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2003年3月26日 市議会だより
 怠けてしまって、ウィークリーレポートになってしまいました。
 今日は、議会だよりについて書きたいと思います。いずも市議会だよりは年4回定例会議の終了後、主として定例会での議案、審議結果、一般質問内容などを掲載し、発行しています。基本的に市内全戸配布です。また、各コミュニティーセンター(公民館)など主要施設に配布し、インターネット上でも同時に公開していますので、ご覧になった方も多いと思います。出雲市議会の場合は、原稿作成から、校正まで議員の手で行っています。これを担当しているのが広報委員会で、私も4年間この委員会に所属いたしました。
 一般質問が終わると、第一回の広報委員会が行われ、発行までの日程の決定、掲載する一般質問項目の選定などを行います。議会終了後一般質問をした議員に、指定した質問項目の原稿を書いてもらいます。第二回目の委員会では主としてこの校正を行います。校正は、不適切な表現はないか、実際の質問・答弁に合致しているか、誤字・脱字はないか、文章がわかりにくくはないか、などチェックし、必要に応じて広報委員会において書き換えます。また、各委員会報告、視察報告など野原稿も各委員長に責任を持って提出して頂き、同様に校正を行います。また写真のチェックも行います。これらの原稿を、毎年入札によって契約している印刷会社に送り、第一回目の議会だより草稿ができた時点で、第三回目の委員会を実施します。第三回目の委員会では、二回目同様な校正に加え、レイアウトなどもチェックします。これをうけて第2回目の草稿ができ、第4回目の委員会でこれを校正し、発行となります。だいたい発行まで、議会終了から一ヶ月半かかります。なにぶん素人が作っているものですので、細かな点ではまだレベルの低い所もあるようで、たまにご指摘をいただくこともあります。しかし私は、議員が議会全体の合意のもと、自ら作成することの意義は大変大きいと思います。
 今期の出雲市議会だよりは現在作成中のN0.32をもって最後となりますが、今後とも続いていくものとおもいますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 出雲市議会だよりNo.32は4月17日発行予定です。

2003年3月19日 卒業式
 
卒業式の季節になりました。昨日は出雲市立第三中学校、本日は、出雲市立高浜小学校の卒業式に出席しました。両校とも私の母校です。今年も校歌を懐かしく思いながら歌ってきました。どちらの卒業式とも、感動的で心に残るものでした。
 さて、卒業式のあり方については、出雲市議会でも何度か議論されています。国歌、国旗についての議論、そこで歌われる歌に関しての議論、卒業生の座る場所、卒業証書授与の場所などなどです。もう少し解説しますと、歌については”仰げばとおとし”を歌わなくなったこと、また場所については学校によっては卒業生を壇上に上げたり、卒業証書授与を壇上でなく同じフロアーで行う例があったようで、これが議論の対象になりました。確かに卒業式のやり方は我々の頃と比べても変化しています。号令一つとっても、以前は”一同起立、礼、着席”といったのが、”皆さん立ちましょう、礼、座りましょう”といった具合で、全般にソフトなイメージになっています。これは、時代の流れですので、むしろこの方がいまの小学校、中学校では普通なんだろうなと思います。個人的には違和感がありますが、理解して我慢します。ただ、名前を呼ばれても返事をしなかったり、卒業証書をもらいに行くときもだらだら歩いている中学校の卒業生がいるのを見ると、(卒業式で名前を呼ばれたら返事ぐらいしろ、もっとしっかり、胸を張って手をふって歩け)と思います。練習をしていないのか、あるいは、個人の自由と尊厳を重んじ、生徒の裁量にゆだねられているのか、生徒・保護者に気をつかって厳しく指導をしていないのか、指導をしても生徒が従わないのか、どうしてなのでしょうか。
 国民の生活、意識、考え方は大変多様化しており、そしてそれぞれが尊重されています。これはこれで大切なことです。しかし、世界全体、国全体、地域全体として考えた場合どうなのか、将来を考えた場合どうなのか、全体主義に偏重することは危険ですが、個人主義に偏重することもまた危険だと思います。状況に応じて、中長期的展望に立ってこのような議論の中でコンセンサスを引き出していくことが必要だと思います。


2003年3月16日 ラグビー
 今月も、半分が終わりました。大変はやいものだなとつくづく思います。
 今日、久しぶりにラグビー出雲クラブの試合に行きました。試合に行ったと言っても、見に行ったということで、試合には参加していません。ラグビーは大学の時、友人に誘われて始めました。実は、このとき受験のストレスがたまっていたようで、大学合格後も頭痛や不眠に悩まされて、精神的にかなりまいっていました。それを心配してくれたのか、強く友人が誘ってくれたのです。練習は大変厳しいものでした。また、先輩の言われることは絶対で、いまから思うとかなり無茶なこともしていたと思います。1年生の時は、とにかくつらいという思いでしたが、いつの間にか頭痛などなくなりました。部員が少なかったこともあり、初心者でしたが、1年の後半から試合でレギュラーとして使ってもらえるようになりました。ラグビーというスポーツは、単純ですが、とても奥が深いスポーツだと思います。また、いろいろなスポーツをやってきましたが、私は、ラグビーほど試合前の緊張感があり、終わったときの充実感があるものをほかに知りません。
 今日は、寒くて雨の中での、試合をしていました。練習試合でしたが、みんな目を輝かせて、ボールをつないでトライを目指していました。2年あまり試合には出ていませんが、しっかり体を鍛え直して、また出てみようと思いました。

