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はじまりの魔道士

                       Story By  ちゃめ

 「うわぁ―――ん、母さま〜」
  グレイシアは家に帰るなり母に泣きついた。
 「あらあら、どうしたの?」
  母はいつも通り、とげの付いたショルダーガードと異様に露出度の高い衣装
 を身にまとい、その衣装の上にエプロンをしていた。
  彼女は、異様なほど似合わないそのエプロン姿で料理を作っていた。

  ―――グレイシアは魔道士協会で魔法を学んでいた。
  まだ幼いグレイシアは大人のコースとは別の子供用のコースに通っていた。
  そして今日はその受講参観の日だった・・・

 「みんながねっ、みんながねっ、母さまが変だって言うの・・・」
  母は持っていたお玉で泣きじゃくるグレイシアをびしっとを指しながら言
 った。
 「おーっほっほっほっほっ、そんなセンスの欠片もない人たちの言うことを
 真に受けてはダメよ、グレイシア。この格好はね、わたしのポリシーの表れ・
 ・・すなわち自分自身のアイデンティティの象徴ともいえるものよっ。あなた
 にもいずれ分かる時がきっと来るはず。その時はぐっと胸を張ってこう笑うの
 よっ!おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」
  まだ、幼いグレイシアは言葉の意味さえよく理解できなかったものの、その圧
 倒的な迫力に憧れの眼差しで母を見つめ上げていた。
  いつかはわたしも母のように・・・と

  それから数年後―――

  巨大な結界に守られているこの都市に突如モンスターが出現した。
  普段はその結界の作用でモンスターの1匹や2匹が出た位では特に大きな
 問題にもならなかったのだが、何故かそのモンスターの攻撃力は結界の外と
 ほとんど変わらない力を出していた。
  幸いこのモンスターは王国の警備兵によって程なく退治された。
  しかし、明らかにこの都市の周辺に徘徊しているモンスターでは無く、何者
 かが召還でもしない限り現れないモンスターであるということで、住民の間に
 不安と動揺が広まっていった。
  当然魔道士協会でもこの事は問題になり、早速対策委員会が発足しその原因
 を解明することになった。

 「う〜む、調査隊の帰りが遅い」
  対策委員会内にも徐々に不安と動揺の空気が広まっていた。
  前日に派遣した調査隊の帰還があまりにも遅いからである。
 「こうなったらわしが直々に成敗してくれようかぁっ!」
  ぐわばっと立ち上がり叫んだこの人こそ泣く子も沈黙するあの人・・・
 フィリオネル=エル=ディ=セイルーン、聖王都セイルーンの第一王位継承者
 であった。
  この町の平和を乱す輩は許せんっと魔道士協会内で発足した対策委員会に、
 頼みもしないのにしゃしゃり出ていたのであった。
  フィリオネルが兵を集めるようにと声を張り上げようとしたその時・・・

 バンッ
 一人の衛兵がドアを開けた。
 「失礼します、殿下。調査隊が戻ってきましたっ」
  その後から二人の衛兵に支えられ、やっと立っていられるほどに傷ついた
 調査隊の一人が入ってきた。
  部屋に立ちこめていた空気が一気に不安の色に染まった。
 「ど、どうしたのじゃ?その格好は。他の者はどうしたっ?」
 「はっ・・・み、皆あのお方に・・・」
 「あの方?なんじゃはっきり申してみよ」
 「す、数年前に・・・追放された・・・な、内務大臣のラルフロール・・」
  そこまで言うと調査隊の男は気絶してしまった。
 「おいっ、あのラルフロールがやったというのか。おいっ答えんかっ」
 「殿下、もう気を失っております故この者は休ませておいた方が・・・」
  そばにいた魔道士協会のお偉いさんの一人が声をかけた。
 「おおっ わしとしたことが。この者を手当してやれ」
 「ははっ」
  男を支えていた衛兵は一礼すると魔法医の元へ連れていった。
 「うむ・・・しかし、あのラルフロールがのぉ。またなにか企んでいると思っ
 てはおったが・・・」

 ―――ラルフロール
  元々低い役職だった彼は人一倍出世欲が強く、あらゆる手段を尽くし、若く
 して内務大臣にまでのし上がった。
  しかし、その地位では物足りなかったらしく、王国そのものを乗っ取ろうと
 数々の魔法を身につけ、職権を乱用し、多額の資金を蓄えてクーデターを企て
 ようとした矢先にフィリオネルにその悪事を暴かれ、彼は王宮を追放された。
  まあ、平たく言うと『悪い奴』である。

