俳句工房[ZA]−俳句と評論
 
 
 
現代俳句名句選
季節別作品選/春
 
 
 
正直に腹減つてくる梅の花
矢島渚男 [句集『百済野』(2007年)]
鰻焼く春一番の白波に
岸本尚毅 [句集『鶏頭』(1986年)]
裏山の音の絶えたる春の昼
外川飼虎 [句集『燕歌』(1993年)]
くらがりを殖やしてゐたる椿かな
和田耕三郎 [句集『青空』(2007年)]
菜を一把兎にやりて卒業す
中原道夫 [句集『蕩児』(1989年)]
花守にあらずば三日働かず
佐々木六戈 [「草蔵」第33号(2007年5月)]
悪たれの戻りてゐたる春祭
茨木和生 [句集『椣原』(2007年)]

古墳より少年が来る花の昼

皆吉 司 [アンソロジー『現代俳句の精鋭V』(1986年)]
山桜腰手拭の日和なり
小澤 實 [句集『瞬間』(2005年)]
一握の落花湯船に放ちけり
鈴木太郎 [句集『秋顆』(2007年)]
 
 
春というのはなんだか不安定で、春の真ん中近くで春の句を選ぶとどうも焦点が定まりにくいようです。10句のなかに「正直に腹減つてくる梅の花」「古墳より少年が来る花の昼」「一握の落花湯船に放ちけり」などが同時にあるのが落ち着かないようにも思うのですが、花の咲く前の、そんな時間らしい選になっているのかもしれません。
(2008.3.23掲載)
 
 
 
うぐひすのこゑの空気の粒揃ふ
今村俊三 [句集『至順』(1975年)]
黒潮に鯛の近づく菜の花忌
神蔵 器 [句集『月の道』(2006年)]
雛の日の柱祝となりにけり
茨木和生 [句集『畳薦』(2006年)]
春雪三日祭の如く過ぎにけり
石田波郷 [句集『酒中花』(1968年)]
弟に耳打ちをして入園す
千葉皓史 [句集『郊外』(1991年)]
手をつけて海のつめたき桜かな
岸本尚毅 [句集『舜』(1992年)]
春炬燵足を遥かに伸ばしけり
山尾玉藻 [句集『かはほり』(2006年)]

春の暮老人と逢ふそれが父

能村研三 [句集『鷹の木』(1992年)]
 南湖院退院
東京へ歩いてゐるやいぬふぐり
岸田稚魚 [句集『雁渡し』(1951年)]
国ぢゆうの花流しゆく大河かな
長谷川櫂 [句集『初雁』(2006年)]
 
 
今年は暖冬だったこともあり、立春を過ぎると、ほんとうに春らしい日が続いています。選んだ10句は、いずれも解かりやすい、シンプルな作品のようです。それが暖冬と関係があるのか、ないのか。おそらくすこしだけ関係があるのではないか、そんな気がします。
シンプルであること。それは、イメージを鮮明にします。鮮明に深く、あるいは広く、大きく。たとえば、「春雪三日祭の如く過ぎにけり」。このシンプルさは、しかし「祭」というものの本質を炙り出しながら、「春雪三日」の様態を厳しく掴みだしています。
(2007.2.11掲載)
 
 
 
鳰の海紅梅の咲く渚より
森澄雄 [句集『鯉素』(1977年)]
いつぺんに辛夷の空となりにけり
岸田稚魚 [句集『紅葉山』(1989年)]
医院より二月の気球見てゐたり
今村俊三 [句集『深養集』(1991年)]
家中の硝子戸の鳴る椿かな
長谷川櫂 [句集『天球』(1992年)]
身のまはり名前づくめに入園す
中原道夫 [句集『蕩児』(1989年)]
朧夜の酔ひてはみだす手足かな
榎本好宏 [句集『方寸』(1995年)]
虚子の忌の朝の桜のしづかなり
岡本高明 [句集『風の縁』(1988年)]
さくら咲くさくら色なる水の上
児玉輝代 [「家」2005年5月号]
破れたるところも春の障子かな
吉田鴻司 [句集『平生』(2004年)]
蝌蚪どどと動きて遊び下手なりし
山尾玉藻 [「火星」2005年5月号]
 
 
あと数日で立春。もうすぐ春という今、こうした作品を選びました。やはり、何かがはじまる、そんな期待があるのだと思います。何かがはじまるとは、自分のなかの何かが動きはじめることなのだとも思います。
(2006.1.30掲載)
 
 
 
白梅のあと紅梅の深空あり
飯田龍太 [句集『山の木』(1975年)]
バスを待ち大路の春をうたがはず
石田波郷 [句集『鶴の眼』(1939年)]
辛夷咲いて夜よりひとつ多く朝
宮崎斗士 [句集『翌朝回路』(2005年)]
砂糖壺の中に小さき春の山
金子敦 [句集『砂糖壺』(2004年)]
山彦に桜の声の加はりぬ
大串章 [句集『大地』(2005年)]
眼の中にキリン駆けたる花ざかり
岡井省二 [句集『明野』(1976年)]
花茣蓙にひとのはかなくなりにけり
田中裕明 [句集『花間一壷』(1985年)]
じゆぶじゆぶと水に突込む春霞
岸田稚魚 [句集『雪涅槃』(1979年)]
斧噛ませたるまま春の樹となりぬ
大石悦子 [句集『耶々』(2004年)]
春逝くやダルマカレイになるもよし
桂信子 [句集『草影』(2003年)]
 
 
春は、どの季節において思っても、眩暈のような不思議な気分を思い起こさせる季節です。おそらく、20年、あるいは30年近く前の、春を思い出すからなのだと思います。こうした気分のなかで、たとえばこれら10句を読みながら、しかし春という季節の強靭さを思ったりもします。
(2005.12.20掲載)
 

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春の風景−白木蓮

 

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