モスクワへ(8/8)


  1. 事前準備
  2. モスクワへ(8/8)
  3. モスクワ市内観光(8/9)
  4. ブルガリアへ(8/10)
  5. 皆既日食観測(8/11)
  6. ネセバとバルナ(8/12)
  7. 帰国まで(8/13)

  8. ブルガリアで入手した新聞

◇成田までの道
1999.8.8。 6:00起床。朝食を食べ新聞に目を通してから、7:00に出発。

トランクは17キロぐらいか? 三脚やハンディカムが重い。 ロシア語の辞書やブルガリア語の本は重くてあきらめた。 必要そうな単語や言い回しはカンニングカードを作っておいたから、それで間に合うだろう。

手提げかばんは7キロぐらいありそうだ。双眼鏡とノートPCが重い。 ノートPCはLibretto20だからWin95マシンとしては非常に小さいのだが、 他の荷物と比べると重い。本当はハンディカムも手提げかばんに入れたかったが、 入らなかった。

荷物を抱えると結構ずっしりくる。 外気温は31度もあるから、すぐに汗をかきそうだ。 日曜日で電車が空いているので助かる。 JR横浜駅は未だにエスカレータがないのが苦しい。 しかし、ホームから一気に降りてしまった。トランクを転がし、 7:45頃にYCAT着。自動券売機でチケットを購入。

第2ターミナルには北と南口の2つがあった。 もっとも、ターミナルの1と2さえ間違わなければ大丈夫だろう。 7:50発のチケットがまだ買えたのでそれを持ってバスへ。 羽田行きと違って結構空いている。 18名で出発だった。 今ってお盆だよな? 羽田行きバスは確かに混んでいる。 しかし、成田行きバスはこんなものなのか? 出発日と集合時刻も含めて電話で確認したときに 「一人なら予約不要ですよ」と返答してくれたYCATの人の話は本当だった。

途中、デジカメで適当に撮影しながら成田まで。 ベイブリッジ周辺を撮影しておくかな。見慣れた風景だけど、 いつもは自分の運転だから、撮影したことがなかった。 ベイブリッジを渡り終えるちょっと前、 「横浜はさとうのふるさと」という看板が見えた。前からあったかな? バスに乗っていないと気づきそうにない。

車間距離確認用の所で80mを3秒ほどで通過していたから、時速96km/h前後? 羽田空港の脇を通過。タイミングがよいと、 トンネルの上にある滑走路を動く飛行機がよく見える。 今回は見れなかった。見えたとしても、バスからだと一番前の席にいない限り 撮影は難しいだろう。

バスは湾岸をひた走る。渋滞はまだなく、千葉県へ入った。 市川港への分岐の先、JRと交差する手前(習志野まで6km程) の地点で非常出口(車も出れる)を発見。 同様の非常出口が幕張I.C.の入口近くにもあった。 扇島にも同様の非常出口があるはずだが、気づかなかった。 聞いた話ではVIPが扇島を視察するときなどに使われるらしい。 反対車線にあるのかもしれない。

8:37に幕張PAを通過。千葉県へドライブするときによく使うPAだ。 赤い花はツツジだったろうか?

8:40に渋滞がはじまるが、8:45には抜けてしまった。 東金道路・館山自動車道へ行く方が渋滞していたのだ。 ここへ入る車線は2車線ある。それを知っている人はうまく合流している。

9:00、成田まで4km。 左手に成田山らしきものが見える。塔があるのがそこだろう。 その上を飛行機が上昇している。 飛行場に近づくと、一般道路沿いに駐車場が多数見える。 あそこに車を預けて海外へ行く人も多いことだろう。

料金所でパスポートの検察がきた。 そう言われても、パスポートはロシアのビザ取得のために旅行代理店に送ってあり、 成田で返してもらうことになっているのだ。 検察官にそう返答すると、ツアーの日程表でよいそうだ。


◇成田空港にて
ついてみれば9:10。集合時間の1時間も前だ。かなり余裕があるな。 大きい荷物を持った人が行き交うが、思ったより人が少ない。 羽田のビッグバードの方が混んでいるのではないか?

中央広場には義経「ねぶた」のミニチュア。 頭上には七夕の飾りがあった。 無料ドリンクサービス(麦茶他)もあったが、後にしよう。

トルコへ行くと話している人達がいる。自分のように皆既日食目当てかもしれない。 9:30頃、集まった団体がそうだろう。 テレビカメラと大型マイクが同行していた。取材陣も同行するのだろうか?