2003年3月13日 広域消防組合
 本日、今期最後の出雲市外4町広域消防組合議会がありました。出雲市では、周辺の市や町と広域組合を作って事業をしているものがありますが、消防もその一つです。消防の場合は出雲市、斐川町、湖陵町、多伎町、佐田町の1市4町で広域組合をつくっています。この組合には各市町の首長、議員の中から選出された者による議会が設けられています。この議会は独立したもので、予算審議などが行われます。本日は13年度の決算、14年度の補正予算、15年度の当初予算が審議されました。
 さて、報告事項の中で、昨年(平成14年)の救急出場の概要がありましたが、過去最高の3,148件の救急出場があったとのことでした。1回も出場しなかった日はなく、1日での最多出場件数は23件だったとのことです。また3,092人の救急搬送者のうち、入院加療を必要としない軽症患者が51.6%の1,537名だったとのことでした。私は、素人ではなかなか判断できないので、何かあったとき結果的に軽症であっても、とりあえず救急車を呼ぶことは悪いことではないと思います。ただ、明らかに緊急性がないのにタクシー代わりで救急車を使う人があるとすれば、問題だと思います。本当に緊急を要する人の搬送が遅れ、助かる人が助からなかったというようなことがあれば、取り返しがつきません。また、救急車、救急隊を維持するには大変費用がかかります。全国各地で救急車有料化が話題に上るのはこのようなことがあるからです。世界的には救急車が無料の国は少ないそうです。これからも、救急車が無料であり続けるように、明らかに緊急でないときは救急車を呼ばないようにしましょう。また、一番大切なことは、救急車のお世話にならなくても良いように、健康に注意することです。
 

2003年3月11日 火の用心
 今年度で、消防団を退団することになりました。5年間という短い間でしたが、大変濃い時間を過ごすことができました。ポンプ操法大会にも、市大会に2回、県大会に1回参加するとができました。本当に消防団に入ってよかったと思います。
 さて、今年にはいってから、火災が頻発しています。元々冬場は火災が多いのですが、今年は件数も多く、また大津町火災で14棟を焼損する火災や古志町において人命が失われるなど、重大な火災が発生しています。また、放火、不審火も発生しており、大変遺憾です。私も、本年に入ってから既に3回火災出場しました。今年の2月28日には、火災多発警報が発令されました。まさに看過しがたい事態です。いつも思うのですが、災害はそこからいくら逃げても発生するときには発生します。まず、災害は起こるものとして認識し、その上で積極的にこれに立ち向かう姿勢が必要だと思います。つまり消極的な姿勢でなく攻めの姿勢でいることが大切だということです。
 常備消防、消防団とも、常に火災に備え、災害ある時にはすぐに駆けつける体制はとられています。しかし、消火はできても火災発生をなくすことは消防の力だけではできません。一番大事なのは、それぞれ個人で防火意識を持ち、火災を起こさないことです。
 「火の用心、火の用心」
 
2003年3月10日 最終日
 
4年間は、あっという間でした。まさに光陰矢のごとしです。本日、今期の出雲市議会は、最後の定例会を終了し、区切りの時を迎えました。私自身、一期目の最年少議員として、私なりに一生懸命つとめてきた4年間でした。この間、ご指導、お支えをいただきました、地元住民の皆様、先輩議員の皆様、市職員の皆様に心から敬意と感謝を申し上げます。
 さて、議会最終日は、いよいよ、その議会に提出された、議案を採決し可否を決定します。まず、委員長報告があります。これは、それぞれの委員会で議案を審査した結果、可決すべきか、否決すべきかを、その理由と共に報告するものです。この後、委員長報告に対する質疑があります。これは、委員長報告の中で不明な点、疑問な点などを質問するものです。これにたいしては委員長が答弁します。その後、討論があります。これはその議案に対して、特に自分の意見を述べたい議員が行うもので、議案に対する賛否とその理由などを発表するものです。これは一方的なもので、答弁を求めるものではありません。さて、いよいよ採決ですが、これは通常委員長報告に対する賛否で行われます。たとえば、以下は昨年12月議会の採決の時の議長の発言の一部ですが、「議第42号、市道路線の廃止について及び議第43号、市道路線の認定について一括採決いたします。 本案に対する建設委員長の報告は、いずれも可決であります。委員長報告のとおり決定することに賛成の方は起立願います。」という形です。通常、それぞれの会派(平成クラブ、政雲クラブ、市民クラブ、共産党、公明党)ごとに話し合いその議案ごとに賛否を決めていることが多いのですが、時々調整がつかず会派の中で賛否が分かれるときもあります。起立が賛成ですので、起立者が多いときにその議案は委員長報告の通り可否が決められます。
 議案の採決が、終わった後、特別委員長報告や、意見書の採決が行われることがあります。本日もありました。
 採決が終わると、いよいよ閉会なのですが、その前に市長が、一言申し上げますということで、お話になります。西尾市長は少し話が長いので、状況をみてもう少し短くしていただきたいと思います。そして閉会です。
 今回の議会の審議結果については、議会のホームページに明日(3月11日)のせる予定ですので、くわしくはそちらをご覧ください。
 本日は「本会議最終日」の流れでした。 


2003年3月9日 樋野昌男議員
 病気療養中の樋野議員が今期限りで引退されるという話を聞きました。本当だとすると大変残念なことです。
 樋野議員は厳格でまじめな方ですが、大変面倒見のよい方でもあります。今期後半、国県道対策特別委員会の委員長として、副委員長の私に色々とご指導をいただいてきました。行政の内面にも詳しく、大変参考になるお話も何度も伺っています。このホームページにものせていますが、議事録集は樋野議員に教えていただいて作ったものです。先般、お見舞いにうかがいましたが、体の一部にマヒが残っているようでしたが、それを除けばことのほかお元気そうでした。一刻も早く、全快されることをお祈りしています。


