「本」にまつわる話

 ■人生を変えた本

 三月、ある新聞のインタビューを受けた。「死ぬまでに読んでおきたい本」「人生を変えた本」についてである。
  前者については『チボー家の人々』を挙げた。これは高校の教科書に抜粋が載っていた。是非、続きを読みたいと思った。しかし当時は大学受験で頭がいっぱい で、すべては大学に入ってからと先送りにしていた。さて、めでたく大学生となり、夏休みに読もうと買って帰った。全五冊二段組の大作だ。意気込んで読み始 めたが、二巻の途中でストップしたままである。四十年余りたった今も、実家の本箱で埃をかぶっている。この十年、資料を読むのに追われ、小説はほとんど読 んでいない。先はさほど長くないというのに。
 大学に入って東京に住み始めたとき、多くの同年代の人たちに触れ合った。彼らに共通していたのは、皆「大人」であり、僕より「広い世界」を知っていたこ とだ。
  下宿の隣の部屋に医学部の学生がいた。彼は高校の夏休みに、『旅人』(湯川秀樹)『大数学者』(小堀憲)を読んで、将来は数学者になろうと決心していたそ うだ。それが、周りの勧めもあって医学部に進学したが、当時の思いは消し難いと語った。田舎の高校で受験勉強しか知らなかった僕には驚きだった。
 翌日、僕が本屋に走ったのは言うまでもない。たしかに、高校時代に読んでおけば、もっと積極的に、深く、人生、学問に対する考え方が出来たのではない か。
 しかしもっともショックだったのは、彼が高校時代にそうした本を読んで、将来や人生に対して考え悩んでいたということだった。
 この二冊、二十年ほど前に友人の高校生の息子さんに貸した。そして、そのまま帰ってきていない。彼にとって人生を変えた一冊になっていればいいのだが。

 ■「国民読書年」

 今年が「国民読書年」だということ知ってましたか。僕は知らなかった。
 活字離れが広く危惧される中、いろんな団体が集まって、今年を「国民の文字・活字文化への関心を呼び戻す出発点」と決めたらしい。
  子供たちが本を読むことには大賛成だ。僕がいちばん本を読んだのは小学生のときだ。すごくいい先生がいて、本を読む習慣をつけてくれた。「シートン動物 記」「ファーブル昆虫記」ホームズ、ルパンなどの探偵、冒険小説を学校図書館の本棚の端から、一心に読んだのもこのころだ。その後は、遊びと受験勉強で忙 しく本を読む時間はなかった。日本、世界の古典も受験用のダイジェスト判だけだ。だから、僕の読書は小学校で止まっている。
 今年二月、この「国民読書年」の関係で「新ニッポン探検隊」というテレビに出た。早見優さんと藤井アナウンサーと僕と、東京の渋沢資料館でお話をする番 組だ。
  そこで話したのは、伝記を読むことの薦めだ。子供たちが「エジソン」「シュバイツァー」「ナイチンゲール」「北里柴三郎」など伝記を読むことは、いろんな 人の人生の追体験が出来る。世界には、こういう人生を送った人たちがいる。その中には、生き方を真似したいと思う人、すごく興味のある人生を送った人も きっといるはずだ。
 この番組の中でやはり「心に残る一冊」というのがあった。早見さんの選んだのは、「坊ちゃん」。ただし、ハワイのインターナ ショナルスクール出身の早見さんは、最初は英語で、次に日本語で読み返したそうだ。また、藤井アナウンサーは「伊豆の踊り子」を挙げていた。僕も高校時代 に読んだ数少ない小説の一冊で、あの淡い恋心に憧れたものだ。
 ちなみに僕は、先の二冊でなく、「キュリー夫人伝」を挙げた。この本は大学時代に読んだもので科学に人生を捧げるマリ・キュリーの生涯を次女のエーブ・ キュリーが書いたものだ。よし、僕もやってやろうと、本気で思ったものだったが、思うようにはいかなかった。

 ■青少年読書感想文全国コン クール

 というものがある。
「子どもや若者が本に親しむ機会をつくり、読書の楽しさ、すばらしさを体験させ、読書の習慣化を図る」
「より深く読書し、読書の感動を文章に表現することをとおして、豊かな人間性や考える力を育む。更に、自分の考えを正しい日本語で表現する力を養う」
 という開催趣旨のもとで行なわれる。
 対象図書は自由図書と課題図書に別れている。
 課題図書として過去には、黒柳徹子さんの『トットちゃんとトットちゃんたち』。小川洋子さんの『博士の愛した数式』。重松清さんの『その日の前に』。川 端祐人さんの『てのひらの中の宇宙』などが選ばれている。
 最優秀作品として、内閣総理大臣賞、優秀作品として文部科学大臣奨励賞などが選ばれ表彰される。
 さて、第56回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書として、僕の『風をつかまえて』が選ばれました。去年NHK出版から出したものだ。
「北海道の破綻寸前の小さな町の再生」「倒産寸前の町工場の再生」「離散家族の再生」の話です。
  たしかに出版当時、高校教師の友人は「感動した。是非生徒に読ませたい」というハガキをくれたし、名古屋の中小企業の方は出版社経由で勇気づけられたとい う趣旨の丁寧な手紙をくれた。僕の本の中では『ダーティー・ユー』と同様毛色の変わったもので、余り多くは読まれていないはずだ。つまりたくさん売れてい ない。しかし、今から思えば、結構、多くの方に感動を与えていたのだ。
 多くの高校生たちが読んでくれて、感想を述べてくれるというのは嬉しい半面、とても恐い気もする。
 いずれ、全国の高校にポスターが張り出される。もちろん高校生対象に書いたものでもないので、成人の読書も大歓迎。
 僕の時代にも小、中、高校を通して夏休みの宿題に読書感想文があった。八月の終わりが近づくにつれ頭を悩ましたものだ。本の終わりの解説を読んで、何と か使えないかと頭をひねった挙げ句、ただ粗筋のようなものを書いて提出した記憶もある。
 僕の本が子供たちにあの苦しみを与えないようにと願っている。


(このエッセイは、『月刊私塾界』2010年05月号に掲載されたものです)
月刊私塾界 http://www.shijyukukai.jp/