緩く登っていたツツジ新道が東沢に向かって降り始める。そこからP855mのピーク方向に登っていくと5分ほどで東沢林道に着く。このほうが砂防堤だらけの本流に沿って歩くより本棚沢に行くに時間的にも相当短い。それに加えて中腹に延びる林道からの見通しの良い景色の眺めを楽しめるよさもある。
 だが、気がかりは 雨だな
 ”晴れ”でも徐々に曇って、午後はところによっては雨。
 まだ朝だろうに。林道にポツリポツリ雨が降っていた。それが少しずつ強くなる気配だ。
 予報よりも、少し早く雨になってしまったんだろうか。出がけにこれくらい降っていれば止めたのに。
 石棚山稜の末端(ヤブ沢の頭)は見えているが、そこから檜洞丸までの山稜は霧雲の中に収まっている。
 ひどくなるなら帰ろうか。でもな せっかく来たんだしなあ。
 そんなでも雨の林道歩きも悪くはない。急ごうとしても通行量の少ない路面は砂と小石がゆるんで靴を取るのでゆっくりと歩く。その分だけあたりの景色が目に入るのだ。木々が少しだけ色づき始めたかな。
 そんな散歩気分も後ろからやってきた軽自で破られる。さっさと抜いて行けば良いものを路面の石に車底をこすりたくないのか、いつまでものっそりと走って行く。目の邪魔だよ/それも一時的なことで、車が見えなくなる。林道終点からはツツジ新道へ最短道で連絡されていると聞く。この車の主はきっと檜洞丸に急いで行く必要があり、それようの通行手形を持っているんだろう。
 林道はユイバシ沢を過ぎて小尾根の押し出しを回り込むと、朱の橋桁がうまく周囲にマッチしている棚沢橋が見えてくる。その先の同じような橋を見てから戻り、工事道路に従って棚沢橋の下に着く。
 さあ沢歩きを始めよう。準備は何もいらない。

 すぐの二段の小滝を眺めてから右側から乗り越す。次に大石がゴタゴタした川原を短く歩く。振り返れば橋がまだ手の届くような位置にある。次にナメ状の上を一つ歩くと左に沢が合流する。それは雨量の少ない時期には水の流れも無いような小沢で、本棚沢本流に入った直後に周囲を気にしていなければ見逃してしまい事が多いだろうと思われるようなちっぽけな沢である。

 この沢の名前は知らない。
 名無しではなく、沢の名前はあるのだろうが、知らないからそう言う。今日はこの沢に入る(二度目)
 なんで、そんな沢に二度目かと言えば 返答は尾根上に立つ巨岩を見に行くことにあると応えよう。しかし、本当にそれが狙いなのかと重ねて問われれば、なんと応えるつもりなのかは実は自分にも分からない。
 不明。何となく。そんな答えなら想定は出来るのだが。
 ともかくも最初に行ったとき、巨大石の風体と大きさにしびれたのだ。だがカメラに納めた画像にまともなのが無く、もう一度しっかり確認しておこうかと思ったのは事実である。
写真削除しました 09/11/01
東の本棚沢は棚沢橋下の二段小滝から始まる
 さて、その支流に入る前に、本流のF1を眺めに行く。本日の目的の支流には水がちゃんと流れ落ちる滝は一つもないので、せっかく沢に来たのなら、まともな滝の一つくらいは眺めておきたかったのだ。そのために本棚下(東沢)くらい迄は行きたかったが、F1の巻き道下降の面倒くささを考えると、つい足が止まり、簡単に済ませられるF1見物で済ませておいたいうのが本音なのだ。本棚・それはまた別の機会に行けばよい。
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本棚沢のF1(写真)を見たら引き返して、本日の目的の沢へ
 そして、その支流に入る。
 日地の地図(2000年版)ではカル沢と表記されているが、カル沢は本棚手前で分岐する本流にまして水量豊富な沢だとの定義からは、これは明らかな誤植と言いきろう。現代登山全集では『ユイバシ沢』が当てはめられているが、日地版でいうユイバシ沢の位置の砂防堤銘版に『ユイバシ沢』が埋め込まれているので、ユイバシ沢が前と奥にそれぞれ別として存在するなんて考えられないから、これも違う。丹沢の沢110ルートで言う「ユイバシ沢」も真実みがまるで感じられない。
 沢の中に砂防堤でもあれば、その銘版によって沢の名を確定出来るのだが、砂防堤も全くなしとなれば、後は営林署か自然災害などの施設管理を行っている県の部署に問い合わせるのが良いのだろうが、そんな面倒なことせずにとりあえず『その名・知らず』と表記すれば無責任な個人のWeb上では事は足れるのだ。
 そうしよう。
 無理に付けるとしたら「奥ユイバシ沢」かな。でももっと良い名がありそうな気がする。

