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ゼロス放浪
ここはアーカイルの国。
ごく平凡で、平和で、それなりに収益もあり、それなりに人々も平和に暮らす、
小さな国だ。国民は永遠にこの平和が続き、暮らしていける物と思っていただろう。
だが、この国に脅威が迫りつつあった。
発端は1年に1度行われる城の倉庫の大掃除。その日例年通り、召使い、衛兵、
料理人等、職種選り取りみどりの数十人がかりで、倉庫を片付けているとき、1人
のまだ15歳程度の使用人が、石造りの床に奇妙な出っ張りを見つけた。
「石がずれてるのかな?」
少年はそこにつかつかと歩み寄り、床を平らに馴らすため、渾身の力を込めて出
っ張りを踏みつけた。
その途端。
「う…ひゃぁぁぁぁぁああああ!!」
突然床が抜け落ち、少年はその1m程真下にあったらしい小さな部屋に転がり落
ちていった。彼はすぐにその場にいた他の者達に助けられたが、この今回発見され
た小部屋の存在は王室にとって驚異であった。
なぜなら、一応この倉庫は宝物庫だからである。昔はここにもこの大量の棚に収
まりきれないくらいの金銀財宝が収められていたのだが、その財宝も、今までの財
政難で少しずつ減っていき、今では見る影もないがらくた倉庫になっている。
どうやらこの小部屋が隠されたのは王国が繁栄していたころらしいのだ。ならば、
ここに収められていた物は、相当な価値がある物ではないのか?
その推測は当たっていた。
小部屋にはただ小さな額がかけられていただけなのであるが、その中身は、なぜ
こんな小国にこんなものがあるのかと、皆が口を揃えて言いたくなるほど希少価値
のある……
恐らく魔道をかじったことがある人物ならば聞いたことは必ずあるはずだろう。
異界黙示録……
無論、写本ではあったのだが、王はこの事実を深刻に受け止めた。
異界黙示録は写本であれ、値段など付けられない物。もしこの国にこんな物があ
ると知ったらそれこそ戦争を仕掛けてでも奪おうとする国が現れるだろう。今まで
平和に暮らしていたこの国に、その攻撃を蹴散らすほどの軍事力はないに等しい。
王は、この事実を知る者達にかたく口止めをしたのであった。
しかし、噂という物は何処からともなく漏れる物である。
アーカイルの隣にエグザークという軍事国家がある。この国はなにかにつけ好戦
的で、周囲の国々も脅威を覚えていた。
アーカイルも、この国にだけは異界黙示録のことを知られたくなかったであろう。
しかし、そうあってほしくないことほど、常に起こりうるものである。
異界黙示録の事を聞きつけたエグザークは、早速アーカイルに向けて兵を放った。
無論、異界黙示録を奪うためである。まず「話し合い」から始めないのが、この国
の大迷惑な特色であった。
これに弱り果てたのはアーカイルの王である。もともと民主主義国家であったア
ーカイルに、軍事設備はないに等しい。この状態で攻め込まれたりしたら三日と持
たず国は堕ちるであろう。
異界黙示録を譲って穏便に済ませてもらえないだろうか、という意見が大臣から
あがった。しかし、それは無駄なことと、王は分かっていた。エグザークは戦争の
理由が欲しいだけなのだ。例え異界黙示録を譲ったとしても、一度目を付けられた
のだから、難癖を付けられて、結局は戦争と言うことになるだろう。
王は神にすがるよりなかった。
「おお……神よ…この際、悪魔でもよい…この国を救い賜え……」
さて、話を移そう。
アーカイルとエグザークの国境には巨大な山脈がそびえ立っている。これが今ま
でアーカイルが目を付けられなかった理由であるのだが。今回の話はここが舞台だ。
…異界黙示録に目を付けたのは、何も周囲の国だけではなかった。
音もたてず、ふわり、とアーカイルを見渡せる絶壁に人が降り立った。
「あそこがアーカイルですね」
特徴的な口調。肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪。一見旅の僧侶のようなそ
の風貌。
獣神官、ゼロスであった。
ゼロスはこうして、人間達に異界黙示録を与えないために日々その写本を消して
回っている。この度、アーカイルの写本の話を聞きつけ、こうしてやってきた訳で
ある。
「さて、ぱっぱと片付けちゃいますか」
ゼロスがそう言って精神世界面に入ろうとしたところに、
「危なーーーーーい!!!!!」
ずどごしゃめし!!!
