自宅をでた時は空は明るかった。雲は少しだった。
 松田駅で見た足柄山の雲は上空に登っていて、天気は良くなりそうだなと思った。判断ミスだった。
 なのに
 谷峨で大野山を見上げるとやな感じの雲が張り付いていた。
 あれっ、さっと違うジャン。帰りまで大丈夫かな。
 浅瀬入り口でバスを降りて隧道を通過すると見えるのは駿甲国境の山々だ。その明神山〜三国峠あたりは雨雲だった。すでに降っているらしい。

 まだ降っていないが、いつ来てもおかしくない。

 どうせ沢に入れば水に濡れるのだから、降ろうが降るまいが同じだとは言い聞かせても、沢で濡れるのと雨に当たって濡れるのはヤッパリ違うと思う。北海道や三千mの山とは違うから寒さにやられることはないが、全身濡れ鼠って惨めったらしくかっこわるい。心も萎える。んなこと言ったって雨具は持っていないし〜。
 どっかで一雨来るかも知れない。前半でなら無理はしないで引き返そうか。後半、山の中だったら・・・・
 引き返すか行くか。

 なるようにはなるでしょう。
 どちらにしても今日は早く歩いて、早く山を下りるよう心がけよう。だけど見るものは全部見なくちゃあだめだぞ。

 浅瀬入り口の隧道を通過すると、右手が梯子沢だ。橋の上から二段の滝が数年前にはしっかりと見えていたが、樹木が茂り、それが舞台にかかる閉まった緞帳のようになっていて、一部が僅かに見えるだけだけで滝音だけが聞こえる。
 世附大橋を左手に見て新土沢を越え、寺の沢休憩所を回り込みと「寺の沢分水口入口」の立て看板が立っている。寺の沢の入り口である。
 分水ってなんだろう?なんて考えながら踏み跡道に入る。
 入り口部分のみ草いきれ。それを越えると良く踏まれた明瞭な道になる。
 道は沢と平行に進んでいくが、入ってすぐに下に降りる踏み跡が別れる。下からは滝音が「ゴォー」と聞こえてくる。
 記憶によれば最初は砂防堤だった。だったらパスしてもかまわないのだけれども、それなりに立派な砂防堤だったはずなので、雨が降るんじゃないかと恫喝されたような気持ちを落ち着かせるためにも見物してから行こうよ。最初から焦ること無い。
 おそらく以前は誰でも下降できたと思われるその道は一部欠落している部分もあるけど、ほぼ道形を保っている。すぐに下に付く。
 最初のその砂防堤は、周囲を高い露岩帯に覆われ、左右から茂る木々に光を遮られて視界が暗い。落ち口に当たる砂防堤の上部の切れ込みが丸みを帯びて自然っぽく削れていることも暗さに重なり、ちょっと見では自然の滝のように錯覚する。
 その砂防堤を見終わったら元来た道を戻る。
 ところが、さっき下ってきたこの道が登りにくいのだ。水の中に浸かっていたのが、水が引いて赤土泥の斜面が剥き出しになったようなと言う形容があっているかどうかジュクジュクの坂道状態。一歩踏み出して体重を掛けると抵抗もなく滑るのだ。滑るのは踏み出した分だけでなく、滑り出した体も止めようもなく滑る。かなりの急傾斜なので谷底まで転がることだって十分に考えられるのだ。まさかここで転落なんて・・カンベンしてくれよ! 下るときにはなんとも無かったのに、いざ帰るときに難しくするなんて詐欺だ!〜。
 灌木にすがって20m程を登って上流への道に戻る。

