ひよこ止.gif (873 バイト)おっぱいのこと  響のときひよこ止.gif (873 バイト)

おっぱいはよくでた。
一時は噴水のように音をたてて出ていた。
でも、途中やっぱり何度か痛んだりしこりができたり、後半は吸われすぎて切れてかさぶたまでできてしまって、いたかった。

おっぱいは神経をつかっていた気がする。ちょっとでなかったりいたかったりすると、弱気になって不安になって、、、。いま、思えばなぜあんなにも、神経質だったのだろうと思うほど、、、。
でも、それがおっぱいをすわせているおかあさんの心なのかなと今は懐かしく思い出している。

 

−響の断乳−

断乳は1歳1ヶ月で完成。
本当はおぼんの休みにしようと覚悟していた。

3食するようになってしばらくしたら、寝る前だけのおっぱいになった。つまり昼寝と夜の寝かしつけと夜中である。やがて昼寝のおっぱいがおんぶで寝かせる方法にかわった。
夜も同じくおんぶで寝かせるようにしてみた。だめな時はおっぱいで寝かす。
夜中は他の手段なしにおっぱいでなきやむ状態が続いた。

それから夜のねかせつけもおんぶになり、夜中だけのおっぱいになる。

最後はこの夜中が問題。
すぐおっぱいをやるのではなくて、だいてみたり、お茶を飲ませたり、いろいろやってみる。
しかしいつものおっぱいにあえない響はけたたましく怒って泣き喚く。

そんな中、おっぱいが夜中いらない日があった。
それをきっかけにがんばって何とか夜中も、泣く響とつきあいながら断乳成功。
響はミルクをまったく受けつけない子だったので特に他ののみものでごまかすことはあまりできなかったのかもしれない。
抱っこしたり、時には完全に起こして(自分で起きてしまう場合もある。)それにつきあう。少し遊ぶとまたいずれねむくなって寝る。
そうこうしているうちに断乳、ついに成功していた。

−響、おっぱいにちゅ−ー

おっぱいをはなれてしばらくたつ。(はなれたのは1歳1ヶ月の時。)
今、(1歳半)響はおっぱいをみたがる。着替えの時など、見せてといわんばかりに私の服をめくりあげて、さわりにくる。

そしてうれしそうに正座の格好でおしりをふりふり揺らしながらおっぱいをじっと見つめ、ゆびでさわってみる。
それから顔を寄せ、ちゅっとキスをする。何度も、見つめてはちゅーをしている。
すうことはもうしない。
あんなに口でさぐって口の周りも真っ白にしてちゅぱちゅぱすっていたのに
そう思うと、、ちよっぴりさみしいものだ。

最近またおっぱいをすいたがる。(2歳10ヶ月)
赤ちゃん帰りの波がやってきたかラックでゆれてみたり、哺乳ビンでジュースをのむ。
おっぱいをすったあと、「おいちくなーい」といいつつうれしそうにしている。
気がすむようにさせるが岳人にとってはいい迷惑。

 

−岳人が生まれて、、おっぱいと響−

 

岳人が生まれてまたおっぱいすいたがるかなとおもったがそれはほとんどなかった。
ただ、やはり岳人におっぱいをあげる時というのは一番自分が疎外感を味わうようで不機嫌になったり気をひきたがったりした。
おっぱいの時は妙にききわけなくなったり自分のおむつをはずしてしまったりするのだ。

岳人にやおっぱいをやる時はいつも、「ひいちゃーんおっぱいするよーひいちゃんも、ここにきてーひいちゃんの場所はここー」と岳人のすぐ横をさしていつも、きてもらうことにした。
するとハンカチをもってきてくれたり、はりきって「はーい」「ひーちゃんここー」といって走ってきていた。岳人を挟んで話しにならない話しをしたり時には本をもってこさせて本を読んだり、、おかげで岳人をみつめておっぱいあげることができなくなったが邪魔されるよりはいいのでそうしていた。
(2歳あきはまだ単純?でこういうごまかし   ?が可能なのでその辺は楽かもしれないとおもう)

響は自分のおっぱいを岳人におしつけていたり、人形に自分のおっぱいををあげて「おいちい?」ときいていたり自分が赤ちゃん帰りするというよりはお母さんになっているみたい。笑ってしまうシーンもいっぱい。

 

