| Chicago: September 9th, 2001 |
9月9日、着陸一時間前までサンダーストームで閉鎖されていたシカゴにのオヘア空港に降り立ち、通称Lと呼ばれる電車(CTA)のBlueラインで一路ダウンタウンへ。シカゴのHRCはレイアウト変更されていました。昨年訪問時に2階にあったマーチャンダイスは1階に移動していました。今回はシカゴHRCの看板になっているフライングVピンと子供用のTシャツ2つをゲット。
子供用のシティTシャツは初めて見ました。絵柄は大人用と全く同じです。デザインは言わずと知れたシアーズタワーなどシカゴの摩天楼がモチーフです。
言うまでもありませんが、9月11日(火)のアメリカはアメリカ史上最悪の日となりました。シカゴにいた私はテロ自体とは関係ありませんでしたが、13日にシカゴから帰国のはずでだった便が、当日朝の出発予定4時間前に結局キャンセル決定。その時点でコンファームは20日発の便。航空会社には電話しても繋がらないわで大変でしたが、最終的には当初予定から5日遅れの18日発の便で帰国することになるなど、めったに経験できないことに遭遇してしまいました。NYとは時差一時間のシカゴでは、朝8時からWTCの様子がテレビに映され始めました。刻々と映される映像や情報に、ただただ圧倒され、その日は仕事に手をつけるのが大変でした。
シカゴには全米高いシアーズタワー(HRCのフライングVの左後ろに写っている)やジョンハンコックなどがあるのですが、テロの当日からシカゴ滞在中、これらのビルを見るといつもハラハラしていました。「まだちゃんとある」と。
それにしても飛行機の予約システムはわかりません。日航に電話で問い合わせると15日の時点でエコノミーで3000人がキャンセル待ちだったのですが、実際15日出発した便は比較的空席が目立っていたという話し。15日に上司を出せと怒鳴りつけた私の知人はなんと16日の便を突然コンファームして帰ってしまう始末。それでは私もと、無理にお願いして18日確約をもらった全日空便(B777のエコノミー)も、チェックインカウンタで「我々はシカゴで5日間もスタックされていた、できたら壁の前、中央3列を同行者と2人で両側を押さえて、中央席はブロックしておいてくれ」と頼んだらなんと、エコノミーの最前列(通常は優待メンバが座れる席)でその通りになっており、びっくり。言ったもん勝ちの航空機予約システムを痛感しました。
テロ事件後の日曜日、シカゴのダウンタウンに行くのは恐かった事もあり、シカゴ郊外のOak Parkに行きました。目的はフランクロイドライト氏デザインの住宅街を散策することでした。ヘミングウェイの生家もあったのですが、閉館5時に間に合わず入れませんでした。
左の建物の他に十数軒のライト氏デザインの家やライト氏の住居かつ設計事務所が美術館として保存してあります。美術館ということで写真は(ついでに携帯電話も)禁止されていました。
不思議なことにOak Parkの周りはちょっとこわそうな街なのですが、この一帯だけは突然安全な地域になっています。私は車で行き、近所の立体駐車場に止めましたが、近くにはCTAやメトラなどの鉄道の駅もありますのでダウンタウンからも行けます。けど、関係のない場所には行かないほうが無難そうです。
おまけ、シカゴ郊外の中古車屋さんでめずらしい黄色のハマーを見つけたのでワンショット。ついでに私の好きなダッジラムもあったのでパチリ。いつ見てもしびれます。どっちも日本で乗るには(特に京都の町中では)大きすぎるんですがとっても熱望している車なんです。