俳句工房[ZA]−俳句と評論
 
 
 
[俳句をめぐるコラム]
石田波郷作品をめぐって
 
 
■3 (句集『風切』)

 

  • 早春や室内楽に枯木なほ  石田波郷
  •  言問
    櫻餅闇のかなたの河明り
  • 初蝶やわが三十の袖袂
  • 遠足や出羽の童に出羽の山
  • 蛞蝓急ぎ出でゆく人ばかり
  • 女来と帯纏き出づる百日紅
  • 椎若葉一重瞼を母系とし
  • 椎若葉わが大足をかなしむ日
  • 犬の尾のいまたくましや椎若葉
  •  点呼帰途
    百日紅一人の兵として通る
  • 七夕の国府津に雨の上がりけり
  • 朝寒の市電兵馬と別れたり
  • 東京の鵙声高き帰還兵
  • 朝顔の紺のかなたの月日かな
  • 葛咲くや妻恋村の字いくつ
  • 一高へ徑の傾く芋嵐
  • 槇の空秋押移りゐたりけり
  • 寒椿つひに一日のふところ手
  • 夕月に湯屋開くなり近松忌
  •  急ぎの仕事ありて
    小机に縛られゐるや春隣

 石田波郷の句集『風切』(一条書房、1943年)を久しぶりに読み返しました。数年ぶりだと思います。2年半ほどに『石田波郷読本』(角川学芸出版、2004年)が発行され、主な句集はこれ一冊で読めるようになりましたが、今回は富士見書房版の『石田波郷全集』第一巻(1987年)で読んでみました。
 この一冊は、私が俳句をはじめてまだ数年のころ購入したもの。当時つけた印がそのまま残っていますが、そのとき惹かれた作品と今回読んで惹かれた作品に大きな違いはありませんでした。それがなんとなくうれしいことでした。
 しかしあらためて思うのは、この句集が波郷30歳のときのものであること。つまり、20代の作品を収めているということです。20代の青年がすでにこれだけ完成された作品を制作していたということ。
 この年9月、波郷にも召集令状が来ます。その月の末に入隊、その翌月、華北に渡りました。こうした時代だったのだと思います。

 
『石田波郷全集』(富士見書房) 『石田波郷全集』(富士見書房)
 
 
■2 (句集『鶴の眼』)

 

 石田波郷とは、私の師、今村俊三岸田稚魚の師として出会いました。すでに20年近く前のことです。以来、俊三や稚魚の作品と同様、何度も読んで来ているのですが、実はずっと苦手意識をもっていました。波郷はすぐれた散文の書き手でもあり、そのよさはわかっているつもりです。しかし波郷俳句のよさがよくわからなかったのです。
 好きな作品はたくさんあります。たとえば、実質的な第一句集『鶴の眼』(沙羅書店、1939年)の作品だけでも、「バスを待ち大路の春をうたがはず」「あへかなる薔薇撰りをれば春の雷」「夜桜やうらわかき月本郷に」「昼顔のほとりによべの渚あり」「朝刊を大きくひらき葡萄食ふ」「百日紅ごくごく水を呑むばかり」「寒卵薔薇色させる朝ありぬ」「雪嶺よ女ひらりと船に乗る」などなど、どんどん引くことができます。しかし同時に、ふっと腑に落ちない作品もたくさんあるのです。
 ところが、先日、文庫版『鶴の眼』(邑書林句集文庫、1996年)に添えられた山田みづえさんの解説(「俳句の大海原へ」)を読んでいたら、なんだか憑き物が落ちたように、ふっと波郷作品に対する苦手意識が薄らいだのです。(山田さんの解説も何度か読んでいたのですが、不思議です。)
 解説のなかで山田みづえさんは、「私が波郷句集を見たのは昭和三十年、読売文学賞に輝いた『石田波郷全句集』[註:『定本 石田波郷全句集』(創元社、1954年)]がはじめであった。その中の「鶴の眼」には殊に圧倒された」と述べ、まず「春」「夏」の章の作品を何句か引きながら、「その斬新さ、発想の面白さ、胸がどきどきしながら、これらの句をたちまち記憶したことを思い出す」と続けておられます。おそらく、山田さんは波郷作品に最初に出会ったとき、そのときのご自身の自然なありようで波郷作品に向かわれたのだと思います。
 山田さんのこの解説をあらためて読んでから、波郷の俳句がどんどん入ってくる感じです。『鶴の眼』の作品の多様さや俳句表現に向かう波郷の姿勢といったものも理解できるようになった気がします。
 『鶴の眼』から20句だけ引きます。

