山コラム ozawa


5.韓国岳の遭難 (2009.11.03)

 31日から行方不明だった小学生が遺体で見つかった。

http://www.asahi.com/national/update/1102/SEB200911020009.html

本サイトの記念すべきタイトル画像第一号がこの霧島の韓国岳だった。しかも私は12年前の同じ10月31日に、この山を登っているのである。この山は遭難者を出すような山ではなく、小学生とはいえ貴重な生命を失った事は残念という他ない。

 私の登った時も一面の霧氷で寒かったが、駐車場から頂上までは僅かに1時間半であり、道を失うことが無ければ遭難は考え難い。想像ではあるが、今回ははガスに巻かれて道を間違え、焦りの中で滑落してしまったといった事なのだろう。児童であるという事を考えれば、先に行く事を許してしまった親の責任が大きいと言わざるを得ない。山には難しい山や避け得ない悪天というものも確かにある。しかし今回の遭難はそうした類のものではなく、心のスキが招いた遭難とでも言うべきだろう。


4.大山 (2009.11.01)

 鳥取の大山に登ったのは10月1日なので、もう1ヶ月経った事になる。今年は長い休暇も取れたので、当初は石鎚山・大山・荒島岳と、最低でも三つは登ろうかと考えていたのに、旅先で晴れたのは僅かに1日で、後は雨で下界の観光でもしんどく、当然ながら登山は出来なかった。結果本年の登山は大山一つだけとなった。

 大山は三度目の正直だった。米子のそばの皆生温泉に私は過去二度泊まった事があり、その二回目の時は大山に登る気があったが、天候・体調と今一つで断念した。その後その時の借りを返すべく登山を計画したものの、飛行機の予約が取れず駄目だったのが、もう数年前の事になる。

 今回は本来は登山旅行、実際には雨の観光旅行4日目にやっと晴れて、大山に登った。米子側から大山寺下の駐車場まで車で行って、登り始めたのが8時40分。天気は良いものの雲も流れていて、山頂がガスでない事を祈りながらの登りとなり、10時過ぎに6合目着。幸いガスには巻かれず日本海が良く見えた。

 山頂手前は木道も整備されていて、ピークに着いたのは11時20分。剣が峰方面はガスだが、反対の日本海側に雲は無く、素晴らしい展望を楽しんだ。私にとって73峰目の百名山登頂となった。ピークと言っているのは弥山で、実は剣が峰の方が高いが、そこへの痩せ尾根は崩落が激しく登山禁止になっている。

 最近の傾向だが、年齢が上がるにつれて下山が結構厳しい。登りで滑落の心配は殆どしないが、下りはそれなりに慎重に足を進めた
。下山の最後で大山寺を参拝し、駐車場に戻った。その時点ではその日の泊まりの宿も決めておらず、取り敢えずは高速道路へと車を走らせ大山山行を終えた。


3. ジャンダルム (2009.09.14)

 奥穂高のジャンダルム付近でヘリコプター事故があった。

http://www.asahi.com/national/update/0911/NGY200909110008.html

ヘリコプターの事故は平地でもあるし、気流の変化の大きい山岳地帯ならより危険度は大きい。この事故自身は登山とは直接関係ないので、これ以上コメントしないが、この事故でスポットライトを浴びたのが、ジャンダルムとロバの耳だろう。

 穂高は幾つかのピークが成されていて、北からだと北穂高岳、涸沢岳、奥穂高岳、前穂高岳、西穂高岳とあるが、奥穂高岳・西穂高岳間が悪路で、馬の背・ロバの耳・ジャンダルムと名の付く有名なところがある。馬の背は名の通り左右どちらも絶壁で細い背の部分に跨って前進する難所である。

 ロバの耳は小さなピークの名であるが、今回の事故はこのすぐ横で起きた事となる。私は学生だった1978年にテントを持って歩いた裏銀座山行の最後の登りとしてジヤンダルムを登り、このロバの耳も通過した。もう30年も前の話になってしまったが、当時の稜線を思い出させる今回のヘリコプター事故となった。亡くなられた方々のご冥福を祈りたい。


2. トムラウシ遭難(2) (2009.08.16)

 8人が凍死された遭難からほぼ一月、色々と内容が検証されて来た。当初遭難のニュースを見た時、テントでビバークしていた中でも二人凍死されていて、なぜそうした事になるのか不思議であったが、このテントはガイドが持参されていたものではなかったようだ。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090816-OYT1T00077.htm?from=main1

 上の記事には「登山道整備業者が非常時用に残していた大型テント」と書かれている。簡易テントを持参していたガイドは下山していたとも書かれていて、用意周到に簡易テントが有った訳ではなかった。そもそも山中で大型テントを見つけた事自体ある意味幸運な出来事で、これが無かったら、この中で亡くなられなかった三人の方々も危なかったのかも知れない。

 個人で登ればよい山を、ツァー登山として参加される中高年の方々は、同行ガイドの技量に期待して、ある意味安全に高いツァー料金を投資しているとみて良いと思う。私もかっては単独行専門の登山だったけれど、残された百名山の幾つかの山ではツァー登山も選択肢の一つではあった。しかし今回の怪しいツァー登山の実態を見ては、とても安易に使いたいとは考えられない。

