大阪中小企業同友会 編集後記

同友会4月号編集後記
さらば大阪同友会
後述する理由でこの稿が私の最終になるので紙面を戴き思い出を記します事をお許し願います。
19807月建築設計共同組合を設立させる為に同級生の誘いに乗って入会。事務局の援助によって数年後には30社を超えるTKS建築設計共同組合を設立。
友人と
30社も増強した事になる。マスコミにも大きく報じられた。大阪での二つの同友会合併の3年前である。(詳細は50年記念誌をお待ち下さい)
83年の合併時には会員数約80人の京阪支部支部長になっていた。その後200人を越えた時点でその職を退いた。7年が過ぎていた。
当初の例会は会員以外の講師に頼っていたが会員を講師に選んだ。初めて50人を超える人達の前で話す畑野さんや中造さんの振る舞いを鮮明に覚えていて微笑んでしまう。
それに加えて中小企業のトップとしての一般教養を養うためオリンピック選手や僧侶、カーレーサー、ラジオアナウンサー、落語家等も度々招いた。
地域に何が出来るかを考え教育問題を取り上げた。

第1回は「教育は死なず」の著者で同友会も援助して退学者を出さない高校を作った若林繁太先生。
2回は京大のアメフト水野弥一監督。
第三回は小説家の椎名誠さん。
何れも守口、門真市及び両教育委員会の協賛である。
立ち見が出るほどの盛会であった。
一方退会防止対策も含め会員同士の懇親の為例会後の二次会は勿論の事。家族ぐるみのスキーツアー、海水浴、バーベキュー大会、麻雀大会、ゴルフコンペ、リクレーションのみに参加する会員もかなりいて退会率の低さを誇っていた。
現在家族ぐるみのような催事が少なく寂しく感じる。
今回この編集後記は99年7月から書き続けていたと解り我ながら驚いた。感謝。

                編集長 アース建築事務所 
                           藤原明弘

さらば大阪
 56日我が家に引越し屋さんが来る。次男が乳牛牧場を経営している帯広へ家財を運ぶ為だ。因みに次男達とはまだ同居しない。先日の理事会報告でもあったが今大阪の人口がドンドン減少しているそうだ。その一人と思うと寂しい。昨年9月に建築士会全国大会が47分の1年の確率で帯広にて開催された。運命的なものを感じ昔全国委員会にも参加していた事もありなつかしい建築士にも会えるので参加した。市長始め在住小説家の講演で北海道の町は屯田兵に代表されるように官が作った町が多い中帯広は民が作った町である事を誇っていた。既にインターネットで仕事先を探し次男に頼んでテニス仲間も作り用意万端。不安より夢膨らませている状態。本当に重ねて感謝。北海道に来られたら帯広まで足を伸ばして下さい。歓迎いたします。
                 編集長 アース建築事務所
                 藤原明弘
 

同友会3月号編集後記

建築の法律

建築の世界で又もや大問題が起きています。余りにも大問題なのでマスコミも伏せているようです。毎日新聞が1日だけ記事にしていましたがそれ以後伏せています。それは木造2階建までの建築物は構造計算書の添付無しで建築確認をすると建築基準法で定められています。この法律は昭和25年に施工されたのです。当時このような建物は町の修行を積んだ棟梁や小さな工務店が誇りと良心を持って施主から信頼されて施工してきました。法律も性善説で作られていました。今のように細部に及ぶ規則は必要無かったのです。上記以外の規模の大きな建造物は公共性もあり構造計算や基本的な安全に対する設備設計図が要求されています。しかし時代と共に世相が変わり罰則規定が無いに等しい法律だったので姉歯問題等が起きたのです。そこで関係諸官庁は慌てて性悪説と取れるような現状に合わない法改革を行いこの混乱です。 

上記の問題ですが2階建て売建住宅で故意なのか技術不足なのか強度不足が1業者だけで数百棟も判明したのです。新聞に出る前に私達のNPO法人日本住宅管理協会にその業者から補強をしたので確認して欲しいと依頼がありました。現場では設計図通りに施工されており設計が不備だったのです。設計者は独立しておらず業者の下請けです。民間確認機関がその図面で確認を許可しています。姉歯の時と全く同じケースです。現代人は本物は何かを見抜く力が不足していると思います。本物を見極め代償を負担しましょう。
2008217
アース建築事務所 藤原明弘

同友会2月号編集後記

又もや帯広へ
所要があって111日から17日の間帯広、札幌に行ってきた。2ヶ月も前から決めていたので安い旅券を探した。この時期には帯広直行便は無く千歳経由になる。定価だと往復67600円。それが札幌のホテル一泊付で往復23000円がある。私は3軒目の旅行社で往復20000円を見つけた。飛行機代ってどうなっているのだろう。約2時間で帯広へ。次男の嫁と孫に迎えられて次男のテニスコーチ振りを見た後遅い夕食に馴染みの店で焼肉を食べた。これが大阪の何処よりも安くて美味い。北海道と言えば海産物をイメージするが帯広は酪農が盛んなので両方が自給なのである。因みに北海道の食料自給率は100%を越えている。そして次男宅へ。

体感温度
 昼食の後毎日散歩に行った。零下3〜8度、湿度1318%。初日はセーター背広に防寒コートを着て出たが熱くて二日目からは背広を省いた。タバコを吸う時は手袋も外した。
所要を終えて
16日早朝に次男の牧場を出て帯広市内散策。
2627日に開催される氷祭りの巨大な(高さ7m長さ15m位)自衛隊員によるばんば競馬の彫刻などを見学。
3時過ぎに札幌到着。地下鉄と市電一部タクシーを使って市内見学。夕刻になってサッポロビール園へ行こうとタクシーに乗ると今は閑散としておりもっと安くて美味しい処があるよと教えてくれたのでそちらへ直行。そこからすすきのを散策してホテルへ。
札幌は世界一安全な歓楽都市だと確認した。
翌朝海産物卸市場へ。珍しい程の寒さと店の人が言っていたが零下10度、湿度30%雪も降っていた。とても寒く手袋無しでは居れなかった。帰阪して翌18日朝工事監理に現場へ行った。温度7度、湿度55%帯広より寒い感じがした。
      2008125
     編集長 
アース建築事務所 藤原明弘 

0801月号同友会編集後記

300号に寄せて 

皆様明けましておめでとうございます。

昨年は「偽」に現わせられた実に嘆かわしい1年でした。皆様は如何でしたでしょうか。今年の同友会はおめでたい事が二つ重なっています。発会以来50周年とこの会誌発行以来この号が300号の記念に当たっています。我広報部は50周年記念誌の発行に向けて昨年から作業を開始しています。私は1997年7月号からこの編集後記を書き続けています。我ながら良く続いているなーと思います。(バック記事は2003年3月号からですがアース建築事務所のHP編集後記に保存)

さて今年は

どんな年になるのでしょうか。昨年の「偽」の清算。杜撰な年金等税金の無駄使いと管理の不明瞭、北朝鮮による拉致、C型肝炎障害、今だ残っている戦後の後遺症等々の解決。衆参議院の捻じれ現象は官庁の情報公開には大きな成果を実現させたと思います。そしてアメリカが変わりイラクから撤退し戦争の終結。それによって石油の価格崩壊。それによる物価の正常化。根本は日本の文化である義理と人情を世界の人々が持てば全て解決すると思います。まずは日本からこれを取り戻さねばなりませんが。この夢は欲深すぎるかなー。