集合場所近くの空いている席で休む。 ふっと後ろを見れば自分と同じパンフレットを持っている人がいた。 話し掛けてみると、やはり自分と同じツアーに参加するSIさんとSAさんだった。 話しているとすぐに10時! 手荷物預け場の前へ行くが、 荷物だけが大量にあって人があまり見えない。 すでに外に出ているのだろうか? そう言えば、クレームタッグをくれなかったが、 団体ツアーだからよいのか?

予定では10:10集合だったが、やや遅れて10:20に集合。 前の人がFSPACE特製の晴天祈願シャツを来ているから、 同じツアーの人だとすぐにわかる。 三鷹天文台のW先生が紹介され、皆から拍手を浴びる。 お子さんも含め、家族でのご参加だ。子供連れは他にいないが、 上は年配の人も含め結構幅広い。モスクワでの自己紹介で知ったが、 北海道から九州までと出身地も幅広い。大分から来たKさんに後で聞いたら、 関西国際空港もあるが、成田空港への方が便数が多いのだそうだ。

成田空港での無料ドリンクサービス 一時解散して、次はE70ゲートにて集合となった。 無料ドリンクサービスで麦茶をもらう。 日本の味ともこれでしばらくは別れだろう。

E70ゲートへ向け移動。 中に望遠鏡を収めた大きな木箱を持つSIさんは、移動が大変だ。 光学機器だから手荷物で運ばねば。 どうしても最後になる(^^; モスクワ空港でもずっと移動の最後であった。

途中、ターミナル間を結ぶ無人シャトルの撮影を試みるが、 ガラスと隙間が邪魔して難しい。偏向フィルターがあればよかったのかも。

E70ゲートに入るが、特に集合はなかった。 電話するなら、ここが最後だ。もっとも、最後の電話連絡は済ませてある。 搭乗券を渡してゲートを通り、バスへ。 そう言えば、この搭乗券は見覚えがあるような・・・ JALの搭乗券の印刷を変えただけなのだ。そう言えば、 台北行きの中華航空のときもそうだった。

バスの一番後ろに座れたので荷物があっても楽だ。 隣のおばあさんは以前ブルガリアへ行ったらしい。奇遇だ! そのときは晴れ続きだったそうで、3人で喜ぶ。 自分が見たブルガリア個人旅行のホームページでも、晴れが多いそうだ。

アエロフロート機 アエロフロート機の脇に到着。乗り込む前にアエロフロート機(A−310だろう) を撮影。アエロフロートの文字を入れようとすると逆行になるので皆苦労している。 デジカメは逆光でも撮影が比較的楽だ。

乗っている人は日本人が多く、ロシア人が一部? もっとも、団体の中だからそう見えているだけかもしれない。


◇日本上空通過
機内の案内はロシア語と英語と日本語。 日本語の案内は、意味は取れるが、一部の単語の発音に苦労しているのがわかる。

12:30、機体がバックして動き出し、のろのろと滑走路を移動する。やがて離陸。 まわりは緑が多く北海道のようだ。 土地はいっぱいあるように思えてしまうが、反対派農民の土地もあるはず? ただ、見る限りではわからない。

九十九里に出たらしい。それとも鹿島灘だろうか? 浜辺に白い波頭が何十にも見える。 あれだけの波頭が見えるのは太平洋沿岸だ。

やがて旋回して北西へ向かう。 ずっと上昇を続け、下は緑が多い似たような景色が続く。

アエロフロート機内のモニタ 13時には新潟上空を通過して日本海に出たらしい。 途中から機内モニタが出て現在位置を英語で表示。ロシア語や日本語表示はなかった。 映画上映などはないらしい。席にイヤホン端子はあるが、 イヤホン・サービスも特に行われない。 スリッパのサービスがあり、赤い靴べら付きの赤いスリッパが配られた。 旧ソ連時代にはなかっただろう。

最初、スチュワーデスの制服は赤系統だったが、 機内で上着は脱いだらしい。男性女性ともにすぐに上着を脱いで作業に入ったようだ。 2つ隣の席に座っている添乗員のOさんは熟睡していた。 聞けば、前のツアーで添乗員をした後に休みを取れず、今日に至ったそうだ。 これではお疲れであろう。


