石田波郷とは、私の師、今村俊三と岸田稚魚の師として出会いました。すでに20年近く前のことです。以来、俊三や稚魚の作品と同様、何度も読んで来ているのですが、実はずっと苦手意識をもっていました。波郷はすぐれた散文の書き手でもあり、そのよさはわかっているつもりです。しかし波郷俳句のよさがよくわからなかったのです。
好きな作品はたくさんあります。たとえば、実質的な第一句集『鶴の眼』(沙羅書店、1939年)の作品だけでも、「バスを待ち大路の春をうたがはず」「あへかなる薔薇撰りをれば春の雷」「夜桜やうらわかき月本郷に」「昼顔のほとりによべの渚あり」「朝刊を大きくひらき葡萄食ふ」「百日紅ごくごく水を呑むばかり」「寒卵薔薇色させる朝ありぬ」「雪嶺よ女ひらりと船に乗る」などなど、どんどん引くことができます。しかし同時に、ふっと腑に落ちない作品もたくさんあるのです。
ところが、先日、文庫版『鶴の眼』(邑書林句集文庫、1996年)に添えられた山田みづえさんの解説(「俳句の大海原へ」)を読んでいたら、なんだか憑き物が落ちたように、ふっと波郷作品に対する苦手意識が薄らいだのです。(山田さんの解説も何度か読んでいたのですが、不思議です。)
解説のなかで山田みづえさんは、「私が波郷句集を見たのは昭和三十年、読売文学賞に輝いた『石田波郷全句集』[註:『定本
石田波郷全句集』(創元社、1954年)]がはじめであった。その中の「鶴の眼」には殊に圧倒された」と述べ、まず「春」「夏」の章の作品を何句か引きながら、「その斬新さ、発想の面白さ、胸がどきどきしながら、これらの句をたちまち記憶したことを思い出す」と続けておられます。おそらく、山田さんは波郷作品に最初に出会ったとき、そのときのご自身の自然なありようで波郷作品に向かわれたのだと思います。
山田さんのこの解説をあらためて読んでから、波郷の俳句がどんどん入ってくる感じです。『鶴の眼』の作品の多様さや俳句表現に向かう波郷の姿勢といったものも理解できるようになった気がします。
『鶴の眼』から20句だけ引きます。
- バスを待ち大路の春をうたがはず 石田波郷
- 銀座千疋屋
あへかなる薔薇撰りをれば春の雷
- 春の街馬を恍惚と見つゝゆけり
- 上野公園
夜桜やうらわかき月本郷に
- 草負うて男もどりぬ星祭
- 昼顔のほとりによべの渚あり
- 朝刊を大きくひらき葡萄食ふ
- 青林檎子が食ひ終る母の前
- 百日紅ごくごく水を呑むばかり
- しづけさにたゝかふ蟹や蓼の花
- 秋の暮業火となりて秬は燃ゆ
- 日支事変始まる
秋風に立ち号外を日々手にす
- 吹きおこる秋風鶴をあゆましむ
- 寒卵薔薇色させる朝ありぬ
- 檻の鷲さびしくなれば羽搏つかも
- 月食スキー行
月食は駅の時刻にたがはざる
- 雪の嶺且つ褐色の木を蔽ふ
- 雪嶺よ女ひらりと船に乗る
- 寒林をしばらく兵のよぎりたり
- 英霊車去りたる街に懐手
ところで、俊三から譲り受けた『定本 石田波郷全句集』(集英社、1967年)は、俊三が印を付けながら繰り返し読んだ一冊ですが、その印が私の選とは少々異なっています。また新たな問題(?)が生じてしまいました。 |