 記事に書かれているように二日前の天気サイトを確認しただけというのが本当であれば、ツァー企画会社の刑事責任追及は当然だろう。私がテントを担いで登山していた頃、天気図帖の持参は常識だった。テントの中でラジオの気象情報を聞き、天気図を書くのである。現在では携帯の電波が届くのであれば天気図の入手は容易だろうが、圏外への山行ならばやはり天気図作成は登山に必須のものだろう。それもしていないツァー企画会社の責任は極めて重いと私は考える。


1. トムラウシ遭難 (2009.07.20)

 夏の山で10名(内1人は美瑛岳)も亡くなられるという、最近記憶にない遭難事故があったので、ozawaとして意見を書いてみたい。因みにこのコラムを書いている段階で登山ツァーを企画したアミューズ・トラベル社に、業務上過失致死の疑いで捜査が入っており、場合によっては将来起訴されて、法廷の場で遭難のあらましが解明される事となるのかも知れない。

 一応登山に詳しくない方の為にトムラウシ山について書いておくと、この山は深田久弥氏が日本百名山に選ばれている。よってその事によってのみでも、多くの登山家の憧れであり、私自身も登りたい候補の山には入っている。一方でこの山は有人の山小屋がなく、しかもアプローチが長くて日帰りは苦しいという山である。熊の心配もあるので、今回参加されている五十代、六十代の方々がこうしたツァーに参加したいと考えるのはある意味頷ける。

 しかしでは何が今回の惨事を招いたのか。10名の方の内、美瑛岳の方は別としても、トムラウシでは単独行の方も亡くなられているので、団体ツァーだけに問題が有ったとは言えない。やはり厳しい風雨という天候に依存する事は確かだが、団体ツァーパーティ故の問題も大きいように思える。二泊三日の山行を、天候が悪いからといって三泊四日あるいはそれ以上に延ばす決断を、恐らくは帰りの飛行機の予約を取っているであろう団体で、する事が出来たのだろうか? もし避難小屋にもう一泊する気でいたら避けられた惨事のように思うが、こうした団体ツァーパーティにそれが出来るとはちょっと考え難い。

 明日は我が身で、何時同じ様な遭難に遭遇するか判らないものの、少なくとも過去三十数年の山行を事故なく過ごして来た私にとって、天気が悪い時は身を引くというのが、山で得た哲学である。私の生まれて初めての本格的な山は高校のワンゲルで行った槍ヶ岳だったが、実はこの時引率の教師の指導で、肩の小屋まで行きながら山頂へは行かなかった。雷雨で、雷を避けるという事で、翌日未練ながらに槍沢を下った事を今も覚えている。

 しかしこの経験は貴重で、その後教訓とした。例えば、唐松岳に登ったもののやはり雷雨で後立山縦走を断念したり、大雨のため黒部五郎の山小屋で停滞したりと、天候・風雨とは争わない山の哲学を得た。もし今回の団体ツァーの方々に、避難小屋に一日停滞する勇気ある決断が出来たら、今回の大惨事は避けられたはずだか、唐松や黒部五郎を単独行で行った私に出来た決断を、団体ツァーの方々に出来たかと言えば、なかなか難しいと思う。ガイドの天候を見る判断力が結果として甘かったと言わない訳には行かない。

 今回の登山ツァーは当初ガイド4人、ツァー客15人で、ガイド一人は避難小屋に残ったとの事でガイド3人に、客15人と、けっして無理な構成ではない思える。ところが、一人体調不良者が出てガイドが連れ添いで残ったという事で、ガイド2人、客14人とだんだんとガイドがツァー客全体を把握出来なくなっているいるように思う。

 私が高校のワンゲルで槍ヶ岳に登った時は先頭を部のOB、最後尾を最高学年の部長と引率の教師で、前後どちらも無線機を持っていた。当時は携帯電話などなく、当然アマチュア無線で、これにより先頭と後尾がどんなに離れてもパーティ全体の把握は可能だったし、電波の通るところであれば、横尾のベースキャンプに残った先輩とも連絡が取れた。今回遭難した団体パーティはアマチュア無線を持っていたのだろうか? 山では携帯電話は電話の届かないところもあり、団体パーティなら必須のように思うがどうだったのだろうか? 因みに私は携帯電話が普及する直前まで、単独で山行する時はアマチュア無線機を携行していた。

 そもそも今回の団体登山ツァーには予備日が無いのだ。予備日の無い山行は悪天予想時は中止すべきだっただろう。確かに二泊三日程度の山行で予備日の設定は難しいが、シニアの山行という事を考えれば有っても良かった。若い頃の私の山歩きは何時も予備日が有ったというか、行程は天気・体調次第であり、体調が悪ければ目的の山を諦めてでも下山した。単独行だった朝日岳登山では体調不良で本来の目的だった雪倉岳や白馬岳を諦め下山したし、最近の祖母山山行では同行者の体調不良でやはり登頂を断念した。

 山は何年経っても無くなる事はない。今年駄目でも来年再度来るという考えのもと、下山出来る勇気が必要なのだ。今回のトムラウシではエスケープルート自体がそもそも無いようなコースであれば、やはり予備日の設定が重要という事になる。多くのシニアツァー客が、ガイドを信じて今回の山行に参加していたとすれば、やはりその判断力の甘さに責任は有ったと言う他ないのだろう。 


since 2009/07 Y.Ozawa