このページは、社主が日ごろ思っていることをだらだらとまとめたものです。
つまらぬ独り言と思ってあまり目くじらを立てずに読み流していただければ幸いです。
最近、ネット社会では、ブログが大人気である。
日記感覚で手軽にネット配信ができることが人気の秘密である。
ところで、アメリカ大統領選挙の時の記者会見では、
テレビ会社や新聞社の記者に混じって、
多数のブログ記者が質問に訪れたそうである。
今や誰もがホームページというメディアを手にしたことで、
かつては一部のマスコミ関係者のみにしか許されなかった
不特定多数への発信がしかも双方向で可能になったのである。
その結果、掲示板で知り合った人達が集団自殺するなどといった
今まででは考えられなかった現実も出てきた一方で、
最近は、地方のストリートミュージシャン(今風流しか…?)出身の歌手が
ネット(ホームページや携帯電話)の口コミを通じて、
膨大な宣伝費を使って売り出している
大手芸能プロダクションや大手レコード会社専属の歌手と
肩を並べるという現象も生まれている。
まさに、1億総マスコミ関係者時代に突入したわけである。
その意味では、鉄道模型の世界も
かつては鉄道模型趣味やとれいん、RMモデルズに代表される
鉄道模型雑誌が鉄道模型趣味をリードしてきたとも言えるが、
今は、個人の鉄道模型愛好家が発信しているホームページが、
情報の双方向性や速報性によって
多くの部分において取って代わろうという勢いであるし、
鉄道模型雑誌社も後追いする形でホームページを開設したり、
メールマガジンを配信しているところも出てきている。
何を隠そう私が、大型鉄道模型と庭園鉄道を始めるに至ったのも、
加塩千里氏の「大名鉄道ガリバー線」や
森博嗣氏の「森博嗣の浮遊工作室」の
ホームページに巡り会えたことがきっかけである。
なんせ、加塩氏と森氏のホームページは、
自らの実体験にもとづいて、
雑誌や専門書ではほとんど触れられていない
大型乗用鉄道模型と庭園鉄道の魅力について、
事細やかにネット上で公開してくれているのである。
そんなわけで、今は、すっかり大型乗用鉄道模型と
庭園鉄道の泥沼にはまってしまったが…(笑)。
それにしても、個人のホームページは、
利潤を追求しなければならない出版社と違って、
時間もお金も無制限(と言っても限りはあるが…)にかけられるし、
極端な話、受け手側の受け(反応)など気にする必要はないわけだから、
これは出版社にとってはひとつ間違えば大変な驚異である。
それこそ、記事の内容の多くが、
各種コンテストの入賞者の紹介記事や
すでにホームページで公開している記事の焼き直し程度で占められてしまったら、
決して安くない鉄道模型雑誌が売れるわけはないと思うからである。
逆に言えば、資料的に価値があり、内容的にも充実しているものならば、
趣味人は、多少高くてもその本を手にするはずである。
「とれいん」が12月で創刊30周年を迎えたが、
「とれいん」が創刊された頃、「とれいん」と「鉄道模型趣味」は、
当時中学生だった私にとって、強烈なインパクトだったように思うし、
また、当時、別冊として発売されていた
「レイアウト全書」、「レイアウトテクニック」、「レイアウトモデリング」、
「ナローゲージモデリング」、「シーナリィガイド」(いずれも機芸出版社)などは今でも私のバイブルである。
様々な情報がネットを通して簡単に手に入り、
鉄道模型趣味のジャンルがますます多様化する中で、
様々な記事を1冊の雑誌にまとめることは実に大変なことであると思う。
でも、そんなペーパーレス時代だからこそ、
鉄道模型雑誌社にはあえて本にして残すだけの価値がある
質の高い記事の充実をますます期待したいところである。
それこそ、鉄道模型自体が、形に残すための趣味なのだから…(笑)。
模型とは単に実物を忠実に縮小したものであり、
玩具は実物の持つエッセンスだけを取り込んだものと捉えるならば、
私の模型の楽しみ方は玩具的志向にあると思う。
私は、もともとプラモデルから模型の世界に入ったので、
鉄道模型が動くという要素を持っていることにとても魅力を感じている。
また、プラレールという玩具から鉄道模型の世界に入ったので、
離れたコントローラーから前進だけでなく、後進もできることや
客貨車の入れ替えや機関車の機廻りが自由自在にできることに感動したものである。
だから、ショウケースに機関車を飾るよりも、
情景付きの線路(レイアウト)の中を
蒸気機関車ならば、本物同様に煙やブラスト音を出して走って欲しいし、
電車ならば、架線集電によって走ってもらいたいし、
踏切を通過すれば、遮断機が下りて警報機が鳴って欲しいし、
鉄橋を通過すれば、「ゴォーッ」といった反響音が聞こえて欲しいし、
駅に着いたら、ドアが自動的に開いてくれたりして欲しいのである。
その意味では、単なる鉄道車輌の姿形よりも、
走りのメカニズムや鉄道の運行システム全体に魅力を感じているのかもしれない。
要するに、静止画的な模型よりも、
ギミックがいろいろとできる動画的な模型が好きなのである。
また、一方で実物の素材やメカニズムそのものを使うのではなく、
あえて別の素材や汚し塗装などの技法を使って
いかにそれらしく(本物らしく)見せるかというのが、
模型の楽しみ方ではないかと思う。
まー、イメージ的にはディズニーランドのアトラクションや
テレビや映画のオープンセットであり、
トリック写真やだまし絵の世界である。
要するに、模型の楽しみというのは、
ゴジラやウルトラマンのような特撮映画や
ガリバー旅行記のようなメルヘンの世界を
まるで魔法使いが魔法をかけたように、
立体的に再現できる手段ではないかと思うのである。
私にとって模型とは、
本物のように見えて本物ではない世界(似て非なるもの)を再現する手段であり、
私自身が思い描く夢を現実のものにする手段なのである。
だから、私にとって鉄道模型とは、
実物の鉄道をただ単に精密に縮小(再現)した模型であってはいけないのである。
もっともそうしたいと思ったとしても、
それを再現できるだけの技能を持ち合わせてはいないが…(泣・笑)
要するに、簡単に言えば、いつまでもおもちゃで遊んでいたいのである(笑)。
ホームページや掲示板の管理者としてのあり方について
いろいろと考えている中で、
ふとアンデルセンの「裸の王様」を思い出した。
ホームページや掲示板は、誰もが不特定多数の者に発信でき、
なおかつ双方向性のあるコミュニケーション手段であるが、
掲示板やメールでいろいろとご感想やご意見を添えて下さる方は
ごくごく限られた方のみで、大半の方々はロムラーです。
そう考えた時、ホームページや掲示板の管理者は、
ともすると「裸の王様」になりはしないか…。
少なくとも、私自身は「裸の王様」なのではないかと…。
私は、この1年半の間、いかに自分が思い上がっていたか、
はじめて大型乗用鉄道模型や庭園鉄道を作ってみて、
さらに、ホームページ作りや掲示板運営をしてみて、
日々一喜一憂していたのではないかと…。
ところで、「裸の王様」は、小学生でも知っている寓話(ぐうわ)で、
「見えない者は愚か者」という洋服屋の言葉にだまされ、
特別仕立ての服を着ていると思い込んだ王様、とうとう裸で出歩いてしまった。
その愚かさを気付かしたのは、子供の純真な目だったという話である。
確かに、この話は、「王様の普段の行いが悪いんだから、自業自得だよ」
と言ってしまえばそれまだだが、
王様だって、「裸の王様だ」という子どもの純真な一言があるまでは、
家来であっても王様の非をたしなめる人はいなかったわけだから、
王様もある意味では被害者であったという見方もできるのではないだろうか?
そう考えた時、いくらひどい王様であろうとも、
みんなで寄ってたかって
嘲笑することが正しいことなのだろうか?と思った次第である。
人間というのは、群集心理というか、
ついついまわりの流れに任せてしまったり、
多数意見に惑わされ、時として過ちを犯してしまうものである。
その意味では、子どもというのは、既成概念にとらわれず、
物事を素直に受け止めることができる。
私も、よく息子に「○○はやったか。」などと言うと、
「おーちゃんだって、○○していないじゃない。」などと言われて、
はっとさせられることがあるが、
子どもの一言に耳を傾けられることこそ
大人が大人であり続ける上で大切なことではないかと改めて思う。
確かに、人民を苦しめてきた王様なのだから、
嘲笑されても自業自得であるという考えもあるが、
わが息子から時々指摘される鋭い一言を聞くたびに、
笑うことも、「裸の王様だ」とも言わずに、
王様にそっと上着をかけてあげるという考えも
大切ではないかと自戒した次第である。
実は、今回の掲示板のあり方を大きく変えたのも、
私にそっと上着をかけてくれた方がいたからである。
私は、その方のご指摘にそって、
試しに、各種検索エンジンをつかって、
いろいろな角度で検索もかけてみたのである。
すると、自分がいかに軽率で無知なまま発言していたか、
そして、いかに他人を傷つけていたかを実感したのである。
さらに、過去ログを丹念にたどってみると、
これを私はずっと無責任に掲載していたんだということに、
大いに反省させられたのである。
にもかかわらず、私は何度もそっと上着をかけてくれた方の
真意を読み取れなかったのである。
その意味では、私は「裸の王様」以下なのである。
ともすると、歳をとればとるほど、
自分の考えや経験を押しつけようとしまいがちになる。
以前、毎日新聞の『余録』に載っていたことだが、
「日本語の新しい方向へ」という本の中で、
「教師も親も生徒も共に育ち、
零歳の子が70、80歳の人間と共に育つという視野がある。」
と哲学者の鶴見俊輔さんが書かれているそうだ。
この視点こそ人間が人間になりつづけるために
忘れてはならないことではあるし、
ともすれば、多くの方々がいろいろな視点で
見て下さっているということを忘れ、
独りよがりで傲慢になってしまう
ホームページや掲示板の管理者として
肝に銘じておくべきことではないかと思う。
そう考えた時、
私は、ホームページや掲示板の管理者として、
一番大切な信頼を失ってしまったのである。
それこそ、一度失ってしまった信頼を取りもどすことは容易ではない。
ただ、今、言えることは、改めて基本に立ち返り、
私に何度もそっと上着をかけてくれた方の真意を改めて肝に銘じて、
自分で実践(体験)したことを中心に
今後ともホームページの運営をする中で、
少しずつ研鑽を積んでいき、
私に何度もそっと上着をかけてくれた方々に対して、
わずかでも失われた信頼を回復できれば…と思うのである。
やり直して許されることではないと思うが、
今までの非礼に対して、改めて深くお詫び申し上げると共に、
今後とも、未熟な私に対して、
率直なご指導・ご鞭撻をいただけたら幸いである。
「悪法も法なり」という言葉があるように、
私は、法治国家である以上、法律を遵守するのが原則だとは思います。
ましてや私は公務員ですからなおさらでしょう。
ただはっきり言えることは、今、めまぐるしく変化する社会に対して、
法律万能主義のように、
すべてを法律で規制し管理すること自体には限界があると思います。
それこそ、法律も法解釈(判例など)も時代と共に変化していきますし、
何でも法律で規制しようとしたり、
何でも法律に頼ろうとしたりする世の中となってしまっては、
あまりに寂しい気がします。
掲示板やチャットうんぬんにしても、どんなに法律で規制しようとも、
かつてのアメリカの禁酒法のように、
どんどん地下に潜るだけで根本的な解決にはならないと思います。
まー、今日のように価値観が多様化してきますと、
ある程度、法律で一定のラインを揃えていかなければならないとは思います。
例えば、シートベルトは、本来、自分自身のためにも、相手のためにも、
着用するが当たり前に思うのですが、
多くの人たちがシートベルトを着用せずに、
結果として事故における死亡事故が増えたから、
シートベルトを着用しないと罰金といった法律が追加されてしまったわけです。
でも、私は、こんな法律を作られなければ、
シートベルトが着用できないというのは
実に情けない話のように思います。
正直言って、私は、なんでも法律で規制することには反対です。
それこそ、普段、みんながやっていることに対して、
これは何という法律の何条に合致しているとか、
何条に違反しているからダメといった判断をして生活しているでしょうか?