 県央地区では台風の影響はそれほど無かったらしいが、それでも前回の時はほとんど無かった水量が今回はいくらか多く、沢を沢らしくしてくれたのは18号の名残だと思って良いのだろう。
 ただナメの続く本流とは違い、この支流にはナメらしいナメなんてのはでてこない。滝だって幾つもと数えるほどは無い。
 あるのは流れから少し離れた部分にゴタゴタした苔むした石と、不安定な石の列に覆われた石床が続く。それでも歩くにつれて沢幅は狭くなり傾斜がきつくなった石ゴロの先に最初の滝5mがでてくる。落ち口に巨大な岩が乗っかり、左岸に沿って水が流れる。岩肌がのっぺりとしているので登るのはそこではなく、巨岩と右岸の間を登る。急だが手がかりは豊富なので靴が滑りさえしなければ難しくはないが、高低差の割に空中に体が露出するので高度感はある。
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大岩が乗っかる5mCSの滝 大岩の左側にある凹状を登る
 その滝の巨岩を自然の堰にしたようにして、上部では沢幅が広がる。そんな沢の中を石を踏み水流を避けて上に上にと歩く。やがて沢の中に大きな岩が見えてくる。二つの大岩。
 近づいて見てみると大きい方の一つはただ大きく、じっと沢の中央に立つ。下部の水流はすべてこの大石の下から浸みだして流れいずるのだ。だから上流には水はない(伏流?)
 もう一つ。左岸よりの、これも差し渡し10mは優に超えるその岩は沢の中に鎮座まします山神の住み家のような岩小屋を下に備え持っている。岩の上部は沢を見渡す見晴台のようになっていて、大きなブナの木を一本を脇に立たせている。そこに社こそ今は無いが、適当な石をケルンのようにして積み上げ、上に被さるブナの枝に注連縄を張ったら、山から山へと渡る山神様の定宿の場としてふさわしいような気がする。もしも、マシラの独断でこの沢の名を仮にでも設定するならば、この二つの巨石に基づく名を設定するだろうな。
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沢を塞ぐほどの大岩が二つ 右の大岩上にはケルンらしき?ものが
 その大岩から少し進んだところで右岸から急峻な沢が幾つかの滝を重ねて本沢に合流する。下から一・二段目は高さが分かるが三段目は下の段に隠れて高度は不明だが、滝であることは間違いない。一段目は別としてその上のを登るのは難しい。本流には水が無いが岩肌を潤すに十分な量が流れる。先ほど大岩の下で急に水が無くなり、水補給をしそこなったので滝の下で水を飲んでこの先に備える。

