俳句工房[ZA]−俳句と評論
 
 
 
現代俳句名句選
季節別作品選/春 (初春・仲春・晩春)
 
 
 
どこやらが冬どこやらが春の雲
後藤比奈夫 [句集『初心』(1973年)]
一乗寺あたりの暮れて梅白し
今井 豊 [句集『草魂』(2011年)]
だれにでも見える高さの春の鳶
宇多喜代子 [句集『記憶』(2011年)]
つめたくて白魚ばかり明るくて
対中いずみ [句集『巣箱』(2012年)]
大試験山の如くに控へたり
高浜虚子 [句集『五百句』(1937年)]
村ぢゆうの畦あらはるる雪解かな
長谷川櫂 [句集『虚空』(2002年)]
もくれんのひだりうすずみいろのそら
佐山哲郎 [句集『娑婆娑婆』(2011年)]

桜待つみんな昔の仲間かな

田中裕明 [句集『先生から手紙』(2002年)]
遠目にも男の彼方蘇枋咲く
森 澄雄 [句集『花眼』(1969年)]
客間とは誰もゐぬ部屋春の昼
片山由美子 [句集『香雨』(2012年)]
 
 

最近、何人かの30代の陶芸家の作品展に足を運びました。私が30代だったのはもう10数年も前のことですが、彼らの作品を拝見し、30代は大きく飛躍する時期なのだということをあらためて実感しました。自信と不安が同時にあって、しかしその2つがあることが、作品を確かなものに導いてくれるのだと思います。おそらく、私の30代もそうだったのだと思います。
「どこやらが冬どこやらが春の雲」。「客間とは誰もゐぬ部屋春の昼」。これらの2句が同時にあるような。

(2014.3.2掲載)
 
 
 
流氷のぶつかる音と思ひゐる
児玉輝代 [「家」(2005年5月号)]
水ぎわを争う禽ら梅日和
出口善子 [句集『羽化』(2010年)]
代返のてふてふとなる真昼かな
小林苑を [句集『点る』(2010年)]
雀来る小さな日向はうれん草
加藤かな文 [句集『家』(2009年)]
 妻の父逝く
雲雀野に担ぎ出したる棺かな
岡本高明 [句集『風の縁』(1988年)]
やはらかき人のとほくへ春の水
島田牙城 [句集『誤植』(2011年)]
巾着をつくつてもらひ花の山
岡井省二 [句集『鯛の鯛』(1999年)]

馬入りて厩の春の闇新た

上田日差子 [句集『和音』(2010年)]
鎌倉へ抜ける春田のありにけり
榎本好宏 [句集『方寸』(1995年)]
けものらの鼻先伸びし春の闇
能村研三 [句集『鷹の木』(1992年)]
 
 

何かが迫ってくる、あるいは何かが退いていく。あの日、私は歩きながら、そんな大きな気配に包まれていました。とても怖かった。それは、確かに空間的な出来事だったのですが、しかし時間が、時間のありようが変わろうとしている、そんな感じがします。
具体的にどう変わろうとしているのか、それはよくわかりません。しかし、ことばはもっと時間を含まなければいけない、ということかもしれません。季語や切れ。俳句は確かにその方法をもっています。
もうすぐ立夏。春から夏へ、なにを繋いでいくか。

(2011.5.4掲載)
 
 
 
男らの出ては汚しぬ春の雪
星野麥丘人 [句集『弟子』(1976年)]
ポリバケツにホースの先と桃の花
対中いずみ [「椋」第34号(2010年6月)]
空高く晴れたる田打桜かな
茨木和生 [句集『山椒魚』(2010年)]
山雲のくぢらのごとき利休の忌
和田耕三郎 [「OPUS」第22号(2010年5月)]
入学の子のなにもかも釘に吊る
森賀まり [句集『ねむる手』(1996年)]
一村の家がよく見え李咲く
森 澄雄 [句集『鯉素』(1977年)]
ぶらんこの鎖に星の匂ひかな
山西雅子 [句集『沙鴎』(2009年)]