2003年3月5日 常任委員会
 今日は、経済委員会の開催日でした。出雲市には、常任委員会として総務、文教厚生、経済、建設の4つの常任委員会があります。議員はそれぞれ一つの常任委員会に所属します。従って一つの常任委員会の人数は7人で私は経済委員会に属しています。
 定例議会に議案が出されると、通常はその議案の内容によって担当する常任委員会を決め、その常任委員会で審議します。そしてその議案を可決するべきか、否決するべきか、委員会としての審査結果を出します。その委員会の審査結果に対して本会議で賛成、反対を多数決で決めるという形で議案の可否を決定するのです。少しややこしいのでわかりにくいかもしれませんが、本会議最終日に傍聴にきていただければすぐ実感できると思います。まとめて書くと、”議案審査を所管する常任委員会に付託し、その審査結果を本会議で採決する”といったところでしょうか。
 さて、我々経済委員会は、水道、下水道、産業振興(農業、工業、商業など)に関する議案を審議します。本日、私が注目したのは下水道の普及率についてです。出雲市は、公共下水道事業、農業集落排水事業、合併浄化槽の三本立てで下水道整備を進めていますが、3つ合わせても残念ながらその普及率は4割弱にとどまっています。これは周辺市町村と比べても低い数値です。下水道整備は、住環境や河川浄化のために進めていかなければならないものです。市民の皆さんのご理解とご協力をお願いします。
 また、先般の異常低温による水道管破裂についても説明がありました。零下6度という出雲市では記録的な低温のため、家庭の水道管が凍結・破裂が同時多発的に発生したため、莫大な漏水が発生し、水道圧力が極端に低下した、というのがその概要です。今回は特例として、この漏水に関わる水道使用量の増加分を水道局で負担することになりました。基本的に家庭配管の管理は各家庭に責任がありますので、1/2は負担してもらうのが原則です。今回の措置は、記録的な低温という自然災害によって発生したため今回に限りとられるものです。今後は啓発活動に努めるとのことですが、基本的に各家庭での備えが必要だと思います。


2003年3月3日 地球環境問題

 浮き足立つという言葉があります。また勇み足という言葉もあります。ただいま3月議会の最中ですが、4月の選挙が近づいて多少浮き足だったり、勇み足気味の発言が、議員から聞かれるようになりました。私も気をつけなければならないと思っていますが、どうしても落ち着かないというのが本当のところではないかと思います。
 友人から、地球温暖化が心配だというメールをいただきました。私も同感です。ずいぶん前から環境政策を優先させた上での経済政策が必要となっています。しかし、アメリカ合衆国はその逆の政策をとっているように思えますし、日本においても、不況、雇用問題が最も注目されており、環境問題は少しかすんでしまっています。全世界レベルで、人類がもっとこの問題に注目し続け、具体的な政策への圧力と協力をしなければ、政策が前進しないだけでなく、有力企業や業界の主張が優先されてしまう結果になり、取り組みのスピードが上がりません。地球環境の現状は、大変厳しい状況になってきていると思います。国同士でいざこざを起こしている場合ではないと思うのですが。いま、政治を動かす最も大きな力は世論です。民主主義は諸刃の刃です。一人一人の理解力、判断力を高めなければ、自ら間違った方向へ進んでしまいます。この問題についてはもう少し民意が盛り上がってもいいのではないかと思います。そして議論と理解が早急に進むことを期待します。


2003年3月2日 大仁田厚参議院議員
 
出雲市で大仁田厚参議院議員の講演があり,聞きに行きました。控え室でお会いしたときの第一印象は、テレビで拝見しているイメージより少しやせていらっしゃると思いました。体をしぼられたのかもしれません。
 お話の内容はご自身の体験談をもとに、考えを述べられるといったものでした。いろいろな話をされましたが、人との出会いを大切にしてくださいというメッセージを伝えたかったのではないかなと思っています。また、ステージ上での動きや細かなところへの気遣いなどでも、参考になることが多く、いろんなスタイルのやり方があるものだなと勉強になりました。


2003年2月28日 シカ被害者の会
 早いもので、今日で2月も終わりです。このレポートも今日を入れて16日書きました。まずまずのペースではないかと思います。これからも頑張って書きたいと思います。
 本日”シカ被害者の会”という会がありました。私はこの会の幹事の一人です。島根半島の北側に山があります。北山と呼んでいますが、このうち平田市の西部から西を、弥山山地といいます。現在島根県における、唯一のシカの集団生息地です。島根県はこの保護のため昭和47年度から捕獲を禁止してきました。近年、シカの個体数が増え、シカによる被害が顕著になっています。この対策のため出雲市、平田市、大社町の関係住民で作った会がシカ被害者の会です。弥山山地でシカが生息するのに適当な頭数は180頭と言われていますが、一昨年の調査によると804頭、昨年の調査によると推定503頭のシカが生息しています。明らかに多すぎるため、シカ自体が生態系のバランスを壊してしまっています。シカはつのを木の幹にこすりつけ、傷つけますが、この木は商品価値がなくなるばかりでなく枯れてしまうこともあります。また、木を切ったり、松食い虫等で枯れた後に植林しても、シカがその芽を食べてしまうため、そのほとんどが大きくならずに枯れてしまいます。下草をほとんど食べてしまうため、表土が流失しやすくなり災害につながります。また人里におりてきて畑を荒らします。道路に飛び出すため、事故がよく起きバイクなどは大変危険です。このように、いろいろな被害がありますが、ここまで被害が拡大したのは、県が正確なシカの頭数を把握できず、これを極端に少なく想定し、有効な対策をとらなかったためです。この点に関しては明らかに失政で、県の責任は大変重いものがあります。
 シカ被害者の会では、、シカの生息頭数が大変多く、山林や生態系のバランスがシカによって壊されていることなどを、強く県にうったえてきました。また、シカの生息頭数調査への協力などもあわせて行ってきました。その甲斐あって、県も、近年この深刻さを認識し、捕獲頭数を増やすなど対策を強化しつつあります。しかし、林業の衰退や松食い虫などと絡み合い、北山の荒廃は深刻の度をましています。また、これまでのシカの保護政策のため、地元住民の県当局に対する不信感はまだまだ根強く、今後、県のさらなる努力が望まれます。