編集長

アース建築事務所

藤原明弘

2007/12



































0712月号同友会編集後記 

特別な先生

先月4日喪中葉書が届いた。小6の時の担任の桜井角一先生が88才でご逝去された。卒業文集に「建築家になるから15年後を楽しみに待って下さい」と書いている。30年位前にその文集に「人生を正しく進もう」と書いていた中田弁護士が君に勝つ事が目標だったと自宅の設計を依頼してきた時にその文集を確認した。1級建築士試験に合格の報告をすると暫くして御自宅の応接棟の設計を依頼して下さった。忘れられない嬉しさだった。常々家族や友達と助け合って生きる事が良い人生だ。と教えられていたように思う。御礼を言うと「これが僕らの口銭や」と仰られた事を鮮明に覚えている。まだサラリーマンだったので事情を話して私の名前で確認申請をした。処女作である。

義理人情の無くなった社会

「義理人情」と言う言葉は死語になったように思う今日此頃である。同友会でもかつてのテーマは「知り合い、学びあい、援け合う」だった。何時の頃からか会友だからという事を悪用する人が現れ現在の「良い会社を創ろう・・・・・」になったのである。私としては寂しく思っている。

追記

上記の文集で先生に「ひょうきんな事をしでかす君」と書かれていた津々見君(京阪支部で報告者)はマカオグランプリカーレース1500ccクラスで3年連続優勝し(ホンダが特大ポスターを製作)当地では英雄でおこぼれに預かった事も素晴しい思い出である。

編集長

アース建築事務所

藤原明弘

2007/11








































 11月号同友会編集後記

呉と広島に行って来た

92728日同友会全国広報委員会が呉市であった。       「ひかり」より早いものは無いと思い「のぞみ」を見送ったお陰で50分位皆に遅れた事はご愛嬌。                          会議は午後からだったので問題は無かったのだが戦艦大和ミュージアムとか潜水艦の資料館は充分には見学出来なかった。残念。   広島同友会主催だが実際は呉支部の主催。大したものである。   最高時全企業の約20%が会員だったそうだ。現在は約12%。それでもすごい。大阪は2〜3%。                          1番驚いたのは高校求人では先生達にバスをチャーターして会員企業を案内しているそうだ。熱血先生にとっては非常に素晴らしい事だと思う。支部総会等には十数人の先生が参加するそうだ。
大阪では社長が高校を訪問してお願いしている。            現場が見えた上で生徒を紹介するのと社長の顔しか知らないのでは全然違うと思う。                                  先述したが昨年は長野で先生採用の面接試験に同友会会員が立ち会っている。                                 毎年刺激になる事が学べる。全国委員会はやはり素晴らしい。

原爆資料館にも行って来た

翌日広島流のキャベツてんこ盛りのお好み焼きを試食。満腹で爆心  地から原爆ドームそして数十年振りに原爆資料館を見学。上手く展示  し ていると思った。                                 中国の撫順で見た戦争記念館とは彼我の差である。            こちらは事実の記録に留めているがあちらは悲惨さをこれでも か、と   言 わんばかりの展示であった。                         大和 ミュージアムでは生徒を引率する幾つもの団体に会った。原爆   資料館で は全然会わなかった。拝観者の75%位は白人だった。記   帳簿は85% 位が外国人だった。「Iam sory」が幾つか見られた。    広島に土着の大学テニス部後輩と旧交を温めた際に聞いてみた。    幼い時に拝観したか。彼は授業で拝観したが学校によると行かない  と言う返事だった。
  日の丸に起立しない学校が多い県だと聞いている。
  撫順では100%である。
  何か胸が変になりました。

                       :編集長 アース建築事務所                                所長 藤原明弘

 

2007/10



















































070917同友会10月号編集後記

帯広に行って来た

帯広はユニークな街である。中同協新聞でも度々市民と共同して催事を行った。と言うような記事が載っている。私の次男が帯広畜産大に進みそのまま現地の娘さんと結ばれ孫と牛35頭とペットのサラブレッド、そして犬と暮らして居る事もあり5回目位の訪問になると思う。

今回は偶然建築士会の全国大会が当地で開催された。

当地の知事や市長の挨拶の中で北海道の開発の大半は官によるものだが帯広は民によるものだと誇らしげに語られた。

伊豆から「依田勉三」という人が将来的に人口増に対処する食料の確保には北海道の開拓が必携であるとの考えにより188327人で十勝平野に鍬をいれたのである。

「落ちぶれた極度か豚と一つ鍋」と言われる程の苦労の末成功したそうである。

その精神は今も連綿と受け継がれ全国に波及しているチェーン店等はすぐ閉店に追い込まれるそうだ。

全道で数箇所あったばんば競馬は経営難を理由に閉鎖された中で。帯広のみ市民運動により継続されている事を在住の作家鳴海氏からこれこそが文化であると聞いて参加してきた。雄壮なものであった。

旭山動物園にも行って来た

大盛況が報道されているので土日を避け月曜に往復400kmを雨とガスのなかを孫と共に駆けて行って来た。ゆっくり見学出来る事を予測していたのだが白熊館やあざらし館等長蛇の列なのである。確かに天王寺動物園もここを参考にして改造しているのだが見物者に対するサービスの気持が違うと感じた。

顧客の事を考え行動すれば商売繁盛。

皆さん頑張りましょう。

帯広は空気も水も魚も野菜も肉も美味かった。

同友会編集後記編集長 

アース建築事務所 

所長 藤原明弘

2007/09



















































北京オリンピックは大丈夫?

北京オリンピック開催は200888日である。余談だが元大阪同友会代表理事の川原巧さんは昭和8年8 月8日生まれだった。オリンピックを開催するのにその国或は町の備えなければならない事が大きく二つあると思う。
一つは施設、二つ目は治安を含めたその町の文化的国際性。
後述するが訪中の経験と最近のマスコミ報道から判断するにその二つについて未完であると思う。
一つ目は精度に拘らなければ時間的には間に合うであろう。先進国と発展途上国の建築工事の精度に対する考え方の違いはマレーシアでの仕事で経験している。

二つ目の方が問題だと思う。4000年の歴史は孟子、孔子や近くは孫文達の儒教的な哲学が根底にあった。共産主義が人心を違う方向へ向かわせ訳の解らない文化大革命に至り過去の素晴しい文化を捨ててしまったのである。

チベットを始め少数部族の法的自由剥奪(現実は北京なんて関係ないという感じですが)等を知ると中国を侵略国家と思わざるを得ない。

年初から2年間は外国人による報道は外事弁公室の許可不要となっていますが報道源に対する処罰はあるようです。

中国での経験

1980年代から10回くらい仕事、視察、親善、放浪と東西陸路ウルムチ〜上海4200km南はマカオ〜上海、北は成安〜内モンゴル(穴居住宅ホームステイ)。

ある旅で北京空港に於いてVIP扱いで赤絨毯の部屋へ。この旅では5都市位を同様の扱いで招待された。各都市では市長始め要人が集まり大歓迎会。でも彼らは私達を歓迎している理由を知らなかった。まさに役人達のただ食いなのである。

マカオのカジノでのVIP室は中国の役人が多いそうだ。多くを思う中、紙面に限りあり省くがあの国が一つである事に無理があると思う。

オリンピック誘致には膨大な金が動いたと思う。

オリンピックのすごさ

東京、ソウルのオリンピック前後を見て来た。善悪を超えて全然違う町になっていた。

両方共ニューヨーク型町に。

             編集長         
              アース建築事務所
                          所長 藤原明弘

2007/08






































0708同友会編集後記
その時代なら宮本武蔵、イチロー
 
毎号世間の不平不満を記してきましたが今回は嬉しい事を記します。
仰木監督に抜擢された時から注目していました。
今年全てが開花したようです。
これだけの記述で皆さん解って戴けると思います。
イチローのことです。今夜(714日)テレビでイチローのインタビューを見、新聞を見ました。全米4位の報酬です。前3人は全てホームランバッターです。そういうアメリカでのことですから如何にも凄い事だと思います。
インタビューで「年収500万円の人に例えたら江戸時代より前からになってしまう。」というような事を言っていました。又ホームランバッターに徹したら、と言う質問に対して「40本位、でも僕に対するフアンの期待はそうではないでしょう。」
マリナーズ残留を決めた理由は「愛犬イッキューがワンワンと同意したからだ」との答え。