これから、どんどん社会は複雑になり、
価値観は多様化していくことでしょう。
そんな社会に対して、
そもそれ法律だけで管理していこうということ自体に限界がある、
あるいは限界がきていることに気付くべきだと思います。
私は、何事も、最初に法ありきではなく、
何らかの行為があり、それによってトラブルが発生した時、
今後同様のトラブルを解消していくために、
法が整備されていったのだと思います。
その意味では、ネットへの規制など
どうしても後追いになってしまうことは否めないと思います。
それこそ、自分の内面の中でも様々な葛藤がある中で、
他人と付き合うことで誰もが認める円満解決はあり得ないと思います。
だから様々なメディアやコミュニケーション手段を駆使しながら、
接点を求めていくべきだと思います。
民主主義は多数決で決まるのではなく、
少数であっても、筋を通した主張に対しては、
それに耳を傾け、受け入れるのが民主主義ではないかと思うのです。
私は、法があろうとなかろうと、
お互いにベストは無理にしても、
ベターな方向で取り組んでいけたら…という姿勢で常に取り組み、
お互いに相手を少しでも思いやろうとする気持ちが大切ではないかと思うのです。
私は、なんでも法律で規制することよりも、
むしろ、できるだけルールの少ない社会こそ理想だと思います。
そのためには、これはダメ、これは良いというように
単純に白黒をつけようとするのではなく、
例えば、ホームページや掲示板で知り合った人たちが、
クラブや運転会で話しを交わし合ったりしたりすることで、
少しでもお互いに心の隙間や
社会の不具合を埋めていければいいのではないかと思うのです。
掲示板に限らず、どんなものにも必ず利点と欠点があり、
これがあれば万能というものは存在しないわけですから、
それらの特質をお互いに理解する努力をし、
お互いにうまく使い分けていく努力が必要なのではないかと思うのです。
私は、どんな社会においても、
お互いが関わる以上、必ず誰かが傷つくことを防ぐことはできないと思います。
だからこそ、逆に、必ずどこかで癒されるような社会でありたいなと思います。
うまく表現できませんが、
私は、今の社会において大切なことは、
何よりも「隙間を埋める努力」をみんなでしていくことではないかと思うのです。
6月8日の毎日新聞に掲載された
小六同級生殺害事件の被害者の父親の手紙は、
同じ子を持つ親として、そして、同じ教育に携わる者として、
かなりの衝撃をもって受け止めました。
また、今回の事件の発端となった動機の中に、
ホームページや掲示板の管理・運営が深く関わっている事実は、
ホームページと掲示板を設置している管理人の一人として
今後の運営をどうしていくべきかという命題を改めて突きつけられた思いです。
はっきり言って、携帯電話もインターネットもない昔は良かったと言って、
昔の生活に戻ることはできませんし、
掲示板などの新しいコミュニケーション手段は、
今後、ますます増えていくことはあっても
減っていくことはないと思います。
では、ホームページと掲示板を設置している管理人として
自己のホームページと掲示板を管理・運営していくべきなのか…。
私が、ホームページと掲示板を開設してから、
多くの同好諸氏とのお近づきになることができたことは大きな財産ですし、
私自身の趣味の楽しみ方の幅が大きく広がったことは計り知れない喜びです。
一方で、自分がいかに無知であり、罪深かったかを思い知らされました。
良かれと思って発言してはいたものの、
私の軽率な発言によって、
多くの方々を傷つけてしまったことも事実だと思います。
試しに各種検索エンジンでいろいろと検索すると、
いかに私の知らないところで自分のことが出てきていたり、
私の過去の数々の浅はかな発言があらわになります。
インターネットは、本来、自由な発言を保証をしているわけですから、
あきらかな誹謗・中傷を書き込めば、それは削除に値するでしょうが、
基本的に趣味を楽しむという観点からホームページを公開している以上は、
掲示板に誰が書き込みをしても、どんな意見を述べてもそれは自由ですし、
私としても、要望としてとか提案としてというのであれば、
どんどん書き込んでいただきたいところです。
しかし、現実は、ホームページや掲示板の性格上、
不特定多数の方々が書き込みをされる上に、
9割以上の方々がロムラーであるという現実があります。
ですから、そこには、どうしても言葉のすれ違いが生まれます。
それこそ、私の発言を含めて善意で書いたつもりの書き込みが、
誰かを一方的に傷つけてしまうという
負の側面があることも決して忘れてはいけません。
このように、ネット社会の世界を知れば知るほど、
安易なことをホームページにはアップできないなと思いますし、
掲示板の発言も慎重にならざるを得ません。
はっきり言って、単純にホームページや掲示板を廃止したり、
会員制にしてしまえば、上記のような問題の大半を防ぐことは可能だと思います。
しかし、これではインターネット本来の自由な発言が制限されることになります。
それこそ、掲示板への書き込みは、
私も含めて日々考え方、感じ方が変化しています。
そんな中で、何ヶ月も前の発言をいつまでも
掲示板の過去ログを残せば、過去ログをたどらなくとも、
各種検索エンジンで過去の発言は一発で引き出されます。
つまり、私の気づかないところで、
多くの人たちを傷つけ続けてしまう結果となってしまいます。
それこそ、ほんの10年前までは、
不特定多数の人に対して発信できるのは、
ほとんどマスコミ関係者のみに限られていました。
ですから、その公益性に対する責任も、
それらマスコミ関係者のみが負担していましたが、
インターネットや携帯電話の普及によって、
今や国民すべてが不特定多数の人に対して自由に発信できるようになり、
国民すべてが、その責任を負わなければならなくなりました。
しかし、そのあり方、ルールはいまだ確立させていませんし、
おそらく将来にわたっても、円満解決はあり得ないと思います。
まー、その意味では、こちらが立てば、こちらが立たずという現実は、
永遠につきまとうことでしょう。
ただ、それらの問題を最小限に食い止めようと努力する営みを、
常に忘れてはならないと思います。
そこで、管理人としては、それらの問題を最小限に食い止めるために、
このたび、全過去ログが保存されている文字掲示板の運用をすべて停止して、
過去ログ部分を定期的に削除可能な画像掲示板に1本化させていただきました。
私のホームページとしては、今後ともあくまでも個人が個人の趣味として、
大型鉄道模型をいかに手軽に、いかに気楽に楽しむかという視点に立って、
私が大型鉄道模型と庭園鉄道の趣味の世界に入り、
この趣味の世界で知ることができた
私なりの楽しみ、感動を伝えられれば…と考えています。
また、私は、この趣味の世界のほんの入り口に立っているに過ぎませんし、
この趣味のすべての世界に精通しているわけではありません。
ましてや法律の専門家ではありませんから、
この世界における様々な問題に対して、法解釈できる立場にはありません。
従いまして、私としては、ライブスチームの自作記事、運客運転などに関しては、
それぞれの形で楽しんでいる姿をリンクなどで紹介する程度にとどめ、
具体的なことにつきましては、
他のホームページや団体の方々に委ねていきたいと思っています。
そして、掲示板「みんなの広場」に関しては、
できることならば、皆々様のご支援のもと、今後も継続させていただき、
この掲示板が、大型乗用鉄道模型と庭園鉄道の趣味を
より楽しむためにはどんな工夫が必要かを語り合う場として、
また、大型鉄道模型の楽しさをどのようにすれば、
より多くの方々が享受することができるのかという視点に立った
建設的な意見交換の窓口として今まで以上に活用していただけたら…と思います。
私が子どもの頃は、
野山でセミを捕るために、蜘蛛の巣で網を作ったり、
小川で魚を捕るための仕掛けを作ったり、
林の中に秘密基地?を作ったり、
あるいはより強いメンコを作るために改造したりと、
遊びの中に自然と物作りが存在したものである。
それこそ、物作りには、それなりの時間もかかるし、
より良い物を作ろうとすれば、いろいろと工夫も必要である。
それこそ、天塩にかけて改造したメンコがとられた時のショックは
子供心に衝撃ものであった。
でも、そんな生活体験の中から、
おのずと自分が作った物を大切にするようになり、
それが、他人の物も同様に大切にする心を育んでいったのでないかと思う。
それに対して、今の子どもたちの世界といえば、
どうしても大人が作ったテレビゲームなどのバーチャルな世界に浸りがちで、
実際に、五感の全てを使って、何か形作っていくという体験がほとんどない。
大人の社会も、今や自分で作るよりも、
既製品を買ってきた方が安上がりなので、
DTYが趣味でもない限り、自宅に大工道具セットなどというものもない。
だから、学校でザリガニ撮りの仕方まで教えなくてはならないわけである。
親も、壊れたら買い換えればいいんだからという感じである。
そして、そんなことが、知らず知らずのうちに子どもに伝わり、
鉄道模型の公開運転会で、子どもが作品に無造作にさわって
壊してしまうなんてことにつながるのではないかと思う。
まー、子どものことだから、
気をつけていても壊してしまうことはあるわけだが、
少なくとも子を持つ親ならば、
この作品がこれを作った人にとってどのくらい大切なものであるか、
これを作った人がどれくらい丹精を込めて作っているかを
教えるべきである。
それこそ、公開運転会の場で、
「お手を触れないで下さい」という表示をしなくても、
見せる側も、見る側も
お互いに安心して鉄道模型を楽しめる環境を構築するためには、
物を大切にする心を育むことが一番大事なのではないかと思う。
もっとも今の社会にとって、
物を大切にする心を育むことこそ、
一番難しいことかもしれないけど…。
時々ちまたで聞く親子の会話の中で、
「あの子とつき合っちゃダメよ」
というお母さんの一言をよく耳にする。
一番大好きなお母さんから
こんなことを言われながら育った子どもたちは、
将来、どんな大人になっていくんだろうと思うと、
同じ子を持つ親としてやりきれない思いになる。
そんな中で、あるお母さんが、
「誰とつき合ってもいいけど、一緒に悪さはするな」
と子供に言っているという話を聞いて、
日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思った。
そんな話を母にしたら、
私が子供の頃、よく親同士の会話の中で、
「市川さんのところは、よく○○君と一緒に遊ばせるね。」
と言われていたそうである。
思えば、私も母から
「○○君とはつき合ってはダメだ」
とは一言も言われた覚えがない。
更に、母は、
「誰とつき合おうと、親が気をつけていれば心配ないのよ」
と笑いながら言っていたが、その通りだなと思った。
私も、子を持つ親になってみて、
母の偉大さを実感すると共に、
子供の成長にとって
親のあり方というのはいかに大切かということを
改めて思った次第である。
「せんろ商會」(旧けいてつ協會事業部)の岡本憲之からご紹介をいただいた
JTBキャンブックス新刊【知られざる鉄道U】を
昨日、本屋でみつけて買ってきた。
パートTもおもしろかったが、
今回のパートUはより興味深げに読みふけってしまった。
まず、「はじめに」の「慣れ親しんだ古い鉄道車両が現役から引退したり、
廃車になったりすると、決まって「面白くない時代になったなー」
と呟くレールファンは少なくないはず…」の一節を読んで、
自分も昔はそうだったなーと自省した次第である。
それから、「おわりに」の「鉄道と一口に申しましても、
その内容は鉄道模型をはじめとして、数多くのジャンルがあります。
したがって、鉄道全般にわたる知識日本一という人物を探すのは不可能であり、
多くの鉄道を愛する人に対して失礼になります。」
という一節を読んで、その通りだと思った。
ともすると、同じ鉄道趣味人の中でも、
鉄道模型はブラス模型でなければ…とか、
ライブスチームはやっぱり石炭焚きではなければ…というような風潮もあるだけに、
もっと大らかに鉄道趣味全体をとらえる視点は大切だなーと思う。
その意味で、この本は、そんな鉄道の奥深さを十分に堪能できる本だなと感じた。
今回の本では、15インチ鉄道の桜谷軽便鉄道や
7.5インチ鉄道のまほろば鉄道などのマイレール派まで紹介されていて、
まさに実物と模型に境はないなということを改めて実感した次第である。
それにしても、鉄道の楽しみ方は千差万別だし、
楽しもうと思えば無限の可能性が広がっているんだなーと感じた。
この本を読んでいると、本物の鉄道と遊戯施設、
実物と模型、模型とおもちゃなどといった違いはほんの微々たるもので、
本物の鉄道であろうと、遊戯施設であろうと、
実物であろうと、模型であろうと、おもちゃであろうと、
大切なことはそれぞれのジャンルに自分なりの楽しさをみつけて、
いかに加工・工夫して楽しむかにかかっているなと実感した次第である。
鉄道趣味は、日本一といったような順位をつけるべき性格の世界ではないし、
鉄道趣味は千差万別であり、
お互いに興味を持ったジャンルや楽しみ方を
大いに追求して楽しむべきものだとこの本を読んで改めて思った次第である。
まさに、「鉄道趣味に日本一はなし」である。
日韓共催のサッカーワールドカップが終わって1年が経ちました。
全国各地に作られたサッカー場の多くが、
ほとんど利用されることなく、膨大な維持費のために大赤字だと
先だってのラジオで聞きました。
このお金の幾らかでも使って、大型乗用鉄道模型の運転場を整備してくれたら、
少なくとも、毎週のように利用したいというライブスチーマーたちは全国各地にいるでしょうし、
多くの子どもたちも喜んで乗りたがるだろうと思うのですが…。
まー、これは、この趣味を愛好する者の独りよがりかもしれません。
それにしても、大型乗用鉄道模型を楽しむ上で大きな課題となるのは、
機関車を思う存分走らせることができる運転場を確保することだと思います。
それこそ、誰もが自宅の庭にゆったりと線路を敷いて
好きな機関車を思う存分走らせられる環境にあるわけではありません。
ましてや、掲示板「みんなの広場」でこ鉄様がレポートしてくれていた小川精機の法隆寺レイアウトのように、
順番待ちの必要がなく、まわりにも気兼ねせずに
大型乗用鉄道模型の運転そのものを楽しめる環境を手にできる人たちはほんの一握りに過ぎません。
第一、小川精機の法隆寺レイアウトで遊ぶためには、
当然、小川精機のライブスチームを所有する必要があるわけですから…。
だからこそ、多くのライブスチーマーたちが、このような環境を整えるために、
長年、知恵を出し合い、各地で行政、幼稚園、保育園、子ども会、商工会議所などの団体と連携を図りながら努力してきたと思います。
そして、そのたゆまない努力の結果、その地域や運営団体の実態に応じて、