 道は砂防堤の上で沢に入っていくのと、上に行くのとに別れる。当然、沢の方に向かう。流れの中を横断し、立ち木が生え、石がゴロゴロする平地を進むと、二番目の砂防堤の下に付く。一番目よりは小さい砂防堤だ。右手の露岩に沢の水の一部が分流して自然の滝状態8mになっている部分の右を登ることになる。ホールドが剥離しやすいイヤらしい登りだが、うれしいことに新しめの虎ロープがかかっているので、それを頼りすれば楽々に登る事が出来る。
 記憶では、以前来たときには虎ロープはなかった。だが、今回は何カ所かに丁寧にロープが設置されていた。どうせ付けるなら本流F1にも欲しかったなあ。それ以外は無くともいいんじゃないかな。何て言うのは通りすがり者の好き勝手な戯れ言ということにして、だれが整備したのだろうか。
 おそらく
 この沢は、小枝にベージュ色のビニールテープを巻いたのが点々と続いている。赤頭7cm角の境界杭も流れから僅かに上がった斜面に深々と打たれて続いている。6年前には、そのための工事準備として杭が持ち込まれて二俣付近に山と積んであった。その作業が進んだんだろう。そしてここでは沢筋が所有の境界になっているのだろう。だからか、これらの標識は、例えば本流F1の巻き道などの急斜面・他の滝の側面などの険しい地形にも埋められていて、設置の時には苦労しただろうというのが巻き道を登っていくと良く分かる。虎ロープはその作業のために設置されたのかなあと想像する。ご苦労なことだ。

本流 F1 堂々とした大滝である
 道は左岸から右岸に移り、左手からの仕事道を合わせる。小滝を一つ通過した後に左岸に戻って大きめの砂防堤を越える。そこで沢がガーンと広がる。
 分岐である。
 砂防堤の下で右岸に支流が一つ別れる。
 砂防堤の上は二俣になっている。
 右の支流の奥に砂防堤が見える。左の流れ(本流)は小さめの砂防堤から始まる。
 二俣の根元には大きめの炭焼き窯跡が一つ二つ。背後の分界尾根にはビニールの標識が揺れ、境界杭が上部にも見え、仕事道が登っていくのが見える。おそらく稜線まで達しているだろう。

大滝を左側から巻く(右から巻く方が幾らか易しいかも)
 炭焼き窯の横を通って砂防堤を越える。沢がうねって曲がる。すぐにF1が見えてくる。
 丹沢には名の知れていない滝が沢山ある。知れているとかいないとかはどうでも良いことだが、知れていない中にも堂々の大滝が数多くある。そんな名瀑の一つに、このF1は加えても良いと思う。寺の沢はそれほど大きな沢ではないが、ここの良いところは水量が豊富なことだと思う。そのくせ滝壺がごく小さく浅いので落下点のすぐに近づくことが出来る。高低差は15m以上20m以下というところだろうか。滝を見上げると水と瀑風の重低音を両方同時に体に感じることが出来る。ゴン・ゴン・ゴン・ゴン と調子よく体の底に響く。

 ところで、ここからの巻き道は、見た目よりは面倒だ。境界杭が左斜面(右岸)の上に打たれている。そんな場合、たいがいは境界杭を目指して登っていけば踏み跡道があったり、虎ロープが設置されていたりして、たいして時間も掛けずに楽勝気分で通過できるのが通例なのだが、ここでは違った。あるいは、楽勝コースを見逃したのかも知れない。
 滝を右に見ながら不安定な砂礫の斜面を上がる。右への横断コースがあるかなと予測していたのは外れたのが分かった。上は露岩に押さえられる。右の滝方向は急なルンゼ状だ。そこを横断したとしても滝側への取り付きは断崖状の露岩に遮られて行けそうもない。行ける方向は、下流に戻る側の方向のみだった。そこも、砂礫の急傾斜に行く手を阻まれる。仕方なくブッシュを頼りに垂直な露岩を5mを登って岩場帯を脱する。
 灌木帯を登り、先ほどのF1落ち口に降りる小尾根を回り込んだら斜面を緩く下って沢に戻る。このルートだとF1上の小滝と砂防堤はパスすることになる。やれやれ。先ほど見失った境界杭も元に戻ったように埋められている。
 <今回の巻きの取り付きより下流側に50m下がった地点から巻けば面倒な露岩帯を通過せずに巻いて通れそうな気がする。前回は左岸から巻いて登ったが似たようなコース取りだがF1落口に降りることができている>

