「たまにね」
 興味なさそうな声と表情だ。父さんは欲しくても買ってもらえなかったと、喉元まで出かかった言葉を玉城は飲み込んだ。いつも、時代が違うんだと自分に言 い聞かせている。
 目の前には広大な芝生の土手と河川敷が続き、その先には、ゆったりした川の流れが丈の高い雑草の切れ目から見える。荒川だ。
 子供の頃、この河川敷でよく父親と遊んでいた。母親にはそう聞かされているが、玉城には鮮明な記憶はない。ただ、この土手に来るとぼんやりと心に浮かぶ 光景がある。おだやかな川の流れ、広い河川敷、白髪混じりの髭の老人と犬、大きな男、そして高い笑い声――。
 玉城は脳裏に浮かんだ光景を振り払い、大輔に語りかけた。
「荒川は日本で最も人口密度の高い地域を流れる一級河川で、何度も氾濫を繰り返している。この川の堤防が切れると、銀座や東京駅のほうまで水浸しになる恐 れがあるんだ。だから……」
「江戸時代から治水事業が行われている。その一つとして、全長二十二キロメートル、幅五百メートルに及ぶ荒川放水路が造られた。そして、旧荒川は隅田川と 呼ばれている。学校で習ったよ」
 玉城に代わって、大輔が続けた。
 玉城は大輔の頭に手を載せた。身長はクラスで一番後ろ。この調子で伸びれば、六年生になるころには玉城と並ぶことになる。しかし、体育はいつも「がんば ろう」。体格と運動神経は別ものだという見本だ。親の目で見ても動きはのろく、ワンテンポ遅れて行動が始まる。
「お兄ちゃんのあだ名、ドンキーなのよ」
 そう教えてくれたのは由香里だ。まだ六歳になったばかりだが、さすがに良くないあだ名だと感じているらしく、玉城の耳元で囁いた。
「なんていう意味なの?」
「かわいい動物だ。ポニーのような。でも、お兄ちゃんには言うんじゃないぞ。ママにもだ」