それぞれ独自のルールに従って、運転場を作ったり、ミニ鉄道の運営がボランティアで行われるようになったのだと思います。
そして、その努力の積み重ねによって万全とは言えないまでも、
今日、全国各地に多くのクラブ主催による運転会やミニ鉄道の運営が行われるようになり、
各地域の人たちからもそれなりの理解と協力が得られる体制が整っていったのだと思います。
それこそ、どの運営団体も、安全を無視した形で運営しているようでは、
関係団体や地域の人たちの理解も協力も得られないわけで、
そこには、長年培われてきたノウハウがあるはずなのです。
従って、このような経緯の中で行われてきた運転会やミニ鉄道の運営ですから、
法律や行政で規制しない限りは、あくまでも自主規制の範囲で行うわけですから、
その運営団体や地域の実態に合わせて、
ある程度幅を持たせる形での安全対策がとられることは致し方ないことだと思います。
しかし、ごく限られた地域でごく限られた人たちだけが楽しんでいた範囲ならば、
それほど大きな問題にもならなかったと思うのですが、
規模が拡大され、遊びが遊びではなくなって来る場合には、
法治国家である以上、なんらかの規制がなされてしまうことは覚悟しておかなければいけないと思います。
それこそ、極論を言えば、モデルニクスのホームページに書かれているように、
運客運転である以上、いかなる団体も、遊戯施設または鉄道に準じた安全基準を
機関車の規格も運営方法も満たしていなければできないというのが、
法治国家の杓子定規な解釈ではないかと思います。
でも、そうなれば、現在のほとんどの運営団体の活動は、
違法行為となり、それこそ、きちんと規則を守ると結局、ライブスチームそのものをやれない結果になりかねません。
だから、この趣味を楽しまれている多くの方々は、免許制や許可制にしたり、行政で規制したり、法整備されることを望んでいるのではなく、
同じ趣味人同士が知恵を出し合って、紳士協定のようなものがつくられることが一番いいと思っておられるのではないかと思います。
ただ、前述のような経緯も考えると、趣味の範囲と遊戯施設または鉄道の範囲の線をどこに引くかは、
なかなか同じユーザー同士の間で折り合いをつけることは難しいことだと思います。
その意味では、各地のクラブや運営団体が、各地のイベントやインターネットなどの情報伝達手段を通して、
お互いが長年蓄積してきた安全や運転に関するノウハウなどの情報を公開し合い、
相互にフランクな意見交換を繰り返していくことが重要であると思います。
また、地域や一般の方々に理解を求めていくことも、
この趣味をより多くの方々が理解し、
多くの方々がこの趣味にやっていく上で大切なことではないかと思います。
そして、このような努力の積み上げによって、
大型乗用鉄道模型を愛好する人たちも、子どもや一般の方々も、
大らかに遊べるような遊び場が日本に整備されることを願わずにはいられません。
そして、最後に忘れてはいけないことは、
大型乗用鉄道模型は、人が乗って運転するという性格上、
Nゲージや16番ゲージなどの鉄道模型を走らせて遊ぶのとでは、
ちょっと意味合いが違うということは頭に入れておくべきだと思います。
つまり、事故が発生し、それが訴訟問題に発展した場合は、
成人であろうが、未成年であろうが、
営利であろうが、非営利であろうが、
民間団体であろうが、公共団体であろうが、
その責任者やその運営団体の責任が少なからず問われることだけは間違いないし、
個人的な責任も当然問われることも、
この趣味を志す者として肝に銘じた上で、
この趣味の醍醐味を大いに楽しむべきだと思うのです。
私のホームページ「八木軽便鉄道」は、
結婚して鉄道模型の世界に再入門した出戻りモデラーで、
さしたる工作力もなければ、ろくな資金力もない初心者が、
初めてGゲージ、そして5インチゲージを手にした時に感じた喜び、楽しさ、難しさ、悩みなどを率直に綴る形で、
大型鉄道模型や庭園鉄道の魅力について語り合いたいという思いで作ったつもりです。
アンケートをとったわけではないので断言はできませんが、
それこそ、小中学生から退職後の方々まで実に幅広い年齢層の方々が見て下さっているでしょうし、
まったくこの趣味に関わりのない一般の方々や初心者から長年この趣味に携わっている先輩諸氏まで
実に幅広い方々に見ていただけているのではないかと思っております。
特に、このような性格のホームページですから、ホームページを見て下さっている方の中心は、
私と同じような初心者やこれから始めてみたいという方が多いのではないかと推察します。
ただこれらの方々に共通していることは、何らかの形でこの趣味に興味・関心を持っていただけていることと
何らかの形で悩みを抱えているのではないかと思います。
これは、初心者であるならばなおさらですが、
クラブやミニ鉄道の運営に携わっている方々にも、それなりの悩みがあるのではないかと思っております。
私がこの趣味を始めてみて一番問題だと思うことは、
大型鉄道模型や庭園鉄道の様々な実践などの情報が、十分に提供されているとは言えない状況にあることです。
それこそ、毎月発売される鉄道模型専門雑誌3誌は、
どれも金太郎飴のように毎回Nゲージや16番ゲージを中心として鉄道模型の紹介に終始し、
大型鉄道模型や庭園鉄道の記事は、せいぜいクラブやどこぞの運転会の紹介が載る程度です。
特に、5インチゲージを中心とする乗用を主目的とする大型鉄道模型を本格的に楽しもうとした場合、
安全に関する知識やノウハウなど様々な情報が必要となりますが、
このような疑問に応えてくれるような情報が簡単に手に入る状況ではないのは歴然とした事実です。
この絶対的な情報量の少なさが、この趣味への新規参入のハードルを高くしている最大の要因だし、
同じ鉄道模型趣味の中ですら、このような状況なのですから、
広く一般の方々が、この趣味を理解するのは大変難しい問題であると感じます。
そして、このような状況が、同じ趣味人同士の中でも経験の差などからくる意識や考え方の違いになってあらわれてくるし、
この趣味にほとんど関わりのない一般の方々の誤解を生むことになるのだと思います。
それこそ、野球やサッカーなどのスポーツならば、
「お近くのクラブチームに入って勉強すればいいではないですか?」と言えるかもしれません。
でも、この趣味の世界では、実際には、大型鉄道模型を専門的に楽しむクラブが全国各地には存在していながら、
残念ながら、初心者にとっては、前述のような理由から、それらのクラブの存在を知る手がかりすらろくに持ち合わせておらず、
そんなクラブを探すことすら困難なのが現実です。
私自身もそうでしたが、このように、始めてはみたいけれど、どこでその情報を入手したらいいかもわからないし、
どこで勉強したらいいかもわからないという方々は、かなりの数にのぼるのではないかと思うのです。
それこそ、この趣味をより多くの人が理解し、より多くの人たちに楽しんでもらうためには、
この趣味を楽しむための様々な情報やノウハウを
様々な年齢層や階層の人たちと共有し合うことが何よりも大切ではないかと思うのです。
その意味では、インターネットの即時性と双方向性は、もっとも有用な手立てであると思いますし、
手前みそですが、私のようなホームページの存在意義もそれなりにあるのではないかと思います。
お陰様で、私のホームページも、昨年の9月2日に開設以来、すでに3万5千件以上のアクセスをいただくことができ、
併設した掲示板「みんなの広場」にも、多くの入門者に混じって、
長年この趣味に携わっている多くの先輩諸氏からも書き込みをいただけるようになりました。
それこそ、大型鉄道模型や庭園鉄道を、大らかに楽しむためには、単なる技術的なことに加えて、
安全管理の問題など様々なノウハウが必要となってきますが、
多くの方々はそれらの情報を手にする手立てすらわからずに途方に暮れているのが現状だと思います。
そこで、管理人としての怠慢を棚上げにしておきながら、このようなお願いをするは心苦しいのですが、
私自身を含めて、これから大型鉄道模型を始めようという方や始めてみたいという方、
更には、日頃、ミニ鉄道などを楽しんでいるお子さんやその保護者の方々にもわかりやすいように、
このホームページをご覧になって下さっている多くの先輩諸氏の方々から様々な情報提供やアドバイスを、
私のホームページの掲示板「みんなの広場」への書き込みや私宛のメールでいただけませんでしょうか。
管理人の私としまして、初心者の方々やこれから始めてみたいという方々が、
この趣味の魅力にとりつかれ、大いに楽しんでもらうためには、
最終的には、どこぞのクラブに入会したりして研鑽を積んでいくのが一番だと思っていますが、
そのはじめの一歩を踏み出すためには、そこに至るまでの架け橋が必要だと思うのです。
また、長年この趣味に携わっている多くの先輩諸氏やクラブやミニ鉄道の運営に関わっている方々にとっても、
機関車の製作のノウハウ、運転場の安全管理、後継者不足などで行き詰まっているようなことは多々あると思うのです。
それこそ、蒸気機関車の現役時代を知らない世代が大半を占め、
旅客・貨物輸送の中心も鉄道から自動車や航空機に移っている今日において、
今後、この趣味がより多くの方々に理解され、より多くの方々に愛好されるようになるためにも、
初心者と上級者、上級者同士、趣味人と一般の方々をつなぐ架け橋が今一番求められているのではないでしょうか?
偉そうな言い方ですが、このように、私のホームページが、
そんな情報やノウハウを共有し合えるひとつの架け橋になってくれたら…なんて思うのです。
とは言っても、なんせ管理人の私は、まだこの趣味に入って1年足らずのかけ出しですので、
皆々様をたった一人の力でリードできるなんてことはとてもできるものではありません。
その意味では、私と同じような初心者やこれから始めてみたいという方の率直な心の叫びが必要ですし、
多くの先輩諸氏やクラブ・ミニ鉄道の運営に携わっている方々の情報やノウハウ、
そして率直な悩みが出されることが必要だと思うのです。
今回は、改めてホームページや掲示板の管理をすることの
責任の重大さと管理運営することの難しさを実感した次第です。
こんな未熟な管理人の私ですが、微力ながら、大型鉄道模型と庭園鉄道を愛する者の一人として、
より多くの方々が大らかにこの趣味を楽しめるようになるための
お手伝いをしていくために最大限努力をさせていただきたいと思いますので、
今後とも、ホームページ「八木軽便鉄道」への御指導・御鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。
5日の朝日新聞社会面、毎日新聞・讀賣新聞両誌の千葉版に、
「佐倉草ぶえの丘」でのミニ鉄道の脱線事故の記事が載っていた。
ゴールデンウィーク中の事故ということもあって、
千葉版ではかなり大きく取り上げられていた。
記事を読むと、幸い軽傷ですんだようで、少しほっとしたが、
楽しい思い出となるはずだったミニ鉄道の乗車が、
一瞬にして暗ーい思い出になったことだけは間違いないだろう。
私は、この記事を読んで、
乗用して楽しむ大型鉄道模型は、
単にディティールが本物そっくりというだけでなく、
危険性も本物の鉄道と同じであり、
運転に際しては実物の鉄道と同じく「安全第一」であるということを
肝に銘じておかなければいけないことを改めて実感した次第である。
世間一般の方はもちろん、鉄道模型を多少なりともかじっている方の中にも、
「ミニ鉄道」だから大したことはないだろうという誤解が少なからずあるのは事実である。
(私自身も先だっての高松鉄道のお花見運転会では、
クローズな運転会とは言いながらも、実に軽率であったと猛省している。)
しかし、本物と同じしくみで走るということは、
どんなに小さい機関車であろうと、危険性も本物の鉄道と変わらないのである。
なんせ5インチゲージの大型機ともなれば、かなりの牽引力であるし、
スケールスピード以上の高速で走行が可能である。
当然のことながら、衝突事故や脱線横転ともなれば大怪我につながるのである。
ミニSLやミニ鉄道の運転会は、
業務用であろうと、ボランティアであろうと、
人を乗せるということは、運転者が安全管理のすべての責任を持つということである。
それこそ、自分だけで楽しむ時は、それを無視しても、自分が怪我をしたり、
自分の機関車が壊れるだけなので構いませんが、
ミニSLやミニ鉄道の運転会で、子どもたちを乗せるとなれば、
基本的な乗車方法、カーブ進入時や下り勾配での減速など
安全運転には十分に気を配るべきである。
また、運営団体イベント保険に加入することはもちろん、
個人的にも何らかに形で第三者を乗せたりする場合は、
施設賠償責任保険などの保険に加入することは、
今の時代の常識ではないかと思う。
(もっとも加入したからといって、責任が回避できるわけではないが…。)
私も、3日に日本平ホテルの運転会で、ボランティア運転をしてきたが、
とにかく、身内を乗せるのと違って緊張の連続であったことは確かである。
それこそ、電動機関車で、
しかも、わずか1両の客車に3人足らずの定員でこれだけの緊張感なのだから、
大型のライブスチームで、
客車を数十両も牽引して何十人もの人を乗せるのは相当に神経を使うだろうが、
実物の鉄道の運転士がいかに大変な仕事であるかが実感できるというものである。
私も、法律的なことはよく知らないが、
5日の日に載ったミニ鉄道の脱線事故の記事を読んで、
とにかく、大型鉄道模型を楽しむ者は、
ひとたび事故を起こせば、
それは、営利・非営利に関係なく、
一個人の責任問題だけでなく、
大型鉄道模型を趣味として楽しむ人たち全体の問題になるということを肝に銘じながら、
実物の鉄道と同じように、「安全第一」で楽しむべきだということをしみじみと感じた次第である。
5日のミニ鉄道脱線事故の記事は、
同じ大型鉄道模型を楽しむ一人として、
決して他人事にしてはいけないことであった。
新学説が発表されました。
掲示板「みんなの広場」で新型肺炎・SARSならぬ
Gゲージ菌や5インチゲージ菌が話題にあがっていますが、
実は、本当に恐いのはNゲージ菌です。
(Nゲージャーのみなさんごめんなさい。)
みなさん方は、
「Nゲージは場所をとらないのでいい。」
という鉄道模型メーカーの宣伝文句に惑わされてはいませんか?
鉄道模型は、小さければ小さいほど場所をとらないなんて嘘です。
鉄道模型は、小さければ小さいほど1両だけでは我慢できなくなるのです。
そして、鉄道模型は、小さければ小さいほど大型の車輌や長編成の列車が欲しくなるのです。
更に、鉄道模型は、小さければ小さいほど、レイアウトも、複線だ、ターンテーブルだ、留置線だと
規模の大きな鉄道を目指し、より巨大な都市を建設したくなるのです。
そして、財布のひもはどんどんゆるみ、
散財とスペースの確保、そして埃対策のドツボにはまっていくのです。
どうですか?
