わが家のがんばりや
 1999年2月1日、重い合併症をひっさげてシンヤは誕生しました。でも、産院からの退院は私と一緒、そして1ヶ月間は自宅で過ごし、お宮参りも無事済ませ、2度目の通院で入院になりました。1年半の長期入院、退院後も風邪での10日前後の入院を3度繰り返し、かわいい盛りの赤ちゃん時代2年近くを、入退院生活で過ごした我が家で一番のがんばりやです。

 生きるための手段、対策、決断が当面の課題として与えられた私は、ダウン症という事は二の次でした。まずは身体治しだったのです。毎日毎日の病院通い、病院に到着した時にシンヤがいつも順調で元気とは限りません。それこそ、一喜一憂の日々でした。
ですが、看護師さんたちにとてもかわいがっていただき、スタッフの方々からも「シンちゃんを見てると癒されるんです」とか「シンちゃんの写真を部屋に飾って元気の元にしているんですよ」などと言っていただき、本当に心からシンヤをいとおしいと感じられるのでした。

 落ち込んだり、マイナス思考になった時、自分の気持ちを前面に出さないで(今一番苦しんでつらいのに、一番頑張っているのはシンヤなんだ)とシンヤを前に出す、そうすると、こんなにいとおしい我が子がこんなに小さな体で頑張っているのに、自分の感情の落ち込みなんて言っていられない、と私にまで元気を与えてくれたのでした。

 多くの方々のお陰で体も丈夫になり、遅ればせながら外へ目を向け始めようという時には、2年以上の月日が流れていました。いいんです!シンヤのペースで、あせらずに。
 浮き沈み、メリット、デメリットはまだまだたくさんありますが、通算すれば断然メリットの方が多いのです。それを決めるのはやはり自分の心だ、とつくづく思うこの頃です。
 シンヤがこの世に生を受け、ひっさげてきてくれた物は合併症だけではありませんでした。家族、親族の和、兄たちに与えてくれた思いやり、いたわりの心、気づかずに通り過ぎていた多くの事を気づかせてくれ、そしてかけがえのない友をまで私に与えてくれました。ableです。
 これからも共に歩み、大切にしていきたいと思っています。

シンヤのママ