◇アエロフロート機内でクワスを求めてはいけない
アエロフロート機内のドリンクサービス ドリンク・サービスがきたとき、だめもとでクワス(旧ソ連時代の国民飲料) があるか聞いてみた。

「Eсть ли квас?(イェースチリ・クヴァス?)」

が、答えは「Нет(ニェット)」だった。 JALで緑茶を頼むより無理な注文だったことは後に知った。 あるのはビールに、赤・白のワイン、ジュースなど。

赤ワインにすることにして、「Красний вино」・・・ しまった、ワインは中性名詞だから「Красное вино(クラースナエ・ヴィノー)」 だった。赤ワイン(red wine)は来たが、 それだけで済まなかった、スチュワーデスからロシア語で早口が。 前半は聞き取れず、最後の「ロシア語」だけは聞き取れた。多分、 「Вы можно ли руский язык?(ロシア語を話せるのか?)」 か、同様の意味の質問をされたのだろう。 ロシア語で「Heмного(少しは)」などと答えた場合の後が恐くなってきた(^^; 英語に切り替えて切り抜ける。簡単な形容詞の変化がとっさに出ないのだから、 私のロシア語の出来もわかりそうなものだが(^_^;

後で聞いたら、職場の人もアエロフロート機で同じ体験をしたそうだ。 ロシア語で話しかけてくる日本人(東洋人、外国人?)がめずらしいのだろうか? 今回のツアー参加者でキリル文字を読める人は何名いるのだろう(^^? キリル文字を読めたとしても、そう使う機会はないだろうし・・・

赤ワインは渋目で、日本のものとは違うような? 欧州のワインは香りから違うと聞いていたが、よくわからない。 プラスチックの安コップで飲んでもだめかもしれない(^_^;


◇アエロフロート機内でロシアンルーレット?
アエロフロート機の機内食 日本海上空で立派なメニューが配られた。日本語と英語とロシア語併記。 「選択」とあるので、3つのうちどれにするか考え、メニューを手で持っていたら、 男性乗務員が何も聞かずに配り出した! しかも人によってバラバラ。 特にリクエストしないとアトランダム? 蓋にはマジックでABCと書かれている。 メニューの上から順にABCなら、希望のものだ。 蓋を開けたら希望のものだったから許す。 リクエストすれば交換してくれるのだろう。

料理をのせたトレーの中に小さなカードが入っていた。 「УВАЖАЕМЫЙ ПАССАЖИР(親愛なるお客様へ)」 読み進むと 「お盆にのっているものについて、ロシア語で情報をスチュワートより受け取ることができます」 ロシア語が出来た方がいいのかな(^^? そもそも、このカードはロシア語だけで書かれているから、ロシア語がわからないと読めないぞ(^^;

北に向かいアムール川上空を経由した。 アムール川が見えたらしいが、撮影は難しかったらしい。 雲の切れ間にやっと見える程度だったらしい。 機内食後に自分も見たが、雲しか見えなかった。

後方でたばこが吸えるらしい。国際線ではめずらしい。 「おおらかですね」とツアーの仲間と話していたら、同時に一人までと英語でしかられた。 聞いていると、スチュワーデス間の会話も英語が多い。 英語で話した方がいいのかな?

シベリア上空に出る直前に乱気流あり。たいしたことはないな。

まだ15時だというのに暗くされてしまった。 寝ろということか? 実際に寝ている人も多いが。 まだ先は長い。寝ていた方が退屈しなくていいかもしれない。 Libretto20を取り出してメモをとったが、バッテリの残り容量を考えると、 そう長くは続けられない。

寝ていたら少し冷えたのだろうか、変に体がほてる。汗もかいていた。 冷房病対策のために気温の割には厚着してきたが、動かずに冷房が効いた所にいるので 冷房病にかかりかかったらしい。毛布をかけ直すと、しばらくして回復した。

17時頃、喉がひりひりしてきた。機内が乾燥しているからだろう。 ちょうど、ドリンクサービスがきた。種類が少なく、透明な液体と黒い液体の2種類。 「Что?(何ですか?)」と中身をたずねたら、 「ウォーター or コーラ」。アエロフロートでもコーラが出るようになったか! と思ったのは甘かった。モスクワ市内がコーラに占領されていることを後で知ることになる。

19時頃、湾上空を通過。淡く海岸線と北極海が見える。 デジカメに写すのは淡すぎて難しいかもしれない。 北極海に注ぐ大河オビ川の河口が深く切れ込んでいたはず。ここだろう。

夕食前のドリンクサービスで隣のMさんは炭酸水をもらっていた。 そう言えば、欧州でのミネラルウォーターの多くは炭酸水だと聞いた記憶があるなあ。 自分の列のドリンクサービスの時、 「Вода(水) please(ロシア語だったらパジャールスタ)」 (こりないやつ > 自分 ^^;) と言ってみたら、炭酸でない水が出た。もしかして炭酸水と思ったのはスプライトだったか?