こんな経験、誰もが一度はしていると思うのですが…。
だから、私は、世の中の流れに逆らって、普通は、Nゲージへと移行していくのに、
Gゲージ、そして5インチゲージとどんどん広軌化していったわけです。
鉄道模型は、大きければ大きいほど1両の存在感のお陰で、車両数が少なくても満足できるのです。
また、場所をとるからこそ、必然的に増やすことができないという特典までついてくるのです。
そして、5インチゲージともなると、重量も気になるので、
体力と根性のない私などは、必然的に小型の車輌や小編成の列車になっていくのです。
更に、レイアウトも、スペースの確保から、単純な配置やローカルな都市建設ということになります。
それこそ、庭園鉄道ともなれば、庭木たちがシーナリィの役目を果たしてくれるので、
Nゲージのように何百本のも木を作って、植林していく必要もありません。
しかも、いちいち作り替えなくても、四季折々の花が咲き乱れ、
四季に応じて情景を自動的にかえてくれるという特典までついてくるのです。
おまけに、埃対策なんかも考えなくていいし、
5インチゲージともなれば、集電のためのメンテナンスも不要というわけです。
そんなわけで、物欲に悩んでいる方々は、ぜひ広軌化をすることをオススメします。
もっとも、Gゲージでも、5インチゲージでも、
人間の煩悩のひとつである物欲を捨て去ることはなかなか難しいというのが現実ですし、
特に、5インチゲージの場合、大抵の人が電動では我慢できなくなって、
ライブスチーム菌に冒されてしまうようですが…。
特に、新幹線よりも蒸気機関車がいいと思っている方は要注意です。
週末のたびに煙を求めて各地の運転会に通うようになったら、すでに感染を疑うしかありません。
ちなみに、金欠病を併発していると、ある程度、病気の進行を抑える効果があるとはされていますが、
現在のところ、ライブスチーム菌に対する効果的な治療法は確立されていませんので、
運転会など煙が蔓延しているところには立ち寄らないなどの予防措置が重要です。
家内の知人で、同じ幼稚園の年中組にいるお母さんから、
「うちの子もお世話になったけど、正喜君の担任の○○先生は当たりよ」
と言われたそうである。
まー、私に言わせれば、当たりかどうかは、
本人や親の思い次第だとは思う。
○○先生には、入学式の日に初めてお会いしたが、
お見受けするところ、失礼ながらご年輩の方なので、
きっといろいろな特色を持ったお子さんを大切に育てて下さっている
経験豊かな先生なのだろうと思った。
家内は、「先生が当たりということは、やっぱり正喜は俗に言う問題児…!?」
と笑っていた。
言動や行動が乱暴であったり、難しかったりする子を、
世間一般は、俗に「問題児」とか「不良」と呼んでとかく排除しようとするが、
私は、このような言い方や接し方が好きではない。
私は、言動や行動が乱暴であったり、難しかったりするのも、
それは、その子のひとつの特色や特徴であると思うからである。
「気が短い」ととらえれば、短所であるが、
「決断が早い」と言えば長所である。
要するに、その子への見方次第であるし、
百人いれば百様の接し方があるととらえ、
その子の言動や行動に配慮して接すればいいのではないかと思う。
だから、私は、そのような子たちを、
ただ「問題児」とか「不良」という言い方で
くくってしまうのはいかがなものかと思う。
正喜にとって、○○先生との初めての出会いは、
入園前の面接の時である。
その時、正喜は、○○先生に「嫌いな食べ物は…?」と聞かれた時に、
「ハナクソー」と答えたそうである。
また、一日入園の時には、正喜の担任となったもう一人の□□先生が、
ずっと泣き続ける正喜を抱きかかえてなだめてくれていたそうである。
その意味では、わが息子・正喜は、
少なくとも「取り扱い注意」(取り扱いに配慮が必要)
であることに間違いはないかもしれない。
勝手な解釈かもしれないが、
正喜は、配慮を要するということで、
○○先生と□□先生の学級になったのかもしれない。
しかし、私は、正喜と○○先生と□□先生とは、
不思議な縁で結ばれていたととらえたい。
いずれにせよ、当たりかはずれかではなく、
当たりにするかはずれにするかだと思う。
私も正喜の父親として、
○○先生と□□先生との出会い(縁)を大切に、
当たりの学級にしていくために、
家内と共に、ささやかながら○○先生や□□先生に協力していけたら…と思う。
○○先生、□□先生、1年間よろしくお願い申し上げます。
ブッシュアメリカ大統領がアメリカ東部時間の
19日午後10時15分(日本時間20日午後零時15分)過ぎから、
ホワイトハウスで演説し、アメリカ軍によるイラク攻撃が、
現地時間の20日午前5時半(日本時間午前11時半)すぎに開始されたと発表された。
「平和の構築は戦争をするより難しい。忍耐強くなければならない」。
かつて米国の国連大使としてキューバ危機に対処したA・スチブンソン氏の言葉である。
「ナチが共産党を攻撃したとき自分は少し不安だったが、
とにかく自分は共産主義ではなかった。
だから、何も行動に出なかった。
次に社会主義者を攻撃した。
自分はさらに不安を増したが、
社会主義ではなかったから何も行動に出なかった。
それからナチは学校、新聞、ユダヤ人等々と攻撃の輪を広げていった。
自分はそのたびにいつも不安を増したが、
それでも行動に出ることはなかった。
それからナチは教会を攻撃した。
自分は牧師だった。
だから行動に出たが、そのときは既に遅過ぎた。」
第二次世界大戦中のヒトラーの行動について述べた牧師ニーメラーの言葉である。
この2人の言葉は、とても重みのある言葉だと思う。
今、私たちは、改めてこの言葉をかみしめていくべき時ではないのか…。
「ゲージの鉄道学」(鉄道史研究会 岡雅行・山田俊明編、古今書院刊、3200円<税別>)なる本を買った。
この本のはしがきの書き出しに「鉄道愛好者にとってゲージとは空気のような存在かもしれない。」と書かれているが、
空気のような存在だからこそ、私は線路を見ると、なんか心地よさを感じるのかなーと思う。
私は、機関車とかも好きであるが、
列車が通り過ぎたあとに線路に列車の「ガタン、ゴトン」という音の余韻を聞くのも好きである。
やっぱり線路あっての機関車だし、
鉄道の魅力は何と言っても線路の上を機関車が走るからの一言に尽きるかな…。
線路さえあればどこでも行ける。
でも、線路がないとどこにも行けない。
私は、この制限こそが、どこにでも行ける車と違う鉄道の魅力だと思う。
思えば、犬と猫なら、犬が好きというのも、犬はクサリでつながれているからか…。
人生も、車のようにいつでも好きなことばかりできたらむしろつまらないと思う。
やっぱり、なかなか思うようにいかないからこそ人生は楽しいのである。
そう考えると、鉄道は、まるで私の人生のようだ…。
特に、結婚し、更に子どもが生まれてからは、
自分の時間というのは、本当に限られている。
お金だって、独身時代は湯水のごとく使っていたものだが、
今はそんなことはとんでもない話である。
私が個人的に貯めてきた貯金ですら、
家内にいろいろと口を挟まれる始末である。
機関車である私はひたすら突っ走りたいのだが、
家内は線路をなかなかひいてはくれない。
確かに、これはジレンマを感じるが、
だからこそ、たまに好きなことがやれると、
今までいつでもできると思っていた独身時代以上にやっていて楽しいのである。
まー、そう考えれば、ライブスチームもすぐに買えないのがいいのかもしれない…。
やりたいようになかなかできないのが人生なのだ。
だから私は、車よりも鉄道が好きなんだろう…。
大きくても、小さくても、線路っていいな。
最近、本業の忙しさにかまけて本家の八木軽便鉄道のホームページ本体の更新を怠っていたら、
掲示板「みんなの広場」の方がアクセス件数が多いという逆転現象になってしまいました。
(ホームページは同じパソコンで1日何回見ても1カウント、掲示板は見た回数分というようにアクセスカウントの仕方に違いはありますが…。)
でも、鉄道はみんなが利用してくれることが使命ですから、
それを模型化して楽しむ鉄道模型に関する掲示板「みんなの広場」が盛況なのは、
管理人としてもとてもありがたいことです。
いつも多くの書き込みやアクセス、本当にありがとうございます。
ところで、「みんなの広場」の常連のゆかろん様より次のようなご質問を戴きました。
「GUI(グラフィックユーザーインターフェース)を初めてパソコンに導入したのはマックなのに、
なぜかウインドウズの方が主流になってしまったのは何故でしょう…。」
当社のホームページは、大型鉄道模型と庭園鉄道を扱うことが中心なのですが、
私も嫌いなジャンルではありませんし、
掲示板でお応えすると、思いっきり長くなりそうなので、「どてかぼちゃのよもやま話」で回答させていただこうと思います。
そんなわけで、今日は、鉄道模型ネタからちょっと離れます。
まー、鉄道模型趣味の方々には申し訳ございませんが、
「どてかぼちゃのよもやま話」は社主の独り言のページということでお許し下さい。
まずは、よく規格問題で引き合いに出されるのが、
家庭用2分の1インチカセット式ビデオのベータ方式(ソニー)とVHS方式(ビクター)についてお話したいと思います。
このビデオ規格も、先に発売されたのはソニーのベータ方式でしたが、
結果的に事実上の家庭用2分の1インチカセット式ビデオの統一規格となったのはビクターのVHS方式でした。
よくビクターのVHS方式は、ソニーのベータ方式を真似したという批判を受けるように、この2つの方式はよく似ています。
これは、4分の3インチカセットビデオ・U規格(当初は家庭用を視野に入れていたが、
あまりの大きさと価格で普及にはいたらず、長らく業務用として使用された)を作る時に、
ソニー・ビクター・松下の3社が共同開発という形で技術をオープンにしたからです。
こんな話をしだすと、これだけで1冊の本が出来てしまいますのではしょって書きますが、
2つの規格の決定的な違いは、技術的な優劣よりも開発メーカーのファミリーづくりの違いだと思います。
当時、家庭用ビデオを開発できる力のある企業は、
前述の3社以外はほとんど手がまわらないというのが現実でした。
ソニーは、ベータ方式を発表した時、他社に作り方は教えてあげるけど、
開発・製造・販売は各社でやって下さいというような売り込みをしました。
それに対して、ビクターは、VHS方式を世界規格にすべく、
作り方だけでなく、作る事ができなければ、
OEM(ブランドだけかえて、中身はビクター製)も請け負うと他社に売り込みをしたのです。
当時、日立あたりはビデオを売りたかったけど、作り方を聞いただけで、
すぐに販売できるような体制にはなかったようで、ビクターの話にのったということです。
また、ビクターの親会社である家電最大手の松下の幸之助氏がVHSに決断したことも大きいと思います。
更に、ビクターは、ファミリー拡大のために、
他社系列のお店では他社製ビデオ(OEM製品)を売り込むような販促活動の請負までやったそうです。
また、海外市場についても、ビクターが主にヨーロッパ市場、そして、松下がアメリカ市場という棲み分けをしました。
この初期のファミリーづくりでビクターは国内的にも世界的にも成功をおさめ、
世界の有名家電メーカーの取り込みに成功したわけです。
他にも、規格のコンセプトの違いなどをあげればキリがないのですが、
あとは、ビデオソフト会社との連携にも力を入れたことではないかと思います。
ビデオもはじめはテレビ録画が中心でしたが、レンタルビデオの普及によって、今は市販ソフトを見る時代になりました。
レンタルビデオ店としても、2方式のビデオを置くよりは、
片方の方式のみにすれば、2倍の品揃えにすることができるわけですから、ここは重要なポイントだったと思います。
特に、レンタルビデオ店で一角が仕切られている部分のビデオの普及でもVHSがリードしたことも大きいかもしれません。
他にも、ビデオに対するコンセプトの違いなどがあげられますが、
このような技術の優劣ではない部分が規格の普及にはとても重要なのです。
さて、前置きが長くなりましたが、ここで本題のマックよりもウンイドウズの方が主流になったかです。
私なりの私見としては、まずは世界の巨人・IBMがパソコンの規格普及のために、
IBM互換機の製造を容認したことではないかと思います。
これに対して、アップル社は、規格をオープンにはせず、互換機が作られると、特許問題で争うほどでした。
それから、当時、マイクロソフト社は、このIBMの半ば下請けとして、
MS−DOS(ウインドウズの前身のソフト)という基本ソフト(OS)をIBMのパソコンに入れていったわけです。
当然、その互換機もMS−DOSを採用していくわけです。
このように、当時は、ハードはIBMまたはその互換機、ソフトはマイクロソフトという棲み分けがなされていたわけです。
世界的にはこのような状況の中で、
日本では、日本電気(NEC)の98が、IBM互換機の亜流として国内市場を席巻していました。
(こちらもMS−DOS機だが、当時、IBM互換機とは互換性がなかった)
このあたりのいきさつも話し出すと、これまた1冊の本が書けてしまうので、この辺で辞めときます。
そして、ビデオがハード中心からソフト中心の市場に転換していったように、
パソコン市場も、今まではパソコンハードの規格の違いによって、
それぞれ別々の基本ソフトが必要だったのに、マイクロソフトのウインドウズの発表で、
その垣根がとれて、日本電気の98もIBM互換機も同じ土俵でソフトが開発できるようになったわけです(マック以外は)。
基本ソフトの上で動く応用ソフト(アプリケーションソフト)を開発するメーカーとしては、
この垣根がなくなるということは、ビデオで言えば、今まではベータ用とVHS用の2方式のソフトを作らなければいけなかったのに、
ウインドウズで動くソフトだけ開発すればよくなったわけですから、
ただでさえ、当時パイの小さかったパソコン市場にとってはまさに渡りに船であったと思うのです。
ハードメーカーにしても、今まで国内市場は日本電気のほぼ独占市場
(日本電気はハードだけでなく、ソフト開発にとても積極的だったことが一因とされています)だったのが、
ウインドウズの発表で、98でしか動かなかったソフトが一気にIBM互換機用に移植されたので、
各メーカーが次々とIBM互換機市場に流れたので、日本でも、IBM互換機が主流となったわけです。
そんなわけで、今ではハードを開発したIBMは、軒下を貸して、母屋をとられちゃった状態で、
マイクロソフトの一人勝ちのようになってしまったわけです。
よくパソコンは「ソフトがなければただの箱」と言われるゆえんです。
もっとも、マイクロソフトだって、ネット社会の普及によって、
パソコン市場だけが基本ソフトの市場ではなくなりつつあるたけに、いつまでも一人勝ちが続くとは思えませんが…。
長々と書きましたが、ゆかろんさんの答えになりましたでしょうか?
鉄道模型趣味の方々にはすみませんでした。
ここまでつき合ってくださった鉄道模型趣味の方々に最後にちょっとだけ鉄道模型ネタをひとつ。
鉄道模型にもゲージや縮尺の規格問題があって、
今や悪い言い方をすると、乱立と言える部分があります。
(このことについても書き出すと、1冊の本が書けてしまうので、詳しく知りたい方は、他のサイトをご覧下さい。)
鉄道模型は、「作る」「集める」以外に、「走らせる」という要素があります。
ですから、鉄道模型も、ビデオやパソコン同様、ハード(機関車)よりもソフト(線路)の普及が大切です。
ちなみに、5インチゲージは、国内市場でもっともシェアの高い小川精機が、
アメリカで主流となっている規格に合わせて作っているので、
多くの運転場の線路が小川精機の製品が走られる規格になっています。
(同じ5インチゲージでも各メーカーのコンセプトの違いから、
車輪に関する規格が微妙に違うので、規格が違うとポイントで機関車が乗り上げてしまったりする。
もっともちょっとした改造で走行可能になるので、
購入時に確認された方がいいです。
ちなみに、私の機関車はモデルニクス製ですが、
小川精機の線路規格で走られるように改造してもらっています。)。
つまり、鉄道模型も線路がなければただの箱というわけです。
時速270キロ走行中の新幹線の居眠り運転の27日のニュースを見て、
大事故にならなくて本当に良かったと思いました。
趣味的には、蒸気機関車や在来線を結果的に駆逐した新幹線はあまり好きではありませんが、
昭和39年(1964年)の東海道新幹線開業以来、死亡事故0の記録は世界に誇れる記録だと思います。
これも、旧国鉄、そして現在のJRの技術陣のたゆまない努力の結晶だと思います。
でも、いくら進んだ技術が開発されても、最終的に動かすのは人間ですし、最後の頼みの綱は運転士や車掌です。
先だっての韓国の地下鉄の痛ましい事故は記憶に新しいですが、
あのような事態の時にどう対処するかを最終的に判断するのは機械ではなく、人間です。
この判断いかんによって尊い人命が救われるわけですから…。
その意味で、運転士や車掌の責任というのは重大だし、
事情はなんであれ、人の命を預かっている仕事である以上、居眠り運転は絶対許されざることでしょう。
でも、ふと思ったのですが、今回は居眠りだったからこのように批判されていますが、
もし、運転士の突然死(過労死)であったなら…と思うと、
たった1人の運転士に運転を任せていていいのだろうか…と思った次第です。
今回も車掌が声をかけていなかったら、事態はもっと悪化していたかもしれません。
貨物列車にはすでに車掌車がなくなって久しいですし、
蒸気機関車全廃以後、機関車や電車の運転は、機関士や運転士の1人でやることになってしまいました。
経費節減の折、時代に逆行するようなことを言いますが、
ここは二重三重の安全策として、ジェット旅客機やかつての蒸気機関車のように、
運転士と助士が運転を受け持つべきではないのか、
貨物列車にも車掌車を復活させるべきではないかと思うのですがいかかでしょうか…?