2003年2月26日 一般質問
 
午前10:00から一般質問があり、本日は8名の議員が質問をしました。質問項目は市議会ホームページの事前通告内容に掲載されていますのでご覧ください。
 一般質問は毎定例会(2月23日参照)に行われます。その名の通り市政一般に関して質問を行う場で、質問項目には制約を受けません。但し、事前に質問する項目を市長側に通告する決まりになっており、一週間前にその締め切りがあります。原則としてこの締め切りをすぎてから、新たに質問をつけ加えることはできません。また、1議会での質問時間は答弁も含めて1時間、年間で3時間までと決められています。質問の流れは、はじめに議員が登壇して質問を行い、次に答弁を市長、部長などが登壇して行います。もしさらに質問を行いたい場合は、2回まで再質問することができます。これは質問も答弁も自席からとなります。
 このような、決まりの中で一般質問が行われています。本日一番印象に残ったのは、原議員の質問でした。原議員は、2期8年を終わるにあたっての市長の所感、救急医療体制について、出雲エネルギーセンターについての3項目について質問をされました。原議員の登壇しての質問は20分足らずではなかったかと思いますが、これに対して時間ぎりぎりまで使っての答弁がされました。明らかに、答弁時間が長すぎます。意図的だったと言われても仕方がない答弁だったと思います。原議員は今期最後の質問がこのような形になって残念だとおっしゃっていましたが、私も同感でした。質問する側と答える側には、暗黙の信頼関係があってこそ議論がかみ合い、成果が上がるものだと思います。これが崩れるようなことはすべきではありません。これはなれ合いと言うことではなく、議論を戦わせる上でのルールだと思います。個人的には救急医療体制に関する質問を重要な問題と注目していただけに、よけい残念です。
 本当に今日の原議員への答弁は、感心しませんでした。


2003年2月24日 全員協議会
 3月議会定例会が始まりました。提出された議案については、市の記者発表をご覧ください。午前中は本会議が行われ、午後から全員協議会(全協)が開催されました。全員協議会は、全議員が出席して、市長、部長からいろいろな報告・説明を受ける場で、定例会の初日、最終日、定例会と定例会の中間とその他必要に応じて開催されます。市の施策を議決し決定する場ではありませんが、議員からいろいろな質問や意見が出され、活発なやりとりがなされることもよくあります。よく、秘密の会議で、この場で内々に物事を進めているのではないかと誤解をされますが、記者の皆さんには公開していますし、施策を決定するといった会でもありません。
 さて、本日の全協は9項目の報告がされました。内容は
・第二回出雲地区合併協議会について(1月31日に行われた合併協議会の概要の説明がありました。)
・窓口サービスにおける総合案内体制の充実について(年度末、年度初めの市役所窓口のサービスを充実させる方策)
・投票区・投票所の変更について(選挙管理委員会において市内投票所の一部変更がされました。)
・平成温泉線について(一畑バスが運行していますが、4月1日からスサノウ観光が運行します。)
・出雲市幼保一元化施設検討委員会中間報告について(幼稚園と保育園の垣根をなくして一元化を図る検討がされています。)
・保育所定員の見直しについて(現在1660名の保育所定員が4月から1840名になります。)
・一般国道9号バイパス(中野工区)開通について(3月1日開通します。)
・出雲エネルギーセンターについて(引き渡しが遅れています。施工者の日立が責任を認め、損害金を支払います。)
・介護保険一元化の進捗状況について(広域事務組合で行います。)
です。
 本日、最も意見質問が出されたのは、エネルギーセンターの問題です。いろいろな問題が指摘され、回答がありましたが疑念が払拭しない議員もあり、もう少し時間をかけてこの問題の説明を受ける必要から、あさってもう一度この件について全協を開催することになりました。さてあさってからの一般質問でも多くの議員がこの件に関して質問をします。大変多くの時間をこのために費やすことになりそうです。しかし、総括的に責任をもってこの問題を検討すべき議会は広域事務組合議会です。関係する市・町の議員で構成される独立したこの議会での議論がまだ尽くされていないように思えます。出雲市議会独自で議論を進めていくことも必要ですが、広域事務組合議会との関係を整理しておかなければいけないとも感じています。


2003年2月23日 本会議初日はどんな会議
 
明日から出雲市議会定例会が始まります。今期最後の定例会です。定例会は、年に4回開催されますが、通常6、9、12、3月に行われますので6月議会、9月議会・・と呼ばれています。市が行おうとする施策は、通常この定例会に議案として提出され、議会はこれを審議し、可否を決定します。こう書いても実感がわかないし、よくわかりませんので少し定例会の流れを書きます。今日は初日についてです。
 初日のだいたい一週間前に、議員はその議会に提出される議案を受け取ります。最近は郵便局のゆうパックで送ってきます。事前に議案を受け取ることによって、議案について調査、検討をする時間を確保できるのです。定例会初日は、本会議が開催されます。本会議は全議員出席し本会議場で行います。まず市長の挨拶があります。その後会期の決定があるわけですが、前例や申し合わせ事項に基づいた日程の案が提出されます。この案は事前に公表されており”異議なし”の声ですぐに決まるのが通例です。そのあと、提出された議案について担当の部長が、簡単に内容を説明します。議案は後日行われる4つの常任委員会で詳細に審議されますので、初日は”議案が提出されたことを認識した”というところでしょうか。さて今回の3月議会ですが、今年4月に市長選挙が行われるため、骨格予算という位置付けになっています。政策的な予算は市長選挙が終わった後、そこで選ばれた市長が提出することになります。しかし、今回の予算はだいぶ政策的な要素も入ったもののように思います。この線引きは難しいですし、空白期間ができることの影響を少なくするために、このような格好になっているのでしょう。私は、”出雲科学アカデミー”という事業”に個人的には注目していますが、今回議論が集中すると思われるのは、出雲文化伝承館の整備事業と、出雲エネルギーセンター問題などでしょうか。議会の様子についてと、一般質問、委員会、最終日についてはまた書こうと思います。