◇ロシアは悠久の所であった
ウラル山脈を越えると、モニタの現在表示が細かくなった。空港が近い。 徐々に高度が下がる。モスクワに近づくと緑や沼(?)が多い。 低い建物がいっぱいあり、地平線が遠い。 西日の方向から見て、北側から着地するのだろう。

モスクワ空港に着いたが、すごい急ブレーキ。 軍人は着陸に要する距離を最低限にするから? アエロフロート機のパイロットは全員が元軍人だそうだ。 もっとも、アエロフロートで急ブレーキだったのはこの一回だけだった(^^; アエロフロート機がターミナルビルに横付けされ、空港ビルへ。

降りる前に、アエロフロート日本語版機内誌オーロラ(SUMMER 1999)をもらっておいた。 機内誌は配ってくれず、欲しい人が探してもらっておくしかないのだ。 それに気づいたときには在庫切れだった。 で、機内で読み終えた人が残したものをもらっておいた。

気付いていればスリッパも、もらっておけばよかった(^_^; 日本からスリッパを持参しているが、機内で出るならホテルでも? と期待したのは間違っていた。さすがにホテルでスリッパは出なかった。 海外のホテルでスリッパが出るのは台北ぐらいなものか?

スチュワーデス他乗務員の最後の挨拶を受け、 モスクワ・シェレメチェヴォ2空港ビルに到着。 変わったものだ。旧ソ連時代には乗務員は先に降りてしまい、 客が降りるのを待ったりはしなかった (と、見てきたように言うから誤解されるのだ。> 自分 ^^;)。

空港での飛行機の撮影はだめらしい。 SAさんがカメラを構えたら注意された。 パソコンが動いていたのでちらっと見たが、モニタに表示されていたのは英語で、 ロシア語ではなかった。

階段を降りた所がパスポート審査所。 階段の上にはロシア語で「モスクワへようこそ」と書かれていた。

パスポート審査所は長蛇の列。 SAさんはパスポート審査所脇のトイレに早速入るが正解だ。 ここを通るまで1時間! 係員がちょくちょく交代することもあって、なかなか進まない。 大韓航空機で到着したコリアの人達も一緒になって行列はちっとも短くならない。 アボジ(韓国語でおじいさん)、荷物だけ前に置いているけど、 持っていかれることは考えていないのだろうか? 一般に、空港で荷物を下に置いて手を放したら消えてしまう。 自分達も重いから下に置いているけど、なるべく手から離さないようにする。 もっともここの前はパスポート審査所、持って行かれようがない?

やっと自分の番がまわってきた。どこの空港でも外国人の場合は何も聞かれないものだ。 顔とパスポートだけをしっかり見せればよい。 スタンプを押されて返されたパスポートを見てみれば、赤いそっけないスタンプであった。 モスクワという字がやっと読める。

新しい税関申告書(199x)の表 新しい税関申告書(199x)の裏
これがロシアの税関申告書用紙だった。1999年に突如出現、199x年まで有効(苦笑)。
税関でまた問題発生。申告用紙がかわったそうだ。 今年の各種ガイドブックにも、アエロフロート機内誌にもそんなことは書いていないぞ! 旅行代理店からの最終案内でもらい、機内で記入しておいた紙をもとに書き直し。 そう言えば、最終案内が予定より遅れたが、他にも何かあったのだろうか。 新しい税関申告書も裏をよく見れば199x年まで。 つまり、今年までしか使えないぞ! 来年はどうするのだろう? また新しいフォーマットにするのか?? 税関通過にまた1時間かかった。これがロシア(ソ連)だ! このあたりはかわっていない。

税関も通過したが、両替所がすぐに見つからない。 空港で両替しないと再両替できないこともあると言うのに。 税関を出て右手にあるはずだが、「Oбмен денег(両替)」の文字は見えない。 集合場所も集合時間も未定(決められない)なので勝手に動けない。 下手にはぐれないよう、固まっているしかないのだ。 外に出ているから荷物から手を離すこともできない。 やっと全員が出てきてバス2台でホテルへ。


◇モスクワ市内をホテルへと走る
空港にいるタクシーは多くが黄色。一部白いタクシーらしきものは白タク?

