リーグ優勝を見届けた東山にしこの
7つの昼と夜*いつもよりシリアスめに書いていますので、ご注意ください。
■9月27日(月)
【名古屋から戻る】
24日(金)から26日(日)まで名古屋にいた。ようやく、ようやく夏休みがとれたのだ。
土日も含め、帰宅もろくにできない日々が終わったのだ。
ナゴヤドームで25日と26日に阪神戦があったが、チケットはとれておらず、でも地元のCBCや東海テレビの中継や応援番組が見られて街のようすもわかるならそれでいい、と思っていたのだ。27日まで代休にして、ゆっくり帰ろう、という計画だった。
子供のころの名古屋在住経験から、少し土地鑑のある私は、いろいろあって結局24日のうちにチケットを手に入れてしまった。
26日、身の毛もよだつような衝撃的なやまさきの逆転3ランで勝った試合の終盤、私はもうこれで宿をキャンセルして帰ろう、と思い立った。
あとから合流していっしょに試合を見た偽南渕さんが帰ってしまうこともあるが、なんだか名古屋にいることがたまらなくなってしまったのだ。
住んでいたところだからもともとグルメや観光に興味はあまりなかったにせよ、これ以上滞在して野球以外のことに気を移すと、今の嬉しいのが消えてしまいそうな気がした。これがひとつ。
【日常へ戻る】
もうひとつ、転勤族だった私は転校なんか平気だったが、名古屋に降り立ってよみがえってきたのは、懐かしさより、ここを去るときの悲しさだったのだ。封印していたはずの感情は豊かなディテールを伴って再生されてしまった。こういうものから逃れるには再び自分の日常に戻るのが一番だ。
で、27日はどのみち代休をとってあったので、いちにちネットサーフィンをしていた。自分のサイトの更新もした。会社あてのメールも読んでおいた。あすはかなり忙しくなる予定なのだ。
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9月28日(火)
【優勝戦応援メンバー決まる】
以前に親会社の人たちと「友の会」を急造し、神宮球場に観戦に行ったことがある
そのときのいわばチームリーダーであるTさんに、名古屋から帰宅後、すぐにメールを出した。その後の何度目かのやりとりのなかに、驚くべき知らせが入っていた。
最短ならこの日に優勝が決まるといわれている9月30日の神宮球場のチケットが手に入るというのだ。
私と偽南渕さんにもまわしてもらい、総勢6人で乗り込むことになった。
よかった。自分が行けるのも嬉しいが、35年もドラファンで、私に根気よく野球の面白さを教え続けた偽南渕さんには、ぜひ監督の胴上げを見せてあげたいではないか。それに、優勝の日にひとりで絶叫・号泣というのもなんだかいただけない。
【あしたのために・その1】
問題は、当日に窓口で株主証を示し、チケットと引き換えなければならないことだ。そのためには3社に5部門にわたるメンバーが就業後にどこかに集合し、揃って窓口に行かなければならない。28日にも偽南渕さんが入手した券で就業後に神宮に行くことになっていた私は、Tさんから、就業してから行っても窓口があいているか見てきてほしいといわれた。
しかし私は、自分が30日なら代休をとれるかもしれないことを発見。それなら窓口があく時刻に行って、引き換えたチケットをみんなに配って歩き、安心して現地集合できるではないか。しかも私が開場と同時に中に入り、席をとってみんなに電話で知らせれば万全だ。念のため、はぐれたときのために、試合後の集合場所も決めておきたい。
そういう話にして、偽南渕さんとも調整しつつ、定時まで仕事をして神宮に向かい、野口の完封を見てまた戻ってきて、夜半すぎに残りをしあげた。
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9月29日(水)
【あしたのために・その2】
定時出社、定時退社。
「友の会」T会長がもらった内野指定席の切符でいっしょに神宮球場に行く。ついでに30日の打ち合わせをして別れる。
席は内野席のかなり前のほうだった。名古屋は今池の「ピカイチ」店主で、私設応援団などの世話役の兵頭さんもいらしていた。実は私はほんの4日前にピカイチに行き、サインしてもらったばかり…。
この日は前田が気持ちよさそうに快投、立浪がウィニングボールをダイビングキャッチ。Tさんが「かっこいーなぁ」と感心していた。小ぬか雨が断続的に振り、あすの天気が気になる。
会社では、仲のいいWさんから「仕事がひと段落したなら就業後か休日に遊びたいがどうか」という打診が入る。