 沢は更に傾斜度を増していく。
 そして滝場に達する。
 この沢では滝場はごく短い。
 だけど易しくは無く厳しい。
 何が厳しいかと言えば巻き道である。
 このような沢を登のはホントにモノ好きな中のその一部だろう。それに傾斜がきつければ鹿も通わないから獣道もちゃんとは付かない。加えてあたりは名の知れた笹竹の密生藪漕地帯なのだ。傾斜もきついが、それに加えての絡み合う笹竹が行く手を遮るのだ。
 最初の滝は細い水が一筋になって流れ落ちる10m程のものである。流れ部分の傾斜はきつく、登るのなら右手の草付きの岩になるだろうが、落ち口下がハング状だし、手がかりがあるのか無いのか下からは不明だ。岩は脆いかもしれないぞ。下でランニングを取って事故に備えてから上の灌木に投げ縄してみたいな登り方なら行けるかもしれないが、そんなトリッキーな登り方は単独者には許されない。
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10mの滝 これは厳しいので右手(写真から切れている)凹状溝を登り落ち口方向にトラバルのだ
 それよりは滝の右手に『おいでオイデ』と手招きするように感じられる岩溝があって、それを登って途中から落ち口方向にトラバースして行けばよいのだ。岩溝を登ったあげくに、その先で行く手を遮られたら困るのだが、前回は確かにそこを登ったのだ。ここが始めてなら下から見ただけでは巻き道に入るのは良しとしても沢に戻るためのエスケープ横断点が分からず、行ったとこ勝負のオドオド・ドキドキになるだろうが、ちゃんとおぼえている。この岩溝はちゃんと行ける。それが最初と二度目の決定的な違いなんだ。
 ただ横断開始点までは覚えていない。
 落ち口と同じ高さまで登ったが、そこでは安全に横断出来るという確信は持てなかった。
 『あそこまで行ってみようか』それで凹状溝を更に登る。
 『ここもやばそうだ』。更に登る。簡単だと思っていた凹状溝も20mも登れば高度感をあって怖くなるし、それまでに剥げれる手がかりやヌルッとしたスタンスを経験すると、このまま登っていって本当に大丈夫なんだろうかと不安になる。どう考えても前回よりは上に登った。それでも下に僅かばかりのテラス状の平坦があるところの左手の露岩の上にへばりつく笹竹の根っ子を使って溝からようやっと脱出する。掴む竹は枯れたのもあって一本二本では不安だが、バランスだけなら大丈夫と信じてのぼるのだ。滑って落ちても下のテラスに引っかかるはずだ。そう思う。
 そうして溝から2m離れた場所からは猛烈な笹竹藪に突入する。それからは藪との根比べになる。ただ掴める笹も本数は多くなるので、急傾斜であっても手がかりが折れてバランスを失って落ちる心配はその分だけ無くなるので気は楽だな。

 でも、ここに密生する藪は生半可じゃない。まずは両手で目の前の竹を払う。集まった竹をわしづかみにする。そしてから頭を払って空いた空間に突っ込む。肩で揺すってスペースを拡張して上半身を上にズリ上げる。両手を片方づつ上の竹に持ち替える。出来るだけ根っ子に近い方にだね。そうしてから足を持ち上げ、笹を膝で一回押しつぶしてから足を着く。次に立ち込み重心を上に上げる。ただ竹は青々と生きていて払ったり足で踏み込んだ程度ではしなっとしない弾力を持っているから、立ち込む度に体にまとわりつき、進行を邪魔する。その一本一本を体から解きほぐし払ってからでないと上に進めないから、一歩進むのにも根気と手間がかかる。15秒では利かないだろう。これを足の踏み場も分からない急斜面で行わなければならないのだ。だから本当は数mの距離であっても数十mの長さに感じるのだ。とっても大変だよ。
 それでもようやく斜面から小尾根上に載る。下からは水音が聞こえてくるが、藪に遮られ様子は全く分からない。前回はこの小尾根を下って落ち口の上に出たように思うが、下が切れていて下の様子は見えず分からずだ。だから下ったとして素直に落ち口に付くようには思えなかった。それで更に上方向に進む。僅かに10mほどかな・・ここも藪だ。苦しい時間が過ぎていく。尾根に乗る前よりは幾らか楽にはなったが、ずいぶんと長い距離のようにも思えた。そこに沢方向に横断する踏み跡があった。竹を左右に分けただけなので道とは言えないかもしれない。笹に覆われて視界は無い。でも確信があった。キッとこの踏み跡は沢に戻るはず。それに従うと急斜面に微妙に載った細い棚板を飛び渡るようにして10mほどで沢に戻った。先ほどの滝は下方20mだった。前回(下の滝の落ち口に出た)より、その分だけ凹状溝岩を高く登り、その分だけ時間は掛け、トラバースも簡単な地点を選んだことになる。だとしたら前回は凹状溝のどこで横断を開始したんだろうか。途中何カ所か候補点はあったが、どれもこれも、とても危険に見えて躊躇ったのだ。それだけ安全に登ることが出来るようになったとのだ思う反面、ルートを見いだす目と登攀力が落ちたとも言える。とはいっても、なにはともかくも無事に沢に戻れて良かった。