本当にフアンで良かったなーと思いました。

今更ですがイチローの主な記録だけを記しておきます。
頑固な性格から仰木監督にめぐり合うまでは2軍選手。
フレッシュオールスターでMVP取得。賞金100万円を施設に寄付。それ以後レギュラーとなり国内では7年間首位打者を始め数々の記録を残しある授賞式で川上哲治氏に「打撃の神様はイチロー君だ」と言わしめた。
その後2001年にメジャーへ移籍。
その年新人王、MVP、首位打者、盗塁王を獲得。

今年のオールスターゲームではメジャー初のランニングホームラン。そしてMVP。その他は紙面が無いのでイチローのHPを開いて見て下さい。

前述の江戸時代前という彼の発言時代には私の尊敬する人物の一人に宮本武蔵がいました。晩年は書画、彫刻等に没頭した.
彼は現代の宮本武蔵だと思っています。
マリナーズとの5年契約が切れたとき39歳です。その後の人生を見届けたいと思っています。

               編集長 アース建築事務所 
                     所長 藤原明弘

2007/07月号


























0707同友会編集後記

何でも官から民へ、よい事なのでしょうか

古くは国鉄、電電公社、最近では郵便局、そして今、社会保険庁。私達の世界では建築確認許可が民間機関に委託されて久しい。 既に物故されているが遠縁に国鉄勤務の人が居た。その人の話では有給休暇を全て取り全国にある保養施設を旅したそうだ。信じられない程安価な宿泊料。驚いた事は家族はもとより友人知人まで旅費は私鉄も含めて無料なのだ。逆に私鉄の職員も同じ待遇を受けていた。電電公社の人は退職しても公社のテニスコートは最近まで無料だった。民になってこのような税金の無駄使いのチェックと一般市民へのサービスは確かに進捗し成功したと言える。

建築確認許可の民間委託について

民間機関同士の営業戦略が露骨に噴出したのが姉歯問題である。元々建築関係の法規は性善説に立っていると思う。最近まで違反行為に対し罰則規定が殆ど無きに等しかった。10年以上も前に「銀行がモラルを守れば街はすぐにきれいになる」というテーマでこの誌に寄稿した事がある。姉歯問題以降ドンドン法改正が行われ今日620日から性善説から性悪説に立ったと思われる大幅な法改正の実施がなされる。民間機関同士の営業競争の中でどこまで徹底出来るのか私は疑問に思う。福祉関係や生命に関わる医療、建築等に於いては利益優先ではない仕組みが必要であると考える。社会保険庁の民営化についてもっと詳しい説明が欲しい。マスコミにも頑張って貰いたい。
編集長アース建築事務所  藤原明弘


2007/06月号

































0706同友会編集後記

NHKスペシャルを見て

最近テレビはまずNHKをスイッチオンしてから番組表を見るようにしています。
民放があまりにもジャーナリストとしてプライドが無さ過ぎる内容が多いと思うからです。
政府が干渉したとかの事件もありましたがそれ以後民放の「ここまで言っていいんかい」以上に感じる内容が度々あります。数年前郵政省と戦った大和運輸やアメリカと戦ったホンダ技研など素晴らしい日本企業を実名をあげてドキュメンタリーを作った製作者の話を聞いたことがあります。
内部でもすごい論争の上決行したそうです。
テーマソングの歌い手は中島みゆきさんしかないと決め交渉するとギャラの話無しで快諾してくれたと言う話も聞きました。

  中小企業憲章を頑張らなければ

今夕観光バスの運営の実態を放映していました。
2ヶ月程前観光バスの運転手が居眠り運転をしていて柱脚に衝突する大事故がありました。
その詳細は各メデイアが取り上げていました。
今夕ここで書こうと思ったのはNHKスペシャルでは旅行会社(大企業、発注者)の指値の言いなりにならなければ受注出来ないことです。
驚いた事は担当省で観光バスの最低受注金額が決められているにもかかわらずその半額位で受けざるをえないと言う事です。関係団体が担当省に陳情すると発注者には何も行動しないで受注者に頑張れと言うだけだそうです。
私の所属する建築の世界でも全く同じ事ですが担当省の指値はありません。
規制があるにも関らず下請け(中小企業)を苦しめ強いては社会に悪影響をもたらす事は改めなければなりません。


 皆さん是非とも中小企業憲章は成立させましょう。


          編集長
アース建築事務所                               所長 藤原明弘

 

2007/05月号















































同友会5月号編集後記

法律やルールは何の為にあるの
 
 蟻や蜂の世界には法律文はありません。
でも我々人間よりも遥かに長く生存し続けているのです。お互いにルールを守り助け合い夫々の役割を果たして来たからだと思います。私は50年前からテニスをしています。50年前のルールブックは薄いものでした。今のそれは文庫本サイズですが366頁もあります。昔は疑わしきは自分の不利に判定していました。だから揉め事は非常に少なかったのです。その習慣が薄れるにつれルールブックがドンドン厚くなったのです。
日本の文化の中に「武士に二言は無い」とか「沈黙は金」などがありました。道義を重んじると言うことでした。今は殆どそういう事は無くなってしまいました。道義を重んじれば法律やルールは少なくて良いのです。

生まれてきた子供に国籍を与えない法律
 
 可笑しい法律は山ほどありますが、今話題になっている事を取り上げます。

その男女の子供だと本人のみならず周囲の人達も認めていても離婚後300日以内は前夫の子供としか認められない。拒否すれば出生届けが受け付けられないと言う法律があったなんて信じられない。代理人出産や子宮外出産も同様だそうです。生まれてきた子供の人生の事を考慮されていないのです。
憲法の「基本的人権の保障」に反しています。
立法時の倫理観が変化しているのに法律はそのままなのです。
さすがに世論に押されるように関係省庁はパスポートの発行等は認めるようになりました。しかし前夫の姓での発行だそうです。嗚呼。
2年程前に司法関係者も部外の人と積極的に交際しても良いとお触れが出ました。それまでは? 
直接法律に関っている人達が一般常識に欠けているとしたら、恐ろしいことです。

同友会の皆さん、道義を重んじる付き合いを致しましょう。

同友会編集長

アース建築事務所

所長 藤原明弘

 

2007/04月号








































嘘つきは泥棒の始まり

 私たちは子供の時からそう教わってきました。そしてお天道様が見ているからね、とも。
最近、政治、経済、クリーンである筈のスポーツ、信じられない事に教育の世界までも。夫々のトップの人々の嘘が暴かれています。夫々最高の教育を受けてきた人達です。
そして上位の人ほどその代償は軽いように思うが皆さんどう思われますか。あの人達は上記の逆説の「嘘も方便」と言う言葉の方をしっかりと身につけて成人されたようです。
米国は変な国だと思いますが聖書に誓うと嘘はつけないようです。そして大きな社会的制裁を受けるようです。

プロ野球の世界

 早大のあの選手は本当に可哀相な事です。希望枠入団制度を悪用するべく進学費用を全て負担していたという事ですが、プロ野球界を代表するような人からそんな話があれば殆どの人が乗ってしまうでしょう。その上本人は知らなかったと嘘を言えと強要したと言う。
本人が呵責に耐えかね真実を発表した事は立派だと思います。一場投手同様救済してあげれば良いと思います。
私が言いたい事はたまたま西部ライオンズのこの一件がなにかから暴露されましたが他球団もおそらく同じ事をしていると思います。
基本的にルールを変えなければならないと言う事です。

