
ちょっと時間無し。
そのため、申し訳ないけど今回はベタ打ちにて表記する。
みんなには読みにくいかもしれないが時間切れボツにするよりはいいだろう。
普通、べた打ち文は、どんに忙しくとも山に行った当日に作成は済ませている。
そうしないと、黙っていても時間だけは進む仕事の山に二・三日のうちに脳みそが占領され、
あれほど鮮烈だった山遊びの思い出は目を瞬かせる間もなく記憶の彼方へ遠ざかるのだ。
そうなってしまっては、もう何も書けはしない。
だから、当日のうちに書くのさ。作成時間は長くとも一時間はかからない。
当然ながら、今回もそうやって当日にべた打ちは終わったんだ。
しかし、そこからがなかなか進められなかった。
だいたいが、山から帰ってきた当日から、家に帰ってパソコンの前に座る時間がそれほどなかったのだ。
もちろんユミコちゃんに怒られて家を追い出されたわけではなく、ユミコちゃんとは仲良くやっているから心配しなくともいいよ。
そうではなくて、布団の中でぬくぬく寝ているのを会社の机の上でコックリコックリ夢見ている時間がずいぶん長かったのさ。特に11月以降はネ。
では以下
谷峨駅から中学生 科学研究班 歩行演習とか十数名とともに同乗 他に畦ヶ丸に行くニパーティあり。
雨がパラパラと降る。玄倉まで窓が濡れ、ウインパーが回る。
中川温泉入り口で降りる。
今日は晴れるとか言っていたが山にはガスがかかる。しかし、本降りになるような天気でもない。
信玄館前で記念撮影を行っている忘年会グループの間を割って入って湯ノ沢ダムに着く。
そういえば会社の新人だった頃に信玄館で忘年会を俺もやったぞ。
深田堤防前で流れの上の朽ち丸太に乗ったら靴底が滑って前方の岩に顎を打ち付け痛い。最近転んでも手がカバーしきれない。ちょっと反射神経とろくなっている。口内出血かなりあり。シバシ・ガンガン・ヤバイかな 歯は大丈夫だが
しかし、深田堤防登っている間に痛みはどこかに行ってしまった。
十の沢
堤防上から左手に進めば自然に十の沢 入って100m程で石積み砂防堤 それを右から越えて(道有り)更に100m程進むと右と左の二俣だ。どちらにもすぐそこに砂防堤がある。地形的には右の方が深く本流に見えるが、今日は左だ。左は大杉山山頂直下まで延びていて、水量さえ多ければ湯ノ沢の本流だと言い張っても良いように思うけど。
左俣
40mの涸棚 急で登れないぞ 写真下段の段から右手のルンゼに入る
ざくざくに割れた石。角が立っている。割れてそれほど時間がたっていない一抱え程度の大きさの石が広い河原一杯に覆い尽くす。その上をひたすら歩く。と言っても何キロもではない。数百mというところ。突然に前方に急な崖の一部がえぐれて地肌の岩が露出したような滝が見えてくる。下部に緩やかに7m程あり、その上に十数mは剥がれかかった逆層の垂直な岩が続く。更に層が純に反転した20m程の急な涸れ棚、合計して40mを少し越えるくらいの大棚である。当然ながら見るだけである。
巻くのは下部7mを登ると、右手前に巻くにはおあつらえ向きと見えるルンゼがある。少しだけ慎重に登れば樹林帯に入って楽々と登り、落ち口に戻ったら高見の見物だ。
ところがどっこい
上部はなだらかになると読んだのに、少しの緩傾斜帯を挟んだら、急なルンゼの朽ち木を堰にして角張った石の集積帯である。万が一にも堰の朽ち木がくじけたら雪崩を打って石が落ちるだろう。それにしても角の尖った石はどうして出来たのだろうか。石を動かさないように慎重に登る。100mも登ると石の角が立っている原因が分かった。左手の露岩帯が大崩落を起こして一面全部が剥げていた。この石が下に落下し、大半は棚の下の本流まで落ち、何%かが朽ち木に引っかかって急なルンゼに止まっているのだった。
【写真削除しました】
急なルンゼ状には不安定な石がやっと止まっている状態で積み上がっている
ヤレヤレ不安定な石場を過ぎて
しかし、それからの方がもっとデリケートだった。ルンゼが狭く且つ角度を増す。しかし、狭くなったと言っても右手と左手で突っ張りするには50cm程幅が広すぎる。石は崩落を起こすほどだから、掴んでも信頼して使えない。左右両岸の岩を突っ張りにしてバランスにするのがこんな場合には一番なのだが、両手を広げてもちょっと手が届かないこの場所のような沢幅は困りものだ。突っ張る場所がないので本来は三点支持で動きたいが、どうしても二点支持になってしまう。足元の岩の上には戯れた砂がまぶされている。せいぜい50°程度と取りつきでは見ていた角度は60°を飛び越え70°に近い。もしも滑ったら止めようがない。砂地の上にステップを刻もうと蹴りこんでも下は硬い岩。こうなると確かに体を止めてくれる支点は無いに等しい。あ〜デンジャランス危険。
抜け出る地点は木の根っこが梯子になっている3m程の垂直な土壁。木の根っこがなかったら脱出も難しかったかも。
