コラム〜法律こぼれ話〜


朝日新聞

以下の原稿は、朝日新聞に掲載された私の原稿の元原稿です。
新聞に掲載される際に、字数や新聞記者の好みで訂正されたので、私の生の原稿はこうであったということでホームページ上に掲載してみました。

思い出の事件

 弁護士であれば、誰しも思い出に残る事件というものがある。
 よい結果が出た事件よりも、思うようにいかなかった事件の方が、思い出として残っている場合が多いが、私の思い出の事件の中から、1つ取り上げてお話ししたい。私としては、よい結果が出た事件であると思っている。

 男が恐喝事件で逮捕された。男には妻子があった。恐喝の理由は、以下のようなものだった。
 男の母親は、知人の女性の借入について保証人となっていた。ところが、知人女性が破産したため、男の母親が代わりに支払わないといけなくなってしまった。男の母親も年金暮らしで生活に余裕はない。その少ない年金の中から毎月少しずつ保証人として貸金を返済していた。
 男の母親は、知人の女性に、破産をした際、「あなたの保証人となっている分だけは支払うから」と固く約束されていた。しかし、約束は守られることはなかった。
 これに怒った男は、知人の女性の自宅まで押し掛けて最初の約束通り支払うよう言おうと思った。
 男は、知人の女性の自宅まで押し掛けたが、女性は留守で、代わりに女性の息子からお金を返してもらって戻ってきた。金額にして5万円。
 その際の言動に脅迫的なものがあったということで、恐喝罪の疑いで逮捕された。

 私は男の妻から事件を依頼され、男に面会に行ったが、事実関係には争いがないし、男としても、処罰されるのはやむを得ないということであった。
 このように、刑事事件を受ける際、事実関係に争いがない事件では、被告人のいいところを探して、出来るだけ寛大な処分にして欲しいとか、執行猶予判決を出して欲しいというような弁護活動をする(一般に、「情状弁護」という。)。
 その際、被告人本人だけではなく、家族に証人として、今後監督していきますなどと法廷で誓ってもらうことも弁護活動の一環である。
 当然、経済的に被害が発生している事件では、被害者に弁償をすることも弁護活動として重要である。
 しかし、この事件では、私がいかにがんばっても、被害者は弁償金を受け取ってもらえなかった。

 そのため、私は妻に情状証人として法廷に出てもらうこととした。打ち合わせの日は、雨の降る日だった。2人子どもがいたが、下の子どもがまだ小さいため、乳母車にシートをかけ、傘がさせないので妻もレインコートを着てずぶぬれでやってきた。
 打ち合わせをすませ、帰っていく男の妻の後ろ姿は寂しげであった。

 裁判当日、男の妻が法廷で証言を始めた。私の質問が続く。
「お子さんにはお父さんはどうしてると言っているのですか」
「仕事でしばらく帰ってこないといっています」
「お子さんはあなたにお父さんのことでほかにどんなことをいいますか」
「家の裏の鍵を閉めたらいけないといいます」
「それはどうしてですか」
「鍵をしめたら・・鍵を閉めたら・・パパが帰ってきた時、家に入れないからって言って・・・閉めたらだめといいます・・・」
 そういった後、男の妻の目から涙が流れ出て止まらなくなった。
 「お子さんもお父さんに早く返ってきて欲しい、そう思っているということですね。」
 「・・はい」
 私の質問は終わった。検察官も何も聞かなかった。
 妻の証言の後、男に対しても今後こんなことはしないという意味合いの質問をしたが、男は妻の証言で泣きじゃくってしまい、尋問にならなかった。
 その後、検察官が求刑をし、私が執行猶予として欲しいと弁論を述べた。

 

判決言渡

 次に、裁判官が審理をこれで終えると言った。
 通常は判決の日が2週間程度後に入る。私は日誌を取り出した。
 しかし、裁判官は判決の日を告げることがなかった。
 次の瞬間、裁判官の口から出た言葉は、「それでは今から判決を言い渡す。主文被告人を懲役1年6ヶ月に処する。この裁判確定の日から3年間刑の執行を猶予する。」
 執行猶予付きの判決だった。これで男は刑務所に行くことなく家族の元に戻れる。
 あっけに取られている私と男に向かって裁判官は言った。
「もうこんなことしたらだめだよ。かわいい奥さんと子どもが待ってるんでしょ。」
 そういうと、裁判官は、にやりと笑って法廷から退出していった。
 裁判所の人に聞くと、「あの裁判官は、執行猶予付が明らかな事件については、早く自由になれるように、その場で判決を言い渡すことがあるんです。少しでも早く帰れるからとおっしゃってました。」
 人情の機微に通じた、こうした「粋な」裁判官は、いまの裁判所にどれだけいるのだろう。

