出雲的迷惑記


旅への誘い

 は偶然そのパンフレットを手にした。
 彼の事務所兼住居は、前の住民がかなりの家財道具(ガラクタ?)を置き去りにした後に入ったので、妙なところから妙な遺物が出て来たりする。
 その冊子はくたびれたソファーのマットの下から出てきた。
 1989年に松江で博覧会があったときの「旅の手帳」であるが、内容が少々飛んでいる。
 読み込んでいくうちに、彼はついその気になってしまった。
 彼の実家は出雲大社から山手にあったはずなのだが、地元を離れて長いせいか古い冊子にも関わらず心引かれたらしい。
 「旅の手帳」での出発時刻は深夜零時。
 自分の腕時計を見ると深夜零時。
 時計を見つめたまま、しばらく考える様子だったが、ふいに起き上がると、トレンチコートを取り、留守番電話をセットし、明かりを消すと出口に向かった・・・が、床に転がったワインのボトルに足を取られ、机でわき腹をしたたかに打った。
 一人暮らしで部屋を片づける人間がいないせいもあるが、自分の部屋の中でサングラスをかけたまま、明かりを消すこいつもかなりの阿呆である。

 は霧のような雨が降っている。
 彼は駐車場のカペラカーゴロードスターを並べ、躊躇したが「バカンスだから」と、ロードスターのイグニッションを回した。
 別にカペラカーゴも商用車ではない。
 普通「バカンス」=「RV」だと思うのだが、彼のセンスでは違うらしい。
 滑るように走り出す・・・と思えば、ガソリンスタンドに入った。そうそう、夜の9号線は燃料が生命線である。
 再び、走り出す・・・と、彼の後ろにパトカーが付いた。
 別にマークしているわけではないだろうが、山口市に入ってもそのまま付いてくる。
 結局、県庁前でいなくなった。
 やれやれと、気分良く走りはじめると、今度は前に古い大型トラックが付いた。
 そのまま、木戸山の峠を排気ガスを吹き掛けられながら登ることになった。
 峠を下ったところでトラックを追い抜き、アクセルを踏みこんだところで、今度はに突っ込んでしまった。
 「前が見えない!」
 当たり前である、霧の中でハイビームにしたら視界が失われるのは常識である。
 彼の車にはフォグランプが付いているのだが、その存在に気が付いていないらしい。
 ハンドルにしがみつきながら津和野を過ぎると、霧も晴れてきた。
 霧が晴れると、夜の雨の路面がよく見えない。
 「くそっ、この提灯ランプが!」
 悪態をつく前に、サングラスを取るべきだと思う。

 益田まで出るとかなり走りやすくなる。
 悪く言うと単調な道のりである。
 この10年このあたりの道は随分良くなっているのでことさらである。
 実は、益田に出るまでの苦行で彼はそれなりに神経を擦り減らしていた。
 こういう状況ではあれが起こりやすい。
 ・・・・・・・・・・
 フッと正気になるとクラクションを鳴らしながら正面からトレーラーが突っ込んでくる。
 「ぎゃ!」とハンドルを切ると、みるみるガードレールが近づいてくる。
 「げっ!」とブレーキを踏みこむと、車が回りはじめた。
 「ふん!」とカウンターを当てると・・・・頭の中で走馬灯がブンブン回った。

 路肩の自動販売機でロードスターを止めると、震える手で小銭を拾った。
 2枚コインを落としたが、どうでもよかった。
 自販機に小銭を入れ、ボタンを押すと冷たいコーンスープが出てきた。
 「温かいブラックコーヒーを押したはずなのに・・・・。」
 まだ動揺しているらしい。

 眠気を覚ますのには歌うに限る、とラジオを入れると何とNHKしか入らない。
 ラジオに合わせて歌おうにもあまりに古過ぎて歌詞がわからない。
 しかたなく、CDをセットするとスピーカーから流れてきたのは、「心象風景日本の四季」なる環境音楽とか「新釈般若心経」。
 ようやく折り合いをつけたのが「桂枝雀独演会」であった。

