星の降るバルトロ氷河
地の涯へ
6月15日 アスコ−レ (停滞)
吊橋架設現場にK君、I君の2名を偵察に出し、残る私達5名は、灌漑用水で水浴び、洗濯、あるいは昼寝と思い思いに時を過ごした。 アスコ−レの村長、ハジ・マディ氏はスカルドの学校を卒業した、この村只一人の商人で英語も話せる。 彼の家は代々、遠征隊の世話をしてきたそうで、特にジャパニ・サーブはグッドだと昼食に招待してくれたり、なかなか如才ない。 これから先ポーターに支給するアタ(小麦粉)等すべて彼を通して購入することになった。
機織り
ここに来て1週間の停滞は今後の行動日数がそれだけ減ることとなり、惜しいものであるが致し方ない。 10数年ぶりに解禁された今年、バルトロ氷河には私達を含め4隊入ることになっているが、先陣をきるということは思わぬ障碍にぶつかるものである。 停滞5日目の6月19日、偵察中のK君から吊橋は21日午後完成するとの無線連絡を得たので、20日出発と決め荷物の整理に汗を流した。
アスコ−レ出発の朝、荷物の割当て
6月20日 コロホン
123人のポーターを引き連れアスコ−レを8時に出発、村を抜けると又岩とドロ水の世界である。 ビアフォ氷河の舌端を横断し16時過ぎ、コロホンと名付けられた大岩の傍の泊地に到着した。
食料の支給。 これまた騒動である。 各グループのメート(小頭)を集め、アタ、ダル(豆)、ギー(バター)、塩、砂糖、お茶、ミルクとそれぞれ配給するのだが、いちいち量が不足していると文句をつけてくる。 計算不得手な彼等は兎に角文句をつけなければ気が済まないらしい。 普段はおとなしい食料担当のY君もとうとう怒りだしてしまった。 食料を消費したので、今日で4人解雇。
6月21日 ジュラ
昼過ぎにデュモルド河の吊橋に到着したが全員が渡るのに4時間も費やしてしまった。 目の前が今日の宿泊地であるため、彼等一流の調整である。
吊橋は蔓の小枝を編んだロープ・ブリッジで7〜8年はもつという立派なものである。 私達は当分の間これを『市川橋』と呼ぶこととした。 今日は5人解雇。
架設中の市川橋
市川橋を渡る隊員
6月22日 バルディマル
今日の行程は非常に短い、昨日のサボがなければ1日短縮出来たところである。 ポーター達を話し相手にノンビリ進む。 回教徒の国では4人迄の妻帯が許される。 メートの中には3人の妻と6人の子供をかかえている者もおり、その者は14頭の牛と100羽以上の鶏を持っていると誇っていた。 ジャパニ・サーブは何人の妻を持っているかと聞かれ、私は1人、O君は独身だと答えたが、まるで信用しない。 妻の数で貧富の程が知れる彼等の常識では考えられぬことなのであろう。
バルトロ・ポーターはすぐストを行うことで悪評高いが、今のうちからなるべく親しくしようと、休み時間には彼等の言葉を学び、日本語を教えた。 バルディマルの泊地は、河岸を削って平らにした所で、飲料水は本流のドロ水である。 慣れとは恐ろしいもの、ドロ水に美味ささえ感じてきた。 今日は4人解雇。
6月23日 パイユ
今日も行程は短いが途中岸壁をへつる箇所がある。 以前濁流に転落した者があったとかで、少し緊張する。 アスコ−レから連れてきた山羊2頭は前後の脚を縛り、おぶって通過した。 朝から曇空であったが、とうとう雨になった。 隊員はすぐカッパを着たが、ポーターに雨具の用意はなく、ビニール・シートをくれと言う。 不用意に配りだしたところ、又また大混乱。 1人で数枚取る者あり、メートに助けを求めたところ、それ以上支給しなくても良いこととなった。 配っても使わず、皆ふところに入れてしまうからである。 事実、その後ビニールを使用した者は皆無であった。
パイユ・ピークから流れ落ちる一条の小川に沿って緑が繁茂した所がパイユの泊地である。 ここには狩猟のための小屋掛けがあり、コックがいち早く占領していた。 ここでまた、問題が持ち上がった。 それは次の泊地リリゴには薪となる木が無く、パイユでその分チャパティを焼くため、1日停滞が必要だと言うのである。 ポーターの食料が10日分ギリギリである私達に停滞は許されない。 今日解雇予定の5人を薪運びのため残すことで折り合いをつけたが、各メートに10ルピーずつの心付を支給するはめになった。 メートの一人が言うには、俺に金をくれれば問題は起こらないのだと。 勝手を知ったメートが他のポーターをたきつけ騒ぎを起こし、そして私腹を肥やすのであるが、メートがいなければ100人以上ものポーターを動かすことが出来ない私達はそれを黙認する以外ないのである。
6月24日 リリゴ
夜半からの雨が朝になっても降り止まず出発出来ないという。 今日からはいよいよ氷河上を歩くので彼等も慎重に構えている。 この乾燥地帯で雨が降るのは通常考えられないことであるが、今年はどうも天候不順らしい。 無駄とは知りながらハイポーターの”ハゲ”に、「この雨は何時頃あがるか?」と聞くが彼は「インシャアラー」(アラーの神の御心次第)と答えるのみ。
9時になり、やっと雨が止んだので出発となった。 バルトロ氷河の舌端は黒々と大きな口を開け、ドロ水をはき出している。
バルトロ氷河舌端(帰路撮影)
押し出されたモレーン(堆石)の小山が行く手に立ちふさがったところで、ポーター達は突然荷物を投げ出し何事かウナリだした。 どうやら無事を願う神への祈りらしい。 私達も負けずに祈りのコールを送った。 モレーンの上は非常に歩きずらい。 踏む石、踏む石が皆不安定で、ちょっと気を抜くとすぐコケてしまう。 小さな上り下りにも飽きた午後4時リリゴに到着。 今日で8人解雇。
氷河を行く
6月25日 ウルドカス
今日は1日雪が降り続き、夏姿の私達は震え上がってしまった。 晴れていればトランゴ・タワー、バルトロ寺院群、等等の針峰が見えるのであるが、今日は生憎雲の中である。
バルトロ寺院群(帰路撮影)
ウルドカス・ピーク真下の草地にあるキャンプ地は所々巨岩が露出し、自然の岩小屋が点在しているバルトロ氷河一番の楽園である。 高山植物が咲き乱れ、天気が良ければ蝶も舞う。
雪のウルドカス
ここには、明日1日停滞の予定。 あと3日間のキャラバンでベース予定地に到着する。 騒々しく、難問を持ち出すポーター達からも開放される。
ガッシャ−ブルムW(7,930m)
(つづく)