「ドライスタート」と言う言葉があります。
当社にも、お客様から質問を頂く事があります。
「ドライスタートは、本当にエンジンに良くないのですか?」と。
ドライスタートはもちろんエンジンに良くありません。
もっと正確に言うと、エンジンには「ドライ」が良くないのです。
多くの方が「ドライ」と言う言葉からイメージするものは、「乾燥した」と言うイメージではないかと思います。
路面状況を表現する「ドライ路面」などが当てはまるかと思います。
エンジンにおいて、そう言ったドライになる事はあまりありません。
数年規模の放置、と言うような状況でも無ければ、そのような状況になる事はないでしょう。
そこまでの完全なる「ドライ」状況になると、エンジンの各部では酸化が進み始めてしまいます。
つまり「サビ」の発生が、各所から確認出来るような状況です。
エンジンで言われる「ドライスタート」とは、路面状況で言うと「ウエット路面」と同じ様な条件です。
「グリップ力は落ちているけど、タイヤは地面を捉えて前に進む」様な状態です。
この時、路面はタイヤを捉えています。
ところが、です。
多くのエンジン内部の部品は、グリップしてしまう事を前提に作られてはいません。
エンジンの動作部品は、本来「オイルの上に浮く船」のように設計されているのです。
エンジンの各部、動作部品の間には「クリアランス(透き間)」が設けられています。
このクリアランスを、エンジンオイルが埋め、その上をまさに「水の上を進む船」のように動く事が
前提としてエンジンは設計され、作られているのです。
つまり、路面状況とタイヤの関係に置き換えて表現するならば、「ハイドロプレーニング現象」
下で動作する事が、エンジンにとっての理想的条件なのです。
(そもそもハイドロプレーニング現象とはハイドロプレーン(水上飛行機)になぞらえてつけられた名称です。
水の上を滑走する飛行機と同様に水に浮いている形を現しています)
船にとって「グリップするライトウエット路面」は、動くのに適した条件ではありません。
船は「液体に浮いて動いてこその船」です。
路面にグリップした船は、もちろん磨耗してしまいます。
添加剤やエンジンオイルなどで極薄の油膜があったとしても、それにはあまり意味がありません。
ピストンリングの張力や、コンロッドの自重、バルブスプリングの反力などで
そのような極薄の油膜は切られてしまいますし、動く部品を浮かせる事も出来ません。
多少の油膜があった所で、それは「ドライスタート」と呼ぶべき状況なのです。
エンジン回転中、エンジンは、燃料を燃やしたエネルギーの数%をオイルポンプに回しています。
オイルポンプを回し、油圧と言う名の圧力を発生させる行為は、エンジンにとっては抵抗となります。
つまり、エンジンが発生させたエネルギーを、オイルポンプは奪っている、とも言えます。
なぜそこでエネルギーを消費してまで、オイルポンプを回す必要があるのか。
それはエンジンを磨耗、摩擦熱による焼き付き、と言う損傷から守るためです。
当社では、このオイルポンプが圧送するオイルにより、エンジンが保護された状態のエンジン作動を
「ウエットランニング」と呼んでおります。

ウエットランニング中のエンジン内部。
ウエットにする理由は、もちろん磨耗、焼き付き防止。
エンジンがきちんと暖まって回っているときに油膜が切れたら、そのエンジンはどうなるのか。
高温で回るエンジンの内部で油膜が切れると、摩擦熱により爆発的な温度上昇が発生。
最終的には部品の融解を招き、エンジンは焼き付いてしまいます。
つまり、エンジンを「ドライランニング」にしないために、オイルポンプにエネルギーを回しているのです。

産業用水平対抗2気筒エンジンのコネクティングロッド。
左はウエットランニングが維持されていたが、右はドライランニングが発生し焼き付いてしまった。
このエンジンにはクランクメタルは採用されておらず、鉄製クランクシャフトにアルミ製コネクティングロッドを採用している。
右はドライランニングにより摩擦熱が発生、アルミニウムの融点を超えて溶けてしまっているのが分かる。
焼き付いた方のコネクティングロッドは、ビッグエンド全体に焼けが入り、黒く変色している。
一つのエンジンのコネクティングロッドなので、オイル管理は全く同一条件である。
油膜が切れたか否かで、これだけの違いを生んでいる。
何のために燃料の持つエネルギーを捨ててまでオイルポンプを回して油圧をかけるのか。
メーターの中に、なぜ油圧低下の警告灯があるのか。
それは、「オイルの届かないドライ状態」がエンジンにダメージを与えるから。
オイルポンプの存在自体が、ドライ状態がエンジンに良くない、と言う証拠なのです。
ただ、エンジンはその構造上、エンジンが回り始めてからでないと、オイルを送る事が出来ません。
オイルポンプは、エンジンのクランク軸によって回されているからです。
「ドライスタート」
このオイルの保護が無く、エンジン内部で唯一油膜切れが発生する時間。
エンジンの磨耗が最も促進される時間。
ウエットランニング中の、油膜の切れない何千キロの走行距離より、油膜の切れた一秒の始動。
エンジン磨耗のほぼ全てが、この時間に集中するのです。

エンジン停止後数時間が経過。
ウエットランニング時と比較して、オイルが残っていないのが一目瞭然。
壁面に張り付いた程度の極薄油膜でエンジンを保護出来ないことは、オイルポンプの存在が証明している。
ここからオイルが来るまでの数秒〜数十秒、エンジンはドライを強いられる。
「ドライ」の始動時だから「ドライスタート」なのである。
「東京から大阪を往復するよりも、一回のドライスタートのダメージの方が大きい」と言われます。
ウエットランニング中のエンジン内部では、油膜切れ(ドライ)による接触がありません。
ドライランニングは、エンジンを破壊してしまうためです。
つまり、エンジン内部がドライ回転を強いられるのは、始動時しかないのです。
油膜の切れた1秒と、油膜の保護を得た100時間。
きちんと保護された100時間、エンジンは全くダメージを受けていません。
それに対し、油膜の保護が無い1秒の間、エンジンはダメージを負います。
部品の温度が低く、磨耗はしますが、一気に焼き付く事が無いために保護を与えられていないのです。

ドライスタートの概念図
エンジンを始動してから、エンジンオイルが届くまでの時間が、エンジンにとって最も厳しい時間となる。
ドライスタートを知るには、エンジンオイルの仕事である「潤滑」を正しく知る必要があります。
それではエンジン内部の潤滑の説明も交えながら、ドライスタートを解説します。
エンジン各部の構造と潤滑はこちら
それでは、オイルによる潤滑を解説します。
潤滑とは
流体潤滑
境界潤滑
(ドライスタート)
固体摩擦、乾燥摩擦
(さらに深刻なドライスタート)
まとめ