おっぱいのこと−岳人のとき

−しぼるのはやめた−

岳人が生まれて2日目か3日め、もうおっぱいがどくどくと出始めてはっるようになっていた。おっぱいをしぼっていると
青柳先生が「すごいね。よくでるやん、、、、今だけでそんなにしぼったの?」
「は、、はい」
何かものいいだけな先生の表情が気になった。

おっぱいのマッサージのときだった。
「ひびきちゃんのときも、しぼってすてていたの?」
「はい」
響の時も、よくよくしぼってはすてていた。
全部あわせてどれくらいすてたんだろう、

おっぱいは血と同じ
血の中にすべて大切なカルシウムやらはいっている
それをすてるなんてなんともったいない、、、という話だ。
絞って絞っておっぱいがからっぽになるとまた新たにおっぱいは製造される。
おっぱいがたまっているともうつくらなくても、いいよと製造はストップする。
つくりたてのおっぱいはもちろんおいしいらしい。だからたまっているおっぱいでなく、新たにつくられたおっぱいをあかちゃんにあげる、、それがいいとわたしも、おもっていた。
しかしそこまでして赤ちゃんをグルメにさせなくていいと先生はそういう。
つまりあまりに絞って絞ってすてるのはお母さんの体をかんがえるとやめておいたほうがいいというわけだ。

おっぱいをしぼってはすてていたお母さんの骨はすかすか、ぼろぼろになっているらしい。
こわくなった。
「35歳までにちゃんとお母さんカルシウムたくわえておかんと、、、ね、
あとはへる一方だよ。
さらにまだひとりうむんだったらたくわえる暇ないよ。
しっかりカルシウムとりね。」

おっぱいに対する考えも変わった。
岳人と自分のおっぱいとのいいリズムをつくっていこう。

 

岳人は1ヶ月検診で、体重がとても、増えていた。
びっくりされるほどに増えていた。とにかく、まず、それでほっとする。
わたしはひたすらおっぱいをあげていただけ。
響のときも、そうだった。

お母さんというのはまずおっぱいを通じて責任感を感じずにはいられなくなっているのかも知れないと思えた

産んだ後も、やれやれどころじゃない。つぎからつぎへとおわれるようにいろんな課題がまっている。
お母さんっていうのも、なかなか酷?と思えたりするときがある。
その分笑顔にも、させてもらっているけれど。

 

 

おっぱいのこと−岳人のとき  パート2

−はらないおっぱい−

1999/11/15

岳人ののむおっぱいはずっとはらない。
確か1ヶ月ほどたって以来もうはらなくなってしまった。
こんなへにょへにょでおっぱいがこの中でちゃんと製造されているかシンパイだったが
先生がはらないおっぱいこそいいのよと言われた。
岳人はよくすってくれるせいかおっぱいのトラブルまったくなしできている。
響の時はすわれすぎて先が切れて血が出たり(痛かった)
やたらはってはっていたくなったりして、しぼったり、しこりができてなんとか自己流マッサージをしてみたり(ホントウはよくない)
いつごろからか片方しかでにくくなってきて最後は多分ほとんど片方でやっていた。
(今は響の時に出難くなったほうをなるべく先にすわせている。)
岳人とおっぱいのかんけいがとても、あっているのかリズムができているのか

子供によってぜんぜんすい方も量も、違うしまたおっぱいも、違う。
その子その子とその時その時のおっぱいとのリズムを両方でつくっていくのがホントウに大事だなあと思いつつ、
自分のおっぱいをみると一気に10歳程年とった気さえして悲しい。

 

2000/4/5

岳人はおっぱい好きで離乳食をあまり食べない上にミルクもうけつけない。
夜泣きがひどくておっぱいでないとなきやまないか、頻繁すぎておっぱいが痛くなってしまうのでそれがたいへん。
やはりもっと幼い頃から哺乳ビンやミルクにはなれてもらっておけばよかったかもしれない。
おっぱいの方はおかげでまだ両方よく出ているかんじ。

 

2000/4/30

急に回数が減り始める。外出等の影響もあるが、同時に離乳食たべはじめる。

2001/1/1

1歳半になっても、     断乳できていない。そのせいか食事の食べっぷりも、いまひとつ。
体重、身長ともに平均以下。少しきがかり。
昼間は減り始めたおっぱいがかぜや体調不良でまた戻ってしまいやたら「ねんね」「ねんね」とおっぱいをほしがる。
さて、ここまでおっぱいづけにしてしまってどう断乳できるのだろうか。。。おっぱいとはおそろしい。吸われる限り出つづけるのだろうか。