『植民地文化研究』第10号 反響  読者から

「植民地文化研究」第10号、届きました。早速、興味のある論文を一通り読んでみました。(後略)

 渡辺直紀さんの「李光洙と『新時代』」を読んで、日本語=日本文学、日本精神によって「三国史記」に見られるような古代朝鮮ナショナリズムを喚起させようという文学者がいたというのを知って驚きました。(中略)しかし、私は李光洙もまた日帝支配の犠牲者なのではないかという気がしました。李光洙が「親日ナショナリズム」に近づくにつれて、親の世代、祖父母の世代との葛藤があったはずだと思います。また抗日思想を持った友人知人との軋轢もあったことでしょう。それでも「近代化」のために「親日ナショナリズム」を選択していく過程で彼に生じた苦しい選択に思いをめぐらすと、やはり彼も日帝支配の犠牲者だったという思いが強くなります。この論文では李光洙がハングルで書いた文章に朝鮮人としてのアイデンティティを刺激するものがあったということが趣旨になっているので、その部分に李光洙の素顔を見る思いがします。

 次に郭炯徳さんの「金史良の新発見小説『虎の鬚』をめぐって」ですが、一見すると上記の李光洙の対局に位置するような抵抗精神の持ち味がある作品ですが、小説の末部から見ると(結局、日本式の姓に名を変えた老人に「私」は圧倒されてしまう)、金史良もまた李光洙と同じように日本支配によってアイデンティティを奪われ、葛藤し、苦しんでいる姿が浮かびあがってきます。

 李光洙も金史良も思想的には相反する文学者ですが、根底には自分らしさ=自国民さしさを奪われて苦しみ、文学という形式でその苦悩をはき出そうとしたという点では同じなのではないでしょうか。日帝に迎合したか抵抗したかではなく、その時代の韓国・朝鮮半島に生きるより他になかった人々がどのように自分らしさ=自国民らしさを守るために傷つき、そしてそれを埋めるような表現をしたかを学べました。

 呂元明さんの「楚図南 東北における五四運動の伝播者」は、大河小説を読んでいるように壮大で痛快な革命家の話でした。楚図南が思想を形成していく過程で最も大きかった影響は幼少期の貧困の問題だったのですね。

 人は貧困から学んで他人への共感を強める場合と、貧困を通じて他人を蹴落とすことを学ぶ場合の2タイプがいるように思いますが、楚図南は前者のようです。だから楚図南のニーチェ解釈も彼の人間性があらわれた素晴らしいものだと感じました。初めて知った人物ですが、これだけスケールが大きく文学も理解する革命家は珍しいと思います。

 西田勝さんの「『満州国』における芸術的抵抗の一例 加納三郎の場合()」も実に興味深く読みました。というのも加納のような「ギリギリの線」での抵抗というものが戦前にもっとあったならば、日本はもう少し別のコースをたどったのではないかという関心が私にはあるからです。

「百足と日本主義者」はナショナリズムに熱狂することの愚かさを見事に皮肉っていると思いましたし、その他にも中国の実情を真正面から知ろうという姿勢に加納の良心的な生き方が見ることができます。また、批評家たちの態度を五つに分類したところは、ある種の転向論として高い水準を持っているように見えます。

 そして、創作方法において「満洲ロマンチシズム」の弱点を分析し、「建設的リアリズム」を提唱するところには、加納がこの地での文学創作において、ある種の批判的リアリズムを重視したことがうかがわれます。

志半ばで倒れたとはいえ、加納なりの「納得し得ざるものへの抵抗」はもっと評価されてもよいと思います。「全てか無か」ではなく与えられえた情況の中での「ギリギリの線」での抵抗というスタイルは、今日の私たちも学ぶ必要があると思いながら読みました。

 許介鱗さんの「植民地法制の不平等制」も興味深く読みました。植民地台湾において「特別法」(「六三法」、「三一法」)によって抗日運動を弾圧するのに都合の良い立法化を行い、その後は「内地法延長政策」によって大財閥が現地で効率的に収奪出来る法制度を作っていく過程がよくわかりました。

 内地延長と言いながらも実際は日本人と現地人の戸籍が異なったり、総督府の律令が存続したり、内地とは全く異なる選挙制度があったということも初めて知りました。さらには「物資販売価格取締規則」によって台湾の市場メカニズムを破壊させ、最後の仕上げは「国家総動員法」による強制労働を行わせたとのこと。表面上の「内地延長政策」の裏では、日本と植民地台湾では異なる法制度が実行され、それが植民地支配の道具となっていたという事実がわかりました。台湾の「近代化」とは植民地支配の効率化を意味することが学べました。植民地の定義として治外法権というのが重要なので、法制度から見た台湾植民地支配についてのこの論文はたいへん参考になりました。ごく稀に戦前の台湾は日本の一部であって植民地ではなかったと言う人がいるので、そういう意味でもこの論文は重要ですね。

 また西田勝さんの「葉石涛の私小説」は、葉さんの作品に日本の私小説の流れが継承されつつも、それを越えたイッヒロマンになっているとのことで興味深く読みました。だから『台湾男子簡阿陶』では白色時代を描くことに成功出来たのですね。白色テロルの時代がその後の台湾の人々の心理に大きな影響を与えたことがこの講演からよくわかりました。日本の私小説の大部分が戦後になっても社会との対決を避けたのとは対照的な感じがします。

 纐纈厚さんの「韓国・日本のナショナリズムは超えられるか」では、天皇制が植民地支配体制の暴力性を正当化する装置であったという指摘を興味深く読みました。現代でも過去の戦争責任に向き合えない日本人の感性の内に宗教としての天皇制があるのではないでしょうか。天皇制が過去を隠ぺいする役割をしているような気もします。

それと、「…実際に多くの日本人が台湾は『親日感情』が強い国だと言うとき、それは自らの植民地主義の告白であり…」(251)という一文は自戒も込めて読みました。無自覚な植民地主義というものに自覚的でありたいと思います。

 また、日中韓のナショナリズムへの言及がありましたが、日中韓のごく一部の人々に過剰なナショナリズムがあるとすれば、それは同じ市場をめぐって各国の労働者同士が競わされているという現実が背後にあると私は思っています。

 東アジアの労働者・市民が連帯するには日本人がまずもって歴史責任という課題から目をそむけないことが必要だと思います。共苦という言葉もありますが、戦争や震災で苦しみを被った日本人だからこそ他者に対する「もののあはれ」(同情)がわかるのだと私は信じて疑いません。あとはそのきっかけさえあればいいだけでしょう。文学や映画の役割が今後ますます重要になると思います。

 震災後、私が最も心に響いた言葉は作家の徐京植さんがNHK(Eテレ)に出演した時に言われた「根こぎ」(草木をそのまま引き抜くこと)という言葉です。福島県民の一部は「根こぎ」されてしまったと徐さんは言っていました。

「植民地文化研究」10号を読んで、またもこの言葉を思いだしました。植民地化された国や地域の人々もまた「根こぎ」されたわけです。軍隊や原発という「暴力装置」は人間を「根こぎ」するから嫌です。「暴力装置」の対局に位置するのが普通の人々のあたりまえの暮らしでしょう。そういう文脈では福島県民の問題、沖縄の基地問題、植民地文化の問題がすべてつながると思います(報道の通り栃木県北部の放射能汚染も想像を絶するレベルなので、これから放射性物質に私たちは対峙しなければなりません)

原発も米軍基地も歴史修正主義も、もういい加減にしたらいいと思います。

                      黒崎史貴(宇都宮市)

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