佐藤 つや子
雨が降ると
雨が降るとデルフィーノが
アランチアのたわわな
枝をゆすり雫にぬれ
サティロのようもえて
わたしをみつめいすくめる
雨が降るとデルフィーノは
羊が小屋にかけこむ
草原をとびはねてくる
半獣神のようわたしを背に
のせておよぐ雨の海
シレーナの歌のまねきに
ポンペイの悲歌
ああポンペイの都に
あのかたの愛の海に
シレーナのよう歌い
仕合わせだった日日よ
あのかたが竪琴を
かなでると女たちは
アモレの矢に乳房を
つらぬかれ気をうしない
サティロの吹く葦笛に
しろがねの衣ゆらぎ
あのかたは雄牛のよう
燃える目をそそがれた
血のような酒をみたし
わたしの名を呼ばれた
あのかたのそば近く
精霊のよう踊った
ああアモレあのかたが
狂いだす女たちに
蜜たれるぶどうのよう
もぎとられた祭の日
糸杉のよう青く
ふるえる髪ながく
ポンペイの丘にうち伏し
慕い泣くわたしの肩
ベスビオは火の舌のばし
眠りにおちたわたし
その日からポンペイに
あのかたの影もない
ティッレーノの海の涙
わたしをぬらすとき黄金(こがね)の
アランチアの樹にすがり
眠りさめ歌うわたし
オスティアの乙女の歌
朝露を飲み光のみそぎ
星の鏡に髪くしけずり
桂の花の冠かむり
焦がれる胸のなぜしずまらぬ
こよい祭の花の宴に
あのかたの弾く竪琴のひびく
糸杉のした松明ゆれる
わがウェヌスだけはご存じか
弦にあわせてふるえる胸を
あのかたに告げられぬ思いを
あいびき
星を髪にかざってみたい
あのかたと森のほとりの
泉の水で身をきよめ
ふたりだけの誓いをするため
あのかたに藤の花のよう
すがって咲いてみたいこよいも
ひなぎくの野べにねむりたい
すそをからげてせらぎわたる
素足も頬もあつくなる
あのかたの笛がもうきこえる
恋
むらさきや黄金(こがね)の花を
背のしたにしたわたし
まぶしい月を目のまえ
あのかたは蔓草のよう
こころよい腕の帯で
わたしをかたく結んだ
アランチアを摘みながら
ぶどうの手入れするときも
こいしさにふるえる
せせらぎの水鏡に
あのかたの幻が
こがれる胸のなかにも

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