阪の団体旅行客が来たら大惨事だろうな。ガイドのねえさまが「観光旅行者に常々ススキノには気をつけろといっているのに翌朝になるとぼったくられて下を向いてる男の人がいる」と嘆いていた。
反骨のチャレンジャーには火に油を注ぐような台詞だと思うのだが・・・。
幸い、うちのメンツにはそんなチャレンジャーはいなかったようだが、インターネットのススキノ特集をプリントアウトして熟読していた一人だけが気になった。
2000/03/12
濱ちゃの闘病生活では抗がん剤について考えさせられた。
基本的にガンは一般細胞と遺伝子的に違いがなく、現在の医療現場では劇的な抗がん剤はない。
ただ、がんは利己的な細胞で自らの増殖に益するだけための目的で血管を増殖しようとするため、血管が増殖しようとしている場所を薬剤でマーキングし、このマーキングを攻撃する抗がん剤が一般的らしい。ところで今回は民間療法として抗酸化酵素の経口摂取も行われた。
経口で摂取するため、内蔵が活動していないと効果が得られない。
濱ちゃの病状が急変したのは腸閉塞以降で、抗酸化酵素の経口摂取が無効になった時期と符合することになる。
疑えばきりがないのだが、抗がん剤に効果があったかは判断しかねる。
これが人間以外であれば、抗酸化酵素を経口摂取ではなく静脈注射に切り替えるところだが、医者はそこまでリスキーなことは行わない。現在、細胞融合技術によりがんを異物とみなし、免疫作用により治癒させる試みが臨床に回っている。
この技術が21世紀のがん治療の革命となることを心から祈りたい。
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