新東京物語

No.

写真 photo by ozawa

解説

29.

 前回の撮影から半年、当然ですがスカイツリーはかなり高くなってきました。前回も感じましたが、現行の東京タワーのように最下部の広がりは大きくないので、今見た感じでは単なる高層ビルの建築のようにしか感じません。地デジ移行まで既に2年を切っていますが、電波塔の竣工はwikipediaによると移行時期よりも遅いように書かれています。(2009年9月撮影)
28.

 建設が始まった新東京タワーです。現東京タワーのように裾の部分が末広がりで大きくないのか、印象的には細身です。場所は浅草からも遠くない墨田区は押上駅のそばです。両国生まれのozawaとしては昔家が有った所から、以前なら都電で一本、今なら地下鉄乗り継ぎで行ける近場です。完成は例の地上波デジタル化移行の二年後で、それまでは建設中のタワーが楽しめます。 (2009.03.07撮影)
27.

 高尾山にある薬王院です。高尾山は江戸っ子的には小学校の遠足コースですが、最近はミシュラン三ツ星の影響で外人さんが多いようです。ケーブルカーを利用せずに登れば、日頃運動不足の方には丁度良いハイキングコースと思われます。(2008年10月撮影)
26.  新宿は思い出横丁です。我々世代ですと、「しょ○べ○横丁」ですが、何時からなのか名前が変わっていました。ここは学生時代山登りの列車に乗る前によく食事をしました。確か火事で焼けてから、多少整理されて現在の店並みになったはずです。(2008.09撮影)
25.  都電は生まれ育った両国の家の前を通っていましたので子供の頃は毎日見ていました。今はこの荒川線(早稲田->三ノ輪間のみで、何年に一度という感じでしか見る事はありません。(2008.04鬼子母神で撮影)
24.  田端の赤札仁王尊。ここは個人的には子供の頃から良く知っていますが、日暮里ほど下町歩き族のコースにはなっていないので、江戸っ子でも知らない人は多いのかも知れません。田端駅からも近いので、一度は見ておきたい文化財です。(2008.03撮影)
23.  皇居側から見た東京駅。右に丸ビル、左に新丸ビルと聳え、東京駅自体が小さく感じます。この構図が良いとは思えませんが、これも時代の流れでしょうか? (2008.02撮影)
22.

 東京駅地下に新装公開された銀の鈴。以前は地上の八重洲口で待ち合わせ場所でしたかが、今はGranstaの真中。東京駅に限らず駅ナカは民営化後のJRの拠点ですが、地震の時とか考えるとこうしたスタイルが望ましいのかは疑問です。 (2007.10撮影)
21.

 言わずと知れた神田明神です。御茶ノ水駅かせほど近いここは、湯島神社同様に下町育ちには懐かしいところです。この冬は暖冬というせいもあって、1月下旬から梅の花が咲き始めていました。(2007.01撮影)
20.

 東京駅八重洲口です。今ここは大丸が入っている駅ビルの周りに超高層ビルが相次いで建設中です。名古屋や浜松など新幹線駅の隣に超高層ビルが以前から聳えている事からすれば、東京も必然だったのかも知れませんが、駅の景観という事を考えて駅舎の回り何百メータかは高さ制限するといった事も本来大切とは思いますが。(2007.01撮影)
19.

 伊豆大島の筆島です。伊豆大島も高齢化・過疎化が進んでいて、以前に比べ活力はかなり衰えているようです。ジェット船で芝浦から2時間弱というお手軽さながら観光客も少なく、逆に言えば穴場で都内でありながら離島気分を満喫出来る世界です。猿やリス等野生動物も豊富でテーマパークより余程楽しめます。(2006.11撮影)
18.

 六本木ヒルズの森ビルです。この写真は東京タワーから写したもので、背景は丹沢山塊です。最近はライブドア・村上ファンドの両事件で負のイメージの強い六本木ヒルズですが、良くも悪しくも今の東京経済の象徴のように思われます。(2006.10)
17.

 砂町銀座のおでん屋です。最近はどこでも大型ショッピングセンター全盛で、いわゆる商店街は苦戦しています。しかし個人的には昔ながらの商店街の雰囲気は捨て難く、砂町銀座のような細い路地道は好きです。(2006.05撮影)
16.

 音羽の鳩山邸です。鳩山由紀夫、邦夫兄弟の祖父にあたる鳩山一郎が首相だった当時の邸宅で、現在は公開されていて中を見る事が出来ます。別名音羽御殿と呼ばれています。(2005.09)
15.