  • バスを待ち大路の春をうたがはず  石田波郷
  •  銀座千疋屋
    あへかなる薔薇撰りをれば春の雷
  • 春の街馬を恍惚と見つゝゆけり
  •  上野公園
    夜桜やうらわかき月本郷に
  • 草負うて男もどりぬ星祭
  • 昼顔のほとりによべの渚あり
  • 朝刊を大きくひらき葡萄食ふ
  • 青林檎子が食ひ終る母の前
  • 百日紅ごくごく水を呑むばかり
  • しづけさにたゝかふ蟹や蓼の花
  • 秋の暮業火となりて秬は燃ゆ
  •  日支事変始まる
    秋風に立ち号外を日々手にす
  • 吹きおこる秋風鶴をあゆましむ
  • 寒卵薔薇色させる朝ありぬ
  • 檻の鷲さびしくなれば羽搏つかも
  •  月食スキー行
    月食は駅の時刻にたがはざる
  • 雪の嶺且つ褐色の木を蔽ふ
  • 雪嶺よ女ひらりと船に乗る
  • 寒林をしばらく兵のよぎりたり
  • 英霊車去りたる街に懐手

 ところで、俊三から譲り受けた『定本 石田波郷全句集』(集英社、1967年)は、俊三が印を付けながら繰り返し読んだ一冊ですが、その印が私の選とは少々異なっています。また新たな問題(?)が生じてしまいました。

 
『鶴の眼』(邑書林句集文庫) 石田波郷句集『鶴の眼』(邑書林句集文庫)
 
 
■1 (ろうかんや)

 

  • 琅■や一月沼の横たはり  石田波郷 (■=王偏に干)

 この石田波郷の名作に出会ってすでに20年近くが経ったと思います。「ろうかんやいちがつぬまのよこたわり」。音読しても美しいこの一句は、その間、私に俳句という詩型のすばらしさをつねに語ってくれていました。
 しかし、なんと私は大きな勘違いをしていたのです。とても驚きました。『波郷句自解−無用のことながら』(2003年、梁塵社)に収められた波郷の文章(「新春俳句雑談」、初出:住友海上火災「代理店通信」1962年1月号)を読んで、この琅■の意味を取り違えていたことを知ったのです。
 琅■とは、「中国の玉の名称で、青竹色とされてゐます」(同書)。それは知っていました。波郷の文章は次のように続きます。「私は沼辺の竹群の一団の色を琅■といったのです」。
 そうなのです。 私は、沼の色が琅■色だと思っていたのです。しかし、波郷は沼が琅■色だという鑑賞をした人を紹介し、「この解釈を『名解』だと思ひました。私は私の作に対する解をすてることはできません。ただ私自身の句を離れて、さう思つたのです」と述べます。
 私は、私の誤解が救われたことをいいたいのではありません。むろん救われたという思いはあります。しかしここでいいたいのは、俳句という詩型のもつ深さといったらいいのでしょうか、その短さゆえにもつ限界を、逆にポジティブな特色とする厚みといったもののことです。作者が込めた意味を離れて、新たな意味を立ち上げるというしたたかさ、もしくはしなやかさのことです。
 五七五という十七音は、恐ろしいまでに深い背後をもっています。

 
 
*初出:<Made in Y
(1=雑記帳96:2003.9.23 2=雑記帳140:2005.5.2 3=雑記帳215:2007.5.15)
 
 
 

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