2003年2月21日 合併後の議会の姿
 
最近よく聞かれるのですが、合併後議会はどのようになるのでしょうか。現在、出雲市は2市5町の合併協議会の中で平成17年1月の対等合併による新市発足にめざし話し合いをすすめています。吸収合併でなく、対等合併ですから、原則として合併した時点で全ての市町議会は存続できず、全議員は失職します。また定数は現在2市5町全体で126人ですが、合併後は34人と実に4分の1近くになります。
 但し、合併特例法により定数特例、在任特例が認められており、いずれかの特例を選択することが可能です。定数特例は、合併時に選挙を実施しなければなりませんが、一期にかぎりその定数を2倍まで増やすことができます。つまり2市5町で合併した場合、4年間は最大68人の定員とすることができます。在任特例は、合併後すぐには選挙を行わず、2年間まで合併前の市町会議員が、新市の議員となることができるものです。2市5町の場合は126人の議員で議会を構成し、その任期は新市誕生後2年以内で設定することになります。これらの特例を使えば、合併時の急激な変化を緩和できるとも言えますが、議員報酬などの財政負担が増えます。
 定数特例を使うのか、在任特例を使うのか、あるいは特例を何も使わないのか、これから法定協議会で話し合われます。まだ、この本格的な議論はされていませんが、私はすっきり何の特例も使わないのがよいと、個人的には思っています。しかし、このことが合併の障害になる可能性も否定できません。いずれにしても、法定協議会や各議会で十分な議論と、民意を含めた合意の形成が今後必要となります。


2003年2月20日 出雲エネルギーセンター
 
今月24日から始まる3月議会(2月から始まりますが)の一般質問の事前通告が出そろい、順番が決まりました。出雲市議会のホームページに乗せたのでご覧ください。一般質問は2月26,27日で両日とも10:00から本会議場で行われます。今回の質問で目立っているのは、出雲エネルギーセンターの引き渡しの遅れについてです。すでに、ご存じと思いますが、出雲エネルギーセンターはこの地域のゴミ焼却処理を行う施設で、関係市町で作る広域事務組合によって建設、運営されています。当初、昨年中に本格稼働する予定でしたが、工事の遅れや試験、調整、改良などに時間がかかり、未だ本格稼働しておりません。これには、ダイオキシン類の規制を強化した法律の施行、工事に関係する企業の倒産、新技術の導入などさまざまな背景があります。いろいろな方向から、今回の質問の中で検証されてくることと思いますので、評価はその後としたいとおもいます。ただ、このような問題が発生したことは、残念ですが、広域事務組合、企業とも一般市民の生活に影響がないよう最大限の努力を行っており、この点は安心されていいと思います。また、話題性をねらったと思える報道などを目にしますが、風評に流されることなく、事実を検証、評価することが大切だと思います。


2003年2月19日 まちなみ景観フォーラム
 
今日、ビッグハート出雲で行われた「まちなみ景観フォーラム」へ行きました。今回のテーマは「街の活性化と都市環境のデザイン・まちづかい」で、とくに中心市街地のまちづくりについて5人のパネリストとコーディネーターでパネルディスカッションが行われました。
 私が、議員になってからの4年間で高架事業と、再開発などこの関連事業で駅周辺の景観は大きく変貌しました。そして今着々と駅前矢尾線の整備が進められています。ハード事業が徐々に完成し、新しい街の形が見えてきました。これからのソフト面の整備をどのようにしていくのか、地区住民、市民、行政を中心に、良い仕組みをつくらなければなりません。
 さて、今日の発表の中では、”交流人口の増加”という言葉がキーワードの一つになっていたように思います。すなわち”観光客の増加”です。確かにハード、ソフトの整備によりまちづくりを行い、たくさんの観光客にきていただけることは良いことです。しかし、これは、あくまでも付加的にもたらされるものと考えた方が良いと思います。基本とすべきは、そこで暮らす人の生活様式や、日常生活の一部としてそこを訪れる人の思考・行動だと思います。ここにすむ人が住みたい街・住みやすい街、住んでいる人が落ち着く街、住んでいる人が美しいと感じる街・良いと感じる街を作っていくべきです。これを基本に、洗練されたまちづくりができれば、自ずと多くの人に訪れてもらえるようになると思います。”個性”とか、”らしさ”も生まれてくると思います。ソフトの議論がはじめから観光客目当てに偏重し、他都市の模倣に走るのでなく、これを基本に進められることを希望しています。


2003年2月16日 多選
 先般、平田市の太田市長が、次期県知事選挙への出馬を表明されました。主な争点は多選の弊害についてとなっています。率直に申し上げますと、私も多選には反対です。一般的に首長は3期、議員は議長をしたらその職を辞するのが一応の目安だと私は思っています。多選の一番の弊害は、組織の活力が失われることだと思います。これは、周囲が”なれ”てしまい”上手に立ち回る”ためにおきます。また、政治家自身も、どうしても慢心が芽生えやすくなるということも弊害です。権力の集中が長期にわたると、利権に流されやすくなります。これらの理由から、多選には反対です。
 しかし、例外があります。当該政治家がこの弊害を十分理解し、そしてこれをよしとしない信条を持っている場合です。その政治家が自ら多選に挑む場合、これだけ自分自身、つらいことはありません。それを曲げてでも出なければならないと決めた場合は、自らが傷つくことを承知の捨て身の戦いです。上記弊害は最小限に抑えられ、経験とこれに基づく知識いうプラス要素が加わり、立派な政治がなされる可能性が高いと考えています。こういう視点で見た場合、今時知事選で単純に”多選”を争点とすることに、私は重要な意味があるとは思いません。それより、地方分権、市町村合併という大きな転換期を迎えている現在、島根県が生き残り浮揚していくためには、誰が知事にふさわしいかということを基準に、冷静に判断しなければなりません。
 島根県知事選挙は、4月13日です。