悪いけど…。日本シリーズが終わるまではほかのことに興味がもてない。いったん中日に頭がいくともう苦しくて楽しくてダメだ。
ほとんど恋愛みたいだなぁ。
あす帰ったらすぐ祝辞をアップロードできるよう、『初歩の中日ドラゴンズ』表紙の予定稿を書いておいた。さすが編集者である。
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9月30日(木)
【偽大西、走る】
起床、晴天。だがなぜか肩から頭にかけてが重い。寝違えかもしれない。ゴメスか私は。「ええい、ままよ」と痛み止めを飲む。一日ぐらい薬物使用したっていいでしょ。
代打で代走で便利屋の、大西選手のようにパシった一日だった。
前日の綿密な打ち合わせどおり、チケットを正規な方法で人数分ゲット。
試合開始の4時間半前、発売開始の30分前に神宮球場に着いた。株主券なのでナメていたが100人も並んでいた。
あとできいたが、私が大西をしていなかったら、つまりみんなで就業後に行っていたら、チケット売り切れで入れなかっただろうとのこと。背中が凍る。
そこにやってきた偽南渕さんには手渡しし、千駄ヶ谷の駅まで神宮球場のいろいろな施設をながめながら心地よい秋風の中を歩く。
それからT会長の勤務先へ。いぶかしがる警備員の前でふたりでガッツポーズをキメていったん別れる。
神宮球場に戻り、外野席ポールそばで6つ並んだ椅子に荷物をいろいろ置いて席を確保した。その席番号を偽南渕さんとTさんに電話で伝える。なかなかつかまらなかったり、「ネットがじゃまかなぁ、もっと上のほうに変えようか」と悩んだりして、テンションはどんどん高まり、痛いのもかゆいのも忘れつつあった(てゆーか、薬が効いたんだろ)。
とりあえず全員に場所を伝えたので練習風景を見ることにした。
「こんなに荷物置いて! 譲りなさいよ」みたいなことは言われず、でも心配で、びくびくしながら練習を見る。
【全員その気で】
練習中から選手に声援がかかる。フリーバッティングでスタンドに打球が入るたび、どよめきと大拍手が起きる。
神野が打席に立ったところで後ろの席のこどもたちが「54番ってだれ?」と話している。「じんのじゅんいちだよ。セカンドの」と言ってやったら知らないという。しばらくして捕手の吉原が打ち始めたら私に「44番ってだれですか」ときいてきた。「光山と交換で巨人から来た吉原」と答えたらえらく感心されてしまった。去年までこのオバサンは今中の背番号しか知らなかったとは思うまい。
立浪の機嫌がものすごくいい。スタッフや同僚に1年分ぐらいの笑顔をふりまいている。私などが見ているのがもったいないほどだ。あー、全国の熱い立浪ファンに見せてやりたい。立浪は福留と戯れるように守備練習を始める。ちょっと緊張した顔の孝介。自分と同じぐらい小柄な番記者と話す久慈。若い女性の記者にまじめな表情で答える大西。
スタメン発表の時点では、とっくに客席は「できあがって」いた。
さて試合の経過は皆様ご存知のとおり。
中日ドラゴンズはヤクルトに4点差で0封されていたが、先に試合終了した巨人が横浜に敗れたので優勝が決定してしまった。
【ピンチはいつも同じ】
しかしそれから久慈と井上のタイムリーなどで5点を取ってひっくりかえし、ついに9回表を迎えた。
「あと1回、立って応援しましょう!」とだれかが言う。望むところだ。9回表は0点。でも1点とはいえ勝ち越している。あとは抑えるだけだ。
この直後のピンチは何だったのだろう。
白星優勝の直前に首位チームがピンチを迎えるなんて、野球とは何という恐ろしいゲームなのか。
投手コーチと野手たちが、緊張しきった投手に声をかけに集まってくる。何をしているのだろう。なんで、優勝がもう決まっているのに、試合もリードしているのに、エースがマウンドにいるのに、こんなに怖くて苦しいのだろう。
「次の佐藤で逆転の打者になるけど、いっそ歩かせて緊張をとく。その次のペタジーニは、強敵だが中日にとってはカモでもある。ペタジーニで勝負してしまえ」。素人目にも作戦はハッキリ見えていた。
それでも、これまでのどのピンチよりも私は怖くて苦しかった。
ペタジーニの打球が一二塁間に飛んだのが見えた。だがそのあと、打球を立浪が獲り、白星優勝が決まる瞬間を、私は見ていなかった。ちょうど人の陰になって見えなかったせいだが、怒号のなかで隣の偽南渕さんに「獲ったのだれ?」と間抜けなことをきいてしまった(しかもその声は偽南渕さんのCyberShotにdigital録音されてしまった)。
