桂信子さんの句集『草影(そうえい)』(ふらんす堂、2003年)を拝読しました。
昭和10年頃から俳句をはじめた桂さんは、「ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜」「やはらかき身を月光の中に容れ」「ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき」など、当時としては大胆な、その女性性を前面に打ち出した作品によって知られるようになりました。私は、俳句に関わりはじめた20代の頃、こうした彼女の作品に強く惹かれていました。
- 夕風やさざ波となる遠き蝉 桂信子
- 月光に遠く置かれしレモンかな
- 年逝くと山の気こもる壷の中
- 白波も今年の景となりゆけり
- 立鏡いくつもありて夏館
- 冬濤にいつしか闇の音まじる
- 涅槃図の裏側をゆく人の声
- 白梅をひとの過ぎゆく温みかな
- 土佐に入る日傘のまはりみな緑
- したたかに黒き幹ありつばくらめ
- 山深く蝶をかくまふ扉あり
- をちこちのひとに逢ひたる秋祭
- 事多き十一月のはじまりし
- 寺箒立てかけしより時雨かな
- これからのことはまかせて山眠る
- 初日出て限りなく来る波の金
- 冬遍路入日の金をまとひけり
- 春逝くやダルマカレイになるもよし
- 冬麗や草に一本づつの影
- このごろや夕かけてくる時雨ぐせ
『草影』から20句ほど引きました。初期の頃の作品とは異なるように見えますが、けっしてそのようなことはなく、おおらかでかつ繊細な、その精神の健やかさは、年齢を重ねるごとに確かになっている、という実感をもちました。単純化されたことばが広がりを持っている、そんなことばの使い方をなさるのが、桂信子さんの大きな魅力だとも思います。
1914年生まれの著者・桂信子さんは、「たぶんこの句集が私の最後の句集となることと思う」と書いておられます。この厳しい覚悟が、彼女を作家たらしめているのだと思います。 |