いきなり大声を張り上げて向かってきた人物に、ゼロスは引き倒されてしまった。
ちなみに彼の頭の激突地点は、両手ほどもある巨大な岩のてっぺんである。
「…ふう、危なかったな。…ん?」
額に浮かんだ汗を拭き拭き、ようやくその人物は岩に頭をおもいっきしぶつけて
目を回しているゼロスに気がついた。
「おい!おっちゃん!!大丈夫かよ!?」
「は…はぁあ?…お…っちゃん?」
ゼロスは頭をフラフラさせつつも、目を覚まし、起きあがった。
声の主は、まだ年端も行かない小さな少年であった。さらさらの栗色の髪は光の
加減によって金髪に見える。いかにも田舎育ちといった服装ではあるが、手足はし
ゃんとしていて、丈夫そうだ。
胸に輝くバッジはアーカイルの兵士の証であるものではないだろうか?
「大丈夫か?結構ひ弱なおっちゃんだな」
「お…おっちゃんは止めてもらえますか?一応まだ若いつもりなんですから」
「おいらに取っちゃ二十歳過ぎれば皆おっちゃんだ!それともあんた二十歳前だと
でもいうのか?」
「あ…いや………」
ゼロスは口ごもる。
彼の本当の年を知ったらおっちゃんどころかじいさまか化石である。
「そ、そういえば、いきなり何をするんですか?危ないじゃないですか。僕がちょ
っと丈夫だったからよかったモノの…」
ゼロスはぶつけた後頭部をそっとさする。…ちょっと丈夫なだけではこの程度で
は済まないとは思うが…
少年はさすがに少々気後れしたのか小声で呟く。
「だってあんた何だか空中に足を踏み出しそうだったから…」
それを聞いてゼロスはちょっと笑った。
「自殺ですか?そんなことしませんよ。じゃあ、僕はこれで、急ぎますから」
くるりときびすを返すゼロスのマントの裾を、少年はぐわしっと掴んで引き留め
る。
「離して下さいよ」
「待てっておっちゃん!!怪我させちゃってこのまんまってわけにゃいかないだろ
!」
「…僕はおっちゃんじゃありません」
「分かったよ兄ちゃん!母ちゃんから他人には優しくするように教わったんだ。家
も近くだから寄ってけよ!」
ゼロスは首だけ少年の方に向けた。
「家?こんな山の中に住んでいるのですか?」
「そーだよ。母ちゃんが旨いモノ作ってくれるからこいって!」
「…………では少しですがお邪魔しましょう」
「よっしゃ!こっちだ、来いよ」
少年はにこっと微笑むと細い獣道へとゼロスを招いた。
「すいません…ジーニがご迷惑をおかけしたようで…」
少年…ジーニの母はこの歳の息子を持っているにしてはやや歳を召し、なんとな
く疲れて見えた。
「いえいえ。別に傷も大したことはありませんでしたから」
ゼロスはジーニの母の入れてくれたお茶をずずずっとすする。
「ホントだよな。あんなに思いっきりぶつけたのに、傷一つないんだもん。兄ちゃ
ん体だけは丈夫なんだな」
「これ!ジーニ!」
「…ところでお母さん、なぜこんな奥まった山の中に住居を構えていらっしゃるの
ですか?近々エグザークとの戦争が勃発するという噂もありますのに。そうなった
としたらここは前線地区になるのではないですか?」
ジーニの母はほぅ…とため息をつく。
「ええ…元々亡くなった主人が木こりだったもので、ここに住んでいたのですが…
あの人が死んでからもなんとなくここを離れる気がしなくって…戦争も始まるよう
ですし、アーカイルに戻ろうとは思っているのですが…」
「大丈夫だよ!!お兄ちゃんが守ってくれるって!」
ジーニはぽんと胸をぐうで叩いた。
「お兄ちゃん?」
「うん。ジークって言って、アーカイルで兵士長やってるんだ。すげーだろ!エグ
ザークなんてぱぱっとやっつけちまうぜ」
ジーニはこういうが、そのジークという兵士長がどれほど強いと言ってもエグザ