 出雲大社の駐車場に滑り込むとAM4:30だった。
(三本の巨木を合わせた柱が境内から出てきました。)
 泥のように眠ろうとしたが、バケット型のシートが中途半端にしか倒れないので、窮屈である。
 なんとか横になる方法を探した結果、サイドブレーキを倒し、助手席にまでまたがって俯せになった。
 「新発見のレイアウトだな。」と、少しばかり得意になった。
 ため息を一つ吐き、目を閉じようとしたときゆっくり動くハンドルが目に入り、飛び起きた。
 車がゆるやかな傾斜を転がっているのだ。
 あわてて、横になったままサイドブレーキを引いたら、わき腹の筋肉がつった。

 悪態をつきながら、輪止めのあるところに車を移動し、懲りずに「新発見」のレイアウトでなんとか寝入った頃には5時を回っていた。
 野営をするのなら、初めからカペラカーゴで来るべきだった、とは思わないのが立派である。
 しかし、実家のすぐそばで野営をしてるのも変である。

 8時になったら次のスケジュールに移るつもりだったが、目が覚めると9時を回っていた。
 目が覚めたのも、なんとなく周囲が騒がしくなったからである。
 「うるせーな・・・。」と、悪態をついても、駐車場で寝てるほうが悪いのだ。
 ホームレスのおじさんなんぞは都会の雑踏の中でも眠れるのだ。
 さっそく移動しようとしたが、すべてのガラスに露が付いて前が見えない。
 しかたなくエアコンで除湿している間に、顔を洗いに行くことにした。
 寝てる間にしわくちゃになったトレンチコートに農協のタオルを突っ込み、ぼさぼさになった髪の毛を掻きながらロードスターのドアをあけ外に出ようとすると、トレンチのすそを踏んづけていたもので思わず、駐車場で前転してしまった。
 周囲の苦笑を無視して起き上がると、斜めにずれたサングラスを直そうともせずそのまま洗面所に歩きだした。

 さっぱりして、車に帰ると小学生の女の子が彼の車を指差して、母親に何やら訴えている。
 「停車中にアイドリングしてちゃいけないんだよね。しーおーつーの削減はみんなが努力しないとだめだって先生が言ってたよ。」
 「オゥ、てめぇらが出す炭酸ガスを10分間止めてやろうか!」とは、腹の中でつぶやいた。

 日御碕に向かう道路はワインディングが楽しめる・・・片側交互通行が無ければ。
 経島のウミネコは・・・シーズンオフでいなかった。
 (餌の時間はヒッチコックタッチになってしまいます。)
日本一の大蘇鉄
は・・・何も言うまい。

 日御碕の灯台は石造りである。
(外は石だが中は木造部分が多いんです。)
 駐車場から眼下の日本海を眺めながら灯台への遊歩道を歩くと海面から灯火までの異常な高さに思い当たる。
 灯台に向かう一団に続いていくと、料金を払えば灯台の内部を見学できるのが判った。
 意外に安かったので中に入る気になった。
 細くて急な螺旋階段を登りはじめて、ひょっと上を見るとスカートの女性が目にはいった。
 しかもタイミング悪く、この女性と目が合ってしまい、女性はスカートを押さえながらそそくさと上がっていった。
 「おばさんのパンツなんか見とう無い。」と、ぶつぶつ言いながら頂上に着くと、いきなり展望が開ける。
 「気分は坂本竜馬だな。」などと、悦に入っているが、竜馬の銅像が見ているのは太平洋である。
 と、突風が吹き、トレンチが風をはらんでよろけた彼は展望台の手すりから、必要以上に眼下の日本海を眺める羽目になった。
 高所が苦手な彼は、蒼白になり先程の女性を突き飛ばし、落ちるように灯台を駆け下った。