とにかく、新幹線の運転システムのATSやATCの装置のおかげで、
大事故にいたらず、誰一人としてケガすることがなかったことが本当に良かったです。
やっぱり時代は進んでも、安全性を考えたら、やっぱり鉄道が一番かな…。
鉄道は、自家用車と違って自分で運転しなくていいし、
バスのように恒常的に遅れることや満員で通過ということはありません。
また、飛行機と違って、ベルがなってから乗れるし、
飛行機は墜落したらまず助かりません(助かったとしても子どもか女性だけですからね…。)。
だいたい200キロ以上もスピードの出る新幹線にシートベルトがないのがすごいなと思います。
できることならば、家の前から職場まで直通の寝台列車でも通っていたら…と常々思います。
(そうしたら睡眠時間が大幅にアップできるのに…)。
こんなことを言いながら、毎日、自家用車で通勤している私でした。
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レイアウトモデリングに紹介されている摂津鉄道の製作者の坂本衛氏が、 |
![]() 坂本衛の鉄道模型 マル秘工作手帳 完全自作派のための車輌・ レイアウト製作のポイント 坂本衛著 発行:山海堂 (山海堂承認済) |
| 21日に前後にドドッと発売される鉄道模型月刊誌。 給料日に合わせての発売日なのだが、 1カ月で少しずつ楽しみたい私としては、いっぺんに3冊ではなくて、 2週間おきぐらいで1冊ずつ出てくれたら…と思うのです。 まー、そんな愚痴はさておいて、今月の鉄道模型月刊誌3誌を、 大型鉄道模型と庭園鉄道に関する記事の有無に絞ってお買い得度を比較してみたいと思います。 まず、もっとも老舗の「鉄道模型趣味」(機芸出版社)はいかに…。 全147ページの中で、広告を除くと「鉄道模型運転会だより」に 「第19回クラブ・ジョーダンミーティング開催される」と題した中田周二氏の記事の中に、 Gゲージの機関車の紹介がわずかにあるのみ。 ページは白黒でわずかに1ページ足らず。 従って、1ページあたりの単価は、定価950円(税込)と同じ950円ということになります。 続いて、「とれいん」(エリエイ 出版部/プレス・アイゼンバーン)はどうか…? 全162ページの中で、「新車登場」にアスターホビーの1番ゲージの ユーティリティーカーの紹介がカラーで3分の1ページ。 「サロン・ド・ヴァプール−ライブ・スティーマーの談話室−」に 「2002年秋 ひめはるの里東西合同運転会」と 「恒例 ニューイヤー ミーティング」の2記事で、見開き2ページの半分カラー。 「年越し運転レポート2002→2003年」に 宮城県黒川郡の高橋健蔵氏のGゲージの記事がわずかに6行。 しめて切り上げで考えてもわずかに4ページ足らず。 従って、1ページあたりの単価は、定価1400円(税込)ですから、 1ページあたりの単価は、350円ということになります。 さて、最後は最も買い求めやすい「RMモデルス」(ネコ・パブリッシング)はいかに…? (「鉄道模型趣味」は冊数こそ少ないがどこの本屋にもあるが、 「とれいん」はわが街では扱っていないので、 隣町まで買い出しにいかなければならない。定期購読すれば問題はないのだが…。) 全180ページ中で、「NEW MODEL」にとれいん同様、 アスターホビーの1番ゲージのユーティリティーカーの紹介がこちらは白黒で2分の1ページと、 バックマンのボールドウィン2−6−0の紹介が白黒で3分の1ページ。 USAトレインズのEMD GP/GP9とPS−1ボックスカーの記事が白黒で3分の1ページ。 しめて切り上げで考えてもわずかに3ページ足らず。 従って、1ページあたりの単価は、定価1000円(税込)ですから、約333円ということになります。 従って、大型鉄道模型と庭園鉄道のみの記事を目的に買う場合のもっとも買い得感がある今月の雑誌は、 一見は「RMモデルス」ですが、こちらは新製品紹介のみですから、「とれいん」ということになります。 ところが、他の鉄道模型雑誌に1日遅れで発売となった「おとなの工作読本bQ」 (但し、月刊誌ではない・誠文堂新光社)が 今号は「鉄道模型特集号」になっていて、 なんとライブスチームやGゲージまで紹介されているのです。 全144ページ中で、「ライブスチーム教室」がカラーで6ページ、 「ライブスチーム、はじめての1台」がカラーで4ページ。 (小川精機のコッペルとクラウスの解説が逆になっているのはご愛敬) 「スターターセットで行こう」のGゲージの紹介がカラーで2ページ。 これに、Oゲージネタや「模型とラジオ」の復刻版部分も入れれば更にページはかさむが、 これだけでもページの合計は、12ページのボリュームです。 従って、1ページあたりの単価は、定価1575円(税込)ですから、 なっ、なんと約131円という大変買い得感のある本に仕上がっているのです。 そんなわけで、今月の鉄道模型雑誌の大型鉄道模型と庭園鉄道に関する お買い得度ナンバーワンは、「おとなの工作読本」bQ(誠文堂新光社)で決まりである。 とにかく、「おとなの工作読本」とうたっているだけあって、 大型鉄道模型と庭園鉄道以外の記事にも懐かしい記事がたくさんあって、 「作る」「集める」「走らせる」とという鉄道模型の楽しみを実によく紹介しており、 読み物としても実に楽しめる内容となっていいます。 いやー、最近、過去の名著の復刻版を矢継ぎ早に出している 誠文堂新光社のエネルギーを感じさせる逸品ですので、絶対にオススメです。 (これらの評価はあくまでも大型鉄道模型と庭園鉄道に関するページが どれだけあるかに限って比較したものですから、 雑誌そのものの編集方針や内容を否定するものではありませんので、 誤解のないようにお願いいたします。) それにしても、改めて感じることは、まだまだ日本の鉄道模型趣味界において、 大型鉄道模型や庭園鉄道が、鉄道模型趣味の中でも少数派というか、マイナーというか、 少なくとも、出版社や業界にとって儲けにはならないジャンルなんだなーということです。 欧米では、ライブスチームや庭園鉄道の専門雑誌まで発売されているというのに…。 でも、2月も半ばに入って、世間が「三寒四温」と言われる季節になってきたように、 最近は、一般紙でもライブスチームやGゲージのことが紹介されたりするようになってきて、 少しずつ裾野は広がっていることを感じます。 とは言っても、日本の大型鉄道模型と庭園鉄道に関しては、まだまだ冬の時代が続くのでしょうが、 大型鉄道模型と庭園鉄道が一般紙やホームページ上で どんどん紹介されることで少しずつ春に近づいてもらいたいものだと思います。 大型鉄道模型と庭園鉄道の春の訪れが待ち遠しい今日この頃です。 私も大型鉄道模型と庭園鉄道の春一番のお手伝いが少しでもできたら…と思います。 |
![]() おとなの工作読本bQ 「鉄道模型特集号」 発行:誠文堂新光社 (誠文堂新光社承認済) |
私にとって、汽車はメルヘンへの入口です。
毎年の夏休みに父親の実家の館山(千葉県)への行き帰りに乗った蒸気機関車。
誕生日に父親に買ってもらった中央線のプラレール。
近くのデパートの屋上にあったチンチン電車。
谷津遊園地の豆電車。
いずれも、私のホームページの「鉄道模型遍歴」のページで紹介していることで、
このことが、私の鉄道模型に対する原風景であり、私が汽車好きになった理由です。
でも、実は、私の心の中にはもうひとつ鉄道模型に対する原風景があるのです。
私は、物心がつく前からのテレビっ子でした。
それにしても、昔は、夢のある子ども向け番組が多かったように思います。
まー、記憶というのは、いい部分ばかりが残りますから、昔のことはとかく美化されるのでしょうが、
「おかあさんといっしょ」、「ケロヨン」、「おはよう子どもショー」、「ロンパールーム」、「できるかな」などなどが思い出されます。
また、鉄腕アトムに始まるテレビまんが(今はアニメーションというそうですが…)や
ウルトラマン、ウルトラセブンなどの特撮ものも、
当時の時代背景を反映しながらも、子どもに夢を与えていたように思います。
それこそ、ウルトラマンなんて絶対に血が出なかったし、
今思えば、サイボーグ009なんていうのは、キューバ危機なんかを題材にしていたんですよね。
そう言えば、忍者ハットリくんも実写だったですよね。
子どもが生まれてから、再び、子ども番組を目にする機会が増えて感じることは、
最近の子ども向け番組は、コストの問題もあるのでしょうが、
安易なCGばかりを多用していて、どぎつさばかりが目について閉口することばかりです。
今の子どもたちは、実生活においてもとかくバーチャルな世界に身を置かざるを得ない状況だからこそ、
幼児向けのテレビ番組のセットくらいはせめて実際に作ったものを多用してほしいと思うのですが、
そんなことを思っているのは私だけでしょうか…。
話がだいぶそれましたが、話をもとに戻すと、
私の鉄道模型のもうひとつの原風景は、実はこの幼児向けテレビ番組の中にあったのです。
それは、NHKの教育放送で今でもやっている「おかあさんといっしょ」の中でやっていた人形劇のワンシーンです。
ただ、いかんせん、私が幼稚園の頃の話で記憶が定かでないところがあったので、
私の鉄道模型のもうひとつの原風景の記憶を呼び覚ますべく、インターネットの検索で調べてみたのです。
すると、さすが「蛇の道は蛇」と言いましょうか、その筋のエキスパートとも言える
TAKA氏の『禁断のハイブリッドマニアック〜なつかしのテレビ番組〜』という
懐かしのテレビ番組やこども番組、俳優&女優さん、B級アイドル(笑)など…テレビに関連する懐かしい〜事柄などを
こっそりとネット上で検証紹介するサイトに出会うことができました。
早速、図々しくもTAKA氏にメールを送ったところ、
丁寧な回答と共に、私の鉄道模型の原風景ともいえるシーンの写真(下写真を参照)まで送って下さいました。
お陰で、私の頭の中のモヤモヤがすっきりと晴れ渡ったのでした。
TAKA様、本当にありがとうございました。
その番組は、ズバリ「ダットくん」でした。
そして、私の鉄道模型のもうひとつの原風景は、その番組の冒頭部分で、
「司会進行のお姉さんが、小さいダットくんや妹のピョンコちゃんたちの人形を
木製の汽車に乗せて、エンジンをONにして出発進行〜!と走らせ、
お山のトンネルをくぐり抜けると〜?あら?不思議!?小さい人形が人間サイズの着ぐるみに変わって、
うさぎのダットくんたちが動き出して、ダットくんたちの冒険物語が始まる。」
というシーンです。
なーんだそんなことか…と言われてしまいそうですが、
「ダットくん」の前の人形劇「ブーフーウー」が背中のネジを巻くことで動き出して始まったこともそうでしたが、
動かない人形が、トンネルをくぐり抜けることで息を吹き返して動き出す。
私は、「ブーフーウー」にしても、「ダットくん」にしても、子ども心にわくわくして見ていたように思います。
鉄道模型の楽しさは、実物を忠実に表現することが第一でしょうが、
逆に、鉄道模型でしか楽しめない空想の世界を作り出すことができるのも
鉄道模型の楽しみではないかと私は思います。
「ブーフーウー」の話も「ダットくん」の話も作り話と言ってしまえばそれまでですが、
私は、こんな夢を追い求めていく気持ちをいつまでも持ち続けたいし、
そんなメルヘンの世界を模型で再現できたらいいなと常々思っている次第です。
「ダットくん」の冒頭シーンは、Gゲージあたりでぜひやってみたい情景です。
汽車がトンネルに入ると、メルヘンの世界が広がるなんて夢があるじゃないですか?
私にとって、やっぱり汽車はメルヘンへの入口なのです。

人形劇「ダットくん」のワンシーンより
写真提供:TAKA氏の『禁断のハイブリッドマニアック〜なつかしのテレビ番組〜』
(http://www001.upp.so-net.ne.jp/kindan-hm/)
「家族5人で雪かきがてら、かまくらや雪だるま作りに精を出し、ソリ遊びで奇声をあげていた。
そんな時、小学校1年生の長男の友達が、ゲーム機を持ってやって来た。
どうやら、ゲームをやろうと誘っているらしい。
そこで「ゲームはいつでも出来るんだから、雪で遊ぼう」と誘ってみたが、
彼は1人で小さな画面を見たまま、雪の中にたたずんでいた。
(中略)「ゲームは家に置いて、手袋を持っておいでよ」。
彼は家の方に歩いていったが、戻ってはこなかった。」
(2001.1.29.毎日新聞『みんなの広場』より引用)
今年は、雪の当たり年のようで各地で雪が降っています。
昔から、雪が降れば、子どもは外に出て雪合戦や雪だるまなどを作ってはしゃぎ回ったものです。
ところが、この投書にあるように、最近は、雪が降っても、外に出るどころか、
家の中でゲームをしている子が存在することにびっくりした次第です。
こんな話もラジオで聞いたことがあります。
幼稚園の遠足で、「芋掘りに行くから汚れないように長靴を履いたりしないとね。」とお母さんが言ったら、
「なんで汚れるの?だってお芋ってスーパーに売ってるんじゃない。」という返事が返ってきたそうです。
更に、山奥での体験学習で、星空観察をしていた時の話だそうです。
ある女の子が、空一面にひろがってみえる星空を見て、何と言ったと思います。
女の子は、星空を見て「じんましんみたいで気持ちが悪い。」と言ったのです。
もはやこうなると末期的かなと思いました。
どんな時代になろうとも、きれいなものに素直に感動する心や
様々なものを感じる感性は失いたくないものです。
でも、感動する心や様々なものを感じる感性は、
私たち大人が知らず知らずの働きかけによって、
磨かれもするし、錆び付きもするのではないでしょうか。
共に遊び、共に学んでいくのが親子かな?って思います。
「蛙の子は蛙」とよく言われますが、
最近、親になってみて、やっぱり親の影響って大きいなとしみじみと思います。
私も父親の影響で、園芸が好きですし、時代劇が好きです。
そして、私の息子も、最近、「水戸黄門」などを一緒に見ていますし、
公園に行けば、真っ先に砂遊びに行くところなんてそっくりだなーと思います。
生きていく上で当たり前のことが当たり前でなくなっているこの現実に、
親としての責任の重さを改めて感じた次第です。
また雪が降ったら、親子でかまくらや雪だるまづくりに精を出そうと思います。
追伸
「じんましんみたいで気持ちが悪い」と言った女の子について、
いつもお付き合いをいただいている森博嗣の浮遊工作室の森博嗣氏から
「そういう発想の子供は、褒めてやるべきだと考えています。
それが子供の自由さではないでしょうか? 子供の持つ可能性を大人はけして抑えてはいけない、
それが結果的に、子供が大人になって得をすることだと思います。
そのとき、『へえ、君は凄いね』と笑ってやれることが、大人の力でしょう。」
というメールを頂きました。
ガッツーン!
この間、「虹の色は無限」のところで偉そうなことを言っておきながら、
結局、私も、海の色は「青」と決めつけている大人と同じ発想でした。
凡人は、つい視点が変わると、自由な発想の視点を見失ってしまうものですね。
大いに反省です。
まずは褒めて認めてあげる視点を忘れてはいけませんね。
更に、森氏からもう一言
「大人が与える固定観念が、子供をどんどん不自由にします。」
うーん、大人にとって常に自戒すべきところです。
ご指摘本当にありがとうございました。
「虹は何色ですか?」と聞かれたら、誰もが「7色<赤、橙(だいだい)、黄、緑、青、藍(あい)、菫(すみれ・紫)>に決まっているじゃん」と答えるのではないでしょうか。
でも、実際に見た時に、7色をすべて見分けることは難しいのも現実で、大方が3色、よくて5・6色が限界ではないかと思います。
実は、世界の国々では、虹の色が4色の国もあれば、5色の国もあるそうです。
もっとも少ない国では、寒色系と暖色系の色の2色しかないそうです。
それこそ、虹が国によって出方が違うわけはありませんから、要するに、その国の色の認識の感覚の違いだと言えます。
その意味では、日本は世界の中でもより多くの色を認識している国であると言えます。
この話は、色について講演をしていた時の話をラジオで話していたことを要約したものです。
その講演の時に、講演に来ていたある人が、「虹の色は?」と聞かれた時に、「虹の色は無限だ」と言っていたそうです。
私は、この話を聞いて、ハッとさせられました。
私たち大人は、空の色は水色、海の色は青、木の色は緑というように何事も白黒をはっきりとつけようとはしてはいないでしょうか?