2003年2月14日 給食センター
 
昨日、出雲市立学校給食センターで行われた、竣工記念講演会・給食試食会に行きました。講師は東洋医学情報センター専務理事の藤井弘泰(ふじいひろよし)氏で「食と健康づくり」という演題でした。1936年生まれということで私とちょうど30歳年が違うのですが、大変エネルギッシュな講演で、感服しました。遅刻していったので、すべてのお話を聞くことはできませんでしたが、「食」、「気」、「健康」などに関してわかりやすく解説をされ、氏の考えを示されました。多少話が飛躍し、ほんとかなと思った点もありましたが、大変わかりやすく勉強になりました。
 試食会の方は、当日の市内小中学校で食べられるものをいただきました。ご飯と、わかめ、具だくさんのみそ汁、豆腐ステーキ、サラダ、牛乳、ヨーグルトで大変おいしくいただきました。量を我々にあわせてくださったのか、思ってたほど少なくなく、この点も満足しました。
 さて、学校給食センターは昨年の7月に竣工し、9月から学校給食を作っていますが、中四国では最大の給食センターです。一部議員からは、大型の給食センターの建設を反対し、自校式で行くべきだとの意見が出されていました。さて、実際稼働した状況を見ると、ハード面、ソフト面ともよく機能していて、問題は少ないと感じています。自校式導入の、経費の増大やハード、ソフト両面での混乱を考えるとセンター方式で正解だったと思います。さて先般の異常低温による水道管破裂で市内全域で水圧低下が発生し一時給食センターでの調理を見合わせるという事態がおきました。どうも誤解している人がいるようですが、破裂した水道管は市内全域の一般家庭のもので、給食センターの水道管が破裂したわけではありません(2月4日参照)。水圧低下と赤水の発生が予想されたため調理を見合わせたのです。
 さて、今年4月から市内幼稚園も、この給食センターから給食が届けられるようになりました。これは長年愛育会などで要望をしてきたもので、大変喜ばしいことと思います。市長をはじめ市職員のご努力に感謝いたします。


2003年2月12日
 出雲そば
 今日、夜の会合のあとそばを食べに行きました。やはりそばは寒い時期が味がよく、今日もおいしくいただきました。昨年、出雲そばまつりが文化伝承館で行われました。この発案者は、板倉明弘議員で、産業振興協議会の珍部議員、直良議員等が中心となり実施されました。大変なにぎわいで、出雲そばのネームバリューも大変なものだと改めて認識しました。近年全国的にそばブームですが、出雲そばはこれに乗り切れていない感があります。関東のそば通といわれる人にいわせると出雲そばは、捨てるべき殻まで粉にして使っているのでよくないとか、つゆが甘すぎるとか、とかくよいことを言いません。しかしこれは好みの問題です。私も、東京でそばを食べることがありますが、そばは白くて迫力がないし、つゆは塩辛くてどうもあいません。そばどころといわれる所それぞれの特徴、良さがあり、自分の尺度でほかの善し悪しを決めるべきものでもないと思います。私は、出雲の職人が心を込めて作ったそばは、どこにも負けないと感じています。間違いなく出雲そばは、出雲地域の財産の一つです。県外の方、出雲にお越しの際は、是非ご賞味を。


2003年2月11日 出雲文化伝承館

 出雲文化伝承館というのをご存じでしょうか。出雲市在住の方ならほとんどの方が知っていらっしゃると思いますが、浜山運動公園のすぐ東に位置する出雲市によって整備された施設です。このホームページのトップページにも写真が登場していますので見てください。斐川町にあった豪農、江角(えずみ)家の屋敷を移転・保存し、その名の通り、出雲の農村文化を後世に伝えるため平成3年に整備されました。斐川平野の情景に見事に調和した質実剛健な造りは、一度訪れる価値のある出雲の財産ともいうべき建物です。しかしながら、入館者の数は、開館翌年の平成4年度には132,330人でしたが、平成13年度には24,775人まで落ち込みました。この有効利用を図るため、出雲文化伝承館周辺整備検討委員会が組織され平成12年10月に最終答申が出されています。これに沿った形で先般、周辺整備事業の案が示されました。主な内容は入館料の無料化(現在一般500円)、食堂・物販施設、多目的ホール、案内施設・展示施設・創作体験施設の新設などです。観光施設としての機能を充実し、集客をはかろうというのが主たる目的です。多くの人にきていただくために整備をすることや、料金を無料化することには反対ではありません。しかし本筋を見失っては、絶対にだめだと感じています。すなわちこの文化伝承館は、出雲の文化を伝承することを目的として保存された本物の建物で、この考えのもと一般の皆さんに公開されているものです。少し意見の分かれる点かもしれませんが、観光客の集客とその経済効果を第一の目的とするものではないはずだと私は考えています。私は上記の本筋を踏まえた上での整備が行われ、これをはき違えることがないように願っていますし、注目していきたいと思っています。