 「首謀者が分かった以上こうしてはおれん。皆の者出陣じゃっ!今度こそあい
 つの息の根を止めるのだっ!」

  そうしてフィリオネル達が盛り上がっている部屋のドアの外で聞き耳を立て
 ていた人物がいた。
  グレイシアである。
  ここの所の騒ぎの後で、傷ついた調査隊の男を見かけた彼女は、興味津々と
 いった感じでその後を付けて来たのだった。
 「ラルフロールっていえば、お宝をどっさり貯め込んで逃げた奴だって母さま
 が言ってたわね・・・」
  そうつぶやくとグレイシアは一目散に家へと駆け出していった。

 「母さま、大変よっ。あのモンスター召還したのって母さまが言ってたラルフ
 ロールらしいわよっ!」
  グレイシアの母はそれを聞いてにやっと笑った。
 「ふっ、そんなことだろうと思ったわっ。あんな事出来るのはこの都市に精通
 している誰か・・・しかもそんなことをしようなんて考える奴はあいつしかい
 ないってことはお見通しだったわっ。おーっほっほっほっほっ」
 「母さま、笑っている暇はないわっ。さっき魔道士協会の人たちが奴のアジト
 へ向かったわっ!」
 「それを早く言いなさいよっ。すぐ出発するわよっ、お宝を奪い・・・もとい
 ラルフロールを退治しにっ!先を越されてたまるもんですかっ。おーっほっほ
 っほっほっ」
  と言いつつ、エプロンを脱ぎ捨て高笑いしたまま外へ飛び出していった。
 「母さま待ってよっ」
  グレイシアも母を追って家を飛び出した。


  街道からかなり外れた今はもう訪れる者もいない森の中に廃虚と化した城が
 あった。
 「確かにここに住んでおるのだな?」
  フィリオネルとその側近、魔道士協会の数名は回復した調査隊の案内により
 この場所へとたどり着いた。
 「はっ。間違い御座いません、殿下。」
 「こんな朽ち果てた城なんぞに隠れ住むとは全く持って根の暗い奴」
 「殿下、これからいかが致しましょう?」
  尋ねたのは先ほどの魔道士協会のお偉いさんの一人。
 「きまっておろうが!突撃じゃぁっ」
  と言うが早いかバスタードソードを抜き放ちながら閉ざされた城門へと突っ
 込んでいった。
  残された魔道士協会の数名は『隠密に事を運ぶため少数で来たのではなかっ
 たのか?』という疑問を持ちながら、またフィリオネルの側近は『またこのパ
 ターンか・・・』と思いながら、皆やれやれ・・・といった感じで後に続いた。

  ちょうどそのころ、母とグレイシアが到着していた。
 「どうやら一足遅かったようね」
 「母さま、皆行っちゃったけどどうするの?」
 「ふっ、こっちよっ」
  そう言うとグレイシアの手を引きながら城門を回り込み裏へと向かった。
  そこには、食料の搬入用の裏口であろう小さな入り口があった。
 「多分ここからの方が断然近いはず・・・」

  城の中は昔どこかの貴族が退屈しのぎにでも作ったのだろうか、かなり複雑
 な作りになっていた。
  まるで意地悪なダンジョンのように。
  フィリオネル達は2、3時間はさまよい続けていた。
 「なんじゃこの城は!ぐうっ、こっちかぁっ」
  どがっと蹴りあけられたドアの向こうは外だった。
 「ぐうぅっ。おのれぇ、ラルフロール何処にいるっ!」
  そのとき魔道士協会の一人が叫んだ。
 「殿下っ、こちらになにやら不審なドアが・・・」
 「うむぅ、そこに違いない。下がっておれっ」
  うおおおっと叫びながらドアに体当たりした。
  すっ、と音もなくドアを突き抜けフィリオネルは中に転がり込んだ。
 「殿下ぁぁぁぁ!」
  ドアをたたきつけるが返事は無く、閉まったままだった。

  中はちょっとした広間になっていた。
  床には毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。
  壁には著名な画家の描いた絵が幾つも飾られている。

  その時不意にちょうど反対側にあるドアが開いた。
  そして、そのドアから一人の人物が現れた・・・

 「おのれぃラルフロール!そこにおったかぁっ」
  立ち上がりながらフィリオネルは叫んだ。
 「己の欲望のみによってセイルーンに及ぼしたその罪の数々・・・一度は見逃
 したもののもう許せんっ」
 「フィリオネル・・・」
  ドアから現れた人物が呟いた。
 「今更言い逃れなど見苦しいわ!たった今ここで刀の錆にしてくれるわっ」
  バスタードソードを振り上げながらフィリオネルは突進していった。

