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[俳句をめぐるコラム] |
宇多喜代子著『ひとたばの手紙から』をめぐって |
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1年ほど前に上梓され、ゆっくりゆっくり読み進めないともったいないと思いながら、あっという間に読み終えてしまった一冊、宇多喜代子さんの『ひとたばの手紙から−戦火を見つめた俳人たち』(角川ソフィア文庫、2006年)のご紹介です。
ひとたばの手紙とは、ひとりのアメリカ人女性から託された、硫黄島で戦死した日本兵の遺品。アメリカでそれを預かった宇多さんは、帰国後、「宮崎県椎葉村」とのみ書かれた差出人の住所をたよりに遺族を探します。結局探し出せず、しかしこの話を聞いた邑書林の島田尋郎さんが、戦後50年を機に宇多さんの戦争を書いておいてはどうか、と提案をなさいます。こうしてできたのが、邑書林版の『ひとたばの手紙から』。1995年のことです。そしてこの一冊がきっかけになり、その後遺族が見つかりました。関わった方々ひとりひとりの思いが不思議な縁を繋いだのです。
さて、この一冊で宇多さんは、少女として体験した戦争を綴るとともに、俳人たちがいかに戦争と向き合ったかを考察しておられます。「非戦闘の場にあったものが、刀や銃という人を殺傷するための道具を持って出ていった人に対して発してはならぬ問いというものがあるとするなら、唯一「あなたは人を殺したか」であろうと、私はいつしかそう思うようになっていたのである」。読みはじめてしばらくして、この静かな、しかし確かなことばに出会って、私は衝撃を受けました。内側に立つ、ということだと思います。内側に立ちながら、しかしそこに留まるのではなく、必要に応じて外側と内側を往復する。こうした困難な位置を選ぶ覚悟がここにはあります。つまり、一冊を支えている力です。
「今でも私は、この尾崎椰子雨の俳句への理解は一流であったと思っているし、市井の目利きの力が作品を篩(ふるい)にかける役割を果たしていた時代を、まことに「よき時代」であったと思っている」。また宇多さんは、このようなことばも書いておられます。初学の頃、俳句にとって何が大事かをじっくり教えてくださったという尾崎椰子雨さんのことです。豊かな一冊です。 |
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宇多喜代子著『ひとたばの手紙から−戦火を見つめた俳人たち』(角川ソフィア文庫) |
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