2003年2月9日 市内河川整備に関して
 インフルエンザがはやっています。我が家でも3人の子供すべてがかかっています。A型だそうです。高熱と、一度良くなったと思ったらまた高熱が出るという特徴があります。長男は三日目の朝平熱だったので学校へ行かせましたが、半日で送還されました。早く病院へ行って、完全に直るまで養生した方が良いようです。私も昨晩は、頭痛がひどく、本レポートは休ませていただきましたが、今日は少し良いようで朝からバタバタしていました。
 今朝、お伺いしたお宅は、大雨のたび水に浸かるところでした。出雲市の弱点の一つに、水害が頻繁に多くの地域で発生することがあります。出雲市は東に斐伊川という天井川、南北に山地があり平野部の水はほとんどすべて西流し日本海にそそぎます。元々平野部の地盤高は低く、河川勾配は大変緩く水が流れにくくなっています。河口は砂浜で、砂によって河口がふさがれる河口閉塞が発生しやすい点や、この地方の特徴の一つである強い西風が流れを妨げる点も無視できません。また近年の田圃の宅地化など開発が進み、より早く水が河川まで到達するようになったことや、山林の荒廃により山の保水力の低下と土砂の流出も影響を及ぼしていると思われます。これら多様な要因により、出雲市内平野部は雨に弱くしばしば冠水被害が発生するのです。市内中小河川の整備は、安全な市民生活と経済活動の発展のために必要であり、出雲市議会でもそれぞれの河川について特別委委員会、協議会を設けその改修の実現に努力をしています。しかし、河川改修には多額の費用が必要なため、国・県の補助なしではなかなか実現させることができません。公共事業で最近よく使われる費用対効果という言葉があります。これは事業をしたことによって獲られる効果(この場合は被害の減少額)を事業費で割ったもので、これが1以上ないと基本的に事業をしないというものです。確かに効率的な予算運用するためには必要なものですが、近年この考えに偏重しているのではないかと思います。災害を防止し国民の安全な生活を保障することを、費用対効果が1以上という考えで判断するべきものなのか疑問です。また、現況で判断し戦略的な投資という考えがないのであれば、均衡ある国土の発展はありません。これは大都市、地方がそれぞれ抱えるいろいろな問題をさらに増大させる方向に働くことは明らかです。近年大都市圏対地方というあたかもイデオロギーの対立ともいうべき論争が起きています。今、大切なことは相手の立場を理解し、この国の将来を建設的に議論、討論しあうことです。お互いに相容れず、平行線の主張と相手の非難の繰り返しが続けば、全体としてますます弱体化していくのではないかと心配しています。同じ国にすむものとして冷静で、論理的に、思いやりを持って、今後それぞれの世論が形成されて行くことを望みます。


2003年2月7日 消防団入団のすすめ

 友人のお母さんから「消防団員の交代の時期だけど、なかなかやる人がいないくて、世話役の人は大変だ」という話を聞きました。出雲市消防団は現在4方面隊16分団、団本部を含め535名の人員で組織され、市民の生命財産を、火災・水害・斜面災害などから守ることを使命としています。崇高な使命とその活躍にも関わらず、イメージが高いとはいえず、団員交代の時には、町内の役を受けている人があちこち頼みにいって何とか受けてもらうというのがほとんどのようです。
 確かに、消防団員はいろいろな面で大変です。火災の時はもちろん24時間いつでも現場に駆けつけ、消火作業を行わなければなりません。鎮火後は、現場検証の手伝いとその現場の残火処理にあたり、完全に再発火のおそれがなくなるまで現地にとどまります。その後汚れたホース等をきれいに洗い、ポンプ等の整備を行いやっと解散になります。出動から解散まで24時間以上かかることもあります。ちなみに広域消防組合(消防署)は次の災害発生に備え鎮火後速やかに消防署に帰ります。また、毎月一度の地区内消火栓等消防水利の点検、一軒ずつ訪問しての防火ビラ配り。夜間巡回。防火講習会の実施。など防火に関してもさまざまな役割を背負っています。
 また、大雨の時には集合待機し、水害発生時には避難の手伝い、土嚢積み、監視活動などの役割を果たします。土砂災害などにも出動します。 このほかに、出初め、訓練、ポンプ操法大会など、士気高揚・技術向上のためいろいろな行事もこなします。
 本当に、大変な仕事です。
 しかし苦労も大きいですが、それ以上に得るものは大きいと思います。私は、消防団に入って5年がたとうとしていますが、共に同じ目的に向かって困難を乗り越えてきた仲間の友情はとても深く、普段の生活では得ることができません。これが一番です。そして礼儀からポンプの扱いに至るまで、いろんなことが身に付きます。人間的にも成長できます。私は消防団に入って本当によかったと思っています。もし、皆さんに入団のチャンスが訪れたら、迷わず消防団員になられることをお勧めします。


2003年2月6日 油断大敵
 昨日書きましたように、市議会のホームページ上に議会だよりNo.31を掲載しました。ご覧下さい。12月議会を特集しています。
 12月議会を思い起こしてみると、広域合併法定協議会の立ち上げが同時期にあり、これが一番の注目事項でした。平田市、斐川町の態度が最後まではっきりせず、圏域全体として揺れていました。無事2市5町でスタートしたのですが、今後の展開に不安を残すスタートでした。この法定協議会で、私が最も残念であったことは、出雲市から次の世代を担う若者の代表が選ばれなかったことでした。当初、(社)出雲青年会議所の代表が若者代表として参加するとの情報があり、安心していましたが、結果的に選ばれませんでした。ちなみに出雲市代表としては、市長、議長、市議会広域合併特別委員会代表、商工会議所会頭、JAいずも組合長、自治協会代表です。この方々がだめだというつもりは毛頭ありませんし、当然選ばれるべき人たちだと思います。しかし、実際に次の世代を担う青年の代表が選ばれなかったのは明らかにおかしいと思います。まして(社)出雲青年会議所は合併問題に最も早くから取り組み、行動し、昨年6月議会では法定協議会への参加が盛り込まれた陳情が採択されていたのにかかわらず選ばれませんでした。不条理を感じずにはいられません。私がこれを知ったのは発表のある12月24日の朝で、すでにどうすることもできませんでした。経緯の説明を求めたところ、助役は「全体枠への出雲市の主張を受け入れてもらうことができなかった。限られた定員の中での苦渋の選択だった。」との返事でした。確かに他市、他町との話し合いの中で、出雲市の考えどおりにいかないことがあるのは当然ですし、市長、助役が最善を尽くした中で、苦渋の選択をなさったことは十分理解できます。私自身が反省すべきは、当初の情報で安心し、強く主張せず情報収集を怠ったことです。結果として同じになっていたかもしれませんが、少なくとも”何もできなかった”と嘆くことはなかったと思います。サラリーマン時代、先輩から「仕事は真剣勝負だ!とどめをさすまで気を抜くな」といわれたことを思い出しました。油断大敵ということでしょうか。しかし、まだ法定協議会は始まったばかりです。若者をはじめいろいろな立場の人の意見をとりいれていただく機会はいくらでもあります。今後は法定協議会の動きを注視しながら、未来につながる合併にするため努力していきたいと思います。