 下の滝の落口まで下る余裕は無かった。上は、すぐそこに次の大滝が見えている。滝下の緩い石段状を登る。そうすると落ち口から流水が宙を舞って落ちてくる。

 以下は前回の記述(今回のと記憶を併せて違うところだけ訂正している)

写真削除しました 09/11/01
最後の大滝 どうやって登る? マシラは左手斜面を巻くよ
 落ち口から落ちた僅かな水は空中で岩に当たってリバウンドしてから霧になって降り注ぐ。流れのすぐ左が小さなカンテ状になっている。急である。その左には下部4mはフェース、上部は深いチムニーが落ち口の下5m程で天井を押さえられる形で垂直に立っている。その左側は垂壁は絶望的に立っているのでチムニーに入ったら流れ左側の小さなカンテ状に移動するしかないが、移動部分が難しそうだ。下は支えるモノのない垂直。中央のカンテ部分に出ることが出来るか否かがこのルートのポイントだろう。
 中央のカンテは下部は順層だが、チムニーからのトラバースが合流する上部はぬめっているうえに逆そうに見える。ただ、逆層の積み重なったところに指が入りそうな裂け目がありそうには思える。

 前回は中央のカンテをトライをした。以下
 そこを3mも進めば灌木に達して落ち口に抜けられそうだ。と登り始め、すぐに逆層帯に達した。予想通り手がかりはあった。しかし同時にぬめった岩の上に水海苔上の堆積物が厚く付着しているのも見えた。そんなヌメリの中を頑張って登ったって、確保もないまま万が一その上の3mの灌木帯までの間で行き詰まった場合にはノーテンションでは下降できないだろう。下までの高度は10mはゆうにある。そんな場所で勇気を奮う必要なんてサラサラなしだろう。そう思った瞬間に下降を始める。安全第一、逃げるが勝ち。こうして前回はこの滝を諦める。

 今回は、こんなトライもせずに諦める。無理はしないのだ。

 逃げる方法(巻く)を考えよう。
 滝の左手斜面も露岩帯になっていて上手く登らないと詰まりそうに見える。しかし下手くそが登るとしたらここしかない。露岩のランペを木の根っ子に掴まり灌木帯に出る。上の露岩に押さえられたら左にトラバースして藪竹帯に突入する。再び猛藪帯突入である。ただ登るのに体力はいる藪だが、しっかりとした竹の根なので2,3本もまとめて掴めば体重は十二分に支えるから一安心できる。藪中に露出する岩を避けながら、露岩の浮き石に引っかからないように楽な方に、楽と思える方にと進んで小尾根の稜に達する。稜と言っても形だけで斜面に吸収されてすぐ無くなってしまいそうなか細いモノだが、背に岩が出ているので、その時だけは、その岩が藪を和らげてくれる。すでに沢に戻る気はない。だって、そもそもの狙いがこの尾根の延長上にある巨岩なのだから、あえて沢に戻る理由がないのだ。

 暫くは藪を分けて登る。100mも進むと、それがパッと切れる。

 朝方林道では雨が降っていた。沢の中では気がつかなかったが、見通しが利くはずの小尾根に出てみると周囲は全くの霧の中だった。
 しかし、幾分か明るく上空はきっと晴れているんだろと想像できた。雨は無い。風が吹いて霧が飛んだ。一望の下に霧が晴れると言うことはなかったが急な尾根の一角にいることは分かった。