紛争はなぜ起こる

 民事に関する紛争の相談が後を絶たない。離婚、交通事故、金銭トラブル等々…。
 こうした、民事紛争に関する争いが起こる原因としてはいろいろなことが考えられるが、われわれ弁護士が取り扱っている民事紛争では、法律の解釈そのものが問題となる事例というのは以外に少ない。
 紛争の中身は、事実関係に争いがあり、その事実関係さえ争いがなくなれば、争解決するという事件がほとんどである。
 事実関係に争いがある事件で、特に問題なのは、どちらかが完全に嘘をついている場合である。
 AさんがBさんに対して、100万円を貸したが返ってこないので返すよう裁判を出したいと言われ相談に来られた。私はその依頼を受け、裁判を出したが、Bさんは法廷に来て、自分は借りた覚えがないと言う。
 このような場合、AさんかBさんのどちらかが嘘をついているはずである。しかし、裁判官は、言い分を聞いただけでは、どちらが嘘を言っているか分からない。
 そこで、言い分を裏付ける証拠が必要となってくる。
 よく、裁判官は、「真実がわかっているはずだから大丈夫なはず」などと考えておられる依頼者もおられるが、私は、そういった依頼者には、裁判官は、タイムマシンに乗って、お金の受け渡しをしている現場を体験出来るわけではないから、あなたが証拠によって事実を証明しないと負けますよと説明している。
 また、あなたが歴史的知識として、織田信長が本能寺で死んだということが分かるのは、明智光秀が謀反を起こして、本能寺で信長を討ったという歴史的史料が残っているからですよ、そうした史料がない古代の歴史については、かなりの部分を「推測」するしかないから、実際に過去にあった事実とはずれている場合もあるかもしれないでしょうと説明している。
 すなわち、Aさんは、何らかの証拠を出して、Bさんに100万円を貸したのだなと裁判官に理解してもらわないと、裁判に負けてしまうのである。
 100万円の領収書や、借用書などを取っていればよいが、そのようなものがない場合には、Aさん本人の供述や、そのお金をどこから用意したのかの裏付け資料程度しか証拠がないということになってしまう。
 このような場合、実際はBさんは借りているにもかかわらず、Bさんが度胸のある人で、法廷で堂々と話をするのに比べて、小心者のAさんがメロメロになってしまったなどということがあれば、裁判官は、Bさんを信用してBさんを勝たせるかも知れない。
 そのようなことになれば、Aさんは裁判の費用がかかった上に、貸した100万円も戻ってこないということになり、泣きっ面に蜂である。
 このように、後日、無用の紛争を招かないためにも、人にお金を貸す場合には借用書を取るなど、一定の証拠書類を残すようにしていただきたい。
 そのほかの契約をする場合でも同様である。

名義貸しにご用心

 気軽に他人に名義を貸していませんか?

 A子さんは、今年成人式を終えたばかりの新成人。彼氏のB君から、消費者金融会社に行って、自分が返していくから、50万円を借りてきて欲しいと言われました。A子さんは、現在会社員で、これまで借入をしたことはありません。A子さんは、B君が返していくならいいかと軽い考えから、B君に言われた消費者金融会社に1人で行き、50万円を無事借りることが出来、その50万円をそのままB君に貸しました。そのとき、返済に必要だからと言われて、カードも渡しました。彼氏であるということで消費者金融会社に借入するときに書いた暗唱番号も教えました。
 A子さんは、その後B君と別れ、自分がB君に言われて借りたことも忘れていました。
 いつものように仕事を終えて自宅に帰ると、かつて借りに行った消費者金融会社から電話がありました。今月の返済が滞っているので、支払って欲しいということでした。しかも、残額は100万円になっているとのことでした。
 A子さんは、あれはB君が借りたもので、自分は使っていないし、B君が返していくと言っていたから、B君に言ってください、自分は支払う必要がないはずだと言って電話を切りました。
 みなさん、このA子さんの言い分、法律上認められると思いますか。
 答えは、「認められない」です。
 法律上は、あくまで借り主はA子さんであり、消費者金融会社から請求された場合には、A子さんは支払う義務があります。A子さんとB君との間の約束は、第三者である消費者金融会社を拘束できません。
 また、最近の消費者金融会社では、返済を継続していくと、借入の限度額が増え、枠の範囲内では何度も貸し借り出来るようになっています。
 暗唱番号を教えていたということは、法律的には、A子さんは、B君に、今後の借入をすることを承諾したということになってしまい、当初の50万円を越える100万円全額についても支払う義務を負ってしまうのです。
 また、このような場合、B君が支払を続けてくれていれば問題は起きませんが、たいていの場合、他人に借りてきて欲しいという人は既に自分が借りまくって借りられない状態になっていますから、返済しない可能性が高いと言って間違いないでしょう。
 実際によく大学生がひっかかる詐欺の一例も紹介しておきましょう。
 C君は、大学のサークルの先輩のD君から、いいアルバイトがあるからやらないかと誘われました。消費者金融会社5社で50万円ずつ借りてきて、それをEという人物に渡せば、1割をアルバイト代としてくれる。返済はEがしてくれるので心配ない、自分もこのバイトで25万円を儲けて、それでバイクを買ったという話でした。C君は、これはいいバイトだということで、早速D君の言ったとおりにして、25万円をもらいました。C君は、これはいいバイトだということで、サークルの同級生にも誘いをかけたところ、6人もの友人が同様の方法でアルバイト代を儲けました。C君はいいバイトを紹介してくれたとして、一躍人気者です。
 みなさん、こんなバイト成り立つと思いますか?もうおわかりですよね。
 他人に名義を貸さないようにしましょう。


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