| MA&Co. TOY BOX | ![]() |
| 朝日新聞「HERO」評(野崎 歓東大助教授)記事をまるごと |
![]() |
「ひたすら美の世界に耽溺」(ハイテクで見据える世界市場) チャン・イーモウ監督の「HERO」 中国映画史上最高の製作費3千万ドルをかけた大作「HERO」が公開中だ。「紅夢」「初恋のきた道」のチャン・イーモウ監督が初めて挑む武侠映画。秦王を狙う刺客たちの死闘を鮮烈な色彩美でつづる。ハリウッドに挑戦状を突きつける「東風スペクタクル」を、仏文学者で中華圏映画ファンの野崎歓・東大助教授はどう見たか。 |
豪華絢爛たるスペクタクル映画の登場だ。このところ中国僻地にロケした可憐な 「少女物」を撮り続けて観客の心をつかみ、国際映画祭での受賞も重ねてきたチャン・イーモウ監督が、香港スターを惜しげもなく起用し、一転して壮大な娯楽絵巻を作り上げた。 秦王(のちの始皇帝)の命を狙う、中国本土で最強という3人の刺客たちがいた。その3人を仕留めた武者(ジェット・リー)が、てんまつを王の御前で報告する。つまり冒頭から戦いの決着はついている。 ところが報告の内容をめぐって真相は次第に「藪の中」状態に。武侠小説の世界が、黒澤明「羅生門」ばりのトリッキーな話術で展開されていくのである。さらには「蜘蛛巣城」的な「槍ぶすま」をCGで派手に見せたり、「乱」のワダエミに衣装を任せたりと、黒澤映画の向こうを張る気配が濃厚なのに驚く。 アクション監督には香港の第一人者を配し、ワイヤワークを駆使してもいる。ただしワイヤを引っ張る重労働がしのばれる香港流のアナログな魅力はもはや皆無で、すべてはあまりに流麗、優美。全編に甘い弦の調べを流し、スローモーションを多用して、チャン・イーモウはひたすら美の世界に耽溺する。 一つの挿話が語り直されるたびに照明も衣装もセットもがらりと変え、赤から緑、緑から白へとそのつど鮮やかな色彩に画面を染め上げる。それが装飾過多の空虚さに陥らないのは、何と言ってもスターたちの色気と存在感ゆえのことだ。 とりわけトニー・レオンはいよいよ魅力的で、恋人に嫉妬して荒れる男の情けなさから、殺戮のむなしさを悟った達人の境地までを難なく演じ切ってみせる。四十にもなってこんなド派手な衣装に長髪をなびかせ、滑稽にならないどころか、清潔なエロスを匂い立たせる男優は、現在ひょっとしたら世界に彼一人かもしれない。 もちろん「花様年華」以来トニーの最高の相手役となったマギー・チャンの気高く優雅な姿も、チャン・ツィイーの起こって小鼻をひくひくとふるわせる侍女役の愛らしさも、スターを見る楽しみを堪能させてくれる。 しかしそれら明星たちの輝きに見とれながら、強く印象に残ったのが秦王軍の兵士たちの顔だった。「風、風」と叫んで矢を放ち進軍する彼らの毅然とした顔を、チャン・イーモウは何度も映し出す。彼が撮影監督を務めた往年の傑作「太閲兵」が思い出される。 天安門広場での閲兵式をめざし訓練に耐える兵士たちを撮った映画だが、国家に尽くすものやるせなさをも写し取っていた。それから約20年後、チャン・イーモウはエキストラの人民解放軍の部隊を指揮してこの大作を作り上げたのだ。 中華圏、さらには日本の才能をも貪欲に取り込みながら、国際マーケットを十分に意識したおしゃれでハイテクな装いのもと、中国映画がいよいよ勝負に出ている。従来国内ではマイナー派だったはずのチャン・イーモウの転身に、そんな中国映画界の対ハリウッド宣戦布告が読み取れる。 ただしビジュアルの美を誇示するこの作品よりも、香港で同時期トニー・レオン主演で大ヒットした、ローカルな街の魅力あふれる犯罪物「インファナル・アフェア」の方に、ぼくとしては真にハリウッドに拮抗する可能性を見たいのだが。 - 野崎 歓 - | |
| Copyright©ASAHI Shinbun | :::Column Index:::TOP::: |