 さあ 大笄まで 不安定な岩に乗っからないよう気をつけて行こうかね。

 尾根は小さく、尾根だったかと思うと斜面になり、踏み跡だと思った痕跡は岩を回り込むと無くなる。無くなったと思ったら、また出てくる。傾斜はきつく足を踏み外すことは許されないが、通過できないような難しい箇所はない。さてさて、ここはどこらあたりなんだろう。各所に大きな石・岩を配置する小尾根で、それらを縫うように登っていく。
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仮称 信玄の隠し金庫 人一人は楽に中に入って万が一の宿場には十分だ 前より崩壊は進んでいる
 沢から尾根に出て、それからずいぶんと歩いた気がした。少なくとも沢の中より尾根道の方が長かった。やがて踏み跡が明確になる。合流点は分からなかったがユイバシ沢左岸尾根に合わさったに違いない。
 そうして仮称『信玄の隠し金庫』に着く。きっとこの岩穴にもちゃんとした名があるはずなのにマシラってやたらと適当な名前を付けているんだと反省する。
 穴は 直角四方形に岩を刻んでいる、鑿の跡は見えない。確信を持っては言えないが、こんな場所に人造物を作る必要なんて無いんだもの、おそらく自然物だ。間違いない。絶対に………、徐々に微妙に言い回しを変化させて物事を断じるのって、マシラの悪い癖なんだ。
 だって、これが人造物なら、ものごとがそろいすぎてしまうんだもの。おかしいじゃん。
 仮にだよ。人造物なら
 この穴に、あの巨岩。やたらと空想が広がってさ。例えば
 もしもこの穴をこのまま掘り続ければ、30m先のあの巨岩石の中に鉱物を求めて掘った結果として大回廊を造ることになるだろう。そしてその一角に、信玄の時代に掘られて精錬された金銀が密かに奉納され今に至るのだ。それをいざ探さん。あたりを見回す。その瞬時に時は時代を溯り、1300年の昔にはすでに巨岩の内部は行者の修験の場になっていて
 なんてスペースと時間をクロスオーバーする支離滅裂な空想につながってしまうのだ。なんとでも空想は出来る。まして少々分裂気味と言われるマシラなら、これら空想は次に書く岩の存在に結びついて、まったく何と言っていいか実にいい加減にして、なおさらにその範囲を広げてしまうのだ。
 
 さて、勝手な空想に一区切りつけたところで穴の見物は切り上げ、岩場を左に回り込めば例の巨岩が目の上にグァーンと広がって見える。岩は20mは超える高さを持ち、山の稜に岩の頂角を会わせてじっと聳えたつ。
 何と言って良いだろうか、その岩の形!
 鉄人28号か、直立する巨大なペンギン、あるいは彼方の”不二の嶺”に行を通じて願を掛け続ける役の行者が巨岩に形を変え眼を富士に向けて立座なさっているのか。

東沢尊仏岩という立派な名前がちゃんとあるのです。 FTさん=タギリさんからメールを頂きました。 (鉄人二十八号か、巨大なダルマか、あるいは)
 その存在は、この場に立つものだけが、勝手に思い、適当に巡らせればよいのである。なにせ、何の言い伝えもないのだから(地元にかってはあったのを知らないだけかもしれないが)、空想精神的にはなんらの制約もないのだ、どう感じようと全くの自由だ。ただし、そのためには、この場にたち、その像を自分の目で見ない場合には想像の働かせようがないだろう。

 さて、この岩の良いところは
 下から見るとキリッと立っていて、手の触れようもないように思えるが、岩を回り込んで行くと頭(こうべ)の部分に簡単に立てることだ。大岩の右側から登り込んでいくと右手からの踏み跡道に合する。そこから左に折れて10m先が岩塔の頂きにあたる。踏み跡道から来た場合には、そこが頭だと思えない程の簡単さである。
 ただ、頂から見下ろす高度感は高々二十余mほどの岩とは思えないほどに高く感じる。それは急峻で切り立った尾根の頂稜上に立っているからで、そこに立つと遮るものなく東から西方にかけての視界が待っている。(本日は霧の中なので富士山は見えていないだが)。眼下に目をやれば目もくらむが、少し上に上げれば中川・世附川流域が広がり、更に県境の山々があって、上には箱根から富士山が一望できる。立って眺めるのは怖いので這い蹲ってから眺め入る。そう、這いつくばっていられるスペースと、その姿勢でも、これらの眺めを得られるのがこの頂きにあるのが良いのだ。
 写真削除しました 09/11/01
巨岩石の頭にうつぶせし下を覗き込む とても高い
 そんな遊びに飽いたところで、大笄に向かう。巨岩からは傾斜度が落ち、踏み跡も濃い。距離も200m程だろうか、程なく登山道に出る。付近は秋の景色が始まったころで、今年の丹沢の紅葉はどうなんだろう推察するにはもうしばらくの期間が必要そうだった。

