俳句工房[ZA]−俳句と評論
 
 
 
現代俳句名句選
季節別作品選/夏
 
 
 
放鳩のゆふべ空生む立夏かな
今村俊三 [句集『家』(1972年)]
大学も葵祭のきのふけふ
田中裕明 [句集『山信』(1979年)]
石ひとつ動かす大事日雷
茨木和生 [句集『椣原』(2007年)]
考へを止めて水母のごとく生く
上田五千石 [句集『風景』(1982年)]
梅雨の暮鉄へトラック後退(し)ざる
古沢太穂 [句集『三十代』(1950年)]
桐の木のまはりの夏の夕べかな
外川飼虎 [句集『燕歌』(1993年)]
をちこちのをちの浮葉へ目のうごく
岸田稚魚 [句集『花盗人』(1986年)]
夕焼の脚のゆききを鮨屋より
岡井省二 [句集『鹿野』(1980年)]
曇天に油のやうな大花火
鈴木太郎 [句集『秋顆』(2007年)]
夕立後の茹で上りたる如き街
矢島渚男 [句集『百済野』(2007年)]
 
 

職場の喫煙室で、「もう、梅雨だね」と声をかけられ、「走り梅雨…」と呟いたら、「おっ、さすが」といわれました。私が俳句や短歌に関わっていることをご存知の先輩は、そういったのです。この先輩とは、ときおりこうした季節に関わる日本語について話が盛り上がり、そのたびに、「お手元に歳時記を置いておくといいですよ」とお話するのですが、求めたというお話は聞いていません。俳句の実作をなさらない方にも、ぜひ歳時記は備えておいていただきたい。こう考えている私は、機会があるといろいろな方に申し上げるのですが、なかなか…。
このようなことを申し上げるのは、20代の頃、福岡でお世話になった歌人の久津晃・山埜井喜美枝ご夫妻のお宅に大きな歳時記があったことが影響していることは間違いありません。同じ短詩型に関わる歌人なら当然では、と思われるかもしれませんが、日本語を使う者は誰でも、それを豊かに使うように努力することが大切(努力、というと大袈裟かもしれませんが…)。歳時記は、そのために力を貸してくれる、そんな素敵な書物だと思うのです。
夏は、ほかの季節に比べ、多様な表情を見せてくれる季節のように思います。多様とは、激しさのことかもしれません。そして激しさは、同時に静かさをもつことによってより激しくなるのだとも思います。

(2008.6.1掲載)
 
 
 
空ひろく晴れたり苺地に熟す
大野林火 [句集『海門』(1939年)]
夏の蝶死すれば翅となりゐたり
平井照敏 [句集『牡丹焚火』(1985年)]
柿の花一つ乗せたる瓦かな
長谷川櫂 [句集『初雁』(2006年)]
蝉涼し足らぬねむりをねむりつぐ
水原秋櫻子 [句集『霜林』(1950年)]
大南風鮪解体はじまりぬ
山尾玉藻 [句集『かはほり』(2006年)]
老僧もかつて兵たり花ざくろ
今村俊三 [句集『摘花集』(1988年)]
向日葵や官吏真先にひけて来る
岸田稚魚 [句集『雁渡し』(1951年)]
 点呼帰途
百日紅一人の兵として通る
石田波郷 [句集『風切』(1943年)]
魂ぬけて蟇(ひき)鳴く闇へ帰りゆく
眞鍋呉夫 [句集『定本 雪女』(1992年)]
刈草のあをあをとある渚かな
茨木和生 [句集『畳薦』(2006年)]
 
 
今年の横浜は梅雨に入っても雨が少なく、きょうも雲はあるものの青空が広がっています。
「空ひろく晴れたり苺地に熟す」。横浜生まれの大野林火の一句を最初に置きました。林火30代半ばの作品です。句集では「道通ひ蝉鳴く森の深からず」と「帽白く初夏の樹蔭にこどもゐつ」とのあいだに置かれた、初夏のさわやかな句。豊かな景を伸びやかに受け止める作者の心のありように惹かれます。
(2007.7.1掲載)
 
 
 
だぶだぶの皮のなかなる蟇
長谷川櫂 [句集『天球』(1992年)]
螢袋に雨やどりしてゆかぬかと
中原道夫 [句集『顱頂』(1993年)]
筍と蟻の出てくる新聞紙
加藤かな文 [「家」2005年7月号]
だんだんにけぶりて梅雨の木となれり
石田勝彦 [句集『秋興以後』(2005年)]
立鏡いくつもありて夏館
桂信子 [句集『草影』(2003年)]
佛間まで磯蟹あがる暑さかな
小澤實 [句集『瞬間』(2005年)]
デッサンの蟻百態のノートあり
深見けん二 [句集『星晨』(1983年)]
立泳ぎして一湾を私す
鷹羽狩行 [句集『定本 誕生』(1976年)]
ためらはず雨の茅の輪をくぐりけり
片山由美子 [句集『風待月』(2004年)]
鞍外す馬鉄線の花ふたつ
中田剛 [句集『珠樹』(1993年)]
 
 
ついこのあいだ立夏を迎えたと思ったら、もう6月も半ば。ここ横浜も梅雨入りして数日が経ちました。選んだ10句を読み直してみると、意識してはいなかったのに、梅雨明けを待っている、そんな気持ちがあらわれているようです。
どれも好きな作品であるのはいうまでもありませんが、鷹羽狩行さんの「立泳ぎして一湾を私す」にとくに惹かれます。作者20代半ばの作品。平凡な言い方ですが、勢いに満ち、そして大きさをもった青春の一句。こうした青春の作品をもつ作者の幸福を思います。
(2006.6.17掲載)
 
 
 
野に開く扉と思ふ立夏かな
石田郷子 [句集『木の名前』(2004年)]
樟絶えず風生む母の日なりけり
今村俊三 [句集『鳩の頸』(1961年)]
昼顔のほとりによべの渚あり
石田波郷 [句集『鶴の眼』(1939年)]
麦秋と思ふ食堂車にひとり
田中裕明 [句集『花間一壷』(1985年)]
山の雨たつぷりかかる蝸牛(かたつむり)
飯田龍太 [句集『山の木』(1975年)]
じりじりと山の寄せくる油照り
福田甲子雄 [句集『白根山麓』(1982年)]
熱帯夜縞ふくろふの話など
児玉輝代 [句集『天穹』(2005年)]
雨風に青柿となり現はるる
岸田稚魚 [句集『雪涅槃』(1979年)]
赤ん坊にこの世の初のはたた神
岡井省二 [句集『明野』(1976年)]
ガーゼ切るしづかな音や夕端居
金子敦 [句集『砂糖壺』(2004年)]
 
 
秋も深まりつつある今、夏の句を選ぶというのは、そのよさをうまく掴まえやすいのかもしれないと思ったり、やはり夏の句は夏に選ぶのがよいのだと思ったり…。ただ、10句選んでみて思うのは、好きな作家のものを選んだな、ということ。(むろん、この10人以外にも好きな作家はたくさんいますが…)
(2005.10.20掲載)
 

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夏の風景−麦秋

 

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