もう20年ほど前になるが、「ザ・ベストセラー」という本の情報のTV番組があった。この番組で一度冒険小説の特集を組んだことがある。まあ、「冒険小説」というよりは冒険小説協会会長であるコメディアン内藤陳の特集という方が正確で、内藤陳の本漬けの生活を追っかけつつ、いろいろ冒険小説について語ってもらうという物だった。
そのなかで、協会員の仲間と飲みながら本について色々と語る場面があり、その1シーンがあまりにも印象的だった。一人がジャック・ヒギンズについて語ろうと「ヒギンズが………」と言いかけた途端、それを制して内藤陳が言い放ったのである。
「馬鹿野郎! ヒギンズなんて呼ぶんじゃねぇ! ヒギンズ『様』と言え!」
今にして思えば、ジャック・ヒギンズという作家が日本においてその地位を確保したのは、この瞬間ではなかったろうか。当時のヒギンズは知る人ぞ知るという作家ではあったが、決してメジャーではなく、よほどのミステリマニアでなければ、その作品に目を通してはいなかった。代表作の『鷲は舞い降りた』ですら、まだ文庫化されておらず、絶版状態だったのである。
この回の放映は視聴率も高く、翌日、番組内でも絶賛され、冒険小説協会公認酒場の名前の由来ともなったギャビン・ライアルの『深夜プラス1』の文庫が一斉に品切れになるという事態を引き起こしたほどだった。そして放映後まもなく『鷲は舞い降りた』が文庫化され、一躍ヒギンズは冒険小説界のトップランナーに躍り出るのである。実際に番組を見た人間は決して多いとは言い難いが、そこから口コミで広がるなどして、ヒギンズ普及に果たした役割は決して小さくない。
ジャック・ヒギンズは1929年北アイルランドに生まれた。軍隊を除隊後、歴史の教鞭を取る傍らで1959年から執筆活動を続け、ハリー・パタースン、マーティン・ファロン、ヒュー・マーロウなどいくつものペンネームを使って作品を発表していく。そして、1975年に発表した不滅の名作『鷲は舞い降りた』が世界的な大ベストセラーとなり、押しも押されもせぬベストセラー作家としての地位を確立するのである。
日本でもメジャーとなったヒギンズは、各社から旧作が次々と翻訳されるという一大ブームを巻き起こすことになる。その多くは初期の別ペンネームの作品だったが、それらを読んでみると同じ話、同じモチーフの繰り返しである事に気がつかされる。それでもそこそこ読めてしまうのは、独特の陰翳のあるキャラクターに特色があったからだろう。しかし、決して秀でた作家ではなかったというのも事実だ。この作家がそのスタイルを確立し、本領を発揮し始めるのは『廃墟の東』(1968)によって、ジャック・ヒギンズのペンネームを使い始めてからである。
ヒギンズ名義の諸作は『廃墟の東』、『真夜中の復讐者』(1969)、『地獄島の要塞』(1970)、『神の最後の土地』(1971)、『非情の日』(1972)といずれ劣らぬ傑作がずらりと並ぶ。いずれも地味な作品だ。しかし、孤独でそして力強い男の貌が見事に活写されており、忘れがたい印象を残す。
そして、このヒギンズのスタイルが1つの頂点に達したのが『死にゆく者への祈り』(1973)である。この作品にはストーリー的には際だつものはない。田舎町のギャングと元テロリストの抗争を淡々と描いただけの作品である。しかし、個性あふれる登場人物たちが見事なまでに描き出されており、まぎれもない名作となっている。
そして、『死にゆく者への祈り』で頂点を極めたヒギンズは、ついに『鷲は舞い降りた』にたどり着く。第2次大戦中、密かに行われたチャーチル誘拐計画を描いたこの作品は、ナチスドイツ側の軍人を主人公にしたという点でそれまでの戦争冒険小説とは一線を画していた。ナチスのあり方に疑問を持ちながらも祖国のために闘うクルト・シュタイナ。この主人公の造型がこの作品を不滅の傑作の地位に押し上げたのである。
しかし皮肉な事に、ここからヒギンズは迷走を始める。続いて翌年に出た『脱出航路』(1976)はプロットの破綻が見受けられるものの、『鷲は舞い降りた』の熱気が残っているのか、読み応えがあったが、同年のパタースン名義で出た『ヴァルハラ最終指令』はストーリーの面白さに寄りかかろうという姿勢が伺え、内容的には痩せてしまっている。
『鷲は舞い降りた』はそれまでのヒギンズと異なり、ストーリーとしての面白さが作品を支えている作品である。しかし、それは設定やストーリーがキャラクターの肖像を浮き彫りにしているからこそである。このキャラクター描写とストーリーが渾然一体となって結びついた所に『鷲は舞い降りた』の良さがある。しかし、ヒギンズはストーリーの導入が作品を面白くしたと勘違いしたのであろう。作品に凝った設定とストーリーを導入するようになる。しかし、キャラクター描写と結びつかないストーリーが作品に厚みを与えないのは当然であろう。ストーリーとキャラクターが遊離してしまった結果、あれ程光芒を放っていたヒギンズのキャラクター描写が無残な程、空回りをすることになってしまうのだ。
これ以降、『テロリストに薔薇を』(1982)、『狐たちの夜』(1989)あたりが水準作と言えるものの、決して印象に残る程の出来ではない。ただ、以前と違い、同じプロット、同じモチーフの繰り返しという要素は薄くなっており、1作1作にストーリーの工夫を凝らそうという努力の跡は見受けられる。しかし、それが作品の面白さにつながっていない。元々、決してストーリーテリングが巧みな作家ではないのだ。ヒギンズ程度のストーリーテラーは掃いて捨てるほどいるだろう。ワンパターンでも構わない。ストーリーの面白さを捨て去り、キャラクターの造型のみに焦点を絞り込んだ作品を期待することは、「巨匠」となってしまった今のヒギンズには無理なのだろうか。『鷲は飛び立った』(1992)を書かねばならないというところに、ヒギンズの悲劇を見る。
邦訳のある最新作は『双生の荒鷲』(1998)。『鷲は飛び立った』以来、久々の第2次大戦物である。悪くはない。それなりに面白く、水準作ではある。しかし、それ以上ではない。おそらくは、もはや熱狂的にヒギンズを追いかけているという読者は希であろう。それでも、やはり一抹の期待は持ち続けたい。それがかつてのファンとしての悲しい希望である。
ヒギンズは『鷲は舞い降りた』によって全てを得た。そして、同時に『鷲は舞い降りた』によって全てを失った作家なのかもしれない。
ヒギンズと言えば『鷲は舞い降りた』に止めを刺す。これほどまでに優れた読み物は滅多にお目にかかれる物ではない。あらゆる読書人に薦められ、これからも永遠に読み継がれて行くであろう不滅の名作である。ただし、初刊行時に削られた部分を補足して書き足した「完全版」は蛇足に近い。読むならば旧版の方を薦める。
しかし、この作家の本質を楽しむのであれば、むしろ『死にゆく者への祈り』『非情の日』『地獄島の要塞』といった作品群こそが相応しい。これらの作品にこそ、ジャック・ヒギンズという作家の真実の姿があるのだ。