『fake』
どさっと目の前に、書類の山が置かれて、あたしがパソコンから顔を上げると、眼鏡の奥の瞳を光らせて朝倉先輩が言った。
「これ、明日の朝までにまとめておいてくれ」
「え?」
冗談でしょう。あたしはそう思ったけど、朝倉先輩の表情は至極真面目だ。端正なつくりの顔だから、本人の気持ち以上に真面目に見える。
「じゃな」
厚さにしておよそ5センチ。この資料を明日の朝まで?今はもう午後の3時なのに?
「あの…」
今日は友達が誕生日を祝ってくれることになってるんですけど。7時に恵比寿なんですけど。今はもう3時なんですけど。
言いたいことは山のようにあったけど、朝倉先輩はそのまますっと消えてしまった。
「…嘘」と言いたいところだけど、朝倉先輩ってすごく強引なところがたまにある。
ああ、せっかく22歳最後の日だってのに、最悪だ。
「なんか、大谷さん。すごいオーラだしてるよ」「近づくなって感じだね」
後ろの方で、あたしを見ながら同僚の先輩たちがひそひそ話してるのが聞こえた。
だって、必死にやらないと行けないんだもん、誕生日会。主役が行けないなんてこと、ありえないって。ああ、これも全てあの朝倉純先輩のせいだ。
朝倉先輩は、仕事ができる。服装もこぎれいで、クールにしてるせいか、アルバイトの女の子からもそれなりに人気があるらしい。
曰く、「あの眼鏡の奥のクールな瞳がたまらないの」
クールというよりも、あれは意地悪な目だ。
眼鏡っていう魔法のフィルターに隠されているけど、きっとあの奥の瞳は氷のように冷たいに違いない。だってあたしは、いっつも意地悪されてるんだ。
「おい大谷。お茶片しておいてくれ」
「大谷。数字一桁間違えてるぞ」
「先輩をおいて先に帰るとは、何事だ、大谷」
まるで小姑。あたしの一挙手一投足をいつも監視してる。そりゃ社会人1年目だから、目に余ることはたくさんあるかもしれないけど、もっと優しく言ってくれてもいいと思う。ああ、そんなことを考えているうちに、時間だけがどんどん過ぎていく…。
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