鈴の音のやうな耳鳴り春落葉

中岡毅雄 [句集『啓示』(2009年)]
囀りて鳥は命を軽くせり
小林貴子 [句集『紅娘』(2008年)]
この町のふところ深き暮春かな
石田郷子 [句集『秋の顔』(1996年)]
 
 

横浜は、まもなく梅雨を迎えようとしています。ベランダでは、2つの額紫陽花が見事な花を咲かせています。
今年の春は、不思議な過ぎ方をしました。何人かの死を受け止めなければならず、また若い人たちと時間を過ごす、そんな季でした。正確にいえば、春から夏にかけて、ということになります。歌人の中川菊司さん、わが師、歌人の加藤克巳、美術評論家の針生一郎さん。そして、法政大学の多摩キャンパスに集う学生の諸君。
若い人たちにコミュニティやアートを語りながら、あたらめてことばの力を思っています。
「ポリバケツにホースの先と桃の花」。日常は、こんなぶっきらぼうな、しかしどしんと響いてくる確かなものなのだと思います。

(2010.6.13掲載)
 
 
 
顔ありき咲きかけの梅林に入る
岡井省二 [句集『明野』(1976年)]
捨菜の花墓群見ゆるばかりなり
石田波郷 [句集『春嵐』(1957年)]
春の雲また石庭の上に来ぬ
星野麥丘人 [句集『寒食』(1983年)]
白梅のもっとも近きところまで
漠 夢道 [句集『くちびる』(2002年)]
春禽のすこし汚れて橋の上
藺草慶子 [句集『野の琴』(1996年)]
風といふきれいな味方春の服
恩田侑布子 [句集『空塵秘抄』(2008年)]
人の死に馴れてもの食ふ花の昼
岸田稚魚 [句集『紅葉山』(1989年)]

むらさきの貝が口開く春の雨

小島 健 [句集『蛍光』(2008年)]
春の旅くれなゐの陽を沈めたる
森 澄雄 [句集『鯉素』(1977年)]
空浅きところに月や種下し
小林貴子 [句集『紅娘』(2008年)]
 
 
花粉症の症状が出るようになって十数年になります。今年は、かなり症状が強く出ています。私は主に鼻水。ときおり激しいくしゃみも出ます。その程度ならたいしたことはない、といわれるかもしれません。確かにそうかもしれません。しかし、よくぞこんなに水分が鼻から出るものだ、と思います。東洋医学的には、余分な水分が、つまり捌き切れない水分が出ているということだそうです。そんなことを思いながら、たとえば「むらさきの貝が口開く春の雨」を読むと、私の身体を媒介としてむらさきの貝と春の雨が繋がっていくような気がします。
(2009.3.1掲載)
 
 
 
正直に腹減つてくる梅の花
矢島渚男 [句集『百済野』(2007年)]
鰻焼く春一番の白波に
岸本尚毅 [句集『鶏頭』(1986年)]
裏山の音の絶えたる春の昼
外川飼虎 [句集『燕歌』(1993年)]
くらがりを殖やしてゐたる椿かな
和田耕三郎 [句集『青空』(2007年)]
菜を一把兎にやりて卒業す
中原道夫 [句集『蕩児』(1989年)]
花守にあらずば三日働かず
佐々木六戈 [「草蔵」第33号(2007年5月)]
悪たれの戻りてゐたる春祭
茨木和生 [句集『椣原』(2007年)]

古墳より少年が来る花の昼

皆吉 司 [アンソロジー『現代俳句の精鋭V』(1986年)]
山桜腰手拭の日和なり
小澤 實 [句集『瞬間』(2005年)]
一握の落花湯船に放ちけり
鈴木太郎 [句集『秋顆』(2007年)]
 
 
春というのはなんだか不安定で、春の真ん中近くで春の句を選ぶとどうも焦点が定まりにくいようです。10句のなかに「正直に腹減つてくる梅の花」「古墳より少年が来る花の昼」「一握の落花湯船に放ちけり」などが同時にあるのが落ち着かないようにも思うのですが、花の咲く前の、そんな時間らしい選になっているのかもしれません。
(2008.3.23掲載)
 
 
 