政治家の世界

 いろいろありますが事務所経費の件。
知人である3議員の事務所に行った事がありますがまともに仕事をする議員にとっては確かに狭い。ですが無料の事務所のみの議員が1000万円を超える費用を受け取りそのまま大臣を続けているなんて信じられない世界だと思います。

その他

いっぱいありますが紙面がオーバーしましたので終わります。        
              同友会編集長                                     アース建築事務所                     所長藤原明弘

2007/03月号

































本当に教育は恐ろしい

昭和8617日天六交差点で信号無視した陸軍兵士に警官が注意をした。そこで警官と兵士がつかみ合いの喧嘩になった。ナンデと普通に思う場面です。戦後まで陸軍では「我等が最高、天子の人」と教育されていたからです。それは陸軍と警察の争いになり昭和天皇のお言葉があるまで5ヶ月もかかったそうです。ユオウ島での戦いの映画を2本とも見ました。ここでも理不尽な陸軍の考え方が表れています。

以前にもこの欄に記しましたが陸軍が中国でした虐殺の記録を私は撫順の戦争記念館で見ました。普通の人間にはとても出来ることではありません。私を案内してくれた人もその当時はそれに加わっていたそうです。最初は上官の命令で仕方ないと思っていたのが平気になったそうです。恐ろしい話でした。余談ですがドイツがヒトラーを始めとするゲシュタボが間違っていたが国として賠償したようになぜ我国では陸軍が間違っていたと言わないのでしょうか。不思議に思っています。

恥を知り人に迷惑を掛けない生き方を教育して欲しい

私は高校、大学共に育英奨学資金で卒業しました。就職してから必死で返済しました。今この返済率が非常に悪いそうです。学校の給食費を支払わない人もかなりいるようです。考えられない事態だと思います。その他恥を知れ、と思う事が溢れています。友人に幼稚園の園長さんがいますが親の参観日に母親のおしゃべりや携帯電話の処置に苦労するそうです。その子供がどんな人間になるのか恐ろしいことです。又その子の子供は?彼は100年掛かる。と言っています。教育界の英雄を待つしかないのでしょうか。同友会の皆さん、我子と従業員位はまともな人であるように教育しましょう。まず自分から。

編集長 アース建築事務所所長 藤原明弘

 


2007/02月号

































0702

同友会編集後記

自転車について

私は今、自転車で住宅工事現場に行きその検査を生業としている。多い日は20km位走る。
そこで思う事は我国では自転車に対する法律やマナー常識が無いに等しい事である。
例えば対抗車に対して右側通行なのか左側通行なのか。
歩道を走るのか車道を走るのか。
この10年間で歩行者との事故が4.6倍になっているそうだ。
法律はどうなっているのか。1978年までは歩道を走ってはいけなかった。その年「指定歩道なら良い」と改定された。
その後30年間も自転車に対する法の見直しはされていないのである。
昨年1130日に警察庁の「自転車対策検討懇談会」が提案を発表した。「歩道通行の条件を緩和する」と言う文面だ。
もっと歩道を走ってよろしいという事である。
実際には殆どの自転車は歩道を走っている。

北欧では

1974年に始めて北欧と自転車王国オランダその他国を旅した。
その時既にそれらの国には自転車道が完備しており猛スピードで自転車が走っていた。人は絶対に自転車道には入らない。
豊里大橋から吹田市役所辺り迄は完全な自転車道が設けられている。ところがそこを歩いている人やひどい所では駐輪場のようになっている。
警察をはじめ誰も注意しないで放置のままなのである。
自転車道は車道の右端に作るべきであると思う。

無灯自転車自転車を走らせていて最も危険に思う事は無灯自転車の多さである。数えてみると90%以上が無灯である。
自分は大丈夫と思っているのだが突然現れる感じで度々ヒヤッとする。
車からはそれ以上である。法規制すべきだと思う。
皆さん公害も出さず健康にも良く経済的な自転車をもっと活用しましょう。

編集長 アース建築事務所所長

藤原明弘

2007/01月号 0701同友会編集後記

 大阪市の夢州を夢の島に

会員の皆様明けましておめでとうございます。

表紙の年男、年女写真への協力ありがとうございました。

古い話で恐縮ですが平成元年にマカオへ友人の津々見友彦君(京阪支部でも講演)に誘われて行きました。
モナコが有名ですが当地でも市街地をコースにした国際カーレースが毎年行われています。
彼はシビッククラスで2連覇していました。
当日見事3連覇を成し遂げホンダが記念に80×100cm位のポスターを作製しました。
ウィニングランで手を振っていましたが周りのフアンが大喜び。
後で聞くと何時もはやらないのだが私に振ってくれたのでした。感激。
ホテルにチェックインして解ったのですが彼はマカオでは英雄だったのです。
その夜02年迄40年間カジノ経営権を独占していたホー氏の孫らしき人の招待を請けました。
津々見君の指導を受けてレースにも出ているそうです。

夢州をラスベガスやマカオに

大阪市は三セク事業、オリンピック誘致等全て失敗。
私は府や衛星都市の協力を得ない事にも原因の一つにあると思います。
オリンピック誘致やアジヤ大会の時など隣の市民としてとても応援する気にはなれませんでした。マカオ政府は02年にホー氏のカジノ経営権の独占を解除した結果ラスベガスや香港の企業が進出して来てカジノや大会議場付きの巨大ホテルの建設ラッシュだそうです。
造成はしたがガラガラの夢州、舞州をラスベガスやマカオを参考にすればとその当時から思っています。
そして奈良、京都に協力を得る事も肝要だと思います。

編集長 アース建築事務所所長

藤原明弘

2006/12月号 子供の教育、親の教育
 昨今、連日小中学での「いじめ」と「自殺」の記事が出ない日が無いくらいにマスコミを賑わせている。
数年前に高校の同級生の歯医者に行った時たまたま小学校の校長になっていた同じ同級生と会った。校長は同窓会には全く出てこない。職場以外との交流が無いという事である。
子供が先生の指示に従わない時叱り飛ばしてなぜ従わせないのか質問した。親から教育委員会から苦情がくるので出来ない。という返事に失望した。
京阪支部で講師に呼んだ淀川工業高校のブラスバンド部(毎年のように日本一)顧問の丸谷先生の話では他の先生から貴方のブラスバンド部やクラスの生徒は礼儀正しく素直な子ばかりで良いですね。
と言われるそうだ。ブラスバンド部の練習を見に行くと生徒皆が私に挨拶をしてくれる。練習中先生は怒鳴り放なしである。我々外部の人との付き合いもしている。
 先の同級生校長とは大違いである。
もう20年位前のことになるが私は自分の息子二人の学校を見ていて学校教育がおかしいと考え京阪支部主催、守口市、門真市後援で「教育問題講演会」を数回催した。
 京大アメフト部水野監督や小説家の椎名誠さんにも来て頂き文化会館や市民会館(1000人収容)が満杯になった。
その頃から一般市民は教育がおかしいと感じていたのである。
市長、教育長は私の要請もあって聴講に来ていたが先生達の顔はあまり見なかったように思う。
先月あった長野での同友会広報全国集会で同友会役員が教職員採用時の面接委員を委嘱され加えて現職教師が民間企業に出向する制度がある。と聞いた。
 長野県も同友会も素晴しいと感動した。
 親しい幼稚園の園長は参観日に母親の携帯に対する注意や母親同士のおしゃべりにも大変だそうだ。
この悪循環を正すのは誰か英雄的な人が現れ無い限り50年かかると言っていた。大変なことである。
皆さん真剣に考え機会があれば行動しましょう。                         
編集長アース建築事務所
                         藤原明弘
2006/11月号 広報部全国研究集会