いつだってピンチはやってくる。どんなに強い選手も負けと背中合わせだ。あたりまえのことだ。何度も繰り返してきたことだ。この日も繰り返しただけのことだ。
それなのにドラゴンズだけが優勝したのだ。これこそが奇跡ではないか。いや、優勝はどこのチームがしても、それは恐ろしくて、圧倒的な喜びをくれるミラクルなのだ。
【こわいチーム】
夢見てがんばるだけでは終盤に8連勝したり白星で優勝したりできるものではない。ほかのチームのファンが言うほど余裕もない。問題も多いが、それでも優勝してしまった。いいチームになったのだなあ、と思った。
この10年間、ドラゴンズは人のいいチームと言われ続けてきた。
だがことしは違った。よくはわからないが、私の目の前で「こわいチーム」に変わろうとした試合はふたつ。
もちろんそのうちのひとつは、優勝決定時点で負けていた試合をひっくり返し、白星優勝にしてしまったこの日の試合だ。
もうひとつは8月15日、苦手の広島3連戦の3つめだ。
2日後に初の上原対決を控えていた。上原にぶつけるのはおそらく野口だと言われていた。この広島戦でムリをする必要はどこにも見当たらない。そんな状況下で、中4日の野口をあえて広島戦に出し、「勝ちに行く」試合をやった。
上原に打ち勝てる見込みは薄いので、エース野口の負け試合を増やさないためでもあっただろう。案の定苦しい試合だったが、結果はチーム最多勝利投手の野口とチーム最多勝利打点の立浪のコンビによる勝利だった。
中継すら見られなかったが、私はひとつだけあげるならこの試合が一番好きだ。
これがあったから、ドラゴンズは「こわい試合」ができるようになり、初の上原対決を含む巨人戦で巨人を3タテにできたのだと思う。そのあとの対巨人カードも、負け越すことはあっても、必ずやり返す試合を作り、相手にボディブローを食らわせることができた。
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10月1日(金)
【史上最悪の日】
「友の会」のT会長と偽南渕さんの3人で軽く祝賀会をし、試合の反芻や今後の展望を楽しんで、午前1時前に帰宅。多分もう『プロ野球ニュース(フジテレビ)』は終わりだ。留守録してきたが、ビデオがうまく動かない。
ふとTさんが「祝賀会は夜中の12時を過ぎるはずだから、番組の予定を変更して中継すると思う」と言っていたのを思い出し、ビデオは諦めてテレビをつけてみた。
実はきのう私が大西になっていたころ、東海村のウラン処理工場で史上最悪の放射能漏れ事故があり、テレビはこの時間も緊急編成になっていた。
予定稿をアップロードし、フロントページには核事故にふれるメッセージを入れた。現場の「ずさんな管理」だけ追求していては、原子力行政の根源的な問題は今回もまた看過されてしまう。
このことはこの後も機会を見て訴えてみるつもりだ。「でも電気のない生活なんて、もう無理ですよね」というお約束の思考停止発言が、前の事故のときより増えている気がして危機感がつのる。
掲示板に祝賀メッセージが入っていたのでレスを付ける。
続けて核事故の報道を見始めた。
するとまるで割って入るように、2時間ほど遅れて「プロ野球ニュース」が始まった。
【福留どこいった?】
優勝とは、生身の姿を受容してもらえるということなのだと思った。そこには私たちがよく知っている「あの連中」が、いかにも彼ららしいありようで映し出されていた。
G寄りが過剰だった番組に星野監督がハッキリと皮肉を言い、続けて監督が岩瀬をほめたときの謎かけの意味について山本昌が隣の野口にひそひそと問いかけ、立浪が「(最後の打球が)ゴロのほうがよかったです」と小心な本音を素直にこぼす。
このとき監督といっしょに中継のステージに並んだ面子はほかに川上。この4人は監督の人選だろうか。試合中にケガ(骨折!)をしていなかったら山崎はどうだったか。
ビールかけの録画が流れたあとは、中村、落合、岩瀬、井上、ひげなし関川のインタビューだ。あ。福留がいない。
前半の4人はみんなよく似た黒っぽいかっこうをしていたので、何か揃えて作ったのかと思った。インタビューは私服が黒っぽかった人とそうでなかった人のふたつに分けてやったという説もある(笑)。
半年間、いや11年待ったのにトップニュースは核事故になった。
夜明けに家の向かいにあるコンビニでスポーツ新聞をたくさん買って溜飲を下げた。
【腫物に触るように祝う人々】
さらに早朝にも記者会見の録画の放映を見て、ほとんど寝ないで定刻に会社に行った(休みの翌日は大遅刻しない主義なのさ)。「Vですね」とささやいていくOさん。息子さんがGファンで、本人も高校時代のハラタツノリが好きだったという彼女とは、29日の昼休みに少し野球話をした。