  母とグレイシアもまた城の中をさまよっていた。
 「おかしいわねぇ。確かこっちで良かったはずなのに・・・」
 「母さま。母さまはラルフロールと知り合いだったの?」
 「なによ突然。いま忙しいんだから後にして頂戴。あ、あんたそっちのドアの方
 から探してみて」
  話を聞いて貰えず、憮然としながらドアを開けた。
  ここもまた小さな部屋になっていてグレイシアは正面のドアを開けながら進ん
 でいった。
  似たような2、3の部屋を同じように進んだ時、後ろの方から男の怒鳴り声が
 聞こえた。
 「どうしたの?・・・母さまっ!」
  グレイシアは一目散にもとの道を戻った。
  母と別れた場所の先に、開け放たれたドアがあった。



 ザクッッ
 ・・・・・ドサッ

 「ふっこれでまた悪に染まった輩が一人減ったな・・・」
  と、その時ドアの向こうに一人の少女が立ち尽くしていた。

 「いやぁぁぁぁ母さまぁぁぁぁっ」
  グレイシアは、自慢のコスチュームごと肩からざっくり切られた母の元へと駆
 け寄った。
 「しっかりして、母さま。母さまっ」
  フィリオネルは剣を振り下ろしたまま呆然としていた。
 「な、なんじゃ・・・」

 「ふははははっ。長年の恨み今ここで晴らされたわっ!」

  突然室内に笑い声が響いたかと思うとブンッと景色が歪んだ。
  目眩のような一瞬の後フィリオネルの目に飛び込んできたのは・・・
  血塗れになったかつての妻とそれを抱き抱えている一人の少女だった。

 「ナ、ナーガ・・・グレイシア・・・」
  ガシャッ
  フィリオネルの手にしていた剣が、手からすり抜け床に落ちた。
 「まさか・・・わしが切ったのは・・・」
 「そう、そのまさかだよフィリオネル。貴様はたった今自分の元妻をその手で切
 り裂いたのさっ!」
  部屋の奥の方からその声は聞こえた。
  その人物こそ紛れもないラルフロールその人だった。

 「セイルーンを追放されてからこの数年間、俺は貴様におとしめられたあの屈辱
 を晴らすためだけに生きてきた・・・」
  ラルフロールは腰掛けていた椅子から立ち上がると、勝ち誇った様な顔でフィ
 リオネルとナーガを見ながら歩み寄った。
 「一時はこの手で貴様をとも思ったが、それでは余りにも芸がなさ過ぎると思っ
 てなぁ。」
  呆然と立ち尽くすフィリオネルの顔を見ながら満足げに一人話を続ける。
 「いろいろ大変だったんだぞ、フィリオネル。しかし、その苦労も一瞬で吹きと
 んだぞ!ふはははははっ・・・な、なにぃ!そ、その呪文はっ!」
 「崩霊裂っ!(ラ・ティルト)」

  グオワァァァ
  蒼い光の火柱の中にラルフロールは消えていった・・・

 「母さまっ!そんな身体で魔法なんて・・・」
  魔法を放ったのは息も絶え絶えのナーガだった。
 「ふっ・・・やはりそうだったのね・・・セイルーンに現れたモンスターといい
 ・・・その前にも増した残虐性・・・魔族と同化してた・・・のね・・・」
 「母さまっ!喋っちゃだめよっ!」
 「・・・グレイシア・・・」
 ・・・・がくっ
  ナーガは何か言いかけたがグレイシアの腕の中で力無く崩れ落ちた。
 「母さまぁっ!」
 「ナーガっ!大丈夫かっ!」
  そばに駆け寄るフィリオネルにグレイシアが叫んだ。
 「近寄らないでっ!・・・例えどんな理由があろうと母さまを殺したのは貴方よ
 っ!」
  立ち止まったフィリオネルを横目に、母をそっと床に置きながらグレイシアが
 立ち上がった。
  頭の何処かではラルフロールが仕組んだ罠だと分かってはいたが、やりきれな
 い怒りですでに半狂乱状態に陥っていた。
 「貴方が・・・貴方が母さまを捨ててなければこんな事にはならなかったのに。
 わたしの・・・わたしの母さまを返せぇっ!」
  腰に差していた短剣を抜き放ちフィリオネルに切りかかろうとした時、
 「やめてっ!父さんを切らないでっ!」
  突然少女が飛び出してきた・・・
 「アメリアっ!どうしてここにっ」
 「父さんの後を追ってこっそり付いてきたの。そしたらこの部屋から光が見えた
 から・・・」
 「・・・アメリア、どくのだ。わしは・・・わしは取り返しの付かない事をして
 しまったのだ・・・。たとえ切られてもしょうがないことをな」
 「いやっ!父さんが死んじゃったら、あたしっ あたしっ」
  めいっぱい両手を広げ、涙ながらに父をかばうアメリアを見てグレイシアは立
 ち止まった。
 「ふっ・・・あんたに、罪はないわね」