はしご車他10台の大騒ぎ

広報部全国研究集会が先月12,13日にありました。会場でもあった長野市内のホテルに泊りました。まさに丑三つ時 150分けたたましく非常ベルが鳴り5階の大広間で火災発生と途切れ途切れのアナウンス。6階の私はすぐさま廊下に。全く臭いがありません。誤報だと解ったので再びベッドへ。
しかし度々のベルと放送があるので浴衣姿のまま5階へ、消防士とホテルマン5〜6人が真剣な顔をしていました。その足で1階フロントに行ってみると全員が居りました。私のような人、正装して鞄も持っている人、その中間の人、様々で人って面白いなーと思いました。
全国研究集会

我会副代表理事、全国協議会広報委員長三木さんの問題提起講演の後@経営指針で地域を変えるAe.doyuの活用で組織強化をB未来をひらく「きかんし」活動。の3分科会に分れて討議しました。二日目「産学官金の連携強化で地域経済の発展を」のテーマで中同協国吉専務、長野大学教授、県中小企業新光センター専門官、そして信金理事長というすごいメンバーの臨席。長野代表理事のコーデイネーターでパネルデイスカッションが行われました。その後テーブル討論。刺激を受けた事は地方の会ほど行政、メデイアと協力体制が出来ている事。特に驚いた事は長野同友会の会員が県の教員採用試験の面接官を委嘱されているという事でした。

オプションツアー

二日目正午終了。有志7人で開業1300年の渋温泉。世界でここだけのサルの温浴を見て会員経営の旅館に逗留。30才前の料理長と聞いたが料理全てが驚くほど美味かった。特に旬材ではあるが栗ご飯は絶品でお土産にとおにぎりを所望したくらいである。翌3日目私の知人の建築家宮本さんが基本デザインをした小布施の町並みを見学した。一人の豪商が北斎、一茶等を招いた事と外は皆の物、中は自分の物という社会通念通念が生んだ街と体験した。            編集長アース建築事務所所長 藤原明弘

2006/10月号  大阪に60年ぶりに落語専用劇場落成
先月15日こけら落しがあった。
天満宮の敷地内に竣工した「天満天神繁昌亭」という落語専門劇場である。
3階建、延面積約500u、定員256人のローコスト建築である。
その前に関係者による披露会が9日にあった。
私はその2日前7日に私の友人の設計者に案内して貰い内輪話を詳しく聞いた。
高座に座って拍子木を打ってみた。
客席と一体感のあるいい空間だと思った。
上方落語協会会長桂三枝さんが夢物語のように日本一長い天神橋商店街会長に語ったのは04年始め。
その話に全面的に協力をしてくれたのが天満宮住職。
自らの土地を無償永久貸地を約束してくれた。
そこから物語りは始まる。
相談を受けた大阪芸術大学教授でもある建築家は悩んだ。
落語の世界の人達の経済感覚の異常さに。
予算の事などお構い無しに意見続出。
テント小屋で発足したらと言わざるを得ない状態から始まったそうである。
そこから商店街会長の涙ぐましい努力が始まった。
大阪は勿論の事,知己から知己へと全国に100以上に及ぶ企業及び団体に協力依頼に回られた。
協力者へは建物内外約1500個に及ぶ提灯に記名する事で応えた。
1個最低10万円である。
工事が始まり形が現れ始めるとドンドン集まり受け切れない程になったそうだ。
初めから協力してくれればもっと違う建築が出来たのに。
と言われていた。
室内正面大見得の位置に元同友会会員の個人名もある。
建築費1億8千万円はこれで賄われた。
以外に舞台、緞帳、椅子、音響設備等は夫々の大手企業が寄付してくれた。
この界隈に60年ぶりの演劇場の復活である、それ以前は8館もあり吉本興業の小屋も斜め向かいにあったそうだ。
久方の大阪の快挙だと思う。
それにしても中央公会堂や幾多の橋を寄贈した大阪の昔人に比べ侘しいなー。
                     編集長
                      アース建築事務所
                      所長 藤原明弘編集長   
 
2006/09月号 こんなもの要らない「私のしごと館」

8月11日、良いうわさの無い京都府精華町にある「私のしごと館」に立ち寄った。
巨大な施設である。空間の大きさに圧倒される。建築家の遊び的デザインが多すぎる。イコール税金の無駄遣いである。
約400種の職業が紹介されている。年代による社会における仕事観の変化をその時代の小説や詩歌、映画等で紹介もされている。確かに内容は子供達にとって素晴しいものになっている。だが基本的に私は可笑しいと思う。これだけの膨大な内容を1日で学習することは不可能である。会員制で安く多数回来館できるシステムが設けられているが小中学生が通える場所ではない。又近隣以外からは通えない。同様のものを全国に作れるものでもない。
授業で扱うべきこと
6,7年前小中高校の教科書を取り寄せ調べたことがある。その時は建築に対する教育が余りにも無いのが理由だった。結果は夫々に建築には設計者が居て施工者が設計図によって建築するとある。授業の為の先生用の指導書では更に詳しく記述されていた。大阪府の教育担当のトップと懇談したが殆ど授業ではその項目はネグレクトされているとの事。その項を建築士会で受け持つ提案をしたがナシのつぶてだった。
「私のしごと館」の展示内容は全国の子供達に必要な内容であるので局所的な対処ではなく時間を掛けて授業で全国的に行うべきであると思う。

「建築家」が無い
当館の最初のガイダンスでは衣食住が根幹とうたわれているにも関わらず職業欄に「建築家」が無いのである。建築設計技術士とある。建築に対する考え方に心理的、芸術的、都市景観に対する影響等の思考が全然見当たらないのである。この国の文化程度を確認さされた1日であった。ヨーロッパでは命を守ってくれる友人として医者、弁護士そして建築家を持てと教育されているというのに。
同友会の皆様「住」についてもう少し関心を持って下さい。

2006/06月号 大阪のサービス業
先月22日、中小企業家憲章勉強会のシリーズで催された慶応義塾大学の植田浩史教授の「大阪のサービス業調査結果報告」の講義を受けた。サービス産業とは第1次産業、第2次産業、以外の第3次産業全体をさす。
即ちもの造りをしない産業全体である。それに対してサービス業とは「個人又は法人に対して用役、専門的知識などの提供を行うもの。対個人、事業所へのサービス、医療、教育、弁護、会計、芸術、分類されない専門サービス業等」をさす。


即ち有形財ではなく、無形の商品を指し無償提供ではない。
時代の変化によって常に新しい業種や職種が誕生することが大きな特徴である。従ってこの分野に属する者は常にアンテナを広く張っていることが肝要である。 大阪は江戸時代から商人の町であり全国からヒト、モノ、カネ、情報が集まる地域であった。
サービス業である卸、小売業、とりわけ卸売業については江戸をしのいでいたのである。
しかし最近の20年間に著しいがその比重を下げ続けている。
特に東京との差は開くばかりである。 物流の世界を最初に説明され後半に解説されましたが、私の属する文化、芸術の世界に於いては私の体感はそれ以上のものがある。
大阪では上記の「無形の商品を指し無償提供ではない」が崩れているように思う。
建築はゼネコンに、ポスターは印刷屋に、という風に企画、デザイン無料の世界にますますなっている。
上記について昨年11月号に記してあるので再読をお願いしたい。
文化が育っている町が良い町と言えるのです。
同友会の皆さん頑張りましょう。
             編集長
                アース建築事務所所長
                     藤原明弘
2006/05月号 6月1日から違法駐車取締りが変わる
最寄の警察署へ行って面談し資料を貰ってきました。当面は大阪市内だけですが警察官に加え民間の駐車監視員が駐車違反(今の15分位の猶予はありません)の車にステッカーを張り記録して警察に届けます。その後は今までと同じですが1点だけ違いがあります。運転者が不明の場合はその車の所有者が点数無しで反則金の支払いをしなければなりません。駐車監視会社は社員を雇うわけですから利益を上げようとします。社員にノルマを掛けることは目に見えています。社員が法に守られ自分の生活を考えて行動する事を止める事はできません。その極端な事も起こりうる訳でそれを想像すると恐ろしい事になると思います。最も対処が必要なのは宅配、引越に関係している人達でしょう。既に拠点となる駐車場と契約を始めていてそこからリヤカー等で配達すると聞きます。今以上に交通渋滞が予測されます。そして余計な経費が発生しそれは消費者の負担になるのは目に見えています。

なんでもかんでも官から民へ?