「友の会」T会長が書いた社内報の記事をきっかけに私が中日ファンだと知り、だからといってどう扱ったらいいのかわからずにいるY、S、Aの面々は、通りすがりに「二日酔いですか?」などと外堀から埋める質問をし、私に「いーえ? 変な顔してます?」などととぼけた返事をされてなおさら困惑している。
「ビールかけした?」「胴上げしてきた?」と質問してくる人もいる。それは私がすることじゃないよ…。
うーん。嬉しいけど当惑もするわな。予測された事態ではあるが。
中日ファンだと名乗られても、野球オタクにしてカープファンのTさん以外は困惑するだけなことをよくわかっている私は、そういう環境のなかではこの件についてはなるべく心を閉じて、向こうから気を使って話を振ってくる事態も避けたいのだ。でもある程度はしかたないね、おたがい。
職場にはほかに、名古屋出身で、なんと私と中学の同窓でもある上司がいる。そのことを知ったときに中日ファンかと尋ねたときは、「いや全然。そんなの(を応援していたのは子供時代の)20年か30年も前のことだよ」と冷たかった。ところがこの日は、帰り際に「きのう球場に行ったでしょう!」と突然声をかけてきた。「はい。でもなぜですか」と問い返したが、「やっぱりなぁ」と嬉しそうにして帰っていった。
そりゃちょっと嬉しいよね。
目の前で優勝を見、偽南渕さんにも見せてやれたのはよかったが、できれば名古屋で優勝することができたらもっとよかった、と思うのはこんなときだ。
Tさんとメールのやりとりをし、来週実施する祝賀会では、メンバーの名簿を選手名鑑形式で私が作成し、配布することにした。
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10月2日(土)
【大きすぎる花束のように】
いろんなサイトの掲示板を読んでは書き込みし、お祝いのメールにも返答を書く。偽南渕さんはビデオをいっぱいとったので見せてくれると言っていた。これから雑誌の優勝祝賀号も記念ビデオも出る。ひいきチームの優勝の晴れがましさがだんだんわかってくる。
この日、消化試合第一弾の横浜戦に中日は惨敗した。
優勝の日をはさんだ1週間、私は燃え尽き症候群のようになって、睡眠や食事にさえ関心がなくなってしまった。とくに優勝の日の、チケットと席をとるためのがんばりの反動は確実に訪れた。嬉しいできごとも実はストレスになるのだと知ってはいたが、このことだったか。大きすぎる花束を受け取ってよろけて転んでいるようなかんじだ。
きょう衛星放送で負け試合を見ながら『南西対談』のためにこの負けの意味を考えていたら、ようやく気分が快方に向かう気がした。でもそれも、優勝を目指していた日々がちょっと戻ってきただけのことだ。私が社会復帰するための勝負は日本シリーズ終了後、欠落感と闘うことで本格的に始まる。
何もかもが、きょうも明日も続いていく。
私が今年プロ野球にハマって知ったことのひとつはそれだ。
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10月3日(日)
【神宮でよかった】
優勝記念番組をいろいろ見ていると、いろいろわかっている。
やはり敵地で優勝してよかったのだ。本拠地以外の人もひきつける魅力のあるチームだということを見せつけた。
神宮はもともと中日ファンの客が妙に多い球場である。星野監督が明治大学出身で、神宮で暴れまわったからだろうか。それにしてもこの日の客席のドラファン占有率はすさまじく、監督も胴上げ後の挨拶で感謝のことばをくれた。
【半身だけ社会に復帰して】
いろんな掲示板を見ると、優勝のあと脱力してしまった人はずいぶんいるらしい。見てみると、やはり多くの人が「閉じて」いる。
私もずいぶんマシになってきたが、まだしばらく閉じていることになるかもしれない。
「優勝おめでとう」と言われるときの、自分とファン以外の人との温度差がわかるので、ファン以外の人と優勝の話をあまり長々としたくない(向こうもしたくないだろうからいいのだが)。また、ペナントレースと日本シリーズが続いている限り、ほかのことに気を移す気がしない。
これ以外は無害な社会人としてやっていけると思う。プロ野球ファンってこんなに大変なのか? 巨人ファンだったころは気楽だったよ。
以上
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