導水管 右は点検口入り口?
 沢は静かな流れに変わる。それもごく短い。
 先には、石で包みコンクリで補強された導水管(地蔵平:大又沢〜浅瀬入口)がひっそりと待っている。この導水管が沢部を横断する箇所の保護堤は丹沢ではどこも似たような形状をしているが、ここの特徴は導水管横に太く短い煙突のような構築物を持っていることだ。導水管点検用入り口かなんかなんだろうか。あるいはこれが「寺の沢分水」と言われているもので、内部のしきり板を調整することで余分な水を寺の沢に分水し、本管への送水量を調整する為の堰になっているものなのだろうか。中をのぞくわけにはいかないので、あくまでも想像するのみだが、もしもそうであっても、寺の沢付近に住宅があった昔ならいざ知らず、ここに至る道が不明瞭な状態から推察すれば、分水調整なんてこの堰で行うなんて事は絶えて久しいだろう。

ナメに小滝が重なる グングン行こう
 堰を越えると沢はナメに小滝が混じった連瀑帯となる。下の巻きで付いた汚れを落とすためにも、こんな場所では、水にガンガン入って泥を落とすに限る。ただし、樋状の部分は水量が強くて流れに押し戻されそうなので右の小尾根に逃げる。石積みの堤で一連のナメが終わる。暫くはゴーロだ。
 この辺から奥は・・・
 前回遡行したときの写真と見比べる。似たような違うような。どれ一つとして、これがこれとピッタリ当てはまる写真がない。みんな少しづつ違っていて・・写真で見る限り、同じ箇所を本当に歩いたんだっけと疑いたくなってしまう。
 だが、現に歩いているときは、そうは感じなかった。どれも、これも・・・
 「こんなだった」 
 「こんな滝覚えている」
 確かに、同じ場所を歩いているという実感を持って歩いたのだった。

大岩下のナメ 小滝が出口にかかる
 本当は、 どうだったのか。
 何かおかしい。というので。もう一度データの日付を確認したら古い方「寺の沢」が、右俣のだった。これでは同じになるはず無い。ところが、本流をと確認しようとしたら古いデーターがない。どこかでバックアップし忘れたのかも知れない。まっいいか、そんな古いの
 しばらくのゴーロは岩床のナメで終わる。その小ナメの次もナメだ。右手に大岩がかぶり、今にも上から落石の雨が降ってきそうな、だが下は夏にはおあつらえの快適なナメだ。手に浸みる水の冷たさを感じながら上に進む。出口は4m程の小滝。しっかりと立木に固定された虎ロープあり、むんずと掴むと一気に登る。さっさとしないと全身シャワーになってしまう。それでも良いけど
 岩が白色に変わる二段の滝も虎ロープ付きだ(無くとも行ける)。左から簡単に登る。
 左手に10m程の落差で浅い掘りの窪みから滝が落ちてくる。本流は緩い傾斜のナメ滝。これも虎ロープにすがって流れの真ん中を立ったまま通過する。
 そして、この沢での水ある滝の最後を飾るのは20mの大ナメ滝である。
 ここは登ろうか、止めようか、少し考える滝である。傾斜度は50〜60°くらい。水際はフリクションは良さそうだが、逆層気味に見える。草付きは岩の剥がれと一歩のスリップが懸念される。だけど水の中が気持ちよさそう。途中に一本くらいだけランニング取れば本当に快適に登れるのだろうけど、万が一を考えて止める。右手の窪地を登り、滝横の急なルンゼを横断して沢に戻る(何となく踏み跡が付くトラバース道あり)

二段の滝 虎ロープ付き 岩質が軽い白色に変わる
 次には右岸から5m程の小滝が落ちる小窪が合流する。
 その先の20mで沢は二分する。左には簾状の10m滝がかかる。前回はこの簾滝を回り込んで、その上を行ったはずである。そこは涸れ棚と急なルンゼが続いて山稜に達していたと覚えている。