上記の事もしかり、私の世界も今世間を騒がせています。構造計算偽造問題です。建築確認及びその現場審査までを民間に委譲した結果、責任範囲が解らなくなっているのです。建築に対する許認可の一部が民間委譲となっていますが現状は役人の天下り、大手ハウスメーカーの天下り先になっています。毅然とした検査結果が出るとは思えません。実は私もその末端に位置し心痛める場面があるのです。社会の為に個人の利益と関係してはならない業務においては税金で行うべきだと思います。
2006/04月号 アメリカは何様だ
アメリカは何様なのだ
イラク問題について
信長がはりきっていた時代に他国が介入して来たような事だと思う。
自分は核兵器を大量に保持しながら他国は研究すら規制する。正否はムツカシイ。
国連が指導してくれるのであれば納得出来るのだが。
イスラムが多い国で大きなモスクの入り口に置かれたスリッパに履き替えて入って行ってひどく叱られた事がある。
ベッドルームまで靴を履いている人種にその心情が理解出来るはずが無い。
WBCについて
まずは日本おめでとう。しかしながら運営についてはおかしな事だらけだと思う。
マスコミは何故はっきり批判しないのだろう。私は憶測も交えて記します。
世界的には少数ですが関係国は全て大歓迎しました。しかし運営方法、ルールその他全てアメリカの大リーグ機構(MLB)が取り仕切り日本を始め各国の意見はことごとく取り入れなかったようです。私が最もおかしいと思う事を2点だけ記します。
第1点はドロー(試合の組み合わせ)です。私はテニスの役員を長くやってきました。
第一回大阪府民テニス大会のドローは私がチーフで組みました。
どう組めば公平か非常に苦慮するのです。
ところがWBCではどう見ても予選リーグからアメリカ優位のドローとしか思えません。
予選リーグの勝ち上がりチーム同士が決勝トーナメントで即戦うなんて私には信じられないオーダーです。アメリカが予選リーグ戦で勝ち残り、優勝候補のドミニカ共和国やキューバと当たらないオーダーを組んだとしか思えません。
2点目は審判です。オリンピックでも参加国の全ての国の国際審判員が任務に付きます。当然の事です。ところがこの大会ではギャラの問題でアメリカのマイナーリーグの審判のみで行われたのです。そこであんな初歩的な誤審が起こったのです。しかもその審判を最後まで使ったなんて信じられない行為だと思います。
最後に産経新聞の受け入れですが収益金の分配率がアメリカは35.5%日本は7%他は夫々異なる%だそうです。同友会は公平紳士的に行きましょう。
2006/02月号 忘れてしまった日本人の心 その2
昨年11月のある日、東部鉄道の30代の運転手が3歳の長男をわずか約4分間運転室に入れて懲戒解雇になったそうです。
私が小学校6年生の時親父はある病院の院長の運転手をしていました。その車を校庭で生徒を順番に乗せて走らせたことがありました。
勿論勤務時間中です。私はうろ覚えですがその時の先生が軍隊で運転免許を取得しておられ親父に代わって運転されました。
この事を鮮明に記憶していて昨日の如く今でも興奮して話す同級生がいます。現役時世界的カーレーサーであった津々見友彦君です。
彼は日本では50才前半迄1500CCクラスのトップレーサーでレーシング界では生けるシーラカンスと言われ人気女優とのゴシップで週刊誌を賑わせたこともありました。
マカオグランプリでシビックに搭乗して3年連続優勝し最後の年に招待されて観戦しました。マカオでは英雄扱いで現地の人から私は羨ましがられました。京阪支部の例会で講演もして貰いました。
その彼の原点は親父のフオードにあるのです。
前述の長男君はどんな人生を送るのでしょうか。
規則や法律はなんの為にあるのでしょうか。
昨年この稿で酒酔いに対する罰則は非常識だと記してお叱りを受けました。でも車に寄る死亡事故は激減しているそうです。
逆に建築に関する法律は罰則が無いに等しいのです。
酒酔いに対する位の罰則があれば姉歯問題は起きなかったのかと思うと寂しい限りです。
20年位前までの日本人は法律の前に他人に気使いをしていたように思います。
仕事に於いても顔も見た事も無い相手でも何でも安けりゃ良い。では無かったように思います。
そう言う私もパソコンの買換えをインターネットで買おうとしています。ああー
2006/01月号 明けましておめでとうございます
昨年は夫々の年だったように思います。私の世界では真面目な人が苦しんだ年のように思います。
初めて建築設計事務所がマスメデイアに大きく連日報道されています。
真面目な設計者にとって良いことだと思います。
震災直後に毎日テレビで延べ30分話した中で設計施工がダメなんだと言う事を強く話しましたが一般的に意識の改革には至らなかった証左です。残念です。先進国、韓国、台湾でも設計施工は法律で禁止されているのです。弁護士と検事が組んでいるような事なのです。
 あの時崩壊した建造物を設計施工、或いは官公庁建造物の施工者は逸早く解体撤去しました。皆さんはさすが大手だと喜んでおられました。
私はテレビでも言いました。証拠隠滅をしている。と。
 直後に米国の建築家と話しました。米国では資格ある機関による崩壊の原因究明の後でなければ撤去出来ない法律になっていると言うことでした。
建築家協会住宅部会の会議で自分達の創った建物について聞きました。被害はその真下で約30cmの断層が起こった住宅だけでした。
大阪府建築士会災害対策実行委員長として頑張りましたが大手ゼネコンそしてハウスメーカーはマスメデイアの大スポンサーです。
 阪神高速の崩壊など公団の監理と大手ゼノコンの管理の杜撰さによるものだった事は新聞の写真を見るだけでも解るのです。でも住民と公団その他の官公庁との裁判では今年の結審で原告の敗訴でした。応援していた友人の大学の先生は裁判官の認証投票の時全員に×を付けて欲しいと述べています。
2005/12月号 映画 忘れてしまった日本人の心
先月中旬「ALWAYS3丁目の夕日」を見ました。
久し振りに感動し涙がこぼれました。観客の殆どがシネマソングが終わるまで席を立ちませんでした。ストーリーは昭和33年(私の高校1年生の時)東京タワー竣工年。
捨てられた妾の小学生男児と集団就職で東北から東京へ来た少女を巡る話です。
男児を押し付けられた東大卒の小説家志望の青年(A)はきつい言葉でその子に当たります。
集団就職で来た少女にも町の自動車修理工場の短気な社長(B)は荒々しい言葉で当たるのです。
それでも近隣の人達の暖かい助けと本人の我慢の結果、小説家志望の青年、短気な社長、の本心が解って居続けるのです。明日はテレビを買おう。次は冷蔵庫を買おう。その次は洗濯機を買おう。Bは全てを手に入れテレビは初日から隣近所の住民に公開し力道山の活躍を見せました。
私も全く同じ経験があります。近所のお妾さんの家でした。