ブルガリアの信号(モスクワも同様) レニングラード通り(Ленинградский Пр.)に入り、 ガイドのタチワナさんの日本語のガイドを聞きながら、 バスは快調に走る。空港を出てすぐに白樺林が見えた。白樺ジュースは北海道にもあったなあ。 信号は少なくY字型に合流する形をとる。 その少ない信号はすべて縦に並んでおり、上から赤・黄・青となっている。 青には直進記号がついているものもあり、その脇に左右の信号がついているものもあった。 見ていると、赤と同時に黄色がついてから、青になった! 後にブルガリアでも同じ信号を見た。 青が点滅して黄色になって赤になるのは日本に近い。 停止線にはCTOΠ(キリル文字でSTOPと読める)と書かれている。 たまに英語でSTOPと書かれている所もあった。

たまにラジオの宣伝看板がある。ХИТ(ヒット)FM71.3MHzと読める。 途中にあったガソリンスタンドには95,92,80と表記があった。 1999.8月現在、1ドル約24ルーブルだから、リッター単位だったらすごく高いぞ!?

記念碑 レニングラード通りの途中、右手にナチスドイツの進行を止めた場所の記念碑があった。 この場所から高層アパートが多数見える。

さらに進み、幾つか橋を渡る。橋の上からは眺めが良い。 左手に水色の駅が見えますとの声。デジカメで撮影。 駅は女性名詞だから、「水色」だったら「ГОЛУБАЯ(ガルバーヤ)」だよなあ。 そういう名前の駅はあったかなあ。思い出せない(^^; 単に外装が水色の駅と言うことだったのだろうか? 場所から考えるとリガ駅のような気もする。 後で聞こうと思って結局忘れた(おい)。

モスクワ市内に入ると左右、各種のアパートが多数ある。 タチワナさんはアパートの説明に力が入る。 彫刻入りの立派なアパートもあった。芸術品の中に住んでいるようなものかも。 金網に囲まれた所は地下道への出入り口。 他にバスストップもある。ダイヤは一応書いてあったようだ。 止まることが少ない走行中のバス、それも反対車線を見ているのだから流し読みだ。

バスとトロリーバスと市電を何度も見た。 バスには、中央に関節があって曲がるバスと、通常のバスの2種類があった。 走っている車は様々。BMWなどの高級車もあれば、走るのがやっとの車も多い。 路上でとまっている車がちょいちょいとあった。故障車だろう。

路上には時々、大きな犬を飼えそうな金網の中にスイカがいっぱい入れられていた。 下の方のスイカは潰れていないのか?

マクドナルドの看板がちょいちょいあった。 モスクワにマクドナルドが出店したとニュースになったのは昔話か。 コーラの宣伝はもっと多い。 世界中がマクドナルドとコーラに占領されてしまったような気がするが、 モスクワも例外ではないらしい。

平和大通り(Пр. Мира)に入った。ホテルまでもう少し。 ホテルの近くにはテレビ塔があり、高さが533mもあるそうだ。 オスタンキノ・テレビ塔(Останкинская Телебашня)だ。 高さ334mの所にレストランがあり、 ゆっくりと回るのだそうだ。日本にも回転式展望台レストランが幾つもあったが、 今や数を減らしつつあったはず。

さらにロケット記念碑がある。宙へ向かう滑り台のような先には、 ロケットのオブジェがついている。ついにコスモス(КОСМОС)・ホテルへ到着。

ちょっと前までは昼に30度近かった日もあったそうだ。 今日は20度前後。タチワナさんによると良い時に来たそうだ。 しかし、夕方になるとさすがに涼しい。バスから降りると冷える。


◇コスモス・ホテルは宇宙ホテル
コスモス・ホテルのバスがついた所から1つ登るとSUNという表記。 宇宙関係に統一された表記が多そう。 皆既日食ツアーには合った名前のホテルだろう。 ただ、英語表記ばかり。外国人用だからだろうか。 1997年当時、1泊120ドル台だったと聞いている。 今は1泊何ドルなのだろう?