 灯台の展望台にロードスターの鍵を落としたことに気が付いたのは、駐車場まではるばる帰ってきた後である。
 あの灯台にまた登るのか、と思うと胃が痛くなったが、さいわい見学者が拾っていてくれた。
 縁があるもので拾ってくれたのは、先程突き飛ばした女性だった。
 灯台に登らずにすんだ彼は、彼女にキスしかねないほど熱烈に礼を述べた。
 日御碕からの帰り道によくよく考えると、小学校のバス遠足で日御碕灯台に登ったのが彼が高所恐怖症になった原因だと思い当たった。
 もっと早く思い出せば、危機は回避できたはずだが、こいつはそれでも登ったんじゃないかと思う。

 後ればせながら朝食をとることにした。
 パンフレットを見るまでもなく「荒木屋だ!」と決めていた。
 (観光シーズンは行列が長いのですぐ分かります。地元民は並びません。現在は下記にある五代そばや鴨南蛮はメニューから外れているようです。)
 店に入るとウィークデーなのに結構な客入りである。
 メニューも見ずに割子を頼む。
 割子とは割子蕎麦のことである。
 一人前が3枚で積み重ねができる小振りな塗りの器で出てくる。
 蕎麦の上に好みの量の出汁をかけて食べる。
 このあたりのそば屋ではまず間違いなくメニューでお目にかかれる。
 海苔も乗せない場合が多い。
 が、彼のとなりのテーブルを見ると器が5つあり、それぞれにナメタケ、とろろ、葉ワサビなどが乗っているではないか。
 女中になにかと尋ねると五代蕎麦というそうだ。
 栄養のバランスを考えて(?)、五代蕎麦も注文した。
 面白いものが食えるという期待感で改めてメニューを見ると、「しまった!」と叫んでしまった。
 彼は温かい蕎麦も好きで、その目に「鴨南蛮」の文字が飛び込んだのだ。
 すかさず、追加注文する。

 狭くもないテーブルに並んだ器の数々は偉容である。
 多少後悔しながら箸をつけた。
 割子、五代と食い進むうちに彼の目が空ろになってきた。
 鴨南蛮に進む頃に、周囲の視線が自分に集まっていることに気がついてた。
 「後へは引けぬ!」と丼の最後の1滴を飲み干したときには、額には、目にはうっすらが浮いていた。
 丼をテーブルに置くと同時に周囲から時ならぬ拍手が起きた。
 彼は伝票をつかむと、周囲に軽く会釈し手を振りながらレジに向かった。
 悪い気はしなかったが、勘定書きを見て多少後悔した。

 出雲大社を少し外れると島根ワイナリーがある。
 (大きすぎて一部しか写せません。)
 見学コースが常設してあるが、彼は無視して試飲場に直行した。
 彼はワインが好きなので(酒ならなんでも好きというべきか?)赤ワインを口に含み間を白黒させた。
 「甘い!」
 確かにここの赤ワインは甘口である。
 口直しに白ワインを口にする。
 「無茶苦茶甘い!
 そのとおりで白ワインも甘い。
 ちなみにロゼも甘い。
 彼は多少腹を立てながら、葡萄ジュースを手にレジに向かった。
 この試飲場ではこの葡萄ジュースに人気が集まるのはこのあたりが原因であるとにらんでいる。