Aは芥川賞を取ろうと毎日原稿を書きます。引き取った子の才能を引用するのは御愛嬌と見ましょう。その子の大金持ちの実父が突然表れ引き取ろうとします。高級車の中でサンタクロースからのプレゼントの万年筆をこんな安物ブランドをこれからは持つな、と捨てられます。心とお金の葛藤です。この子は後者を選びました。
Aは心ならずもお前が居ると経済的にも大変なんだ実父の所へ行けば何の問題も無いじゃないか。と叫びます。叫ばれても叫ばれてもその子はAにすがりつきます。
私は涙が溢れ出てしまいました。この原稿を書いていながら涙が出て来ました。
 今、飽食の時代と言われています。でも言葉の裏の意味を感じる事や近所付き合いの大切さを忘れているのではないのでしょうか。言葉の裏を読むと言う事は日本だけの文化だと思います。これが無くなってしまいました。残念です。
今の日本は目先の金儲けだけに勝つための方策に血迷っているように思うのです。
なんでこんなに見えない相手に勝とうとしているのでしょうか。
2005/11月号 大阪がダメになっている一つの原因 大阪人から文化が無くなった
昔の大阪人には江戸を田舎と呼ぶ気概があった。畳の寸法は一間(1.82m)×半間、その外側に柱を建てるのが関西間。一間置きに柱を建ててその間に畳を敷くのが関東の寸法でこれを昔の浪速の人は田舎間と言った。6畳の部屋で約10%狭い。
その時代の人達は建築に対する造詣があり関西間のことを本間(ほんけん)と言っていた。残念な事だが今の50代以下の人達の間では死語になってしまった。今大阪でも本間で建てる人は少ない。私はそれに近い960mmのモジュールをお勧めしている。
芸能の世界でも同様で上方に対して田舎芝居という言葉が江戸芸能だったのである。
デザイナーが育たない大阪
今の大阪はとにかく値切らな損という風潮になってしまっている。
3年程前、独立してすぐの頃に設計した江戸時代から家具屋の町として栄えていた立花通りの仏壇屋さんがダメになって若者向けのブテイックにレンタルすることになった。借主と面会したが同席したのは東京の店舗デザイナーである。借主も東京の人。聞くと周囲のオーナーは殆ど東京の人。そして洗練されたデザインとそこに置かれているしゃれた商品を求めて若いカップルが押し寄せているのである。
大阪で店舗デザイナーは皆無である。
グラフィックの世界も同様である。店舗の設計、ポスター、チラシ類にデザイン料を支払うオーナーは大阪では殆どいない。従って大阪にインテリアデザイナー、グラフィックデザイナーが殆どいない。住宅に於いても同様になってしまった。実に情けなく寂しい限りである。
少なくとも大阪の経済をリードしようという思いを掲げているこの同友会会員の皆様にそういう意識を持って貰いたいと思う次第であります。
今東京はすごい活況だそうです。それを元にメデイアは日本は景気回復に向かっていると表現していると思う。
2005/10月号 国際的には不思議な日本
衆議員選挙では小泉自民党が浮動票を集めて圧勝しました。
本当にこれでよかったのでのでしょうか。私は疑問を念じ得ません。
時々私は小泉首相と顔や性格がに似ていると言われることもあり悪い印象はありません。
自民党をぶっ壊すというマニュフェストを実行しつつありすごい人だと思います。
これはさておいて今月のテーマは別にあります。
私は29才で独立してから(35年前)震災前までに45回まで勘定していましたがその後解らなくなるほど仕事、視察、遊びで海外旅行の経験があります。
訪れた国は20カ国を超えていると思います。
ツアーであったり単身であったりしますが出来るだけ単独行動を取るようにして来ました。
発展途上国は別にして我国を先進国と自負する観点で見ますと一般的に先進国と言われている欧米と比較して我国が変わっていると思う事を記します。
1.旅をしていて自分の居場所がなかなか解りません。
2.外国貨幣が簡単には使えません。
3.外国人と言う事で特別扱いをします。
4.時間の流れがせわしない。
5.常に他人と比較する。
以上の事が大きく異なっていると思います。
それに比して欧米では
1.地図と磁石があれば一人でレンタカーで旅する事も簡単です。何処にでも自国語と英語の地名表示あります
2.町のレストランでも何処でも両替率は割高になりますが支払いが出来ます。
3.殆どその街の人と同じように普通に扱ってくれます。
4.全ての店で皆悠々と待っています。時間を遅れてもそんなに怒る事はありません。
5.自分は自分という感覚で相手の行動が自分に迷惑を掛けない限りは無関係という感じです。
最後に一つ、とにかくよくしゃべります。言わない事は了解になってしまうと言う事なのです。
良いことかどうか解りませんが我国もその方向に行っているように思う此の頃です。
2005/09月号 お隣とは仲良くしなければ 中国、韓国との付き合い
本年5月号で隣国中国、韓国の教育がおかしい。と私の経験談をこの欄で述べました。
今日(8月16日)の毎日新聞の記事を見て愕然としました。「中国新聞週間」15日号にインターネットによるアンケートでは60パーセントが「資源をめぐり日本と戦争になる」と回答した。インターネットの利用者は20代が殆どで彼らに根強い反日感情が存在している証左でなのです。その上日本に対するイメージは「危険な軍国主義国家を連想する」「日本の軍国主義は復活する可能性が高い」更に「日本政府が正式に謝罪しても永遠に信用しない」と言う回答が55%〜95%だとと書かれてありました。
一方我日本の終戦記念日の特集で我国の20代へのアンケートでは約50%がなぜ第二次世界大戦が起こったのか知らないそうです。アメリカと戦争した。へー?「なんでー」てなもののようです。彼我の教育の違いでこんなにも異質なことになってしまうのです。
日本では学校教育の中で明治時代迄の歴史はありますがその後の大正、昭和の出来事を歴史としてあまり取り上げて来なかった。1%だけですがアメリカと戦争をしたことすら知らないと答えているそうです。
日本の教科書の内容について中国、韓国から逐一干渉されて対応しているのに隣国の教科書と教育について当然情報は得ていると思うのですが我国はどこまで干渉しているのでしょうか。政府が黙っているのか、マスコミが黙っているのか私達は個人的に隣国の人達と親善とお互いの親交を深めて行くしかないのでしょうか。
2005/08月号 同友会全国広報会議
7月15日(金)同友会全国広報会議に出席して来ました。
会議場は京都駅東となりの「ぱ・る・るプラザ京都」会議には全国から約50人の参加。
二次会は約30人。木屋町の川床「月彩」最高の料理でした。ビールも料理も出るのが遅かったけど。
懇親会後祇園祭りの宵々日なので鉾を見に烏丸通り迄行きました。30分位は歩いたと思います。すごい人出(帰宅後のテレビで20万人と発表)と何回か見ていましたが、改めて緞帳の素晴らしさと鉾の高さに感動しました。ビルの6階位ですから20m位あることになります。烏丸通りに向かったのは15〜16人でしたがあまりの人出と同友会の特徴のオンリーワンの人々のせいか最後は6人だけでした。
東大の影響のこと.
二次会の席で広報委員会のメンバーは会の趣旨からデザインに造詣の深い人が多くおられます。京都タワーと京都駅のデザインについて意見を求められました。
前者は多分35年位前の民間建物で山田守という大阪駅西の中央郵便局等の設計をした建築家のデザインです。当時建築の世界は勿論の事、社会的にも話題になりました。
賛否両論あった事を記憶しています。
後者については公共建築物でもあり指名コンペでした。
指名された著名建築家(関西人は少なかった)と著名建築家と著名有識者、外国人の建築家も含めた審査員による数次の審査会が行われました。数回目で外国人の建築家はこれは正当なコンペではないと怒って審査員を辞退してしまったほど政治力の介入があったと言う事です。私は古都京都に醜悪な物体が忽然と居座った感じだと答えました。
大阪府庁舎、大阪府警庁舎、民間では梅田スカイビル、100億円規模の建築物の設計者は殆ど東大の教授か出身者です。おかしいと思いませんか。
こういう事は建築の世界以外でもおそらくあると思います。大問題ではないでしょうか。
東大出が少ない同友会、頑張りましょう。
2005/07月号 悪質リフォームの現実
建築士会での住宅相談委員会とNPO法人日本住宅管理協会での経験を記します。
建築士会での実例
最初は無料で住宅の診断をしてあげましょう。床下を見て虫が入るので換気口に防虫網を張りましょう。工事代金は5000円。やさしい言葉と安い代金にすっかり良い人だと思い込まされてしまったのです。3日後に訪れて屋根裏も点検しましょうと屋根裏へ。床下と同様に湿気で腐りかけています。両方に換気扇が必要です。構造的にも補強が必要です。とその場で約200万円のローン契約。その後1週間位で訪れて前工事の点検をしましょう。
まだ不十分ですのでより確実になる工事が必要です。
さらにベランダの防水が不十分だとその場で約200万円のローン契約。又もやその後1週間位で訪れて同じ事の繰り返し。今度は数年前に葺き替えた屋根瓦も良くない工事をされているのでやり変えましょう。とその場で約200万円のローン契約。普通の感覚では信じられないが又も訪れて180万円の契約。あまりにおかしいとその子供さんが気付いて相談に来られたのです。
NPO法人日本住宅管理協会での実例
大阪市NPOボランテイアフェアの我々の相談窓口に来られました。無料で屋根の点検をして上げましょう。と屋根に上り圧力ポンプ付タンクを使って水を掛け大丈夫そうだと言って帰った。ここでも上記同様良い人だと思い込まされたのです。ところが翌日訪れて心配なので天井裏を点検します、と押入れの天井を破って点検。湿気でカビているので換気扇を付けないと危ない、屋根もひび割れているので防水塗料を塗らないと駄目だとの話で詳しい工事見積もりを請求しているにも関わらずローン契約。
その結果
殆どの工事が不要なものなのです。我々のNPO法人は建築士、弁護士、税理士その他のプロで組織されているので不要な工事には支払いは出来ないと設置された換気扇等を取り外させローンも破棄することが出来ました。前者の件では問い合わせた処弁護士を使いながら全額を支払ったそうです。
皆さん、正しい知識と友人を持ちましょう。
2005/06月号 技術と文化の伝承
昨年所属する団体で伊勢神宮の正殿に参拝する事が出来た。
だがその入り方に驚いた。一般の人が参拝する格子塀の左側にある扉から直線で三〇m程で行ける距離である。ところがそこから入らず塀の外を左へ約二〇m、そこを右折れして約三〇m、勝手口のような門を潜って右へ三六〇度ターンして塀沿いに約三〇m、突き当たりを左ヘ四〇m、さきほどの格子塀の内側に至る。そこから直進して正殿に入る。合計約一五〇m。どんな意味があるのだろうか。
問える雰囲気ではなかった。
ホームページを開くと次の遷宮は平成二五年、建築だけでも今年から三三行事を行って完了。衣服什器備品その他について全て二〇年毎に少しの革新を加えながら新しく同じ物を作るのである。まさしく文化と技術の伝承が行われることになる。
今の若い人はかわいそう
中小企業の職人さんの世界。少なくとも建築の世界では腕の良い職人さん(建築家も含めて)元気が無い。腕をふるえる場面が激減しているのである。今、建築といえば集合住宅(マンションという言葉は日本の造語)か建売住宅、或はペラペラインテリアの店舗の改装。本物の建築を時間をかけて造らせるオーナーが少ないのである。仕事が無い、本物が少ない、時間がもらえない。そんな状態である。その上 デイテイルがパソコンで瞬時に出来上がってしまうので自分で考えなくて済んでしまう。四昔前の私達の場合は残業代も無しで事務所にダンボールを敷いて寝泊りして頑張った。お陰で二五才でチーフになり施主と共に竣工を祝った。今は分業になっていて喜びが少ない。
同友会の皆さんどうか若い人を育て日本文化の伝承を頭の隅に置いて経営して下さるようお願い致します。
2005/05月号 中国について、私の経験から
初めての中国訪問は86年旧満州東北部の撫順という石炭の露天掘りで有名な町でした。日本では殆ど知られていませんが、終戦後の重要戦犯捕虜収容所があった町だったのです。日本軍国主義の間違いを糾す教育を受け人生感が変わり今の余生があるという元戦犯の人にこの町に日本料理店を寄付をする協力を依頼されたのです。
元陸軍諜報部の山岡さんの実体
験の話は噂に聞いていた事とはいえショックでした。現地調査に訪中。4~5日の滞在でしたが戦争記念館となっているかつて980人が収容されていた戦犯収容所(その中には愛新覚羅薄儀の特別室があった)の大半の部屋の展示物を見て愕然としたことを忘れられません。陸軍兵が大衆の見守る中で中国人を斬首や射殺する場面、死体を大きな穴に投げ込んでいる場面等々の夥しい写真や殺傷の武器類等が累々と展示されていました。別の場所では記念写真を撮ると数百人の市民を並ばせカメラに偽装した機関銃で射殺し穴に放り込みガソリンを駆けて焼いた跡を淡路島の断層記念館の如く保存展示されていました。一般の日本人には見せないそうです。
歴史の保存程度なら私も
仕方ないと思います。広島の原爆資料館の如くにです。問題はこの施設を10才前後の子供に授業の一環として行って いることです。お別れパーテイの宴で市長はじめ要人に強く要望しておきましたが今だ何も変わっていないそうです。
今起こっている反日デモの写真を見ると若い人が大半です。天安門事件の時、蘇州近辺の工場長が大阪にいる息子に何が起きているのか電話してきていました。
その後南北4000km東西4000km位、穴居住宅に民泊等も含めて旅しましたが行く度に不可思議な国と思う国です。一国である事に無理があると感じています。教育の恐ろしさを感じます。
同友会は隠し事が無いのが素晴らしい。
2005/04月号 官民共におかしい大阪市

