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B型日記
2012年1月
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1月3日 ミスター上海(だれがやねん)
1月3日(火)
年末から上海に国外逃亡してて、ネットもやってなかったので、そのあいだ日本で何があったのかまったく知らない状態になりましたよ。短いけど、あまりない経験でした。
で、羽田について、帰宅のバスのなかでいろんな人のツイッタ見ておさらい。個人的に驚いたのが、恒例のジルベスター・コンサート、大晦日が終わる0時ジャストに演奏を終えるっていうお約束の名人芸を失敗したんだって? そんな、わが国のきっちり文化を象徴する大事業が揺らいでいたことも知らんと、ぐーすか寝てましたイン上海。あー、時差があるから11時か。どっちにしても寝てました。
その時間なら、上海でも行われた外灘や新天地のカウントダウンに行ってて知らなかった、というなら絵になるんですが、会社に行ってxmlタグを打ったり、ファイル生成自動化ツールの動作検証をしたりしている悪夢を見ながら寝てました。
体力がないので、行程の半分は休憩時間でした。まあ、そんなもんやね。
さて、上海は夜景も売り物のひとつですが、これは人が生活している明かりを遠くから見るとすごい、というものではなく、いわゆる意図的なライトアップです。だから、せんでもいい照明なんですが、川沿いのいろんなビルがそれぞれに工夫をこらし、もう止められない競争になってます。
わたしは実は、まわりに上海に行ったとか住んでたとか住んでるとか勤めてるという人がたくさんいる「ミスター上海」でして、ライトアップのことはよく耳にしてたので、それを見るならおすすめだ、と現地ガイドさんに売り込まれたナイトクルージングツアーに申し込みました。
甲板でひとしきり見物し、手ぶれだらけの写真を撮り、船室におりてぼーっとしてたら、わたしの背後の席に、「上海、きれいな」と関西弁でやわらかく言うおじさんがいました。ビールで上機嫌になりながら、何度も「きれいな」「きれいな上海」と繰り返していました。初孫の結婚式に出るおじいちゃんみたいでした。
わたしはそれを聞きながら、隣国でありさんざん日本と戦争もしたこの中国と上海が、これからも安定的に発展してほしいな、どこにもちょっかいを出したり出されたりしないといいな、公害とかないといいなあ、と思いました。
しかしトイレ事情とか交通とか、みんな言ってることやけど、どないかならんのか、と思うこともあり、ひ弱な人間にとっては疲れる街だなあと思いますが、それがあっても、以前よりも中国の印象はよくなりました。生活形態や食べているものに似た点が多く、隣人として絆みたいなものもかんじました(日本人の身内どうしで絆をどうのこうの、という時代に、何を好き好んで、知らん中国人と絆を深めておるのか)。
できれば毎年1回ぐらいは行って、ふぜいがある街並みや、歴史的背景や経済・政治的事情を織り交ぜて短い時間に中国人の考えを教えてくれる若い若いガイドさんたちと、再会したいと思っています。
以前ほど、がちがちの紅色ではない中国ですが、建造物や都市計画にはくっきりと、共産党の活動の成果が現れています。
中共は人心を把握し、盛り立てるのがとても上手ですね。街のにぎわいを見学しているとよくわかります。元を同じくするイデオロギーで、かたや豊かになった上海(あるいは中国の都市部)と、あんなふうな北朝鮮の違いは何なのだろう。小さな子供も、男性も女性も、写真を撮るときはだれもがスターのようにポーズをとる中国人を見ながら、そう思わずにはいられないのでした。
 お茶のテーマパーク、豫園
 同じく豫園から、100回建てのファィナンシャル・センター(右の、持ち手がついているビル)を望む
 遊覧船から見た、ライトアップされたビルの列が途切れたところ。ビルはまだまだ建てられていく。大晦日も正月も、日曜日も、夜遅くまで工事の音がしていた。ビルのオーナーは、夜景群の仲間入りを心待ちにしているのだろう
 いまの上海を象徴するテレビ塔のライトアップ(昼間も丸いところがシックな質感の赤できれい。夜中は消灯)
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