ークの膨大な戦力の前には無に等しいだろう。母親はその辺りは分かっているよう
だ。
「ジーニ、ジークは国を守るのに手一杯で私たちの方にかまってるヒマはないと思
うわよ?」
彼女はそう言ってころころと笑った。
「その時はおいらが母ちゃんを守ってやる!死んだ父ちゃんとアーカイルの兵士長
の兄ちゃんの代わりにね!このバッジだって兄ちゃんが自分のをくれたんだ!もっ
と強くなれるようにって」
そう言って母親に抱きつくジーニはやはりまだまだ子供の幼さが残っている。
「そう言う兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだよ。見かけは単なる旅の神官
みたいだけど」
「ジーニ、そんなことを聞くのは悪いわよ?」
母親はクッキー皿に新しく焼き上がったクッキーを補充しながら言う。
「その通り、僕はただの妖しい旅の神官です」
「だから何しに来たんだ?」
ゼロスはジーニの唇にそっと人差し指を当て、
「それは、秘密です」
と言って微笑んだ。
また場所は変わる。
「アーカイル王!エグザークの兵は国境の山脈に入りました。どうか出兵のご指示
を!」
アーカイル兵士団隊長、ジークは王座の前に跪いた。
「うむ……」
一刻を争うというのに煮え切らない王の態度にジークは苛立ちを覚え、声をあら
げる。
「王!このままではアーカイルは……」
「…分かっておる…しかし…エグザークの戦力はとてつもない。我が国の兵数では
とてもかないは…」
「しかし、このままでは!戦わずして国を捨てるというのですか!?」
ジークの言葉に周りの衛兵はざわつき、彼を取り押さえようと駆け出してくる。
王はそんな衛兵を止め、
「……ジーク、お前は家族のことが心配なのだな」
「そ…それは………」
「…国のために戦うもよし、家族のために戦うも、またよし……」
王は目を閉じしばらくうつむいていたが、きっと顔を上げると、
「アーカイル兵士団!!出撃の準備にかかれ!適わぬまでも、エグザークに一矢報
いてやるのだ!!」
「ははっ!!」
「それでは、ええ…と、神官さん。危険ですから早く山を下って下さいね。ここを
西に行くとアーカイルを抜けられますので…」
ジーニと母親はゼロスを細い山道に出るまで送ってくれた。
「そういうお二人も早くアーカイルに降りることです」
「ええ…この子がいますから、そうさせていただきます」
母親はそっとジーニの髪に指を滑らす。
「母ちゃんはおいらが守るってば!」
「はいはい」
そんな二人を横目で見つつ、ゼロスは山道を降りていくのであった。
しばらく歩いて二人の姿が見えなくなってから、ゼロスは精神世界面を通し、一
瞬のうちに山脈上空に体を移動させた。
「?」
山脈を縫うように走る山道に、蠢く黒い集団が彼の目に留まる。
「エグザークの兵共か……もうこんなところまで……」
ゼロスはふいと目を走らせる。
「おや……」
同じ山道のアーカイル側から、少数ではあるが、白い鎧に身を包んだ集団が見え
る。
「とうとう始まりますか。その前にかたをつけたかったのですが……!?」
すう…と一本の白い煙の糸が天に昇る。目を凝らすと、炎のようなモノも見える。
ゼロスはなんとなくその位置が気になり、空より姿を消した。
「……………………………」
つい先ほどまでゼロスがお茶を飲んでいた、小さな炭焼き小屋が、無惨に燃えて
いる。ゼロスは無意識のうちに親子の姿を捜した。
小屋の裏手でゼロスは足を止める。
「…………」
優しい細い指の白い腕。燃え尽きた瓦礫の下から生えている。…もう生きてはい
ないだろう。
「う……」
小さなうめき声にゼロスは歩を進める。
小屋の梁に押しつぶされているのは…あれはジーニではないか?