子どもがクレヨンで絵を描いている時に、黒のクレヨンで真っ黒に海を描こうとしていると、世の大人たちは、子どもに「それは違うでしょう」と言って、青色のクレヨンを持たせて描き直させるのです。
こうして多くの子どもたちの中には、「海は青」という画一的な観念が定着し、いつしか子どもの繊細な感性や豊かな創造力が失われていくのではないでしょうか。
確かに、海は基本的に青に見えますが、よく見ると、岸の近くと沖の方では色が違って見えます。季節によっても、朝・昼・夕方によっても見え方が違います。それこそ、緑に見えることもあれば、水色に見えることもあれば、黒っぽく見えることだってあると思うです。
蒸気機関車の色だってそうです。
日本では石炭の質の悪さから大方真っ黒に塗られていますが、新車や全検で塗り替えられたばかりの時はピカピカですし、石炭の煙とかですすけてくればくすんだつや消しの黒になってくるし、毎日磨きかけていれば、塗ったばかりの色とはまた違った輝きが出てきます。
更に、朝日や夕日にあたっている時の色、真昼の時の色、晴れの日の色、曇りの時の色、緑の木々の中を走っている時の色、都会の町並みを走っている時の色などなどその時その時で本当にいろいろな色に見えるものです。
そう考えていくと、私たち大人は、繊細な感性と豊かな創造力を持った子どもたちに大いに学ぶべきだなと思います。
「虹の色は無限」。
忘れたくない感性ですね。
明治維新後、政情が安定してくると、次第に戊辰戦争で手柄を立てた武闘派の人たちから、武道は苦手だが、学問に優れ、政治的センスのある人たちへの世代交代が急速に進んでいった。
その流れの中で、明治新政府の実権を握っていくのが、初代総理大臣となった伊藤博文です。その伊藤に対して、武道は得意であるが、政治力ではかなわない武闘派の人たちが、「伊藤は、赤電報が読めるから仕方がない」と自嘲的に言い合ったそうです。
赤電報とは、外国から入電する英文電報の俗称のことです。
世界の植民地支配を進める欧米列強から、日本が生き残るためには、国内だけではなく、いち早く世界の情勢を知り、広い視野を持つことが必要です。
そして、そんな能力を持つ人を「赤電報が読める人」と、当時の人々は表現したのだそうです。
この一節は、ある講演会での話をまた聞きしたものです。
実は、私も赤電報が読めません。
最近、鉄道模型を再開して思うことは、自分の語学力のなさです。
なんせ大学での英語は普通、2年間やればすむところを3年間もやらさせていただきましたから…。
それこそ、鉄道模型趣味において日本はまだまだ発展途上国です。
特に、Gゲージや5インチゲージといった大型鉄道模型については、欧米の水準からすると、価格面だけに限っても大きく水をあけられているのが現状です。
DCCといった最新の運転システムは、日本では細々とクマタ貿易が扱っていて、最近になって、ようやくKATOが本腰を入れつつあるという状況です。
ですから、鉄道模型専門誌でも、日本ではほとんど扱われていないのが現状です。
5インチゲージなどの大型乗用鉄道模型や庭園鉄道にしても、欧米では専門雑誌まで出版されているのに、日本では鉄道模型専門誌にすら、3誌合わせて数ページ載るかどうかという状況です。
ホームページにしても、Gゲージや大型乗用鉄道模型のページは、まだまだ日本では数も少ないですが、世界に目を向ければ、星の数ほどのホームページがあります。
鉄道模型の通販にしてもオークションにしても、欧米系では品数も豊富だし、とても安く手に入ります(外国型に限られますが…)。
明治時代は、結局、武闘派は政争に敗れていくわけですが、ネット環境の発達でますます世界との距離は縮まり、鉄道模型界も例外ではなく、国際化が求められているというわけです。
そんなわけで、赤電報が読めない私としては、輸入するにしても個人輸入はままならないので、輸入代行業者に頼むことになりますので、高い買い物をすることになります。
ホームページや洋書にしても、写真を楽しむことくらいしかできないということになりますし、説明書をじっくりと読まなければ理解できないような製品は購入もできないというわけです。
そんなわけで、私は、明治時代の武闘派のごとく、遅れた存在というわけです。もっとも私は明治時代の武闘派のような武道どころか運動もからっきしダメですが…。
かといって、今さら某語学教室のコマーシャルのごとく、駅前留学ってわけにもいかないでしょうし…。
中学時代は、「英語なんて勉強して何のためになるんだ」と思うことが多々あって、ろくに勉強もしませんでした。
それこそ、「鬼畜米英」の時代に育った父親が、敵性語として英語の勉強を禁じられていたことを何度うらめしいと思ったことか…。
それが、今となって大きな障害となっています。
それも、仕事ではなく、私の好きな趣味の前に立ちはだかっているのです。
お陰様で、語学力がないために最新の情報からも取り残され、おまけに高い輸入品を買う羽目になりました。
負け惜しみにしかなりませんが、そのかわり、安いからということで買いすぎてしまうことはありませんが…。
あの時、自分の好きな趣味を将来大いに楽しもうという視点に立って、もっと英語、更には理科や技術の電気なんかをよく勉強しておけばよかったとつくづく思い知らされている今日この頃です。
世の中学生のみなさん、いや今は小学校から英語がスタートしているようですが、英語は何のためにやるのか。
ズバリ、それは、将来おじさんになった時に、大いに趣味を楽しむためにやるのです。
頭のやわらかいうちにしっかりと勉強しておきましょう。
そうでないとおじさんのように大人になってから高い授業料を支払うことになり、時代に取り残されることになりますよ…。
今朝は、持ち込みの仕事も早めにケリがついたので、いつもより少し早めに出勤しようと思い、準備をしていました。
すると、上の息子の正喜が、布でできた刀を持ち出してきて、「ハリケンジャーやろう」(「ハリケンジャー」とは幼児向け子ども番組のヒーロー名ですが、我が息子にとって「ハリケンジャー」とは、要するにチャンバラごっこやプロレスごっこ的なことがやりたいことを示します。)と言い出してきました。
家内は、「もうおーちゃんは出かけるから…」と言っても聞き入れず、「やろう、やろう」と隣の部屋に行って私を呼んでいます。
「じゃあ、超スピードハリケンジャーだぞ。」と言って、息子が刀で攻撃してくるので、切られ役をひとしきりやりました。
お陰で、今朝は、結局いつもよりもむしろ遅い出勤と相成ってしまいました。
でも、出先に、「おーちゃん、ハリケンジャーありがとね」と正喜が言って見送ってくれました。
いやー、この言葉に思わずジーンと来ると共に、ついつい自分の都合で日頃から息子に我慢をさせてしまっているだなーと反省させられた次第です。
まだまだ親として我慢と努力が足りない私でした…。
毎日新聞に『女の気持ち』という女性からの投稿による連載があります。
その中で、1999年11月2日の埼玉県行田市の主婦の方からの投稿は、何度読んでも涙なくして読むことができません。
投稿の内容は、次のようなものです。
5月の初旬に妊娠に気付き産婦人科に行ったが、医者から「おめでとう」の言葉はなく、
「「いまの子宮の状態だと出産は無理です。母体が持ちません」「二人のお子さんのためにも、母親としてやることがいっぱいあるはず。今回は母体優先で考えた方が……」」という言葉であったそうです。
そのあとに投稿は、「おなかに手をあてると、その向こうに感じる『小さな命』。切なくて、悲しくて、愛しくて−。でも、あきらめるしかなかった。」と続きました。
そして、「せめて生まれてくる日だけでも知りたかった。手渡されたメモに書かれていたのは結婚記念日と同じ「12月10日」。そのメモを握りしめながら、何度も謝った。」、「昨年までなら、夫婦で手をたたきあって祝っていた12月10日。これからは、その手を空に向けて祈るのです。自分をかばい、小さな命を犠牲にしてしまった思いを胸に−。」
と結んでいます。
実は、私の場合、結婚が遅かったということもありますが、なかなか子どもに恵まれず、長男の正喜は、3回流産したあとにやっとできた子どもです。
家内が妊娠に気づき、病院に行くと、「心臓が動き出していますから、もう大丈夫でしょう。」と言われて、家中で大喜びとなるわけですが、決まって次の検診の時に「心臓が動いていませんね。」と言われてしまう繰り返しでした。
医者は「1回や2回はよくあることですし、3回あったら、検査とかをしてみましょう」と言いますが、私も、家内も初めてのことですし、割り切ろうにも割り切れるものではありませんでした。
特に、家内は、自分のお腹の中で命の鼓動を感じていただけに、まるですべてが自分の責任のように感じて落ち込んでいました。
私もいろいろと励ましましたが、家内には随分と辛い思いをさせてしまいました。
その後、医者の紹介で、私も、家内と一緒に産婦人科に通い、不妊についていろいろとアドバイスをいただきながら1年以上治療を続けた結果、幸いにも私たちは、子どもを授かることができました。
その子どもが上の息子です。
そんな風にして授かったということもあって、夫婦(正人・美喜子)の1字ずつをつけて、「正喜」と命名しました。
また、下の息子も「正美」と命名したわけです。
それにしても、不妊治療をされている方はとても多く、治療中に家内が知り合いになった方は、体外受精を何度かやり、やっとうまくいったと思ったら、子宮外妊娠でダメになってしまいました。
体外受精は保険がきかないので1回40万円くらいかかるそうです。
よく結婚すると、「お子さんはいつですか?」なんて言うことを挨拶代わりにしますが、とんでもないことだとつくづく思いました。
また、私の同僚や知人の中にも、子どもが欲しくてもできないという方は多いです。
そんなわけで、子どものことをホームページに載せるのはいかがなものかなとも考え、当初は載せないでいました。
「子どもは神様からの授かりもの」とよく言われますが、子どもは、やっぱり未来を背負っていく「社会の宝」だと私は思います。
ですから、私も、子どもを授かった以上は、親としての責任は重大だと思っています。
でも、これだけ難しい社会であり、大人ですらなかなか我慢もできない時代です。
正直言って、私自身も、日々子育てに追われ、成長する息子たちにどう接したらいいのかと本気で悩むことも多々あります。
これは、同じように子どもを持つ親にとって、共通の悩みではないかと思います。
私の鉄道模型スタイルは、自分だけで楽しむだけでなく、子どもや家族と一緒に楽しめたら…というのが基本です(現実は私と息子たちだけの楽しみとなっていますが…。)。
そう考えると、親子のあり方のひとつのスタイル(提案)として、子どもと一緒に鉄道模型趣味を楽しむスタイルのホームページがひとつくらいあってもいいのかなと考えるようになりました。
それこそ、私たち子育て世代のお父さんたちが、親子でキャッチボールをするような感覚で、子どもたちに胸を張って、鉄道模型に限らず、モノ作りの大切さや楽しさを共に工作したりすることで伝えられたら…と思うのです。
そんなことがあれば、今社会で問題とされている児童虐待なんて別世界の話になるのではないかと思うのです。
やっぱりお父さんはいつの時代も、子どもにとっては遊びの先生であってほしいし、子どもに夢を与えるべき存在でなければならないと思います。
世の大人たちが、子どもの健やかな成長のために手をとりあって頑張っていく社会づくりが、今もっとも求められているのではないかと思う今日この頃です。
毎月の鉄道模型専門誌を見ていると、最近の16番ゲージやNゲージの充実ぶりにはものすごいものがありますね。
ラインナップが豊富な上に、スーパーディティールの車輌たちがゴロゴロしているわけですから…。
16番ゲージでは、プラスチック車輌のED75なんかも出てきて、価格的にもクラクラときそうなところです。
このようなスタイルの製品がもっと早く出ていてくれたら、私の鉄道模型ライフもまた違った方向に動いていたかもしれないなんて思います。
ところで、最近、思うことは、模型の縮尺が小さければ、金額的にも安いし、スペースも取らないというのは嘘だなということです。
それこそ、昔、Nゲージの普及が進もうとしていた時に、「16番ゲージの4分の1くらいのスペースと予算があれば、鉄道模型が楽しめます。」と強調されていました。
でも、少なくとも私のように生来、物欲を押さえられない者にとっては、むしろそのことは仇となるだけだなと思うようになったからです。
つまり、なかなか物欲を押さえられない私は、模型が小さければ、価格が安ければ、結局、フル編成で揃えたいとか、大都市からローカル線まで網羅したいとかいう衝動にかられてしまいます。
そして、結局、金額的にも結構な額となってしまうし、レイアウトなんかを作ろうとしても、いろいろと盛り込みたくなって大きなスペースとなってしまい、企画倒れになってしまうというわけです。
そんな弱い自分にブレーキをかけるつもりというわけでもないのですが、私は、世の中の小型化への流れとは逆行し、16番ゲージ、Gゲージ、そして5インチゲージと大型化への道を選んだわけです。
しかし、大きくすると、レイアウトにしても、結局、駅舎だけでかなりの大きさとなりますので、おのずと情景も欲張らなくなります。
また、1両1両の車輌が大きいので、置き場を考えて、おのずと車両数にも絞り込みが必要になります。
その結果、レイアウトも単純なものとなりますし、車輌にしても、1両1両に愛着がわき、大事にされるというわけです。
それこそ、車輌は機関車に運転台車しかないというのに、今まで16番ゲージ、Gゲージとやってきましたが、今の5インチゲージが一番走らせている回数も多いのではないかと思います。
まさに、昔のCMのキャッチフレーズではありませんが、私にとって、「大きいことはいいことだ」とつくづく思います。
おまけに、私が選んでいるナローゲージのジャンルは、様々な鉄道の形態を含んでいますので、国鉄型とか大手私鉄と違って、あまり時代考証にこだわらずに、自由にやれるのも魅力かなと思います。
特に、今の機関車は完全自由形ですし、架空の鉄道会社ですから、どんな車輌を走らせようと、どんな路線をつくろうと、あまり気にしなくていいというのも気楽です。
そんなわけで、私は、物欲防止策の一環として、世の中の超精密化や小型化の流れとは、まったく逆の大型化へとひた走っているわけです。
もっとも今さら世の中の流れに戻りたくても、まわりの環境(「これだけやっていて、今度は何をやるの」と家内からどやされることは必定でしょう。)が許さないでしょうしね…。
それに、生来の不精者の私にとって、一度大型ゲージをやってしまうと、レールを磨いたり、埃対策に気をつかわなければならない16番ゲージやNゲージは面倒だなと思ってしまいます。
それに、息子にさわられたら、イチコロですし…。
でも、今でも鉄道模型専門誌を見ていると、今の16番ゲージやNゲージもいいなと甘い誘惑にかられます。
なんせ昔欲しいと思ったような形式は、ほとんど網羅されていますし、超精密ですし、走りも超スローが利きますから…。
鉄道模型専門誌というのは、貴重な情報源なのですが、情報源であるがゆえに、物欲を押さえられない私にとっては、目に毒であることも事実です。
昨日は、「我慢と努力」なんて偉そうなことを書いてしまいましたが、まだまだ煩悩だらけのよわーい私です。
まもなく私も40歳。『四十而不惑』を肝に銘じておかなければ……。