未だにお代官様対応のはなし
三年前仕事で建築指導課へ行った。中年の係官は隣の椅子に足を上げて横柄な言葉使いに驚いた。今時どこの役所にもそんな人を見かけることはなくなっている。わが町では上記のような職員がいたら大半の人は怒る。ホームページに意見欄があるが全くの一方通行。匿名、記名の選択肢も無い。市民と会話する姿勢が無いのである。大阪市民は無関心なのでしょうか。市長も何十年間、助役だった人が続いています。これでは中ノ島一家と言われても仕方ないでしょう。因みに人口当たりの職員数は横浜市の丁度2倍であるそうだ。
テニスのはなし71年寝屋川市73年守口市75年北大阪テニス協会を立ち上げた。その後一時旭区民であった時、大阪市民テニス大会が
なかったので区役所に働きかけた。驚いたことに大会が出来るコートがなかった。今は10〜20面のまとまった施設が数箇所を含め1〜3面の分散されたコートの合計は300面を超える。永年の我々の働きかけにより98年より、なみはや国体メモリアル大阪府知事杯テニス大会が開催されるようになったが(因みに第1回は小生が実質審判長)大阪市だけが未だに大阪市テニス協会は存在するが市民大会はないので毎年代表選手の選考がなかなか決まらないでいる。
角度は違うが靱公園内に50年以上前に市民の要請で創られた大阪國際ローンテニス倶楽部を一部の偏狭的な意見に押されて倶楽部に相談もなしに解散要請が突然にあ