 宍道湖の南岸の9号線を走ると渋滞の可能性もあるし交通違反の取り締まりもやっているので北岸の431号線を走ることにした。
 地元なので道路事情は詳しいらしい。
 431号線を走るのなら一畑薬師に寄らねばなるまい。
 彼は神社の次男坊で、その反発からか、神社仏閣に興味がなかったが、このごろようやく面白いと考えはじめた。
 従って、近くにありながら一畑薬師に参るのは初めてである。
 が、「頂上駐車場は有料だから。」何てことは知っており、中腹から石段を使うことにした。
 苔むした石段を踏みしめて登りはじめて600段までは数えたがそこからはどうでもよくなった。
 仁王門から先は視線も上げずに息を切らして足を持ち上げていた。
 石段を登り切るといきなり展望が開ける。
 「暑い
 それならトレンチコートを脱いだらどうなんだ。
 見回すと蛇口が並んでいるのが見えた。
 これ幸いと備えつけの湯のみに蛇口から注ぐと、ぐいっと一呑みに・・・。
 「何じゃこりゃぁ!」
 よく見ると「目の薬師のお薬湯」と看板に書いてあるのがわかるはずである。
 元々、薬効一番の畑があるから「一畑」なのである。
 ポケットの小銭を賽銭箱にたたきつけると、拝みもせずに頂上駐車場に向かう道の途中の自動販売機で冷たいお茶を買おうとした。
 小銭が十円足りなかった。
 肩を落とすと石段をトボトボと車に向かいはじめた。

 蕎麦は腹持ちが悪い。
 更に予定外の運動でそろそろ腹に入れたい気分になってきた。
 冊子に拠ると「おおはか屋」という鰻屋があるらしい。
 宍道湖に沿った丘を下りきると、右手に石碑がある。
 なんでも宍道湖での遭難者の碑らしい。
 (本当の話なんです、冗談じゃないんです。)
 こんな池で遭難する奴がいるのか、と半信半疑である。
 「この石碑が大きな墓で『おおはか屋』だったらお笑いだ」と、彼は思った。
 笑っていただこう、その通りである。
 鰻屋を探すが、民家しかない。
 しかたないので、この家で鰻屋を聞こうとしたら、そこが「おおはか屋」だった。
 小腹を満たすつもりでうな重の「並み」を頼んだ。
 が、鰻が出てくるのが遅い
 ようやく出てきた鰻を口に放り込むと「旨い!」。
 油が乗って肉厚なのに実に柔らかい。
 「鰻屋で『早くしてよ』は野暮なこと」という川柳を思い出した。
 天然物を客の顔を見てから焼くというのが鰻屋の王道である。
 「こんなことなら特上を頼めば良かった。」
 後の祭である。
 勘定を済ませ、店を出て煙草に火をつけ青空に煙を吐くと、「また来る・・・」と心に固く誓った。

 鰻の余韻を引きずったまま道を進むと、宍道湖に突き出したいかにも喫茶店らしいレンガ造りの建物を見つけた。
 (イメージ映像です。)
 店員がカモメにパンの耳を投げている。
 食後のコーヒーを飲もうと車を止めた。
 メニューを見るとコーヒー専門店である。
 「こいつはツイてるかもしれない。」と、ブレンドを頼んだ。
 カウンターを見るとサイフォンを用意している。
 沸騰した湯がコーヒーを巻き上げ細かな泡を作る・・・と、ねーちゃんがサイファンをマドラーでせっせとかき回している。
 カップが用意された。
 危なっかしい高さからコーヒーがドボドボと注がれる。
 出されたカップの中身を一口、二口飲むとミルクと砂糖をぶち込みぐるぐるかき回し、もう一口飲んで勘定を済ませ店を出た。
 煙草に火をつけ青空に煙を吐くと、「二度と来ない・・・」と心に固く誓った。

 松江県庁が近づくと松江城が目にはいる。
 小山の上に建てた天守閣は麓からの標高差では姫路城に次ぐものである。
 (風格があるのは本物の証しです。)
 明治維新で壊されなかったのは幸いである。
 が、そんなものは無視して、県庁の裏側に向かうと武家屋敷が残るあたりに出る。
 ヘルン旧邸もこのあたりの堀端にある。
 目指すはそば屋だ。
 いらぬ腹を立てて空腹感を覚えていた。
 ヘルン旧邸の近くだから「八雲庵」というのもいかにも安直である。
 店に入ろうとすると堀の水面で人の気配がした。
 「何!」と身構えると、掘り巡りの遊覧船である。
 