2003年2月5日 継続は力
 今日の午後、大分県臼杵市の議会運営委員会のみなさんが、出雲市に視察に来られました。議会運営委員会とは、文字どおり議会の運営に関することを審議する委員会です。たとえば、会期日程を決めるとか、議員同士の申し合わせ事項を話し合うとか、議員・議会そのものに関することはだいたいこの委員会で検討されます。出雲市議会にももちろんあります。出雲市議会のホームページに委員会構成がありますので、参考にしてください。
 さて、本日の視察は、議会ホームページの視察でした。臼杵市議会ではまだホームページが立ち上がっていないようで、出雲市議会のホームページについて視察し、これから作る上で参考にしたいということでしょう。先般も、岩手県の北上市議会から同様の視察を受けましたが、まだ、ホームページを立ち上げていない地方議会にとっては、急がれる課題の一つになってきているようです。私が出雲市議会のホームページを担当していますので、ホームページの視察を受けるときは、説明をさせていただいています。
 ここで、出雲市議会ホームページの紹介をします。平成13年7月23日、出雲地域イントラネット「いずも未来ネット」の運用が開始され、出雲市役所のホームページも一新されました。出雲市議会でもこの機会をとらえ、ホームページを立ち上げました。実は、作ることが決まったのはこのわずか一ヶ月前で、にわかに思いついた私が、「責任を持って作るので任せてほしい、お金はかかりません」と議員のみなさんに提案したのです。試験期間が必要とのことで、実質2週間余りで作りました。市のサーバと個人のソフトを使ったためお金は一切かかりませんでした(その後ホームページビルダーと議事録検索システムは議会で購入しました)。あれから約一年半、少しずつ充実させるとともに、議会だより、議会日程、一般通告事前通告内容、審議結果などは、決定し次第ホームページ上でも公開するように努力をしてきました。今では、全国的に見ても大変充実した議会ホームページに成長したと自負しています。広報委員会が担当委員会ですが、議員自らの手で原稿作成からレイアウト、入力までしている点が大きな特徴であるとともに、フットワークを良くしている一つの要因だと思います。このようにかなり頑張っているつもりですが、新規アクセス件数は一日あたり十数件です。それほどお役に立っていないのでは、と空しく思うこともありますが、継続は力だと思って管理しています。今後とも出雲市議会ホームページの方も地道な書き換えと、更なる充実をはかっていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。明日は、議会だよりNo.31の発行日かつホームページ掲載日です。継続は力です。


2003年2月4日 備えあれば憂いなし
 今日から、このレポートを書いていきたいと思います。デイリーレポートとしたいですが、ウイークリーになるかもしれません。どうかよろしくお願いします。
 昨日、市議会の全員協議会がありました。全員協議会とは、市議会議員全員で集まり、市執行部から報告をうけるものです。よく誤解されますが、基本的に物事を決定するようなものではなく、説明を受け、質問、意見を述べる場で、報道も傍聴しています。昨日の全員協議会は、先般発生した大津町での火災と、水道管破裂による水圧低下についてでした。
 大津町の火災は1月30日の早朝、4時47分頃出火し、全焼7軒、半焼1軒、部分焼5軒の大きな被害を出しました。被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。今回の火災は一時出雲市消防団全分団に出場命令がかかる、近年まれにみる緊迫したものでした。私に連絡があったのが5時40分頃、すぐ高浜消防コミュニティーに集合し、消防ポンプ積載車で現場に向かいました。我々、高浜分団が到着したのが6時頃でしたが、すでに類焼し7軒程度が燃えていました。すぐ、ポンプを設置し、ホースを延長し南側から放水をはじめました。大変な煙の中、狭い通路からの放水と悪条件の中での消火でしたが、なんとかそれ以後の類焼は押さえられ、鎮火させることができました。死者や重度のけが人が出なかったのは不幸中の幸いでした。
 さて、全員協議会では、総務部長、消防長から、今回の火災の経緯の報告と対応の説明がありました。火災現場の後かたづけは代官町火災に習って市で行うことや、多くの企業、個人から被災者の住宅を提供したいとの申し出があっていることなどの報告を受けました。議員から、市の素早い対応を評価する声が多く出されました。また、当日圧雪、新雪があり、消火活動が遅れたのではという質問に対しては、「この事実はなく、消防署員は到着とほぼ同時に防火水槽から放水をはじめた。防火水槽への水の補充が多少遅れたが、放水には影響なかった。」との説明がありました。また、「通報がやや遅く家屋が密集し風が強かったが、水利に恵まれたことと消防の果敢な消火作業により、悪条件を考えると少ない被害ですんだともいえる。」との説明もありました。
 火災の多い時期が続きます、更なる防火意識の高揚と、素早い通報が望まれます。
 水道管の破損、漏水、水圧低下、断水、については水道局長から説明がありました。今回の被害は家庭及び事業所で管理する宅内配管が、マイナス6度という気温で凍結し、同時多発的(2,267カ所)に破損したため、市全体で13,000立米/日という大変な量の漏水が発生し、水道水の供給が追いつかなくなったためです。古い配管と、近年増えた野外設置の温水器からの漏水が多かったとのことでした。議員からの今回の災害は人災か天災かとの問に、水道局長は「事前の啓発が不足していたことや、市民のみなさんの備えが不足していたという点では人災といえる。」と答えました。確かにそうともいえますが、だからといって誰かを責めることはできないと思います。発生後の市の対応は懸命かつ的を得たものであったと思います。20年に一度の寒波にどう備えるか、今回の災害を繰り返さないために、みんなが今回の災害を忘れないようにしなければならないと思います。さて、今回の漏水分については基本的に水道局で負担するとの方針が出されています。今後の対策、検討については今度の経済委員会で話し合われます。
 災害は忘れた頃にやってくるとはよく言ったものです。覚えていればやってこないともいえます。備えあれば憂いなしです。