モンゴル出身の朝青龍(本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ・22歳)が、大相撲の第68代横綱に昇進しました。
先々代の若乃花(初場所で引退した貴乃花の伯父)が、「朝青龍の相撲をとる目つきは、俺たちが相撲をとっていた時の目だ。今、あの目をしている日本人力士はいない。」と言い、ハングリー精神がないと嘆いていたとラジオで聞きました。
先々代の若乃花は、日本の戦後の傷跡が癒えない頃の時代に一世を風靡した横綱です。あの頃は、まだ日本人の生活は決して豊かではなく、少しでも生活を豊かにするため、家計の助けになれば…と考えて、力士になった人ばかりだったそうです。
私の両親に聞いても、戦時中から戦後にかけては、毎日、食べるために追われる生活だったと言っていました。
まー、そんな時代を生き抜いた人たちですから、戦後、誰もが豊かさや便利さを求めて、我慢すべきことは我慢し、日々努力してきたわけです。
その結果、世界でも例のない経済成長を遂げたのだと思います。
でも、今の時代はどうかと言えば、某コンビニエンスストアのキャッチフレーズに代表されるように、24時間営業しているお店はたくさんあって、いつでも欲しいものが手に入ります。
自転車・車は当たり前ですし、家事も多くの白モノ家電によって軽減化され、今や携帯電話は子どもたちの大切なおもちゃ(コミュニケーションツール)です。
まー、今どきエアコンがないのは小中学校の教室くらいでしょうかね…。
食べるものにしても、嫌いなものを食べずに、好きなものばかり食べていても、飢えることなんてありません。
それこそ、「残すと目がつぶれる」なんて言葉は今や死語でしょう。
そんな時代ですから、自ら進んで我慢する必要もないし、自ら努力しなくてもそれなりの生活が維持できてしまうわけです。
そんな便利で豊かに時代に我慢や努力をしろと言っても、「どうして我慢しなければいけないの…。」、「なんで努力をしなければいけないの…。」と言い換えされてしまってもおかしくないかな…と思います。
ですから、日本の力士がハングリー精神を持てなくなってしまっているのにもうなづけます。
この間、テレビのニュースで、不景気が原因でスキー場での事故が激増しているということが報道されていました。
なんでも不景気で日帰りが多くなり、夜通し車で飛ばしてきて、いきなり滑るから疲労などが原因で事故が増えているのだそうです。
他にも若者の無謀な行動や高齢者層の増加も原因のようですが…。
この報道の中で、スキー場では、託児所が大盛況だということが報じられていました。
よく見ていると、若いお父さん・お母さんたちが、まだ1歳か2歳くらいの子を託児所に預けにきています。
子どもは親から離れるのが嫌なので、泣き叫んでいます。
インタビューに応えていた人が、「まー、はじめは泣いていますけど、すぐに楽しく遊んでいますから…」と言っていましたが、そのあとに映し出された託児所の中の様子では、子どもたちが入れ替わり立ち替わり泣き叫んでいました。
今の子どもたちの多くは、共稼ぎで普段はほとんど保育所とかに預けられています。
そして、せっかくの週末にやっとお父さんやお母さんに遊んでもらえると思ったら、また託児所に預けられ、お父さんとお母さんは一日スキーを楽しんでいるという有様です。
まー、テレビの報道なんていうのは都合のいいところだけを切り取って報道する一面がありますので、これがすべてとは思いませんが、同じ年頃の子どもを持つ親として、ちょっと閉口してしまいました。
でも、子どもたちが、このように何の我慢も努力もせずにこのまま大人になってしまったら、日本や世界の将来はどうなってしまうのだろうかととても不安になります。
更に、その子どもたちが、親となり、その子どもたちに育てられるようになった子どもたちはどうなってしまうのかと考えると、空恐ろしくなります。
正直言って、私も現代の大人としてあまり偉そうには言えません。
なんせ、週末は子どもと一緒に遊んでいるとはいえ、子どもを出汁に使ってライブスチームを楽しもうなんて画策しているわけですから…。
便利で豊かな時代だからこそ、大人たちも子どもたちも我慢や努力ができにくいのはよーくわかります。
しかし、今、我慢や努力を怠ることは、将来への大きな損失であることだけは確かです。
まずは私たち大人が範を示して我慢や努力をせねばならないと思いつつ、自分の行動を振り返ると大人として、親として反省ばかりです。
朝青龍の姿やスキーでの親の行動を見ていて、ふとそんなことを思った次第です。
童謡に「線路は続くよどこまでも」という歌があることは誰でも知っていると思います。
私の息子も、よく首に青筋を立てて、大声で歌っています。
先日、私の知人が、小さい頃、「線路は続くよどこまでも」の歌が好きで、線路というのは、本当にどこまでも続いていると信じていたそうです。
そして、初めて新京成電鉄(千葉県・松戸駅〜京成津田沼)に乗って松戸駅に行ったら、車止めがあって、そこで線路が終わっているのを見て、とてもショックを受けたと言っていました。
以来、松戸駅に行くたびに、その車止めを見に行ったと話をしていました。
私は、鉄道が好きですから、機関車や列車も大好きです。
でも、それ以上に不思議な魅力を感じるのが線路です。
幼い頃からいつも運転席の後ろに立って、線路のゆくえを追っかけていたものです。
私が鉄道が好きなのも、きっとこの線路の上を機関車や列車が走るからだと思うのです。
まー、自分でもはっきりと説明できるものではないのですが、ひとつ言えることは、道路を走る車と違って、機関車や列車は、線路がなければ右にも左にも曲がれない一方で、逆に線路さえあればどこまでも行けるのが魅力なのかな…と思います。
知人の話ではありませんが、「線路は続くよどこまでも…」ってとても夢がありますよね。
そういう意味では、JR東日本の山手線や鉄道模型のエンドレス線路は、無限の線路であり、まさに「線路は続くよどこまでも…」と言えるかもしれません。
でも、JR東日本の山手線などはむしろ例外で、どこまでも続くかのように見える線路の多くの行く末には、いろいろな形の車止めがあります。
機関車や列車、そして旅人に「ここで線路は終わりである」と告げる車止めには、それぞれの場所に応じて、それぞれの顔があって、私は、とても不思議な魅力を感じます。
車止めはここで行き止まり。
これ以上は進めない折り返し地点です。また再びもとの線路を今度は逆方向に戻っていかなければなりません。
これが、無限の線路であるエンドレスと違って、まるで人生の折り返し地点のようで何とも言えないのです。
人生も終わりがあるからいいのです。
その意味で車止めの存在が鉄道の最大の魅力のようにも思います。
そんな意味では、私も今年で40歳。
人生80年時代とすれば、今年は人生の折り返し地点ということです。
つまり、車止めの前に立ったというわけで、なんか特別な思いを感じる今日この頃です。
人の人生が様々なように、車止めにも様々な顔があります。
通勤電車が行き交う大都市の終着駅の車止め。
「上野はぼくらの心の駅だー…」(古いので若い方は知らないでしょうね)と歌にもよく歌われている上野駅の車止めなんて、故郷を思う人たちのいろいろな思いが詰まっている感じで、推進回送されていく寝台客車なんかの姿がぴったり合う風景です。
それから、地方の鉄道の終着駅の車止め。
それこそ、半分以上が草木に覆われて、見えなくなっていたり、車止めが半分朽ちかけている姿が、自然と共に生きてきた街の人たちの姿を映しているようで、それだけ見ているだけで十分に絵になる風景です。
知人の話を聞いて、ふとそんな思いに浸ると共に、わが八木軽便鉄道にも、車止めのある風景を作りたいという思いを一層強くしたのでした。
でも、そのためにはポイントが必要だしな…。
ところで、車止めと言えば、15インチゲージ鉄道の桜谷軽便鉄道の運転スタッフとしても活躍されている方が運営されている「nakanoke.com」というホームページの「Railway」というコーナーのところに「車止のある風景」というページがあります。
この「nakanoke.com」のホームページは、いつも桜谷軽便鉄道の運転会が行われると、その日のうちにその模様を公式ホームページ「桜谷軽便鉄道」よりも早くアップしてくれています。
15インチゲージ鉄道に興味のおありの方は一度ご覧になることをオオスメいたします。
この「nakanoke.com」の「車止のある風景」というページでは、まだ数は少ないですが、関西方面を中心にいくつかの終着駅の車止めが紹介されています。
「nakanoke.com」では、この企画に賛同してくれる方々からの投稿を募集しています。
私のホームページもいつもいろいろな方々に投稿していただいているので、手前ミソですが、私もお手伝いできれば…と旅行や仕事で出かけたついでに撮った写真をいくつか投稿させていただいています。
実は、私は、先に述べた思いから、このコーナーの今後の展開を密かに楽しみにしている一人です。
もし、同じような思いの方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度「nakanoke.com」の「車止のある風景」をご覧になってみてはいかがですか?
また、「車止のある風景」の写真をお持ちでしたら、その財産を「nakanoke.com」の「車止のある風景」のコーナーを借りて、共有しませんか。
線路、そして車止めは決して主役ではないのでしょうが、線路がなければ機関車も列車も走れませんし、私にとっては、機関車や列車以上に不思議な魅力にあふれているので、いつも気になる存在です。
線路の話題が出たところで、もうひとつ線路にこだわったホームページを紹介します。
「鉄道ファン生態学」(日下部みどり子著・JTB刊)にも紹介されている「線路を探して」というホームページです。
「線路とポイントを楽しむ場所です。長大な列車がカタンカタンの音も切れ良くポイントをわたって行くのを見とれていた人はこちらへ」とホームページの冒頭に書かれています。
とにかく線路に徹底的にこだわったホームページです。
掲示板には、毎日のように線路の情報が書きつづられています。
実は、私の二階廊下線も、このホームページのストラップレールの紹介をヒントにして路面軌道化をはかった次第です。
線路にみとれていた人は、ぜひ一度ご覧になることをオススメします。
最近は、多くの地方鉄道が廃線となって、様々な顔を持つ線路や車止めの風景が少しずつ失われつつあるだけに、何らかの形で残していきたいものだと思います。
やっぱり当社もポイントをつけて、車止めのある風景を作ってしまおうかな……。
なんせ、私も、今年は人生の折り返し地点である車止めの前に立つことになるわけですから…。
この間、テレビのニュースを見ていたら、東京の多摩川河川敷で不法に飛行場を作って、ラジコンクラブの人たちが飛行機やヘリコプターを飛ばしていることに、周辺住民が迷惑しているといったことが報道されていました。
確かに、映像を見ていると、民家のすぐ近くでアクロバット飛行をしているし、100キロ近くで飛んでいる飛行機が、近くの工場に墜落したといった話を聞くとかなり危険だなと思いました。
また、模型用のエンジンの音はかなり大きく、民家の近くではかなりうるさいだろうなと思いました。
更に、河川敷の形状を勝手に変えて使うのは河川法違反(この辺は行政サイドにも問題があるようですが…)ですし、エンジンオイルや飲んだジュースの缶などをそのまま捨てているというように大変マナーの悪い状況でした。
それから、クラブの人たちが、レポーターにインタビューを受けていましたが、完全に居直っている感じで、ラジコン模型に対する理解を求めようとか、周辺住民とうまくやっていこうという姿勢が全く感じられず、好きでやっているんだし、誰にも迷惑なんかかけていないといった口調に、閉口してしまいました。
私も、模型のジャンルは違いますが、同じ模型愛好家として、自分の作った模型を飛ばしてみたいという気持ちはよく理解できますし、なかなか自由に飛ばす場所や機会が得られないことも理解できます。
だからと言って、このような行為が許されていいものではないと思います。
それこそ、マナーを守ってラジコン飛行機を楽しんでいる人たちや他の模型愛好家にとって、このような行為は、迷惑以外の何ものでもありませんし、模型趣味全体の健全な発展のためにも、絶対に謹んでもらいたいと思った次第です。
やっぱり好きでやっているとは言っても、人としてのモラルは決して忘れて欲しくないと思いました。
それにしても、もっとお互いがうまく折り合いをつけて、共に楽しめるようにはならないものかと思います。
ライブスチームに対しても、昨年のミニSLフェスタ2002のミニSL掲示板(2002年版は終了)において、一部の書き込みが、最初から喧嘩腰で、お互いに接点を見つけていこうというものにはとても思えない内容があってとても残念でした。
ラジコン飛行機にしても、ライブスチームにしても、扱い方次第では非常に危険なものであることは事実です。
特に、ライブスチームは、運客運転も行われるのでなおさらかもしません。
でも、闇雲に危険である、大気汚染になる、騒音がうるさい、と頭ごなしに決めつけてしまうのもいかがなものかと思うのです。
それこそ、ライブスチームなどの大型乗用模型趣味に対する法整備はこれからというところで、この点については、ライブスチームの業界やクラブ団体の方々が真剣に働きかけているところでもあります。
まー、これだけ価値観が多様化してくると、なかなか接点をみつけることも難しい時代だろうなと思います。
でも、そんな難しい時代だからこそ、私のホームページでもご紹介させていただいた市川蒸気鉄道クラブや藤沢ミニ鉄道の藤沢鉄道車両保存会の方々のように、地域住民や行政サイドの理解を求め、共に協力していけるような環境が地域に根付いていく取り組みが大切なのではないかと思うのです。
お互いに、「お陰様」という気持ちを忘れずに、共に楽しめる社会を目指したいものです。
1月号のとれいんのコラムに、松本氏が、今の若いモデラーはだらしないというようなことを書かれていました。
確かに一理ある言葉ですが、今の大人たちは、真の意味で次代の鉄道模型趣味を担う子どもたちに向けてしっかりとしたアプローチをしているのだろうかと逆に疑問を投げかけたいのです。
それこそ、鉄道模型趣味を自分たち大人のためだけのものにしようとはしていないだろうかと…。
私は、モデラーがコレクター化(私はコレクターを否定するつもりはない)し、プチ骨董評論家になるのは、若い者のせいではなく、鉄道模型業者や鉄道模型出版社、更にはわれわれ大人たちに責任があるのではないかと思います。
私が中学生の頃は、完成品は高嶺の花でしたし、カツミさんやエンドウさんには申し訳ないが、当時の16番ゲージの水準は、決して完成度の高いものではありませんでした。
ですから、私のような工作が得意ではないものであっても、キットの組立をしたものです。
更に、当時は不満でしたが、車両のバリエーションも少なく、ちょっとマイナーな車両は、自作ないしは改造するしかありませんでした(私は当時、常磐線を走る車両を中心に集めていた)。
更に、当時は、若年層からセミプロ級までをうまくフォローする雑誌や出版物が、私たちの目の前にはあったように思います。
今、私は、中学時代に古本屋で買い求めた「たのしい鉄道模型」(機芸出版社刊)なる本を手元において書いているのですが、この本の中身は、今の鉄道模型の水準からすれば、クソの役にも立たないと言われそうな代物かもしれませんが、私にとっては、16番ゲージのバイブル的存在の1冊でした。