 「冊子にはなかったぞ」
 最近始めたばかりなのに十年も前のパンフレットにあるはずがない。

 八雲庵は昔の屋敷跡にある。
 (塩見縄手饅頭は現在売っていません。)
 先ず、目を引くのはでっかい池とこの池に棲むでっかい鯉である。
 建物は歴史を感じるほど古い。
 席に着くと無難に割子蕎麦を頼む。
 ここのお茶はきっちり薄茶を入れてくると、冊子に書いてあった。
 が、ほうじ茶である。
 これは別にコストダウンが目的ではない。
 特に新蕎麦などでは、香りを楽しむために他の香りモノは避けるのがそば屋の主流になっているのだ。
 香水を付けてたり、灰皿をくれと言っただけでたたき出されるそば屋もあるのだ。
 ここの割子にはあらかじめタレがかけてある。
 観光客が多いのでやむを得ないところだ。
 ただし、味は生真面目だ。
 ふと思いついて、蕎麦一本だけ残しその蕎麦をぶら下げて勘定を済ませると、店員の不審なまなざしを背中に受けながら庭に出た。
 池の縁から釣り糸よろしくこの蕎麦を垂れると・・・
 「やっぱり食うな
 納得して改めて店をくぐると「おみやげ蕎麦」を二人前頼んだ。
 レジのおばさんは困ったような顔をして、厨房に声をかけた。
 厨房からげたを鳴らしてやってきた親父は、どこから来たか、いつ食べるのか、としつこい。
 手打ちの蕎麦は日持ちがしないのでできればその日のうちに食べてほしいということらしい。
 その日は松江に泊まるつもりだったので反論もできずにあきらめた。

 温泉宿には早く入るのが常道である。
 特に露天風呂があるときには外したくない。
 パンフレットには松江温泉の記述があったが、部屋が取れなかったので近くの天倫寺温泉にした。
 一軒宿だが、あいにく小山の住宅地の外れと言うだけで風情までは期待できない。
 一応、露天風呂はある。
 試みに入ってみたが、少々小振りでしかも落ち着かない。
 しかも落ち着かない理由が今一つ分からない。
 夕食の後で改めて内風呂に入った。
 こちらはタイル張りの清潔な風呂だが、銭湯を思わせる清潔感が「ズレている」感がある。
 「できれば宍道湖の七珍が食べたかった。」
 他はともかくスズキの奉書焼を一人で食べたいと考えるのは無茶である。
 この夜は彼も早く寝てしまった。
 前夜の仮眠がこたえていると見える。

 見は悪かった。
 彼の車はくるくる回ってまっすぐ走らないのだ。
 なぜだろうと思って車の下を見てみると、そこは巨大な桂枝雀のCDの上だった。
 周囲が暗くて状況が掴めないのでライトをハイビームにすると、ライトはゆっくり回りながら周囲を照らしている。
 舞台は灯台になっていた。
 思わずらせん階段に後ずさりすると、おばさんが次々と登ってきて彼は展望台の手摺に押しつけられた。
 おばさんたちは彼に気がつくと彼を手摺の外に押し出そうとした。
 必死に抵抗してらせん階段を駆けおりる。
 おばさんたちも大きな声で笑いながら追いかけてくる。
 灯台の入り口から飛び出し扉を閉じて、ようやく安心した。
 と、彼の首がロープで絞められた。
 いや、ロープではなく蕎麦だった。
 「生ものですからお早めにお召し上がりくださいーぃぃぃぃ!」と親父は叫ぶと、首を絞めたまま蕎麦で一本背負いをかけた。
 庭にたたきつけられるかと思ったら、池に放りこまれていた。
 「うちの池は露天風呂じゃないーぃぃぃぃ!」という声に気がつくと池は露天風呂だった。
 ただし、巨大な錦鯉が泳いでいる。
 錦鯉を手で追い払おうとすると、鯉の体がぬるりとした。
 鯉ではなくて巨大なだった。
 「待たせたなぁ」鰻がしゃべった・・・・・。