 檜洞丸には登山者が数人。
 ユーシンへの登山道(同角山稜)に入る。この道は桧洞乗越(小川谷乗越、中ノ沢乗越ともいうらしい)まで深いブナの林の中を縫うように下る。この間、風景は荒れることなく遠い昔からの丹沢の山の雰囲気を最も濃く残しているので好きな道である。ユーシンロッジが休止中のため歩く人は少ないらしい。石棚山稜との分岐部にある休憩所のベンチも、すっかり苔に覆われているし、認定された登山道にしては少々荒れている部分もあるが、それもまた良しと思う。

 その中ノ沢乗越で、さあ、どうしよう(小川谷へ沢沿いに下ろうか、それとも別のに)
 どうしようかと判断できずに
 そのまま同角の頭へ

 大石山方向に降り掛けてから、思い直して同角尾根に入る。小川谷には三回か四回この尾根で下っているが、下ったことのなかった東沢乗越に途中から左折して降りようと思ったのだ。よくは知らないがともかくも左手方向に行けば良いんだろうと、左・左へ/小川谷方向との分岐に気がつくこともなく、適当に下る。ふと見渡すと右手方向に尾根を外しているのが分かったが、下るのに困るような傾斜でも無かったので下降を続ける。
 そうして下ったのは同角沢の終了点を示すケルン(東沢径路横断点)から上流に200m程の地点だった。目的コースから少し軸線を外したが、見通しの利かない日の下降として、このくらいは許容値だろうさ。
 東沢乗越の手前で肩からカメラをぶら下げ・メットを持った登山者(沢屋ではなさそうなに人)に遭遇した。会釈だけで別れたが、乗越に彼が女郎小屋方面からの同角尾根から来たらしい跡が残っていた。ちょっとだけでも彼のルートかなんかの話しを聞いておけば良かったかなと思いつつ前に進む。

 さあ、ここまで来れば
 本日は仲ノ沢経路で帰るのだ。目的が一つあった。だが
 御料林径路に置き忘れた帽子を拾いに行きたかったが、途中の足が遅く予定より時間がかかり、3時のバスに間に合いそうもなかったので県民の森に着いてから止める。
 時間がかかったのは、足が遅かったこともあるが東沢の鉱山跡に立ち寄ったことも理由かもしれない。レールの向こうの入り口には鉱山の経過を示す文書が貼られていた。ここは鉱山などの歴史を計る人々の間では知られた鉱山らしい。
 マシラは鉱山は詳しくはない。あんまり興味を持ったこともない。ただ、この鉱口に立った時に思い着いたことがある。それは仲ノ沢経路を歩いていると時々『あれっ なんでこんなところを』と感じるような学生(男女)とか老人に会うことが時にしてあるのである。持ち物や物腰からも小川谷の沢屋さんや山を徘徊するような人種とは明らかに違う人々である。それを不思議だなと思っていたが、想像するに老人は仲ノ沢休憩所があったあたりの欅平の山葵耕作に関係する人々か、鉱山で働いたことがある人が若い頃の過酷な労働の地を再認識に訪れ、学生達は鉱山史か地質学セミナーの勉強している若人と講師かなんかが現地探索に訪れるのかな何て想像すると、不思議と思ったことと波長があうんではなかろうかと思えた。
 しかし、仲ノ沢経路は三十年前にはどこにも不安定な場所がなかったのに、年々荒廃が進み、今現在は手すりのロープが無ければ馴れた人でもいつ何時下に転落するかもしれない崩壊が各所にみられるようになっていて、彼等が手ぶらでこの地を訪れるのを拒みつつある。今はそんなの不要と吹いているマシラだって少しでも足腰が弱ったら整備されたロープ無しには通行が困難になるだろうと想像するに固くない。桟橋だって何時歩行者の荷重で崩落してもおかしくないほど腐っている。
写真削除しました 09/11/01
坑道口にて 鑿跡がくっきり
 それを何とかしようとしたわけでも無いと思うが、夏以降に仲ノ沢経路の補修工事が行われたらしい。前回の小川谷(8月)の時に県民の森の駐車場が資材の集積所になっていて、この経路の補修準備ではないかなと思ったのが当たったのだ。
 しかし、全面補修ではない。また工事区間内であっても桟道は古いままだから、まだ安心は出来ない。現時点での補修はヒエバタケ沢付近までで、実際に崩壊が激しいそれより奥は全く手つかずである。現時点では残り資材も付近には見あたらず、本年度の工事期間延長はないと思われる。従って仲ノ沢休憩所があった欅平まで補修の手が伸びる事があるのかは不明である。