「ジーニ」
ゼロスは一瞬で梁を消滅させ、ジーニを抱え込んだ。
ジーニはその呼びかけにうっすらと目を開いた。体中の火傷に、腹をまっぷたつ
に裂くように走っている刀傷。もう助からないのは目に見えていた。
「……あ……お兄…ちゃん………おいら…だめだな…エグザークの奴らに…適わな
かった………母ちゃん…守ろうとしたけど…………ダメ…だったよぉ………」
ジーニの瞳から涙があふれ出す。そのままぎゅっと目を閉じたまま、ジーニは事
切れた。
ギュッと握りしめていた小さなこぶしの間からぽろりと何かが滑り落ちる。
それはアーカイルの兵士の証のバッジだった。
ゼロスはそれを拾い上げ、ジーニを母親の遺体の側まで運ぶと、すっくと立ち上
がった。
「けっ、こんなもんしかありやしなかったぜ!」
エグザークの兵士長はジーニの家から奪った、少量のパンと焼きたてだったクッ
キーを一口かじり地面に投げ捨てた。その時、
「こんにちは」
彼らの目の前にこの場には不釣り合いな容貌をした男が現れた。
「…なんだ?お前は」
男は旅の神官のような服装に身を包み、表情はおだやかに微笑みながら、彼らに
近づいていった。
「僕はただの謎の神官なので、気にしないで下さい」
「……何言ってやがるんだ?」
「隊長、こいつちっとおかしいんじゃないですか?」
そう言って兵士共はけたけたと笑った。
…彼らは気がついているのだろうか?ゼロスの表情と、口調が、少しずつ変わっ
てきていることに。
「ところで、これが何だか分かりますか?」
ゼロスはぴっと懐から一枚の古ぼけた紙切れを差し出した。
隊長はそれを横目で小馬鹿にしたように眺めていたが、それが求めていた異界黙
示録の写本と分かると、態度を一変させた。
「て…てめ!なんでそれを持ってやがる!!よこしやがれ!!!」
そう言って持っていたグレードソードをゼロスに叩き下ろす。その刃が当たる前
にゼロスは姿を消していた。いや、
「おや?僕がこの写本を消すのを邪魔するんですか?…では仕方ありませんね…」
いつのまにか隊長の背後に現れていたゼロスは、今までとはがらりと雰囲気が違
う、冷たい声でささやきながら、ふっと瞳を開いた。
「…こ……これは…………」
勢い込んで出撃していったジークを含む、アーカイルの兵団は、武器、防具、旗
等をそっくり残して消えたとしか見えないエグザークの兵達がいた「跡」を目の当
たりにして、恐怖を覚えた。
戸惑いながらも周囲を調べていたジークは、地面にきらりと光るモノに気付き、
それを拾い上げた。それは弟にあげた筈のバッジ。
「……ジーニ…母さん…………これは、神の仕業なのか…それとも…悪魔なのか!
!」
ジークは家族の末路を知り、その場で絶叫するしかなかった。
一瞬のうちに写本が目の前から消えた事態に大わらわだったアーカイルも、突如
消えたエグザークの兵団の知らせを受け、ほっと胸をなで下ろすのだった。
国は助かったのだ。ほんの小さな命、二つを犠牲にして……
「人間というモノは…なぜこんなにも簡単に滅ぶのでしょう………」
ゼロスは初めてジーニに会ったあの絶壁に佇み、アーカイルを見下ろしていた。
ジーニが事切れた瞬間、自分にわき起こったあの感情は何なのだろう。今まで上
からの命令以外で、ゼロスが行動を起こしたことはまずなかった。それなのに、な
ぜ強引にこじつけてまで、あんな事をやったのか。
ゼロスはそのことを考えるのをやめにした。自分には必要のない感情だと悟った
からである。
『ゼロス……』
何処からともなくゼロスを呼ぶ声がする。
ゼロスはすぐに声の主を悟り、その場に跪く。
「獣王様…アーカイルの異界黙示録は処分いたしました…」
『ご苦労様。ところで、フィブリゾから聞いたのだけど、どうやらあの魔道士が見
つかったらしい』
ゼロスはすっと顔を上げた。
「……魔王様の一部を滅ぼした、あの…?」
『そう、彼女だ。フィブリゾの計画は前に話したとおり。君にはその魔道士に接触
して、真の異界黙示録の元に導いてやって欲しいのだそうだ。普段写本を消してま
わっている君には皮肉な仕事だがな』
ゼロスはしばらく無言で空を見つめていたが、
「承知いたしました」
と、再び頭をたれた。
『頼むぞ……』
獣王の気配が消えた後も、しばらくゼロスは身動き一つ取らなかった。
「……人間なのに魔族の王に刃向かい、これを打ち破った魔道士リナ=インバース
……その力がいかほどのものか分かりませんが、「人間」という枠の中で、どこま
で抵抗できるモノか…見せていただきましょうか……」
そうしてゼロスは、ふっとあの笑いを浮かべ、漆黒の闇に消えていくのであった。
【終わり】
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