 食をみそ汁のしじみの殻までしゃぶると、車に乗りこむ。
 朝9時に開いている観光地などあるのか?
 ロードスターは9号線を横切り南下する。
 やがて到着したのは八重垣神社である。
 彼は出雲大社だけでは片参りだと考えている。
 自分の家も神社なのにいいのか?
 社務所に向かうと一枚和紙を買う。
 その紙をヒラヒラさせながら裏の森に入ると池のほとりに立った。
 財布から十円玉を取り出すと池に浮かべた和紙の上においた。
 時計のストップウォッチを押すと紙の行方をじっと見ている。
 やがて、紙は徐々に沈みはじめ、ついに池の底に消えた。
 「16分か。
 池の傍らの看板には30分以内に沈めば早く良縁がある、と記してある。
 そんな占いはどうでもいい年のはずだが満足げである。
 ちなみに以前は「15分以内に沈めば遠からず良縁が来る」と書いてあった。

 おやつの時間にしようと町に下りはじめる。
 バイパスがやたらできて往生したが、リビドーという看板にたどりついた。
 「ケーキには紅茶!」
 「紅茶はオレンジペコ!」
 「ケーキはモンブラン!」
 威勢よく頼んだがモンブランは売り切れだった。
 開店そうそう売り切れとは何事か。
 「ザ・・・ザッハトルテ」
 またもや売り切れていた。
 結局、レアチーズケーキにたどりついた。
 「う、美味い。」
 品数が少なくて不味ければとっくに潰れている。

 松江温泉に戻ってくると昼も近い。
 彼は観光センターに車を止めると中に入って行った。
 土産を買う相手がいるのかと思えば、そのまま二階に上がって行く。
 「めんはな(現在はありません)」という暖簾をくぐると、おばさんに「ざるうどん」を注文する。
 出雲の土産物屋なのになぜかうどんに執念を燃やしているとパンフレットには書いてあった。
 うどんを持って来たのはなぜかおっさんだった。
 どこから来たか、うどんは好きかなどと話しかけて来たので適当に話を合わせていると、うどんの講義に突入してしまった。
 「蕎麦は茹でたてが勝負なんですが、うどんは打ちたてが勝負なんですわ。うまくいったときはふんわりと仕上がって麺に花がある具合にでけます。うちの屋号はここから『めんはな』ともらいまして・・・」
 彼は話しが伸びるとうどんが伸びるので気が気ではない。
 「ざるうどんにしといて、本当によかった。」
 と、彼は思ったが、ざるうどんにしたので目をつけられた可能性も高い。
 確かに昼前にしては店が暇である。

 時間ぎりぎりに松江から出発する。
 ルートを変えて9号線から帰ろうとした。
 玉造温泉を過ぎて10km行ったところで渋滞にかかった。
 渋滞にかかってから広島行きの54号線のことに気がついた。
 渋滞を抜けても安心できない。
 しばらくはネズミ取りの名所が続く。
 もっとも、残りの予定はブリティッシュハンバーグのスコットだけである。
 石見銀山でも仁摩の鳴き砂でもなくなぜかハンバーグである。
 ハンドブック以後の情報は全く考慮していない。
 揚げ句に・・・スコットはなくなっていた。
 (建物はあるのですが、倉庫になってます。)

 尋ねあぐねた末に、店のあった場所に立ちすくんだ彼の背後を幾台もの車が通りすぎていく。
 やがて彼の車も国道の流れの中に消えて行った。
 動揺のあまり燃料計を見落とした彼の帰路は明るいものではなかった。
 真夜中に帰宅した彼を出迎えたのはよく転がるワインの空きビンだった。
 翌日、彼は実に一年ぶりに部屋を片付けたが、指定日以外に分別もせずにゴミを出したのでマンションの管理組合のおばさんにこっぴどく叱られることになる。


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