今読み返してみても、決して古さを感じさせませんし、このような本こそが、真の意味で次代のモデラーを育てる良書だと思うのです。
あの頃は、他にも、レイアウトテクニック、レイアウト全書、レイアウトモデリング、ナローゲージモデリング、シーナリィガイド(全て機芸出版社刊)などのように、今見てもわくわくするような本がたくさんあったように思うのです。
それに対して、今はどうかというと、16番は子供が手を出せる価格をはるかに越えたものとなってしまいました。
一方、Nゲージは私の学生時代と比べると、ディティールも素晴らしいし、走行性能もいいし、何よりも完成品をフル編成で買っても、今時の子供のお年玉ならば買えてしまうほどの低価格です。
この低価格と超精密こそが、子供の夢と創造力を奪っている根源だと思います。
それは、バーチャルな世界でありながら、超リアリティのあるテレビゲームと一緒で、子供がいろいろと工夫して物をこしらえてみようとか、よりいい物を仕上げてみようという気力を失わせているのではないかと思うのです。
ピノキオが毎日、遊園地で遊び呆けているうちにロバになってしまうという話がありますが、それこそ、今の子どもたちは、大人たちの都合で、自らの創造力や独創性を摘み取られ、どんどんダメになってしまっているのではないでしょうか。
「買った方が安い」、「買った方が出来がいい」といった大人の発想は、当然のことながら、今の子どもたちには染みついているわけで、そんな中で、最高レベルのフル・ディティールを目指すべきだと言っても、無理な注文だと思うのです。
ならば、もっとそのような道筋を、先人達がしっかりと作るべきだと思うのです。
そうでなければ、鉄道模型趣味は過去のものとなり、おじさんたちの道楽となり果てるだけだと思うのです。
プラレールやおもちゃを批判する方々もいますが、プラレールやおもちゃの方が、今の鉄道模型業界の動向よりもよっぽど筋道を立てながら、子供の成長にあわせた無理のないステップアップが考えられていると思います。
おもちゃのギミックなどは鉄道模型趣味人も大いに学ぶべき点だと思います。
そういう意味では、この間のクラブ・ジョーダンのGゲージ公開運転会にお邪魔した時、工作用のモーターを作った駆動装置を見せてもらいましたが、あのレベルならば小学校高学年か中学生でも出来そうなアイデアだし、あのような提案こそがもっと多くの場で語られるべきことだと思うのです。
とかくクラブ・ジョーダンのことを批判的に言う方々もおられますが、私は、クラブ・ジョーダンほど幅広いゲージやジャンルに取り組み、幅広い見識を持たれているクラブはないのではないかと思っています(スヌーピーの乗った汽車も提案のひとつなのに…)。
そんなことを考えると、最近は、鉄道模型雑誌の老舗である「鉄道模型趣味」や「とれいん」よりも、ネコさんの「鉄道おもちゃ」のような雑誌の方がよっぽど熱を感じてしまいます。
とにかく、つまらぬパイの取り合いをしていると、鉄道模型趣味自体が過去のものとなってしまうと思うのです。
もっとみんなで楽しく、共に励まし合って鉄道模型趣味を、老若男女問わず誰もが楽しめる趣味に高めていけないものだろうかとつくづく思った次第です。
私が、時々お邪魔している大西義二氏の「家庭派モデラー義二の部屋」というホームページがあります。
大西氏のホームページは、同じ模型でも、鉄道模型ではなく、ミリタリー関係のプラモデルの作品やディオラマを紹介されています。
実は、私も、小中学生の頃は、田宮模型のミリタリーミニチュアシリーズのプラモデルに凝っていました。
そんなわけで、懐かしさも手伝ってお邪魔したのですが、私同様、家庭を持ちながら、奥様の理解を得ながら、趣味を楽しまれているということに共感することが多く、以後、時々お邪魔させていただいている次第です(私の場合は、家内の理解があるとは言い難い部分もありますが…)。
その大西氏のホームページのギャラリーで、12月15日(日)に大阪城ホールで開催されたJMC2002の展示会がレポートされていました。
どの作品も実に作り込まれていて、その技法やこだわりは鉄道模型趣味人も多いに学ぶべきことが多いのではないかと思いました。
興味を持たれた方はぜひアクセスして見て下さい。
そのレポートの冒頭に「会場には、他の展示会とは違ってカップルや家族連れも多く見られ、模型関係の行事にしては女性の比率が高かったように思います。また少年達もけっこういたので、高齢化が進む模型趣味業界にあって彼らもモデラーとして定着してくれれば良いなあと思ったりもしました。」という一節がありました。
女性や家族連れが多かったというのは実に歓迎すべきことですが、高齢化が進む模型趣味業界というのは、他人事ではないぞと思った次第です。
確かに、模型趣味界全体に言えることですが、われわれ子育て世代は、それでも今なお模型を作り続けている(出戻りモデラーも含めて)のに対して、今の子どもたちはテレビゲーム世代といいましょうか、あまりモノ作りには熱心ではありません。
ですから、当然、雑誌や模型もおのずとわれわれ子育て世代以上のおじさん世代にターゲットを置いた記事や商品が多く、キットも確かにデキはいいですが、かなり高価であり、とても子どもの小遣いで買えるような商品ではありませんし、更に製作が難しいものが多いです。
これは、初めて模型を始めようと子どもたちにとって、必ずしもいいことばかりとは言えないように思います。
雑誌も模型業界も、今現在の利益を考えるだけでなく、未来の需要も考えて、子どもの創造力をかき立てるような提案や商品開発が急務ではないかと思うのです。
とは言っても、資本主義経済下において、儲けにつながらないものに、業界が進んで動くわけはないし、ましてやこの長期にわたる不景気で、次々と業界自体が縮小の方向に向かっている中で、雑誌や模型業界に多くを期待するのは無理というものです。
なんせ、今の子どもはザリガニの捕り方まで学校で教えてもらわなければわからなくなっているのですから、かなり深刻な状況と言わざるを得ません。
やはり、ここは子育て世代のわれわれおじさんたちが、子どもたちへのモノ作りの伝承を真剣に考え、行動に移していくことが大切だと思うのです。そして、その動きが、しいては、業界も巻き込む大きな流れになっていくのではないかと思います。
要するに、需要を作るためには、モノ作りの好きな子どもを一人でも多く育てることです。
その点において、今の子どもたちは、われわれおじさんに比べると、コンピュータへの抵抗感はありませんので、ホームページを通して、大いにモノ作りの布教(普及)に力を入れていくのが一番の近道ではないかと思うのです。
模型業界のためにも、世のお父さんたちは、たとえ奥様たちに虐げられようとも、それにめげることなく、子どもの未来と模型業界の更なる発展のために、大いに子どもと一緒にモノ作りに励もうではありませんか。
今日も、「また、ホームページでも作っているでしょう…」という言葉が隣の部屋から聞こえてきそうです。
家内にモノ作りの大切さや楽しさを理解させるのは、子ども以上に難しいかもしれない……。
最近、息子は、野球好きな親が子どもとキャッチボールをするのと同じように、親の血を受け継いだというか、受け継がされてトミーのプラレールを楽しんでいます。
最近のプラレールは、お父さん世代にもアプローチしているようで、懐かしい車輌の数々が次々とリリースされています。
プラレールを扱ったホームページも多く、プラレールの世界も本当に奥が深く、はまってしまうと底なし沼になりそうな感じです。
ただ一部のオークションでは絶版品がかなり高額で取引されていて、未開封とかで価値を跳ね上げているようなことがあるようですし、イベントなどで発売された限定品が、その日のうちにオークションで高額で取り引きされているのをみるととても残念な気がします。
私も、完全な未開封品で保管しているものはないにしても、ほとんど走らせていない(息子に触れさせないというか投げ飛ばさせない)でコレクションしているものもあります。
ですから、プラレールをコレクションとして楽しまれることを否定するつもりは毛頭ありません。
むしろ、おもちゃのように子どもの手にさらされて、多くが廃棄されてしまうものを、ひとつの文化遺産として保存していくことは大切なことだと思います。
ただ、子どものおもちゃや趣味の鉄道模型が投機的に扱われていることには、一抹の寂しさを感じるのです。
それに、私は、博物館や公園に保存されている機関車を見ると、なんか「鳥の剥製」を見ているような気がして、つい悲しくなってしまうタチなので、プラレールも鉄道模型ももともと走るように作られているわけですし、公園に置かれた蒸気機関車のように箱からも出さずにただコレクションするだけではかわいそうな気がするのも理由のひとつです。
私は、プラレールにしても、鉄道模型にしても、楽しみ方は様々あっていいと思っています。
だから、コレクション自体を否定するつもりは毛頭ありませんし、「鉄道模型はこうでなければならない」、「こうやるのは邪道だ」といったともすると閉鎖的な論調が支配的になるのが一番嫌だなと思っています。
ただ、プラレールも鉄道模型もせっかく「走る」という動的な要素が取り入れられているので、たまには虫干しも兼ねて走らせてあげてもいいのではないかと思うのです。
それが、おもちゃとして、模型として生まれてきた者たちへの思いやりのような気がするのです。
またまた偉そうなことを書きましたが、実は、最近、息子がプラレールで楽しんでいる姿を見て、Gゲージの機関車がすっかりお蔵入りになっていることを思い出し、「たまには走らせてあげなければ…」と私自身が深く反省させられた次第です。
まったくお粗末な父親です。
週末に、千葉県の銚子市に行って来ました。
私は、以前から博物館や公園に展示されている蒸気機関車を見ると、寂しくなってしまうのです。
なんせ、どこもやっと機関車が入るだけの長さのレールの上に載せられ、中には屋根もなく雨ざらしになっている上に、柵に囲まれて置かれているわけです。
私は、その姿が実に痛々しく見えるので辛いのです。
やっぱり蒸気機関車は、走ってこそ蒸気機関車かなと思えるので、なんか檻の中に入れられているようで、つい寂しくなってしまうのです。
まー、それでも、スクラップを免れて保存されたのだから、良しとすべきではないかという考えもあるでしょう。
でも、蒸気機関車発祥の地・イギリスでは、鉄道の国立博物館までありますし、蒸気機関車を産業文化遺産として、国だけでなく、多くのボランティアによって市民レベルでも蒸気機関車の保存に力を入れています。
それに対して、日本の場合は、「機関車やえもん」という絵本に代表されるように、博物館や公園に保存すれば良しという感じで、あとのメンテナンスの行政サイドのサポートも予算もほとんどなしというのが現状です。
新幹線に代表されるように、世界に誇れる鉄道王国である日本でありながら、産業文化遺産の保存管理は、あまりにお粗末というか、ずさんと言わざるを得ません。
それこそ、日本では、「機関車やえもん」のモデルとなった1号機関車が、保存鉄道車輌の中では唯一国の重要文化財の指定を受けているだけで、他の蒸気機関車は、国からの予算的援助はまったくない状態です。
そんな状態ですから、かつて蒸気機関車が全廃される時に、地方自治体が、競って保存した蒸気機関車の多くは、地域のボランティア運動によってわずかに支えられている保存機を除けば、保存とは名ばかりで放置されているというのが現状です。
この間、「ライブスチームに挑戦」の玉井政宏氏に紹介していただいたホームページ「フジシローの鉄道写真館」の「18688特別展示館」の痛ましい姿を拝見しましたが、昨日、銚子市に行く機会がありましたので、銚子市の体育館横にある18688号機の姿を見てきました。
フジシロー氏も「既に醜い塊となってしまっている18688をこのまま晒して置きたくない。早く土に戻してあげたい・・。そんな気持ちにかられました。」とホームページでコメントされていますが、私も18688号機の姿を目の当たりにして、まさにその通りだと思いました。
おそらく、全国には、18688号機と同様に、スクラップとなろうとしている保存蒸気機関車が何両存在するのだろうか。このままでは、あと数年もすれば、次から次へと保存機が姿を消してしまうのだろうと悲しくなった次第である。
同じ千葉県には、動態保存に向けて努力されている羅須地人鉄道協会が、成田ゆめ牧場を拠点に活動されているというのに…。実に悲しい話です。
まだまだ日本では、残念ながら、蒸気機関車の復活運転にしても、客寄せパンダの域を脱してはいません。
そんな状況の中で、18688号機の姿をさらすことだけでも本当に忍びないのですが、敢えて、あなたの姿を公開することをお許し下さい。
あなたの姿を広く知ってもらうことで、産業文化遺産に対する多くの方々の認識が少しでも変わってくれたら…と切実に思う次第です。
春には、息子と一緒に真岡鐵道に行こうと思っています。
私も、鉄道模型を愛好する端くれとして、今回も、ただ写真を撮るだけでなく、必ず乗車して来ようと思っています。
まー、維持費の足しにもならないとは思いますが…。


フジシロー氏からいただいた情報によると、
銚子市の18688号機は、年度予算で解体費が組まれているようなので、3月までには解体されるそうです。
18688号機、本当に長い間お疲れさまでした。安らかに眠って下さい。
昨日のあるメールニュースで、神奈川県立横須賀工業高等学校の電気科の渡辺顕先生が、パチンコ店が廃棄処分にした中古パチンコ台の中央にある液晶モニターを利用して、4インチ余の小型液晶テレビを作る授業を実践されているという記事を目にしました。
記事によれば、中古パチンコ台の中央についている液晶モニターを利用して、回路をテレビ用の基板に換え、チャンネルを変えるチューナーをつければ、4インチ余の小型液晶テレビができあがるというものです。
中古パチンコ台はインターネットで1台2000円ほどだそうで、チューナーなどを合わせても約8000円で完成するそうです。製作時間は、ハンダ付けなど約20時間で仕上がるそうです。
まさに、ガラクタが宝の山に変身するという授業で、10年ほど前から課題授業として実施しているそうです。また、一般市民にも公開講座として行っており、小学生にも大人気になっているということです。
指導にあたられている渡邊先生は、「物を大切にする精神が最近は忘れられがちだが、廃物のパチンコ台からテレビを作る授業は、これからも続けていきたい。」と話しているそうですが、このような授業が行われていることは誠に喜ばしいことだと思います。
昔は、廃品からゲルマニウムラジオを作ったり、「模型とラジオ」などの雑誌を片手に電子キットを組み立てたりしたものですが、最近は、そんな雑誌をとんと見かけなくなったのは残念だなと思います。
当社の掲示板「みんなの広場」に何人もの中学生からたくましい書き込みがありましたが、私は、モノ作りの楽しさや大切さを多くの子どもたちに知ってもらいたいし、大いに楽しんでもらえたら…と近ごろ切実に思っている次第です。
かつて、日本はもの作り大国でした。それこそ、江戸時代の匠の技などは今日の技術と遜色のないレベルです。
でも、現在、産業の中心は、工業からサービス業などの第三次産業に移行し、工業製品の多くは海外生産に移行してしまっています。
日本が、かつての高度成長時代は、物質的に満たされていることや便利なことが豊かさの指標でした。
でも、そろそろお金には換算できない心の豊かさや不足していることや不便さが豊かであり、