フロント横を少し離れたにはビリヤード台とスロットマシン。 逆側を見ればカジノの表記。ペレストロイカ以降変わったなあ。

レストランに通されて、鍵が用意できるまで待てと言う。 ロシアでは何でも時間がかかることだけは変わらない。 しかし、機内食を食べているからあまり入らない。 その機内食だって少し残しているぐらいだ。 しかも日本時間では0時だぞ! これでは夜食だ。 ビール、ワイン、どれも2$。チップは1$(約24ルーブル)が相場だそうだ。 旧ソ連時代にはベッドメーキングもチップもなかったけどなあ。

部屋割りが発表され、やっと鍵をもらえた。コスモス・ホテルにもかつては ジェジュールナヤ(鍵番の女性)がいたはずだが、 渡されたのは光学式のプラスチック製カードだった。 このカードはチェックアウト後に持ちかえってもよいそうだ。 部屋割りは年齢が近い人で行ったそうだ。それも良いだろう。 機内から近い席にしておいたようだ。ツアーのノウハウの一つかな? そのおかげか、レストランでも座っている席が近い人が多く、助かった。

ホテルに入るときには気付かなかったが、階数がすごく多い。 エレベータに乗り込み上昇。現在階はデジタル表示、液晶ではなく、多分LEDだろう。 中央のLEDが点灯しないので2とか5が読みづらい。 実は、これはまだよい方だった。翌日に乗ったエレベータでは現在階の表示が目茶苦茶! 扉が開いて現在階を確認してから降りないといけない!!

重厚な作りのドアを前に、スロットらしき所へカードを通すとドアが開き、 やっと部屋に入れた。照明のスイッチがすごく大きい。10cmぐらいもある。 後に知るが、ブルガリアのホテルでも照明のスイッチはやはり大きかった。

部屋へ入ったらチェーンをする。それが海外のホテルでの鉄則だ。 特に旧ソ連時代と違って、ホテル内でも治安が悪化していると聞く。 照明は問題なくつく。電源は2つ穴タイプだが、空きがないぞ! 仕方ないのでTVの電源を引っこ抜き、デジカメやLibretto20の充電を行うことにした。

洗面所の備品も揃っているようだ。コップも用意されている。 便器の上には電話器と押しボタン。電話器は緊急用だろうけど、押しボタンは何だ? 非常用の紐がないから、その紐の代用か? よく聞く話では換気扇の紐と間違えて 引いてしまう日本人が多いそうだ。今回、既に換気扇はまわっている。 それとも水を流す取っ手がないから、取っ手の方か? 電話器があることから、取っ手だろうと推測して便器の蓋を閉めたままボタンを押してみた。 やはり、水が流れた(^^v

トイレットペーパーもしっかり用意されている。一応持ってきてはいるのだが、 まだトランクの中だ。手に取ってみると昔ほどゴワゴワしていない。 これなら日本人が使っても大丈夫だろう。次に気になるのが、紙捨て場。 ごみ箱は洗面台の方に離れている。もしかして流せるようになったのだろうか? 半信半疑で3つ程を畳んで落として流してみたが・・・やはり流れなかった。 「トイレットペーパーを水で流してもよいのは日本ぐらいなもの」はまだ生きていた。

ドアをノックする者がいる。「Kто?(誰?)」 トランクを運んできてくれたボーイさんだろうけど、チェーンをつけたまま確認。 大丈夫そのようだ。ドアを開けて、荷物を入れてもらう。 私の荷物も重いが、同室のMさんの荷物はそれよりも重い。 何せ、Mさんの荷物は全部で50kgあるから! ノーチップでも問題ないそうだが、 この大量の荷物だとさすがにノーチップは悪かろうと1ドル札を渡す。 チップってロシア語で何と言っただろう? もっとも、このホテルでは英語で十分に通じるのだ。 国際共通語はやはり英語であった。

風呂に入るかな。栓がしっかりしまる。蛇口とシャワーも切り替わる。 風呂釜の栓がなくて、ゴルフボールを代用させていたのは昔話となったのか (そういうことを言うから、誤解されるのだろうが! > 自分 ^^;)。 石鹸もシャンプーも備品として付いているし、使わせてもらおう。 そう言えば、机の所にメモ用紙はなかったなあ。スリッパもやはりなかった。 それでもこれだけあれば十分か、昔を思えば。

ロシアの遅い夜もやっと暗くなってきた。寝るとしよう。




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