うぐひすのこゑの空気の粒揃ふ
今村俊三 [句集『至順』(1975年)]
黒潮に鯛の近づく菜の花忌
神蔵 器 [句集『月の道』(2006年)]
雛の日の柱祝となりにけり
茨木和生 [句集『畳薦』(2006年)]
春雪三日祭の如く過ぎにけり
石田波郷 [句集『酒中花』(1968年)]
弟に耳打ちをして入園す
千葉皓史 [句集『郊外』(1991年)]
手をつけて海のつめたき桜かな
岸本尚毅 [句集『舜』(1992年)]
春炬燵足を遥かに伸ばしけり
山尾玉藻 [句集『かはほり』(2006年)]

春の暮老人と逢ふそれが父

能村研三 [句集『鷹の木』(1992年)]
 南湖院退院
東京へ歩いてゐるやいぬふぐり
岸田稚魚 [句集『雁渡し』(1951年)]
国ぢゆうの花流しゆく大河かな
長谷川櫂 [句集『初雁』(2006年)]
 
 
今年は暖冬だったこともあり、立春を過ぎると、ほんとうに春らしい日が続いています。選んだ10句は、いずれも解かりやすい、シンプルな作品のようです。それが暖冬と関係があるのか、ないのか。おそらくすこしだけ関係があるのではないか、そんな気がします。
シンプルであること。それは、イメージを鮮明にします。鮮明に深く、あるいは広く、大きく。たとえば、「春雪三日祭の如く過ぎにけり」。このシンプルさは、しかし「祭」というものの本質を炙り出しながら、「春雪三日」の様態を厳しく掴みだしています。
(2007.2.11掲載)
 
 
 
鳰の海紅梅の咲く渚より
森 澄雄 [句集『鯉素』(1977年)]
いつぺんに辛夷の空となりにけり
岸田稚魚 [句集『紅葉山』(1989年)]
医院より二月の気球見てゐたり
今村俊三 [句集『深養集』(1991年)]
家中の硝子戸の鳴る椿かな
長谷川櫂 [句集『天球』(1992年)]
身のまはり名前づくめに入園す
中原道夫 [句集『蕩児』(1989年)]
朧夜の酔ひてはみだす手足かな
榎本好宏 [句集『方寸』(1995年)]
虚子の忌の朝の桜のしづかなり
岡本高明 [句集『風の縁』(1988年)]
さくら咲くさくら色なる水の上
児玉輝代 [「家」2005年5月号]
破れたるところも春の障子かな
吉田鴻司 [句集『平生』(2004年)]
蝌蚪どどと動きて遊び下手なりし
山尾玉藻 [「火星」2005年5月号]
 
 
あと数日で立春。もうすぐ春という今、こうした作品を選びました。やはり、何かがはじまる、そんな期待があるのだと思います。何かがはじまるとは、自分のなかの何かが動きはじめることなのだとも思います。
(2006.1.30掲載)
 
 
 
白梅のあと紅梅の深空あり
飯田龍太 [句集『山の木』(1975年)]
バスを待ち大路の春をうたがはず
石田波郷 [句集『鶴の眼』(1939年)]
辛夷咲いて夜よりひとつ多く朝
宮崎斗士 [句集『翌朝回路』(2005年)]
砂糖壺の中に小さき春の山
金子 敦 [句集『砂糖壺』(2004年)]
山彦に桜の声の加はりぬ
大串 章 [句集『大地』(2005年)]
眼の中にキリン駆けたる花ざかり
岡井省二 [句集『明野』(1976年)]
鉋抱く村の童やさくらちる
田中裕明 [句集『花間一壷』(1985年)]
じゆぶじゆぶと水に突込む春霞
岸田稚魚 [句集『雪涅槃』(1979年)]
斧噛ませたるまま春の樹となりぬ
大石悦子 [句集『耶々』(2004年)]
春逝くやダルマカレイになるもよし
桂 信子 [句集『草影』(2003年)]
 
 
春は、どの季節において思っても、眩暈のような不思議な気分を思い起こさせる季節です。おそらく、20年、あるいは30年近く前の、春を思い出すからなのだと思います。こうした気分のなかで、たとえばこれら10句を読みながら、しかし春という季節の強靭さを思ったりもします。
(2005.12.20掲載)
 
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