 北千住で見つけた団子屋さん。写真右手で団子を蒸かしています。北千住で下車したのは生まれて初めてでしたが、旧日光街道沿いに古き良き東京が残っていました。(2005.05)
14.

 表参道の同潤会アパート。撮影は2003年2月。よって今はもう無くなって、跡地がどうなっているのか確認にも行っていません。壊すだけでなく残す施策も必要だと思うのですが。(2004.05)
13.

 水戸徳川家の庭園だった小石川後楽園です。30年振りくらいの訪問でしたが、バックは東京ドームとドームホテルです。新しいものとの調和なのか、景観破壊なのか? 浜離宮バックの汐サイトもそうですが、江戸情緒の破壊は確実に進んでいます。(2003.04)
12.

 井の頭公園は中央線吉祥寺駅南側にあります。休日ともなると園内の池が家族連れのヨットで一杯になる人気スポットです。この公園南側には玉川上水が流れ、太宰治の入水現場は西側三鷹寄りになります。(2002.05)
11.

 浜離宮の緑に聳える、汐留に建設中のビル群です。六本木・品川の変貌もすごいようですが、元の国鉄操車場跡地のここもかなりのものです。バブルの最中に売ることもせず、土地下落後の売却で国鉄債務の縮小が果たせなかったことで有名な場所です。(2002.02)
10.

 東京湾アクアラインの海ほたるから木更津方面を望んだところです。ご覧のように車は殆ど通っていません。1兆4千億円以上を投じたとされますが、年間金利400億円すら払えそうにない道路公団のお荷物です。恐らく将来国民負担とされるバブルの歴史的遺物でしょう。(2001.12)
9.

 等々力渓谷です。二十三区内に「渓谷」と名の付く所があることに驚きです。等々力不動なども有り情緒豊かですが、環状8号線の下を潜るところはさすがに都内という感じです。(2001.11)
8.

 柴又の帝釈天。寅さん映画で門前の商店街が有名になりました。浅草と並んで古き良き東京が残っています。ここの裏手には魚料理で名の知れた魚甚があり、更にその裏手では矢切の渡しが今も営業しています。(2001.06)
7.

 吾妻橋浅草側から見たアサヒスーパードライホール上のオブジェ。フッリップ・スタルク氏設計と聞きますが、このオブジェよろしくないものに例えられているらしい? 左端ビルはバブルの象徴墨田区役所。都庁・文京区役所と並ぶ税金の無駄遣い庁舎として有名。(2001.06)
6.

 勝どき橋から見た隅田川ウォーターフロントです。右奥の大川端のマンション群はまだ新規に建設されているようで、ここを見ている限りでは日本の何処が不景気なのかと考えてしまいます。(2001.05)
5.

 バブルの象徴臨海副都心でも一際目立つヴィーナスフォートの内部。今のところ客足は順調なようですが、交通の便の悪さは相変わらず。リピーターの確保が課題でしょうか? (2001.04)
4.

 旧古河庭園内の洋館。庭園は元々陸奥宗光の邸宅だったが、その後財閥古河家の所有となった所。場所は上中里駅が最寄ですが田端駅からも遠くありません。前の本郷通りは地元高校のマラソン練習コースらしく、若者のランニング姿が絶えません。(2001.04)
3.

 2000年12月12日に開通した都営大江戸線。写真は飯田橋駅ホームですが、デザインや色にこだわっています。しかしながら1兆円を投資しながら赤字が確実視される問題路線です。深度が深い事もあって乗り換えはどこの駅も不便で、車体も小さく圧迫感があります。(2000.12)
2.

 両国の横網町公園内にある東京都慰霊堂。地元民が記念堂と呼ぶここは、関東大震災で多くの犠牲者を出した被服廠跡であると同時に1945年3月10日の東京大空襲の慰霊の場でもあります。(2000.12)
1.

新宿の代々木方面に出来たNTTドコモのビル。印象的な尖塔スタイルはニューヨークのエンパイアステートビルを連想させます。(2000.11)

 東京に生まれ育った私には1960年代頃の街の姿が強く印象に残っています。その後80年代後半のバブル期からかなり街の様相が変わった気がしますが、古いものと新しいものが調和しながら変遷していくのがまた東京の良いところです。このコーナーでは21世紀の東京の印象的な光景をご紹介したいと思います。(2001.01)

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