 「殿下っ大丈夫ですかっ」
  どどっとフィリオネルの側近と魔道士協会の数名が部屋になだれ込んできた。
  部屋には気落ちしたした様に立っているフィリオネルとそれをかばうようにア
 メリアが、そして床には血まみれの女が一人と短剣を振り上げている少女が一人
 「おのれ、何奴っ!」
  短剣を振り上げているグレイシアを見て、フィリオネルの側近が声を上げた。
 「くっ!」
  グレイシアはじりっと後ずさりするとそのまま入ってきたドアへ走り出した。
 「逃がすかっ!」
 「やめろっ。追うではない・・・」
  グレイシアを捕らえようとした側近をファリオネルは止めた。
 「しかし・・・」
 「いいのだ。追わないでくれ・・・。それよりこの者を丁重にセイルーンまで、
 運べ。」
 「はっ」
  フィリオネルの側近がナーガの亡骸に布をかぶせ、運んでいった。

 「父さん、あの人誰だったの?」
  セイルーンに帰る途中、肩に乗っていたアメリアが尋ねた。
  フィリオネルは、少しためらい気味に言った。
 「昔の知り合いだ・・・昔のな。わしはラルフロールのしくんだ事とはいえ、彼
 女にはとても気の毒なことをしてしまった。そして、その娘にもな」
 「ふーん、それであの人が切りかかろうとしても父さんは黙っていたのね」
 「そうだ。」
 「でもよかった。父さんが無事で」
  ひしっ、と頭に抱きついてくるアメリアにとても本当の事を言えなかった。


  翌日、フィリオネルは側近の者の連れずに一人セイルーンから近隣の町へと続
 く街道に出向いていた。
  馬を操り駈けていくその先に黒く長い髪をした黒いマント姿の少女の姿が見え
 た。
 「グレイシアっ」
  フィリオネルの声にその少女は立ち止まった。
  すぐさま馬を止め、降りながら話しかけた。
 「グレイシア、聞く気は無いとは思うが聞いて欲しい。」
  少女はフィリオネルに背を向けたまま立ち止まっている。
 「わしは、彼女を捨てたわけではない。確かに愛していたしずっと一緒に暮らし
 ていこうと思っておった。しかし、あのラルフロールに見つかってしまってな。
 あやつが『彼女は王室にはふさわしくない』などとのたまったのに皆賛同して、
 あんな事になってしまったのじゃ。今更、許してくれなどとは言えた義理は無い
 が・・・」
 「ふっ、一緒に暮らそうなんて言うんじゃないわよね?・・・そんなこと出来る
 わけ無いじゃないの」
  フィリオネルに背を向けたまま言う。
 「そうか、やはりそう言うと思っておった。じゃが、せめてこれだけは持ってい
 ってくれ。これは、彼女と別れる前に貰った物だ」
  そう言ってフィリオネルは後ろから首にネックレスをかけてやった。
 「グレイシア・・・」
 「ふっ、グレイシア?もう、わたしはその名は捨てたわっ!」
  そういってフィリオネルから離れて振り向き、マントをばさっ、と跳ね上げ、
 胸を張りながら高笑いを上げた。
 「ほーっほっほっほっほっ。今日からわたしは『白蛇のナーガ』。亡き母さまか
 ら貰った、この才能とこの名を世に知らしめる為に旅に出るのよっ。あんたとこ
 んな所でのんびり暮らす気など微塵もないわっ。ほーっほっほっほっほっ!」
  ―――大丈夫よ。わたしもついているから―――
  フィリオネルに白蛇のナーガ(グレイシア)の首にかけたドクロのネックレス
 からそう聞こえた気がした。
  ・・・そうか、お前がついていてくれるならわしも安心だ
  フィリオネルはそう思い白蛇のナーガに最後の別れを言った。
 「気をつけてな・・・ナーガ」
 「ふっ、このわたしにそんな心配は無用だわっ。ほーっほっほっほっほっ」

  フィリオネルは高笑いとともに去っていく後ろ姿を暫く見送った後、セイルー
 ンに向け馬を走らせた。

                               おわり

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