 さて、今日は以上で終わり。

 そうそう、天気は徐々に良くなった。どうしようかと迷った朝方の雨は林道歩き中の事だけらしかった。沢の中では、雨なんて全く感じなかった。尾根に出てからも晴れはしなかったが雨という感じはなく、山肌にまとわりつく霧があたりを静寂感に包んでいるくらいに感じられて、天気としては良かった。そうして山を下ってきたら晴れてきた。
 だが、昼すぎから一部で雨という天気予報は当たっていたのだ。県民の森から玄倉林道に出る頃から上空は青く晴れているのに、雨粒が落ちてきて狐の嫁入りのような天気になり、二十歳の娘を狐にたとえて嫁入り歌?の「戦争は知らない」寺山修司を口ずさんでいた。


前回の記録です

追伸
FTさん=タギリさんから資料を頂きました。
「あの岩にはちゃんとした謂われと名前があるんですよ」
塔の岳の尊仏岩に関連があるか否かは?ですが
 東沢尊仏岩
という名です。
タギリさんは知る限りにおいて同角尾根付近界隈にもっとも精通されている方です。名の通り大タギリ付近の整備にも多いに関与しています。そのへんの経緯をそのうちに拙文ですがまとめる予定です。気を長くしてお待ち下さい。(今のところ納期設定を行っていません。あしからず)


 自宅6:30〜本厚木6:51〜松田7:23JR〜谷峨7:50バス〜西丹沢自然教室8:30〜P855m9:00〜東沢林道〜本棚橋9:20〜本棚沢F1見物9:35〜本日の沢へ9:40〜大岩10:00〜最後の滝10:40〜尾根上の巨岩石で遊ぶ11:15_25〜稜線11:30〜大笄11:35〜檜洞丸11:55〜同角山稜分岐12:05〜同角の頭12:35〜同角尾根を下降・途中から東沢乗越の予定が〜同角沢/沢歩きの終了を示すケルンより200m程奥に下降する13:00〜東沢乗越13:10〜鉱山跡見学13:20_25 Tさんのアドバイスに従いしっかり見学した。ありがとうございました。〜欅平(小川谷終了点)13:40〜県民の森14:10〜玄倉15:06発のつもりが10分遅れ〜谷峨15:31JR乗車のつもりが駅舎に入ったところでJR発車して乗り遅れてしまったので待機中のバスに再び乗る。ちょっぴりシャクだったが打つ手なし〜新松田16:05〜本厚木16:30〜自宅17:10 途中 携帯р拾う。それで交番に寄り道したので自宅まで少し時間が間延びした。2009/10/10
 谷峨駅で天気が本当に持つかなという雲にともかく行くだけ行ってと出かけたが、沢に入れば、そんな事は杞憂で終わる快適な一日であり、帰路玄倉手前では晴れた空の下に降る雨になにやら幸せ気分いっぱいの一日だった。
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