抜け出た地点は沢の終わりだ。大杉山〜馬草山の間の「鹿島家」の境界杭の場所である。この境界杭は何の変哲もないコンクリ製の(10cm角)杭だが大杉山〜馬草山の間にあって、この付近を歩こうとすると必ず目にとまる地点にある。さて何人がこの標柱を知っていることか。まして標柱の鹿島家がカシマケかカジマケか知っている人は一握りだろう。
今日はここまでか。
歩いて登れば20分もすれば大杉山に着くだろう。しかし、まだまだ歩き足りない。だって出会いから涸棚を一つ巻いただけで終わりでは余りにも短い。
境界杭から50m程大杉山方向に行った地点で、10の沢に下って行けそうな、なだらかなカールが目にはいる。仕事道らしき踏み跡も付いている。それに従って下降すると、三分ほどで本当に簡単に沢に戻る。さっきの巻き道の険しさからはこの下降路の容易さは信じられないほどだ。
【写真削除しました】
鹿島家標石に出たが、もう一度沢に戻り大杉山直下まで登る。急だが危険度は少ない。
さて、そこから よく覚えていない。メモも曖昧
いったんは傾斜が落ちた沢はすぐに傾斜を増やしてくる。右手に棚を積み重ねたような開けた露岩窪が上部に向かって延びる。おそらくこの窪は、大杉山から馬草山に行こうとした時に砂地帯からは本来なら左手に向かう所の手前で、そんな事知らないで直進して見つけた樹木にあった大きな×点マーク(縦40×幹径50cmに下地は白に酒で鮮やかに×を書いたとても目立つテープ巻き)を無視して更に下降したその先で入り込んだ急で脆いルンゼ窪につながるに違いないのだ。よかったなあ。あの時、ここの下りを強行しなくて。だって、登るのならいざ知らず、相当に急であり下降するには危険すぎる。強行したらろくな状態にならなかっただろうと改めて思う。
滝のような、それほどの傾斜でも無い10m、7m程の涸棚を二つ越える。徐々に狭い急なルンゼ状になる。横を見るとP845mがすぐそこだ。山頂は近い。左右の二俣では稜線に近そうななだらかそうな左手を選ぶ。さらにもう一度分岐するが、右手は角度を更に増して行くので左手にする。こちらの方が稜線に近い。そして九と十の沢の分界尾根に出る。神奈川県の水源の森の杭が打たれている。この杭見た覚ええある(九の沢登ったときの終了点)。既にP845mは水平な地点である。大杉山の頂までは5分もかからないだろう。山稜に向かって100mも行かない内に大杉山頂下のトラバース仕事道とクロスする。目の前がちらちらすると思ったら山には雪が舞い始めた。確かに雪だ。晩秋の雨雪は怖い。さっさと逃げるに限る。
下降路
九と十の沢の分界尾根はおそらく下降には問題ない。しかし、先週の膝がまだ完璧ではなく、ガクガクと下ると再発するかもしれない。雪が舞っているのは気分は良いけど、万が一にもルートを間違うと焦っての要因になる。それならば分かっている確かな道にしよう。それに大杉山山頂は杉の林の中にあり、そこまで行ってもなにか新しい発見があるわけでもあるまい。 トラバース道(踏み跡は不鮮明で道と信じて歩いているから歩けるのかもしれない程度の不鮮明な道だ。人がつけた道かどうかは疑わしいが、P845m方向から馬草山に行くにはなにも大杉山山頂に行かなくても良いのだからと考えると人がつけた道だろう)を辿って、すぐに先ほどの鹿島家境界杭につく。
馬草山手前からトラバースに入り、先回よりは一つ先の瘤から湯ノ沢目指して下降する。砂地が柔らかく膝で踏ん張るような下降は不要で膝が痛いときには全く助かる下降路である。テープなどの類は何もなかったが本流二つめの砂防堤のところで本流沿いの仕事道に合流する。馬草山からは、もう一箇所くらい下降路が探せるかも(一個目の砂防堤横に下降することをねらっているのだ)
行きがけに見なかった二の沢の滝を見学してバスの時間に合わせて中川温泉入り口に向かう。山には白く寒々しい霧がかかり、さっきよりも濃く雪が舞っているだろうと思われた。
自宅6:30〜本厚木6:51〜松田7:23JR(駅間を小走りに移動しないと乗り遅れる)〜谷峨7:46富士急湘南〜中川温泉入口8:25〜湯ノ沢ダム〜深田堤防8:50〜十の沢〜40m大棚下9:05〜巻いて鹿島家境界杭9:45〜棚の落ち口に戻る9:50〜九と十の分界尾根10:10〜大杉山〜鹿島家境界杭10:20〜湯ノ沢本流の仕事路に下降10:35〜二の沢大棚見物10:45_55〜中川温泉入り口〜小塚橋11:10バス乗車〜谷峨11:47JR〜新松田12:04〜本厚木〜自宅12:45頃
2006/12/03 厚木の街では晴れていたが山の中では小雪も舞う、でも大崩は無いと確信して楽しめ、バスに乗って窓越しに日を浴びるととても暖かく感じる晩秋の一日でした。
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