大ナメ滝20m パス 右を巻く
 今日は右手の方に入る(こちらの方が水量2:1と多く、幅広、沢床低く本流っぽい)
 だが、この辺まで来ればどれが本流とかはもう大した意味はない。
 左手の大岩崖の下を短く登る。その崖が尽きたところのブナの木の下で水が浸みだしていて、そこから上には水はない。石と石の間に枯れ葉が埋もれ、キザキザしたエッジの石は不安定に積み重なっているザクザクとした石の上を歩く。下からは終わりかかったように見えた沢は上端縁の一角から、もう少しだけ上に伸びている。この登りが息が切れる。ザレザレとした窪地の最後まで登ってから右手の樹林帯に入る。
 と、ほぼ同時に遠くで聞こえていた雨音が周囲の木々の葉っぱから聞こえてくる。
 雨はブナの林の斜面を登っている間は雨音だけだったが、一登りして小尾根に着いた頃には、地面を叩くような勢いに変わり、あっという間に全身が濡れた。すぐに体が冷えるのが分かる。

ボチボチ沢は終わりか だが左の窪に再突入する
 まあ雨は想定内だからよしとして、雨が降って困るのは見通しの悪さだった。さて、この小尾根どちらに行けば良いんだろう。右手にオレンジのビニールテープがあって、それは、どうやら寺の沢の二俣に降りていく分岐を示しているように思われる。そうだとしたら、この場所は権現山〜ミツバ山の稜線なんだろうか。そうだとしたら、それなりに人が歩いているはずだけど、踏み跡が貧弱なような気がする。違う?かな(そこは、おそらくミツバ山から権現山に向かうが権現山頂をカットして浅瀬入り口に向かうトラバース道と推察する。寺の沢二俣に降りる道にはいるのが、この踏み跡道のメーンの使い方だろう)
 見通しが悪く、現在地があやふやな、こんな時、地図を持っていないのは全く不便だと思う。
 なかなか方向に決断できなくて二回くらい100mの間を、行ったり来たりして、まっいいかと高く思える左手に向かう。雨の中、方向があやふやなのは正直言って不安があるけど、なにはともかく決めなければ始まらない。後はラッキーになるかアンラッキーとなるか。どっちにしたって大して変わりはしないのだ。  やがてと言うほどは歩いていないうちにピークに付く。その直前のしっかりと踏まれた道を右手に折れて。ここって、どこのピークだったのかは確認しなかった(権現山山頂である)。雨に降られて、たったそれだけで場所を確認する余裕も無いほど焦っていたと言うことだ。頭は防止をかぶっているので濡れていないが、その他全身が濡れているのだけが気になっていたのだ。

権現山周辺はスコール状に雨が降る ビシャビシャ
 そして登山標識に着く(権現山0.3km)
 この標識で現在地が分かった。この標識から755mのピークに降りる予定だったが、この雨の中を降りても見通しは良くないだろうと止める。
 そこから、浅瀬入り口までの部分部分の泥の急傾斜を滑らないよう構えて降りる。分かった道である。焦ることもない。
 気が休まると天気もつれるらしい。導水管が下の発電所に落下を始める地点に着く頃には、雨は止んで見通しが良くなった。「これなら755mに行っても良かったかな」などと、先ほどの山頂も確認できないほどの狼狽ぶりを忘れて余裕を噛ます。マシラの気分っていうのはホントにいい加減なものなのだと思う。
 さて、夏の通り雨らしく、三保ダムに着く頃には日もさすようになっていた。
 今日は11時のバスに間に合ったので早帰りである。

写真集です


自宅6:30〜本厚木6:51〜松田7:23JR〜谷峨7:50バス〜浅瀬入り口8:10下車〜寺の沢橋8:30〜二俣8:55(本流)〜F1 9:00〜導水管9:15〜奥のナメ滝9:45〜沢の終わり10:00〜スコール始まる〜稜線へ(右俣と本流の分界尾根)10:15〜権現山10:25〜浅瀬入り口11:05〜丹沢湖(バスに乗る)11:16〜谷峨11:46JR〜新松田12:05〜本厚木12:35〜自宅13:00頃 2009/07/25 曇り 山には雨雲がかかる。所々には分厚い雲を突き破って青い空も見えた。なんか南の国のような変な天気
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